第五話 刻の神
無意識に体が動いて、ルナの体を両手でうけとめていた。
彼の首から流れている赤い液体を、血だと気づいたのはその時だった。
思わず両膝を地面に着いた。
なんで、なんで......っ、ルナが?
「っルナ、ルナ......!」
周りに誰がいようと関係なかった。
ただ、その名前を呼ばなければいけないと思った。
「っ......は、リリ、っ、もう、いいんだ、よ......?」
その言葉の意味はすぐに分かった。
......ああ、もう、最初からわかってたんだね。
その言葉を最後に、彼の体から力が抜けた。
そして、頬に触れようとしていた手は、床に落ちた。
そっと地面に彼を寝かせ、ゆっくり立ち上がった。
『A cruel fate left a scar across my cheek』
残酷な運命が、頬に傷跡をつける
『The butterfly of hope, starved of nectar,
faded away』
希望の蝶は、蜜を失い息絶えた
『The bird who forgot how to laugh flew into the shadows』
笑うことを忘れた小鳥は、暗い方へ
僕らは、闇から奪うことでしか、世界を救えない。
でも、それを正しくないと思ったことはない。
ゆっくりと歩き始める。
『I don't know what true happiness is.』
本当の幸せなんて、何か分からない
歩みを止めて、空を見上げる。
でも、
「でも、君の純粋な願いを、踏みにじることなんてできなかった」
僕は刻の神と契約し、罪人になった。
『No afterlife awaits the ones who sinned.』
罪人は来世を迎えられない
きっと、ルナはこのループの原因が僕だと気づいていたんだ。
それならどうして、
どうして、"終わりにしよう"って言ってくれなかったの?
ごめんね。本当にごめん。
こんなの、僕の身勝手。
"世界を救うため"なんて、僕のことを正当化するための言い訳に過ぎない。
でも、これで最後にするね。
絶対に、彼の夢見た世界にするから
どうか――「時の神」、力を貸して......!
【刻を操る神よ、今、目覚めよ】
その瞬間、辺りが光に包まれた。
やがて光が弱まり、うっすらと人影が現れた。
腰まである長い黒髪、深紅の瞳。
数センチ浮いた体は、地球のものではないことの証明。
正真正銘、刻の神『ノルヴァ』だった。