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図書館(図書処)は本を読む処なのです。

「ところで、二人は何か他に用事があったんじゃないか?」

 虹也は改めてそう二人に確認した。

「なんで?」

 それへ青華が素で不思議そうに返す。きょとんとした顔は可愛らしいが、虹也としてはそのリアクションは予想外だった。

(あれ?)

 虹也は少し焦る。何か自然な流れで二人はここまで同行してくれたが、このまま最初から一緒に来る事が決まっていたかのように甘えていていいものか?と少し悩んだ挙句切り出したのは無駄な葛藤だったのかと、自分が間抜けに感じられたのだ。

「ほら、二人は待ち合わせしてたみたいじゃないか。何か用事があったからなんじゃないかと思ってさ」

 気を取り直して自分の懸念をちゃんと説明してみる。

「ああ」

 納得したように頷くと、青華は、どこか人の悪い顔でにやりとした。

「ふ、甘いな君。そこまで推理したんならもう一歩踏み込むべきだったね」

「どんな架人だよ!」

 青華のいかにも芝居掛かった物言いに、誠志がチョップでツッコミを入れる。

 虹也は、ツッコミは世界が違っても共通なんだなと感心すると共に、“カジン”ってなんだろうという疑問を抱いたが、とりあえず話しの腰を折るのもなんなので流しておいた。

「先生!至らぬこの俺にご指導お願いします!」

 せっかくの青華のノリなので、虹也もノリでそう返してみる。

 やはり世界は違っても人類のノリは共通だったらしい。青華は僅かに口角を上げて「ふ、」と吐息混じりの声を零し、

「私たちの目的も図書処だったのですよ、お兄さん」

 ニヤリと笑って見せた。

 もうちょっともったいぶった方が魅せどころもあったけど、良いノリだな、と、虹也は感心する。

(あー、でもよく考えたらその答えは当然か。あの成り行きから考えて、待ち合わせここの前だったんだろうから)

 虹也はそう思い至り、自分の考えが足りなかったのを反省した。しかし、それはそれとして、彼等が虹也の為に時間を割いているのもまた事実である。

「でも、俺が一緒だと用事の邪魔じゃないか?」

「いやいや、むしろいてくれると助かる。うちの暴力妹は二人切りだと歯止めがないからな。こいつは勉強を叩き込むって言葉をそのまんま、叩いて覚えさせると理解している恐怖の妹なんだ」

「恐怖の妹って何よ!課題を消化しきれなくって放院寸前で泣き付いて来たくせに何を偉そうにぶってるのよ、お兄って馬鹿じゃないの?ああ、そうよね、馬鹿だから課題が出来ないんだよね」

 矢継ぎ早の言葉による攻撃を受けて、誠志の精神は端から見ても明らかに深く削られていた。とりあえず目に映る現象だけで言うと、真っ青になって涙目になっている。このメンバーの中で一番年長でもう二十歳だというのに兄の威厳も年長の威厳も消え去っていた。

 あまりの惨状に、虹也は心を決めた。ここは下手に真正面からの罵り合いに発展させるより、いっそこのままノリで流すべきであろう、と。

 虹也は気持ちの切り替えを兼ねて一つ息を吸い、年齢を重ねて積み上げてきた色々な物を一時的に放り投げた。

「待ってくれ!もうこいつは限界だ!やるなら俺をやれ!」

「虹也くん……」

 掛かった。青華の瞳は潤み、芝居掛かったポーズで両手で胸を押さえて虹也をひたと見つめる。虹也の思った通り、この兄妹はやたらノリが良いらしかった。

「くっ、虹也お前の友情は……ってお前等!俺を放置して見つめ合うな!」

 誠志までなにやら盛り上がっている。

 悲しい程短く、そして決して先に希望が無かったゆえに長かった、約一年間の、全てから切り離され母の看病のみに費やした日々。その反動なのか、虹也はなんとなくこういうノリに餓えていたようだ。

 もう学生は卒業したとはいえ、社会人には成り切れず中途半端に階段に留まり続けていた彼は、無理に大人を演じていた日々を払拭するかのように、いっそ気持ちが良い程、バカげた小芝居に興じた。



 数分後、三人はそれぞれ何かをやり切った表情で畳に横たわった。

 こういうノリは終わった後異様に疲れるのはなぜなのだろうと、どうでも良い事を虹也は考える。

「ふ、まさか10年来の友のように分かり合える相手と出会えるとはな」

 誠志が、まだ物足りなかったのかまたネタを投げて来た。

「ああ、」

「本当ね」

 とりあえず虹也はそんな誠志を一瞥もせずに青華と見詰め合う。青華も同様に兄をスルーした。

「だから、俺を仲間外れにしないで、寂しいからさ」

 ちえい!という掛け声と共に、誠志は転がって移動すると、見つめ合う虹也と青華の間に割り込む。

 そしていじけたように俯せのまま泣きまねをはじめた。

 それは、ちょっとガタイの良い、二十歳も越えた男がやると、どこまでも気持ち悪い物でしかない。

「それじゃあ、そろそろ調べ物をしようか?」

「そうですね、過ぎ行く時は砂金のごとしと言いますし」

「うっ、ううっ、」

「ほら、お兄、遊びの時間は終わり。……え?やだ、本気で泣いてんの?ばっかみたい」

「あ―ごめん、悪乗りし過ぎたごめん」

「だめよ、虹也さん、甘やかしちゃ」

「魔物や、ここに魔物がいる!」

「ほらほら、ふざけてないで、課題があるんだろ?」

 虹也の言に、誠志はガクリと脱力した。

「俺か?俺が怒られんの?」

 思わずといった感じで誠志が顔を上げると、慈愛に満ちた(ように見える)二組のまなざしが彼を優しく見つめている。

「お前ら……俺を受け入れてくれるのか?」

 二人は優しい笑みを浮かべたまま頷いた。

「じゃねえよ!」

 思わず叫んだ誠志を、二人は恥ずかしそうにちらりと見た。

「お兄、引き際をわきまえない喜劇は恥ずかしいもんだよ」

「注目の的だよ」

 言われてみればなんとなく周囲の視線が痛いのに気付き、誠志は口をつぐんで本を手にした。細かい部分は聞こえなくとも小芝居は見えるのだから仕方ない。

「さ、さて課題を片付けるか」

「誠志、それ俺の」

「うお、すまん」

 虹也の指摘に、誠志は改めて自分の掴んだ本のタイトルを見た。

「えっと、『伝承と交流の古代史』?渋いな、お前も研究課題?」

「いや、好奇心かな?」

「好奇心で勉強すんのかよ、恐ろしいな」

「何言ってるのよ、見習いなさいよ、もう」

 青華が呆れたように彼に自分達の本を手渡した。

 それこそ好奇心に駆られて、虹也はそのタイトルに目を走らせる。

 その本の背表紙には、『世界の種族とその生活』と恐らく書いてあった(種族という字が凄い事になっていたが読めなくは無かった)。

(なるほど、調整官っていうのは読んで字のごとく種族間の調整をする仕事なのかな?)

 一見するとガタイが良くて気の良いだけの、どこか頼りないような男だが、誠志は見も知らぬ虹也が困っていそうだからと、そういう行為が嫌われているらしいのに、わざわざ手を差し伸べてくれた。

 彼の気持ちはきっと本物なのだろう。もちろん、学校の課題なのだから目指しているものに直結していない可能性もあるが、彼の年齢からすれば勉強も専門的なものになっている可能性が高い。

「じゃ、そろそろ調べ物に集中するか」

「だな」

「なにか分からない事があったら聞いてね。これでももう研究生なんだよ」

 青華がにっこり笑ってそう虹也に言ってくれる。

「なんだ、私は頭が良いですよってか?お前嫌味だぞ、それ」

 そんな、青華の元気の良い表明に誠志が水を差した。

 確かに青華は虹也より年下だし、彼女の言う研究生が何かは虹也には分からないが、おそらく優秀だという証なのだろう。それを前面に出す言い方は、下手すると生意気に聞こえかねない。

 だが、基本は親切心から出た言葉だ。兄の指摘に途端にヘコんだ少女が気の毒で、虹也は助け船を出したくなり、彼女の気持ちがありがたいのだと言える自分の立場を伝える事にした。

「実は俺、ずっとこことは全然違う場所で暮らしていたんだ。だから分からない事たらけなんで色々と教えて貰えるとほんとに助かるよ」

 虹也の言に二人は驚いたようにその顔を見た。

「どこで暮らしてたんだ?ある程度の国の文化なら分かるぞ」

 誠志の真摯な申し出に、虹也は本質のみを除いた事情を説明する事にした。

 ほんの小さい頃、火事で逃げ場を失って、姉が弟の自分だけを術紋でどこかに飛ばしたらしい事。その時記憶を失って親切な老夫婦に拾われて育てられた事。

 その両親を亡くして暫くして最近記憶が断片的に戻り、そうしたらこの地へまた飛ばされて来てしまった事。

 虹也の説明に兄妹はしばしの沈黙をもって応じた。

「虹也さん、私、私……。ごめんなさい、私に出来る事ならなんでも協力させていただきます!」

「そうだぜ!分からない事かあれば、この未来の調整官に任せとけ!」

 二人共なにか目に光るものがある。

(うわぁ)

 一方、当事者の虹也は若干引いていた。

「いや、そんな熱血されるほど気の毒な身の上でもないし、とにかく色々と知らない所で迷惑掛けるかもしれないけど、そういう時は気を使わずに常識的な事は教えて欲しいんだ」

「うんうん、お兄さんは感動したぞ!ドンと任せてくれ!」

「あはは」

 本当に理解しているのか疑問に思いながら、虹也は渇いた笑いを零すしかなかった。

「それにしても、その記憶が戻った途端に飛ばされたっていうのが引っ掛かるわね。最初のはお姉さんがゲートを開いたとして、そっちはお姉さんでは有り得ない訳だから」

 青華が難しい顔で言った。

「有り得ないんだ?」

 自身はそれも姉の仕掛けだろうと考えていた虹也は、少し意外そうに問い返す。

「うん、詳しくは専門的な話になるから省くけど、魔気の性質上そういう時限式とか時間を置いての連動発動って無理なのよ。だからありそうな事としてはその暮らしてた場所自体に条件結界みたいな物があった。という場合ね」

「条件結界……」

 思わぬ所に元の世界へと続くヒントを見つけて、虹也はこちらに来てから得た情報の一つを思い出した。

 部長さんは言っていた、『月夜見様が世界を分けた』と。

 それが条件結界とかいう物のせいなら、もしかして姉はそれを利用したのではないだろうか?そしてもしそうなら、姉はその世界を分ける結界という物を理解していた事になる。

 それさえ分かれば、世界を隔てたままであっても、あの場所へ戻る方法があるのかもしれない。

(一度は諦め掛けたんだ。大丈夫、慌てる必要は無い)

 虹也はその考えを希望と共に胸に大事にしまった。

「でも、人の記憶に反応するような繊細な術がある訳ないか。う~ん、謎だね」

 誠志はそんな妹を呆れたように見ると、虹也に向き直る。

「そんな事より、当面の身の振り方の方が大事だろう。仕事とか国の(のり)とか、もしかしてそれを調べにここに来たのか?」

「誠志は鋭いな。まあ、大体そうなんだ」

「そりゃ大変だな。んでも、国民証があるって事は移民扱いで受け入れてもらったのか?」

「うん、捜査官の人が仮の保護者になってくれてるんだ」

「へええ!治安部隊預かりなんだ!語り事みたいだね!」

 青華が目を輝かせて言うのへ、誠志が拳骨を落とす。

「こら、人が大変な事を物語と混同して茶化しちゃ駄目だろうが!」

「まあまあ、良いから。ところでかたりごとっていうのは?」

「エヘヘごめんなさい。あのね、語り事って映像配信のお芝居みたいなの」

「ああ、ドラマの事か」

「虹也ん所ではドラマっていってたの?外苑の言葉っぽいね」

「ブリテン辺りの言葉で、波乱の出来事の事をドラマティックって言ったりするから、そこらの流れじゃないかな?」

「あーそれじゃあ、虹也が育ったのは外苑部にある隠れ里とかかもしれないね。あっちは私達みたいなチュウカン族は暮らし難そうだもんね、どっかにこっそり安住の地を求めても仕方ないかも」

「チュウカン族?」

「お?まさか自分の種族を知らないとか?」

「ああ、そもそも自分の事なんか、にんげ……いや、人としか考えた事ないし」

「そっか、単一種族しかいなかったらそうなるよな。うちだってごく近年までは単一民族国家だったから自分達の事を龍護の民としか思ってなかったしなぁ。うんうん、ますます隠れ里っぽいな」

 誠志はウンウンと一人頷くと、種族について説明を始めた。

「俺等が大別して大地の民だって事は知ってるか?」

「ああ、まあそれはなんとか」

「大地の民は三属あって、巨人族、小人族、チュウカン族がそれだ」

「巨人と小人は分かるけどチュウカンってまさかそのまま中間?」

 誠志は課題の勉強用に持って来たのであろうノートに文字を書いて見せた。ちなみにノートは真っ白ではなくいわゆる生成りっぽい色だ。

 その文字は、やはり偏とかがぐるっと巻いたり曲がったりしてはいたが、なんと“仲間”という文字だった。

「その通り、要するに巨人と小人の間って事だな。種族名って大体がこんないい加減さなんだよな。判りやすさ重視なんだろうけどさ、大概いい加減だよな。で、まぁお察しの通り、この仲間ちゅうかん族ってのが俺達だ。分かり易いだろ?」

 ハハハと笑う誠志を見て、なるほどと虹也は思った。確かに判りやすいし意味は通る。

 虹也からしてみれば違和感が半端無いが、それは彼がそういう意味を考えた事も無いからだ。よく考えたら“人間”だって単純な言葉だ。

「えっと、これって“なかま”とも読むよね?」

 とりあえず引っ掛かった部分を確認しておく。なまじ言葉がほぼ共通である分、用法を間違うとトラブルの元になる可能性が高いのだ。

「ああ、そうだ。あれって元々は仲間ちゅうかん族の結束が固いのを、とある内奥の大国の革命軍とかが旗印に掲げて、『仲間ちゅうかんの志』って感じで使ってたらしいんだけど、その意味を敵から隠す目的で読みを変えていたのがそのまま残ったって言葉だからな」

「そうなんだ……」

 ああ違うんだ。と、虹也は胸に呟く。同じ言葉でもその歴史が違う。それは、同じだからこそ、虹也の意識に強く響いた。

 自分はあまりにも簡単に考えていたのかもしれないと、そう思える。流されるだけの今の自分では、いつかきっととんでもない失敗をしてしまうだろう。

 そう、民族学者だった父は言っていた。

『先入観ってのはな、つまりは相手を本当に理解しようとしてないから持ってしまうものなんだよ。どんな相手にも真摯であれば、それが相手を知り、己を知るって事になるんだぞ』と。

 父はいつだって彼の指標だった。虹也の胸の中心には常に両親の教えがある。

「俺、こんな感じで知らない事ばっかりだからさ、二人に頼みたい事があるんだ」

 言って、思いっきり頭を下げる。

「良かったら、友達になってくれないかな?」

 虹也のいきなりの言葉に、兄妹はしばし唖然とした。

 そして、おもむろに笑い出す。

「とっくに友達だろ?いきなり何言い出すかと思ってびっくりしたぞ」

「お兄はこんなだけど、いい奴ではあるんだ。あたしも、その、自分で言うのもなんだけど、結構良い奴だと思ってる。だから、良かったら愛想つかさないで付き合ってやってね」

 三人は目を合わせると、誰からともなく手を重ねた。

 人の持つ暖かさがお互いの手に染み透り、一人では叶えられない温もりを与え合う。

 そこに友達がいる。それがその証だった。

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