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この職場が忙しいとはとても思えないと虹也は考えていた

「精密な記憶の書換えが不可能とは申しませんが、掛かる手間を考えますと割りが合うとは思えませんね」

 唐突に新しい声が場に加わる。

 エプロン?割烹着?その人のいでたちは虹也から見るとそんな感じだった。

 給食のおばさんの格好をしたおじさんという感じだが、いくらなんでもそれはあるまい。虹也は改めてしげしげと相手を見た。

 広い額と細い目、顔立ちは今迄出会ったこちらの人の中では一番日本人らしいかもしれない。

 着ている服装を白衣に変えれば化学の先生にイメージが被った。

 ふふふと、その相手は笑ってみせる。

「観察はお済みかな?良ければ今度はこちらが検査をさせていただきたいのだが」

 ジロジロと見てしまった虹也はすみませんと軽く謝った。相手は気にしていない風で手でそれを制してにこにこと笑っている。

 検査という事はやはり医者とかだろうかと虹也は思い、どうするか図るように部長の顔を見た。

 部長は、少し考えると首を横に振る。

「いや、まずは山中の報告を待とう。急いて事を進めると誤認が起り易いからな」

 見掛けと嗜好はなにかコメントし辛い人だが、流石は捜査官達のトップではある。虹也は感心すると共に、自分の立場を再考してみた。

 単純な話、大別すると、犯罪者扱いか悪くすると狂人扱い覚悟で真実を主張し続けるか、流れに任せて相手が作り上げる設定を利用するかの二択である。

(まぁ、最初から迷っちゃいないんだけどね)

 切り捨ててしまっては自分で無くなる物が確かにそこにあるのだから他に選択があるはずもない。

 虹也は軽く笑って肩を竦めた。

 そこに、ガタン!キシッ!という音が響き、ドアが一瞬のたわみの後に開かれた。

 この分ではここのドアの寿命は近いに違いない。

「はよざいます!お?コウ、なにまだつっ立ってんだ?検査終わったか?」

 場の空気なぞ全く読まない男が一人入って来た。

「ばっかもん!!どっかのだれかの報告待ちだ!」

 おお、怒鳴った。やっぱ怒鳴ると迫力あるなと感心しながら、虹也は、怒鳴られている相手、自身の保護者となっている男を見た。

 墨時は軽く首を傾げている。

 いわゆる小首を傾げるという伝統的なポーズだが、良い年の男がやっても何の感慨も呼び起こさない。むしろ相手に苛立ちを与えるだけである。

「報告と言っても被害者の主張は一貫してますし、それ以上の事は……あ、精神剥離状態に成り掛けて施術師に術式布を施して貰ってるんで気を付けてくださいね」

(スゲェよおっさん!この高まる無言のプレッシャーを意にも介さずに飄々としてるなんて、俺は今、猛烈に感動している)

 虹也は有り体に言うと呆れていた。

「部長、前々から提案していましたが、この馬鹿の外苑部送り、本格的に検討すべきかと」

「は?何言ってやがる、あんな暴力的な所で俺みたいな繊細な男がやってける訳が無いだろ?てめぇが行けよ凶手野郎」

「あ?それが深夜に連絡を待ち続けた相方への謝罪かい?明日辺り血の気の無い死体が発見されそうだね」

「なんだ?それは犯罪予告か?内鑑に行っとくか?ああ?」

「やめんか馬鹿者ども!」

 ドゴン!と、先程の大木が地面をえぐった時のような音が響き、虹也の目前で罵り合っていた二人が床に沈んだ。

 何が起ったのかよく分からなかったが、誰も驚いていない所をみるとここではごく普通の光景なのだろう。

「お前達は治安を守る立場という事を理解しているのか?理解してないだろう?単に暴れたいだけなら海外派遣で紛争地域に送ってやろうか?」

「いや、あんな所で俺みたいな一般人は役に立ちませんよ。こいつなら喜ばれるんじゃないですか?」

「いやいや、外苑には結界操作に長けた者が少ないらしいじゃないか、あちらさんは諸手を上げて歓迎してくれるさ」

 終わらない戦いの物語、ネバーエンディングストーリーだっけ?ワンコみたいなドラゴンが出るよと友人に引っ張られて観たDVDは、寝てて内容覚えて無いんだよなぁ。などと虹也がどこかにトリップし掛けるぐらい、二人の罵り合いはなかなか終わらなかった。

 途中から部長さんやまだ紹介し合って無い人達とアイコンタクトで挨拶を交わせたぐらいである。

『いつもこうなんですか?』

『ああ、いつもこうなんだ』

『大変ですね』

『そう言ってくれるのは君ぐらいだよ、どうだ、今度一緒に酒でも呑まないか?』

『残念ですが、まだ未成年なんで来年おねがいします』

『そうか、残念だな、それなら食事会でもやるか』

『良いですね』

 と、こんな感じだ。

 ちなみに内容には100%虹也の脚色が入っている。

 そんな事をやっている間にようやく二人の争いは終盤に入ったようだった。どうやら案件を抱えていながら連絡も入れずに直帰した虹也の保護者殿の敗色が濃い。

 どう考えても自業自得だった。

「それほど帰りたい我が家の割にいっこうに婚姻の話を聞きませんね」

 トドメとばかりに彩花の放った言葉は確実に墨時の精神にダメージを与えたようだ。

(もっと言ってやれ!)

 銀穂贔屓の虹也は当然のように彩花にエールを贈る。

「お前みたいな人非人に言われる筋合いはない!」

「へえ、何?それ?種族差別?お前こそ内鑑の世話になれば?」

(あ、やばい、二人共マジ切れモードっぽい)

 猛獣の争いに首を突っ込む愚を冒して止めるべきか?

 虹也がこんな事で死の淵を覗く覚悟を固めるのはいやだなぁと思いながらも声を掛けようとした時。

「お前達、覚悟は出来ているんだろうな?」

 低く渋い声が空気を震わせた。

(ジャバザじゃなかった部長様!?)

 目をすがめたその姿は正に悪の親玉。暗雲を纏った背景が実際に見えそうで、自然と体に震えが走った。

(さすがアンダーグラウンドの覇者!格が違うぜ)

 虹也は混乱していた。

「お前達には不備のあった報告書の再提出を心行く迄堪能させてやるからそのつもりでな」

「ええっ!」「ちょっと一度終わったものを掘り返すとか墓暴きの所行ではありませんか?」

 激しい抗議だ。しかし書類の再提出程度になんか激し過ぎる抗議のような気がしないでもない。報告書というのはそんなに恐ろしいものなのだろうか?

 部長はコホンと咳払いをすると、場を仕切りなおした。

「流れを整理してみよう。まず、この美郷さんが南海平野西の里、緑野区の禁足地にて15日昨夜23時頃発見保護された。この時点で護符等の守護具を所持しておらず現場判断で避難保護扱いだった」

 なるほどと、虹也は一連の経過を自分なりに整理してみた。

 最初は分からない事だらけで混乱が先に立っていたが職質というより保護の意味合いが強かったのだ。

 夜間に身を守る物を持たずにうろつくのは危険らしい。しかもどうやら虹也がいたのは禁足地と呼ばれる危険な場所だったとの事。

 あの警官は下手すると命の恩人だったという事だ。

 お礼をいつかは必ず言わないとと、改めて思う。

「そして事情を聴取してみると内容に混乱が見られ、意識操作を疑われ本部へと通報。外見から氏族出身者とも窺われるので慎重を期す為に捜査部に回され、たまたま出張帰投中だった山中捜査官に保護任務として命が下った。此所までは間違い無いかな?」

「はい、間違ないです」

 墨時のピシッとした受け答えが周囲に違和感を振り撒いていたが、そこにあえて突っ込みを入れる命知らずはいない。

「正式に他方から報告が上がっているのはここまでだ。その後の経過報告を聞こうか?山中捜査官」

「はい」

 別人のようにキレの良い返事を空しく響かせ、墨時は報告をした。

「到着直前に追加指示があり、被害者は病院に運ばれたとの事で行き先を変更、追時送記での説明によるととりあえず休ませようと保護室に案内したところ洗い場で倒れていたとの事でした。」

「待て」

「はい」

「倒れた時の状況は本人に確認したのか?」

「いえ、えーと」

 墨時はちらりと虹也を見る。

「あ、俺は席をはずしましょうか?」

 何か本人には言い辛い内容らしいと察して、虹也は提案した。

 正直、虹也も自分に起きた事を知りたくはあったが、ここは病院ではなく警察のような場所だ。捜査上の守秘義務のようなものもあるだろう。

 そう考えての提案だった。

「あ、いや、席まで外さなくて良い。山中捜査官、通信で概要を頼む。限定範囲だ」

「了解」

 墨時は左手の甲を軽くなぞる。

 例の術紋を起動しているのだ。

 見ればその場にいる全員が同じように起動していた。

 さすがに虹也は疎外感を強く感じたが、こればっかりは仕方がない。

 手持ち無沙汰な気持ちのまま、墨時が立ち上がった画面らしきものに指を走らせるのを眺めた。

(打ち込みしてないよな?どうやって書いてるんだろ?スライドとも違うようだし)

 プライベートフィルタのような仕組みはかなり優秀らしく画面が全く窺えない。

 ただ、その様子は一斉に時計合わせをする、映画で良く見る場面のようでもあり、虹也からすると、何かこう、現実感から遠かった。

 全員が腕の所を覗き込んでうんうん頷いている光景はなかなかシュールで面白かったが、その確認作業は直ぐに終わり、画面が閉じられる。

「状況は分かった。念の為術式布はそのままにしておいた方が良いだろう。さて、」

 部長は虹也に改めて向き直った。

「待たせてすまなかったね。それでは美郷虹也さん、君の話を聞こう」

 虹也は一つ頷くと、自分の記憶に違和感が無い事、こことは違う場所から来た事、なぜそうなったのかさっぱり分からないという事をはっきりと説明したのだった。


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