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捜査部の一番偉い人

 ガチャリというレバーが下ろされる音と共に、バキッという不安な音が響き、軋むように扉が開く。

 どこからどう見ても壊れる一歩手前にしか見えない。

「じゃかあしいわ!」

 開いたドアの向こうから、怒鳴り声と、むわっとした、色々と入り混じりなにやら分からないが臭い事だけは分かるという匂いを纏った空気が彼等を迎えた。

「暫定被害者の身柄を抑えました」

 彩花が室内の喧騒に対してあまりにもボリューム不足な声でぼそりと告げる。まるで聞き逃されるのを期待しているような声だ。

 しかし、虹也のそんな感想とは裏腹に、彼女の声にさながら他人を振り向かせる物理的効果でもあったかのように、室内は俄かに静まった。

 一つ離れた大きな机(他の机の3倍はあった。大きいにも程がある)の、彼等の位置からは判別不明な処理をされているらしきホログラム映像が浮かんでいるそこに座っている相手がこの場の責任者なのだろうが、今はその何かのホロ映像に向かって怒鳴り付けている真っ最中のようだった。

 彼が先程の声の主に間違ないだろう。

「別に人員をこちらに割けと言ってる訳じゃないんだぞ!分かってるのか!?人出不足なのに派遣依頼が多すぎると言ってるんだ!」

 虹也の側から見ると何か黒い棒のような物が浮いてるようにしか見えないが、恐らくモニターのような物があるのだろう。テレビ電話かパソコンのモニターのようなものなんだろうと虹也は想像した。

「部長、暫定被害者に同行願いました」

 一通り話しが一段落したと判断したのか、彩花がその相手に前回と少しニュアンスを変えて声を掛けた。内容は同じなので別に意味があって変えた訳ではないんだろうなと虹也はなんとなく思ったりする。

(部長さんなんだ)

 その馴染みのある響きになぜか癒されながら、虹也は他人に語られる自分の立場を確認しておこうと彼等の会話に耳を傾けた。

 課長と呼ばれた男が振り向き、机上にあったホロモニターのような物が姿を消し、彼の顔がまともに見えると、虹也はギョッとしてしまう。

 肥えるという表現がかわいらしく思える程に"はみ出した"人間がそこに在った。

 人間離れしたという言葉があるが、正にそれだ。

 一方でその姿に何か懐かしさも感じてもいた。何か、記憶に引っ掛かるのだ。

「あ、そうか」

 虹也は思わず声に出してしまい、集まった注目を咳払いで誤魔化す。

(あれだ、スターウォーズのジャバザハット)

 目前の人物への既視感の根源に思い至って、虹也は一人頷いた。

 しかし映画のクリーチャーと違うのは、彼の頭部にはきちんと撫で付けられた頭髪があり、だらしない部分の見当たらない、背広に似た服装をしている事と、穏やかで理知的なその表情だった。

 その顔付きを見ていると、とても先程の怒鳴り声がこの人物のものとは思えない。

 彼は彩花と虹也に順に視線を送ると、もう一度彩花を見て小さく頷いてみせた。

「それでは、報告いたします。本日09:22時、山中捜査官に伴われて本官庁舎を訪れた大地の民と思しき男性を保護。昨夜南海平野西の里、緑野区番所より緊急案件として報告のあった意識操作を疑われる被害者と思われます。詳しくは山中捜査官に確認願います。本官の報告は以上であります」

 ぴしりと直立した彩花の報告は流石に整然としていた。が、

「何も分からんという事だな」

 部長の評価はにべもなかった。

「まぁ纏めるとそうなるかもしれませんね」

「それで、肝心の馬鹿者はどうした?」

「馬鹿は下で起きた騒ぎの後始末です」

 馬鹿が代名詞になってるぞ。と、虹也は初めて自分の仮の保護者を哀れに思った。

「そっちの報告もあいつ待ちか」

「はい」

 イエッサとでも言いそうなぴしりとした返答がなにやら空しい。

「それでは」

 捜査官達の長はゆったりとした動作で虹也に向き直った。

「先に当事者の状態確認をすべきだろうな」

 意外とがっちりとした腕を組み、虹也を見る眼光は強い。

 ただ、虹也が容疑者という訳ではないせいか、そこに威圧感は無かった。

「まずは自己紹介から良いかな?私はここの部門長をしている東山豊という者だ。君は?」

 相手の外見に比べてあまりにも名前が平凡だった為、虹也は少し拍子抜けしたが、慌てて気持ちを切り替える。

「美郷虹也です。よろしくお願いします」

 きっぱりと、澱み無く虹也はそう名乗った。

「ふむ」

 部門長と自分を紹介した東山は、何を考えているか伺わせない顔付きで自らの顎を撫でる。するとタプンという、重なった肉がぶつかって立てる音がした。

「それで、美郷くんはこの庁舎のたたずまいについてどう思うかね?」

「えっ!?」

 いきなりの問いに、虹也は思わず周囲を伺った。誰もがさり気なく目を逸らしつつ聞き耳を立てているようだ。

(ちょ、)

 先ほどの彩華の話を思い出す。まさかとは思うが、下手な事言ったら何かよからぬ事が起きるのだろうか?と、虹也は慄いた。

 しかし、何をどう懸念した所で、思った事をそのまま口にする以外の選択肢は無い。咄嗟に良い知恵は浮かばないし、そもそもどういう方向に褒めれば良いのかさえ分からないのだ。

「そ、そうですね。古い……じゃなかった。風格のある建物ですね」

 とはいえ、思い切り日和見た表現にはなった。

「なるほど、それだけかね?」

 そんな突っ込みは勘弁してくれよと内心思ったが、仕方ない。虹也は言葉を継いだ。

「ただ、老朽化が進んでるみたいですし少し手を入れた方が良いと思います」

 途端に、穏やかだった部長さんの顔に亀裂が入った。といっても別に実際にひび割れた訳ではなく、顔をしかめた為、肉によって作られたシワが思いっきり浮かび上がったに過ぎない。

 そっかマジだったんだな、建物の悪い評価は逆鱗なのね。と、虹也は少し遠い目になったが、ぼんやり考えている場合ではない。慌てて言葉を更に重ねた。

「建物もまた生きているとうちの母なんかは言っていました。手を入れない建物は痛みますし、年を重ねれば修理も必要でしょう。そうやってやっと長い年月を耐える事が出来るものだと」

「う~む」

 部長さんは何かに迷ったように目線を泳がせると、俺に対する評価ははひとまず置く事にしたようだった。

「古い物が尊いのは、それを守る為に力を尽くした人の気持ちがそこにあるからだとうちの父などは言ってました。古さというのはただ年月が経っただけというものでは無いと。俺もそう思います。正しく手入れをしてこそ古さには価値があるのではないでしょうか?」

 何か俺必死じゃね?と、虹也は自分の声をどこかの他人の物のように評価した。基本のんびりしている性格の虹也なので、こういう焦りにはあまり慣れていないのだ。だが、

「なるほど。彼の言動は理論整然としていて思考にブレが無いように思えるな。どうも意識操作をされたようには見えないが」

「そうですね、思考に異常がある場合、かならず会話のどこかに綻びが出る。この坊やにはそれが見えない気がしますね」

 東山と彩華の会話に、虹也はさっと緊張した。

 あんな馬鹿馬鹿しいと思った会話で、自分は試されていたのだと気付いて、ちょっとばかり本当に思考が混乱してしまう。

(何が本当で何が嘘なんだ?って、よく考えたら俺って被害者側とはされているけど不審者なんだよな、本質は)

 彼の籍はここにはない。

 この国がある程度管理されている社会なのは間違いなさそうだし、もし自分の記憶に異常が無いと判断されて、それならば誰なのか?と調べられたら確実にそれが知れるはずだった。

(ええっと、もし発覚したら何の罪になるんだ?身分詐称?密入国?)

 なんだか冷たい汗が額から頬に伝うのを虹也は感じたのだった。


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