出会いの時は予感など無いものだ
「ええっと、うん、こっちだな」
虹也は手にした地図を自分の立ち位置と照らし合わしてやっと正解らしい道を確認出来てホッとした。
そもそも虹也は学生時代冒険クラブというサークルを立ち上げて、マッピングで実測地図をつくっていたぐらいなので、当然地図読みにも慣れている。
その彼をして迷わせ掛けた墨時の手書き地図は酷いの一言だったのだ。
「店の名前しか合って無いし」
虹也には墨時が捜査官などと言う仕事に従事する人間だという事が信じられなかった。
(勘だ、きっと勘だけでこなしてるに違いない)
虹也の墨時に対する評価は、底の見えない下降線を辿っている。
「ここ、かな?」
店と店を辿り、それで埋まらない部分は人に尋ねて(と言うか、最初から全部人に聞いた方が早かったと思われる)、ようやく見えた建物はやたら印象的な建物だった。
(てか、お堂)
町並みを構成する一般的な建物の形状は楕円や卵を横に寝かせたような物が多かった。普通の立方体のビルに近い物でも、面取りをしたように角が削ってあったりするものが多い。
それに比べて、目前の建物は角角しいというか、六角堂そのものだった。
屋根の棟に当たる部分の端には、鉄製らしき丸いぼんぼりが下げられていて、手毬のような作りのそれは、彩色されていなくとも可愛らしさを醸し出していたが、建物の大きさから考えれば虹也の頭より遥かに大きいはずだ。
「眺めててもしょうがないし、入るか」
緩いスロープになっている入口までの道は背の高い木が両側に植わっていて、夏場は木陰を作って涼をもたらしそうだ。
影が落ちる道もむき出しの土ではなく、かと言ってコンクリートやアスファルトともどこか趣きが違う、昨今の流行りの廃棄ガラス等を素材にしたリサイクルブロックに似て無くも無いが、やはり少し違う感じがする。
そんな風にぼーっと周りを眺めながら入口に着くと、扉の所に黒い円盤が設置してあり、何か書いてあった。
「えーと、認証紋を翳してください?……あ、初めてのご利用の方は国民証の紋影の登録をお願いします。って、うん、分からんな」
初手の躓きに、思わず唸り声を上げる。
「くっ、こんな事なら意地を張らずにおっさんを頼るべきだったか。……いや、いても役に立たない可能性も高いし」
何気に酷い事を呟きながらその円盤とにらめっこをしていると、人が近付いて来ている気配がした。
相手が図書処の利用者と判断して、自分が邪魔になると感じた虹也は、慌ててそこから退くと、あわよくば操作を参考にしようと手元が見える位置を推し量る。と、
「なんか困ってんじゃね?」
後方からやって来た相手が声を掛けて来た。
振り向いて見ると、相手は虹也と同じか少し年上ぐらいの青年だ。
「え?あの?」
当然ながら虹也のこの世界における知り合いは少ない。そして、相手はどう見ても知ってる顔では無かった。
一見した所、青年は虹也と同じ種族の人(地球世界的な人間)に見えた。
背が高く、スポーツマンタイプのがっちりした体格で、見下ろされているのが虹也としては本能的に気に触る。まぁこれは虹也の僻みに近いので関係は無いが。
「あ、わりぃ。なんか困ってるっぽかったからさ、余計なお世話しちまったかな?」
照れたように笑うとタレ目もあって愛嬌がある。
虹也はその様子に、福祉活動をやっている内に可愛い彼女をちゃっかりゲットした、エロゲー好きの後輩を思い出した。
なんとなく人当たりが良いというか、刺の無い雰囲気が似ているのだ。
だからではないが、虹也はなんとなく警戒を解いて首肯した。
「ここの登録手続きがよく分からなくて」
虹也の示す円盤に、相手は軽く頷く。
「最近は何でもかんでも最新鋭の術紋機だもんな。慣れて無い人には辛いよ」
その青年は、円盤上の認識部位を示して、そこにカードを立ち上げの初期画面状態のまま翳すようにと説明した。
その通りにすると、円盤上に光が点り、カラーの光がグルグル回りながら徐々に色を変えて行く。
それは赤から青というグラデーションになっていて、赤が危険で青が安全という色の刷り込みがある虹也には分かり易い。
やがて書き込みが終わったのか空間に文字が現れる。
『登録が完了しました。もう一度端末に認識カードを翳すと即日のご利用を受領いたします』
ここまでくれば虹也にもやりようは分かる。
なのでそこにもう一度国民証個人カードを翳す前に、親切に教えてくれた相手に礼を言う事にした。
「後は大丈夫です。ありがとうございました」
頭を下げると、相手は慌てて手を振ってそれを押し止めた。
「あ、いや、良いんだ。俺は調整官目指しててさ、問題が有りそうだと思うと勝手に首を突っ込んじまうんだ、割と迷惑がられたりするんだけど、役に立てたんなら俺の方こそ嬉しいよ」
調整官というのが何かは分からないが、どうやら他人に積極的にお節介を焼くのが当たり前な仕事らしい。益々介護の仕事を選んだ後輩に似ている。
「とにかく助かった。じゃあ……」
「おにい!こんな所にいたっ!」
挨拶を切り上げて図書処に入ろうとした所にキーの高い、いかにも少女らしい声が響いた。
声の方に目をやると、ショートボブの亜麻色の髪でいかにも活動的な服装に身を包んだ少女が立っている。声の印象よりは若干育っているようだ。ちゃんとあるべき所にそれなりのボリュームがあった。
どうでも良いが、虹也にとっては割と好みのボディラインだったりする。
(あ~いやいや)
つい、健全な青少年の目線になるのを自制して、虹也は軽く頭を下げた。呼び掛けからして親切にしてもらった相手の関係者だろう。もしかすると自分のせいで待ちぼうけを食わせたのかもしれない。
相手も虹也に気付いたのだろう。「あ」という感じに口を開けると、軽く会釈して少し足取りを緩めて近寄って来た。
「お友達?」
傍らの青年に問うような視線を向ける。
問われた方は苦笑いのような顔になると、重たげに口を開いた。
「いや、あー、困ってたっぽかったからさ」
「呆れた!また親切の押し売り?ついこないだも警羅の人に注意されたばかりじゃない!人には保守意識があるんだから求められてもいないのに他人の領域に踏み込むなって」
ものすごく怒られている。
虹也は人と人との距離が近い地方都市の育ちなので、誰かが明らかに困っていたらわらわらと人が寄って来て「どうした?どうした?」という騒ぎになるのが当たり前だった。なので違和感を感じなかったが、彼の行為はここでは咎められるべき不躾さだったらしい。
そういえば電車(気車)の中でもかっちりとパーソナルスペースが確保されていたなと、虹也は思い出した。
この世界に色々な種族が混在する以上は、そういう事はむしろ当然の配慮なのかもしれない。
「そういう決め付けが良くないんだよ、そういう当たらず触らずの風潮が相互理解を妨げてるんだぞ」
「はっ、お兄は理屈だけは立派なんだから」
少女は自分の兄であろう相手の弁明を歯牙にも掛けず、改めて虹也に向き直った。
「えっと、ごめんなさい変な足止めしちゃって。あの、魔術師の方ですよね?」
「え?どうして?」
虹也は、咄嗟に慣れない眼鏡に延び掛けた手を自制して止める。
そう、彼は今、眼鏡を装備していた。
別に虹也は目が悪い訳では無い。
これは捜査部からの、更に厳密に言えば内藤医師からの提供だった。
彼の言うにはノーブルリングという特長は決して市井の民には出ない特殊なものなのだそうだ。
特別な血族である氏族の、その中でも特別な交配によって生み出される存在なのだという。
交配などという単語が出て来ると、虹也はまるで自分が血統書付きの家畜になったような気分になったが、内藤はそういう感情的な部分に頓着せず、淡々と事実とそれが意味する事、そこから予想される弊害を防ぐには何が必要かを説いた。
氏族という存在は、そもそも気軽に出歩くような事はせず、その中でもノーブルリング持ちともなるとほぼ軟禁状態になっているという事らしい。
そんなのがホイホイ出歩いていたらトラブルを呼び込むのは間違ない。
という事で、この眼鏡を貸し出されたのである。
そもそもこの眼鏡は、本来は潜入捜査等の際に、魔術師タイプの捜査員のリングの光を抑える為の物なのだが、内藤が改造して色をも変えられるようにしたのである。
(ドラえもんとかコナンの博士かよ!)という虹也の一人ツッコミはともかくとして、この眼鏡を掛けていれば特別な氏族にはとりあえず見えないはずだった。
「氏族関係の人……に見えたからなんだけど、もしかして外見は先祖返りなだけ?」
「おい、アオッパナ、お前の方こそ失礼だろ」
「アオッパナじゃないわよ!あ・た・しの名前は青華です。……あ、っとごめんなさい!つい気になって、魔術とか興味があるからそれで、ほんと、ごめんなさい」
青華という名前らしい少女は、青年に食って掛かると、直ぐに向き直って頭を下げる。
気を悪くするとか以前に、なんか面白い兄妹だな、というのが虹也の正直な感想だった。
「魔眼?」
「そう……あ、でも石化とか魅了じゃないの、魔気が見えるだけで」
「お前、その言い方はそういう力を持った人に失礼だろ!」
「う、ごめんなさい」
相変わらず兄妹漫才みたいな会話を繰り広げる二人を前に、虹也は噴き出した。
「わ、笑わなくても」
赤くなった顔を膨らませて、子供っぽく抗議する彼女はとても可愛らしい。
互いに自己紹介し合って年齢も聞いたが、18歳という、年齢的には虹也とそう変わらないのに、その無邪気さは虹也からすれば羨ましい限りであった。
結局彼らは、いつまでも入り口で話している訳にもいかず、それでもなんとなくそのまま別れるのも惜しかったので、そのまま図書処の中にある喫茶処に移動したのである。
この喫茶処というのはお茶を飲んだり、人によってはタバコを吹かせながら軽く読書が出来る場所で、なんと座敷仕様で皆が思い思いに場所を決め、端末(国民カードが入り口の操作で接続されている)でお茶と本の注文が出来るという、虹也の知る図書館とは全く違う感覚の場所だ。
他にも学生や研究者が主に使う学習処という場所があって、そちらは静かに真剣に学習する人の為の場所らしい。
「一応ね、先に言っておこうと思って。嫌がる人もいるし」
青華は言葉に僅かな淀みを見せたが、それは虹也を気遣うようであり、自身を卑下するものでは無かった。
この兄妹は、兄が内家誠志、妹が青華といい、それぞれ20歳と18歳で、二人ともまだ学生だと言っていた。
この世界の学校制度を知らない虹也には細かい部分は分からないが、二十歳を迎えている誠志がまだ学校へ通っているという事は、やはりそれなりにゆとりのある世界なのだろう。
一人を育てるのに時間を掛けられる社会は基本的に豊かなはずだ。
「それでね、その魔眼で見えた虹也さんの気紋が凄く綺麗だったから、ちょっと感動しちゃって興味があるっていうか……」
「おいおい、兄貴の前で男を引っ掛けるとか、とんだ恐るべき女郎蜘蛛だな」
「何それ!あたし男狂いとかじゃないわよ!バカ!彼氏出来ても長続きした事無いんだからね!」
「は、そんな事を大声で自慢するような娘に育てた覚えは無かったのにな」
「ぎゃーっ!」
自分が何を叫んだかに気付いて、慌てて周囲を見回す青華。
虹也も思わず笑いの発作に襲われてしまった。
周囲から押し殺したような笑い声が聞こえるのも、虹也の空耳ではないだろう。
「ああ、虹也さんも笑ってる」
ガーンと、ショックを受けたように畳に突っ伏すが、その拍子に目の前で足を崩されてしまい、大胆に顕になった太ももが気になった虹也は、思わず目を彷徨わせる。
何しろ、畳の上にあるのはお茶一式を乗せたお膳のみで、足を隠す机などという物は存在しないのだ。
「気紋って何?」
とりあえず雰囲気を変える為に、虹也は話題を振ってみた。実際、気になる単語ではある。
青華はガバッと起き上がると、目を輝かせて説明を始めた。
「気紋っていうのはね、魔気とかが何かに作用する時に描く軌道の事なの」
「へぇ」
さっぱり分からないなと、虹也は頷いた。
「その説明で分かる奴がいたらすげぇよ」
誠志がいっそ関心したように呟く。
「もう、お兄は頭が悪いから分からないのよ!頭の中まで筋肉なんだから!」
(つまりは脳筋か、でも、そんな感じには見えなかったけどな)
虹也はテキパキと説明してくれた誠志の様子を思い出し、首を捻った。
「ええっと、ごめん、俺も実は良く分からない」
仕方ないので正直に告白する。
「ほれ見ろ」
誠志は何か勝ち誇ったように胸を張ったが、虹也もそうだが、自慢するような話では無いだろう。
「ああ、もう!だからほら、磁界ってあるじゃない?あれに似た感じ?アルケミーが魔気を吸収してエネルギーを変換してるのはよく知られてるけど、それとは別に存在に対する流れがあるの。それが気紋。それでね、ちょっと気になる事があるんだけど」
彼女は少し言い難そうに虹也を見た。
色々と後ろめたいというか、自身も良く分からない部分で隠し事が多い虹也はちょっと引き気味に応じる。
「えっと、なに?」
「その、胸の所がね、気紋が変に歪んでるの。その、何か病気かもって」
病気という言葉にぎょっとしたが、"胸の所"に思い当たってにこりと笑った。
「あ、ああ、これ、お守りが入ってるんだよ。ほら胸ポケットに。なんだっけ、その、魔気の作用を阻害するお守り?」
疑問形なのは情けないが、魔気などという存在の無い世界から来たのだから仕方ない。
「えっ!そうなんだ!ごめんなさい」
虹也が言葉を聞いて、青華がまたも凄い勢いで謝った。
なぜか横で誠志まで頭を下げる。
「わりぃ、こいつほんとに考えなしでさ、そんなつもりは無かったと思うんだ」
「あ、え?ええっと、なんで謝ってるんだ?」
虹也はまたしても自分の常識の及ばない部分で話が進んでる感覚に戸惑った。余りにも困惑する事ばかりなので、逆にそれに慣れ始めてるのが怖い。
「え?ほら、それって守護なんだろ?やっぱ虹也って氏族で守護の印を身に付けてるんじゃねぇの?……っと、ないのですか?」
何故かヒソヒソ声で、無茶苦茶な敬語っぽい言葉使いに無理にしようとして失敗している。それはそれで誠志の庶民感覚の表れを示していて微笑ましさを感じるが、虹也は慌ててその誤解を訂正に掛かった。
「いや、ほんと、違うから。俺、術紋とかの光を見ると意識が遠くなる体質みたいでさ、それを防ぐ為にお医者さんに貰ったんだ」
「オイシャサン?」
「あ、ああ、ええっと、施術……師?」
「あ、もしかして魔光酔いってやつ?」
青華が納得したようにそう言った。
あの医者は確か力場酔いって言ってたなと思いながらも、虹也は曖昧に頷く。
「確かそうだったかな」
「お前、自分の事なのにあやふやだな」
「あはは、なんか実感無くてさ」
話の間に本が届いた。
お茶もそうだったが、底部が浮いている不思議なカートで係員が運んで来るのだ。その様子は、虹也には列車の車内販売を連想させた。
「ところでさ、読書する場所でこんなに騒いで良いのかな?」
虹也の常識では図書館は騒いだら怒られる場所だった。
それから考えると、いくら喫茶しながら読書をするという趣旨の場所だとしても、彼等は騒ぎすぎだ。
「ああ、図書処は初めてだっけ?此所は書物に親しむ為の場所だから本を破損したりしなければ賑やかなのは構わないんだ。ほらあそことか賑やかだろ?」
言われてそちらを見れば子供達に本の読み聞かせを行なっているらしき小集団がいた。
内容に対してリアクションしているのか、確かに子供達がエキサイトしている様子が伺える。
と、そこで虹也は違和感に気付いた。
この距離ならもっと子供達の声が騒がしく聞こえるはずだが、かなり遠くでの騒ぎ程度にしか聞こえないのだ。
「音があんまり届かないね?」
「そうそう、なんかうるさくない工夫がしてあるんだぜ」
そう答えた誠志の頭を絶妙のタイミングで青華が殴る。
「ってぇ!なんだよ!」
「そんないい加減な説明無いでしょ、馬鹿じゃないの?ううん、紛れも無い馬鹿よね、確定的馬鹿」
「てめえ、いい加減にしないとお前の恥ずかしい話をぶちまけるぞ、アオッパナ……ギッ、」
見てそうと分かるぐらい加減の無いエルボーが腹に決まっていた。
いわゆるみぞおちと言われる急所である。
鍛えていそうな誠志なのでそこまでダメージは大きく無いかもしれないが、虹也ならしばらく立ち上がれない自信がある恐るべき攻撃だ。
「ごめんなさいね、私がちゃんと説明するわ。この畳に描かれている模様があるでしょう?」
青華は部屋の全体の床を示した。
言われてみれば畳は全体で大きな円と、様々な模様を描いている。
一片が一畳ではなく正方形になっている畳が、まるでタイル画のように組合わさっているのだ。
「これは空気の震動を抑える術式なの。術紋というよりは陣の様式なんだけど、単純な効果を狙うなら効率は案外悪くないのよ」
立て板に水とばかりに生き生きと語る少女に、虹也は思わず感嘆の声を上げていた。
彼女の兄はもちろん、墨時に至ってはその足元に平伏さなければならない程の知識レベルだろう。
魔術等という物に対する知識など無いに等しい虹也にすら、そのレベルの差がはっきりと分かった。
「でも、空気の振動を抑えるだけだから、大きな声とかは通っちゃうんだけどね」
先ほどの顛末を思い出したのか、きまり悪げに付け加える。
「詳しいんだね」
感心したそのままの気持ちを込めた言葉を虹也が贈ると、途端に年相応の少女の顔になって照れてみせた。
「うん、実は術紋師を目指してるんだ」
ツキリとした胸の痛みに襲われて、虹也は詰まった喉を無理やり通すようにツバを飲み込む。
「そう、なんだ。俺の姉さんも術紋師だったんだよ」
虹也は無理やりに笑顔を作った。いつまでも過去の痛みに支配されているのは彼の好む所ではないし、何より当の姉への侮辱ではないか?と感じはじめていたのである。
「え?本当?どんな文様を得意とするの?良かったらお姉さんに紹介してもらえないかな?」
テンションの上がる青華に押されながら、虹也は苦笑いをした。
「ごめん、俺が小さい頃に亡くなっちゃってさ」
頭の奥が警告を発するようにガンガンと痛み、虹也は気を抜くと意識が遠くなりそうになるのをぐっと堪えた。
その一方で青華が目を見開いているのを見て、しまったなとも思う。もう少し直接的じゃない言い方をするべきだったのではないかと、なんとなく罪悪感を感じたのだ。
「ごめんなさい、あたし」
案の定、青華は彼女の責任でもない事に対して謝りだしてしまった。
「おいおい、頭の下げ合いはやめろよ、それじゃあ亡くなったお姉さんが悪いことしたみたいだろ?亡くなった人が大切な人なら思い出を語るのはその人を生かし続ける事なんだぜ?だからさ、良かったら話を聞かせてやってくれないか?こいつも結構真剣に術紋を勉強してるんだ」
二人のそんな雰囲気を救ったのは誠志だ。まだ腹をさすっているのはややカッコ悪いが、彼の言葉にはその場の二人だけでなく、虹也の中の姉の思い出をも包むような暖かさがあった。
虹也は彼の言葉にはっとする思いで顔を上げた。
頭痛がすうっと収まるのを感じる。
(思い出を話す事は亡くなった大事な人を生かす事、か)
考えもしなかった事だったが、その言葉は何故かストンと胸に収まった。
「うん、俺もそんなに覚えてないけど、良かったら色々聞いて欲しい。俺は子供だったから大して覚えてないけど、姉さんが凄い術紋使いだったのは確かだと思うんだ」
何しろ彼女は、幼い虹也をここから見れば異世界である、あの"故郷"に飛ばしたのだ。
捜査部の部長によれば"決して通じるはずのない"ゲートを開けたのである。
「そっか、うん、そうだね、色々おはなしを聞かせてください」
ぺこりと、勢い良く頭を下げる青華に今度は温かさを含んだ笑みを浮かべて、虹也は「よろしく」と返した。
遠い異郷の地だろうと、人と人には縁という物があるらしい。
出会いというものの不思議さを、虹也は深く感じていた。