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朝の光景

(手巻き寿司っぽいな)

 お粥と雑炊の中間のような自分の分の食事をゆっくりと口に運びながら、(ちなみに、つい勢いで掻き込んだら噎せてしまい。おもいきり呆れ顔で見られたので、現在はゆっくり食べている)家人の食事をそれとなく観察して虹也は思った。

 それは皿に盛ってある肉や野菜の具材を箸で手に持ったご飯に乗っけてクルクル巻いて食べる料理のようだった。

 ご飯の外側には海苔が敷いてあるし、感覚的には間違なく手巻き寿司だ。

(やっぱりなんとなく和食っぽくはあるな、上に乗っけてるのはどうも粗味噌っぽいし)

 体調が良ければ一口味見をさせてもらいたい所だったが、どうも食欲がない。先程噎せた時にも思ったが、今朝の彼の体調は今一つ冴えなかった。

 床に直接寝た事も影響はあるのだろうが、その節々の痛みとは別に、なんとなく全身に倦怠感があるのだ。

 だがそれも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。あまりにも目まぐるしく全てが変わってしまったのだ。いかに図太さに自信がある彼とはいえ、それに対して何も考えずにいられる程に突き抜けられはしない。

 それに、この変化はまだまだ終わってすらいない。始まったばかりと言っても良いぐらいだ。

 それにしても……。

 虹也はどうしようもない事を考えるのはひとまず置いて、現在、自身の保護者であるはずの男を見た。

 挙動がおかしい。

 不安で一杯のはずの自分よりも、むしろ落ち着いていなかった。

 どこがどうという訳ではないが、例えて言えば、まるで宿題を先延ばしにしている小学生のような、どこか迫り来る避けられないタイムアップに怯えるような、ほぼ上の空に近い様子が伺える。

 ふと視線が絡むと、彼はバツの悪い顔を見せた。

「なに?」

「ああいや、お前じゃなくてだな」

 ふう、と、訳知り顔の銀穂が視線だけを墨時へと送る。

「気になるなら連絡してみれば?」

 その言葉で虹也にもピンと来た。

「本部への連絡?」

「ああ、いや、本部というより、相棒というか、お目付けというか、まぁそういう感じの」

 なるほど、どうやらその相手が怖いらしい。

「んじゃなんで昨夜の内に連絡しとかなかったの?」

「ばっか、お前連絡なんかしてみろ、やっと帰って来たってのに家に戻れなくなるだろ」

「ふふふ」

 銀穂がどこか照れの入った顔で、にこやかに笑った。

 なるほどと、虹也も納得する。

「愛する相手に一目会いたいが為に我が身の破滅すらも恐れない。か、なかなかカッコいいじゃないか、おっさんの癖に」

「まあ」

 銀穂はその言葉が嬉しかったのか、アクセントの跳ね上がった声を発した。毛皮に隠れて見えないが、おそらく顔が赤くなっているのだろう。

「待て!なんかいたたまれない解釈をするな!」

「違うの?」

「ちが……!?」

 言い掛けて、墨時は傍らの同居人に目をやった。彼女は笑顔のまま彼を真っ直ぐに見つめている。

 見えないプレッシャーがせめぎ合い、その圧力に磨り潰されたかのように言葉が失われた。しばし動かしようのない緊迫した沈黙が落ちる。

 こほん、と、その雰囲気を払拭するように墨時が咳払いをしてみせた。

 そして無言のままポケットから薄いシリコンシートのような物を取り出し、例の左手の術紋の在る辺りにそれをペタリと貼る。

 そのちょっと厚めのシールようような物は、ぴったりと肌に密着して、淡く発光した。

 墨時の武骨な指がその表面を撫でる。

 ピピピと電子音に似た小さな音が鳴り、何か細かい線のような物が中空に展開した。

(もしかして、あれって携帯みたいなものか?)

 横からはひとかたまりの黒い線のように見えるが、墨時の目の動きからすると、おそらくそれは文字だ。

 とすると、なんらかの通信を受信するメールのようなものではないかと思われる。

(給茶機の時も思ったけど、ここの世界って空間に表示する技術が進んでるなぁ)

 変な所に感心する虹也だった。

 墨時は、しかし、それを一瞥すると、即、もう一度左の手の甲に右手を滑らせ、浮かんでいた文字らしき表示を閉じる。

「ここからじゃ詳細は分からなかったけど、なんか一杯連絡が来てなかった?」

 虹也は、とりあえず確認の意味も込めて突っ込んでみた。

「見なかった事にしろ」

 やはりそうらしい。

「どして?」

 コップに冷や茶を貰い、それを喉に落とす。

 香りが少し強いそれは、ちゃんとお茶の味がした。

 美味しいけどやっぱりお茶は熱い方が良いなと、虹也は思う。

「今確認した所、通信記録に大量の伝言が残っていた。おそらく全部叱責文だ。そして本日出仕すれば間違なく小言を聞かされる羽目になる。どっちにしろ怒られるなら一度で済ませた方が良いに決まってるだろ」

 良くないだろ、子供か?と、虹也は思ったが、とりあえずそこに突っ込むのは止めておいた。武士の情である。

「それじゃ、早く行った方が良いわね。あの人も相当沸騰してるでしょうから、とうとう思い余って貴方を消してしまおうとか思われたら困るもの」

「怖い事言うなよ」

「なるほど、原因そのものを消そうという発想は、古今東西追い詰められた時に最後に辿り着く考えだからね」

「やめれ!シャレにならんから!」

 頭を抱える墨時は真剣だった。

(そんなに怖い人なのか)

 からかいはしたが、虹也にとっては決して他人事ではない。

 彼はこの件に関しては当事者というか原因そのものである。墨時に同行してその相手に会わなければならないのだし、なによりも、彼は彼等が思っているような被害者ではないのだ。

 彼自身が自分を被害者だと声高に主張した訳では無いにせよ、なんらかの叱責を受ける可能性があるのは否めない。

 更に、あくまで本当の事を事実として主張するならば、怪しい人物として拘束される可能性が無いとも言えない。

「でも、結局は行くしかない。か」

「はいはい、了解。じゃあとっとと行きますか」

 虹也の半ば独り言のような言葉に応えが返り、思わず彼の口元に苦笑が浮かぶ。

 たとえどんな結果になったとしても、この男が悪いようにしたりはしないだろうという、なんの根拠もないはずの予感がして、それがなんだかおかしかったのだ。

「なんだ?」

「いや、行こうか、おっさん」

「仕方ねえな。んじゃ行って来る」

「いってらっしゃい」

 銀穂はクスクスと笑ってみせると食卓からそのまま彼らを見送った。

 ふわりと、しなやかな所作で手を振り、送り出す彼女の背後で豊かな尻尾が大きく揺れる。

 それは人の持つ言葉よりも雄弁な想い。

 彼等の繋がりを微笑ましく思いながらも、その一方で、虹也は暖かな繋がりを持つ人々の居る、遠い故郷に想いを馳せた。



 昨夜辿った道を逆になぞるだけの道程のはずだったが、その途上に見た風景は、虹也にとって驚きに満ちていた。

 昨夜は深夜だったので、現在の光景をそこから思い描くには想像力を超えた物が必要だっただろう。だから、彼には当然のように予想が出来なかった。

 通常、朝を迎えた人々の行動には、それが何処であろうと一つの決まった法則がある。すなわち一日の活動の始まりとしての行動だ。

 そして、この町ではそれが一つの形として現れていた。


 喧騒という形で。


「凄い人数だ」

 虹也はうなった。

 彼の住んでいた地域は田舎と言われても反論の余地がない程寂れた地方だったが、町中へ出れば商用のやたら高いビルやデパートもあったし、少し足を延ばして郊外へ出れば、大型ショッピングモールすら存在した。

 田んぼと畑しかない典型的な田舎とは言えないと彼は思っている。

 しかし、今目前にある光景を前にして、あれが田舎ではないと主張するのはどう考えても無理だったろう。

 そこには整然と乱立するビル群と、一瞥では把握出来ない人の群があった。

「凄い人の数ですね」

 唖然とする余り、つい丁寧な言葉遣いに戻った上に同じ感想を繰り返す虹也に、墨時は不思議そうに首を傾げる。

「そうか?いっつもこんなもんだぞ。まあなんだ、南部の首都だし、少々人は多いかもしれんが」

 今現在、彼等は車での移動を選択していなかった。

 朝は車だとむしろ遅いらしい。

 地下にターミナルがあり、そこを利用するとの話だった。

 例のゲートのような物かと聞いたら、「あんな効率の悪い物、集団移動には使えないだろ」との答えが返った。

 そもそも仕組み自体が分からない虹也にすれば「へえー」としか言いようがない。

 そうして紛れ込んだ雑踏は、人込みに慣れない彼に、息苦しくなるような錯覚を引き起こした。

(まるで壁に押されてるみたいだ)

 学生時代の朝の駆け込み登校の時ですらこんなに酷くは無かった。大体こんなに人がぎゅうぎゅう詰めになっていたら何も出来ないじゃないかと、胸の内で不平を鳴らす。こんな人数がいちどきに動くなぞ、どう考えても効率が悪すぎるだろうと、とりあえずの文句を並べてみて、ようやく気持ちを落ち着けた。

 よくよく見てみれば、集団を形成しているのは彼のような、所謂ヒューマンタイプだけでは無い。

 銀穂のような獣型の者、極端に小さい人、逆に極端に大きい者、トカゲにしか見えない者やでかい鳥のような者までいる。

 虹也達のような外見の者に比べればそう多くはないが、むしろ少ないからこそ目立っていた。

「はぐれるなよ」

 墨時が肩を引っ張ってそう忠告したが、人波に呑まれ掛けている身としては「無理」と、答えるしかない。

「子供か!?」

 どこかで同じような事を相手に対して思ったよな、という虹也の心の声は当然ながら墨時には届かず、彼は虹也の二の腕をがっちりと鷲掴みにした。

 そのまま遠慮も何もなく、ぐいぐいと引っ張られる。

 恐ろしい程の握力で握りこまれた腕が、ぎしりと軋むような痛みを発した。

「ちょ、俺、連行中の犯人かよ!?」

「似た様なもんだ」

 いかにもそっけないその言い様に、世の中は冷たいなと、虹也は思ったのだった。


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