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悪役令嬢の扱い方〜メイドの私がお嬢様に素敵な婚約者を見繕います〜

作者: 早川冬哉

「アーダイン王国第一王子アルバート・フォン・アーダインの名において、ミリエラ・フォン・カーリッツ嬢との婚約を破棄する!」


 その声は、カーリッツ公爵邸での夜会中に、突如として響き渡った。


「そん……な。アルバート様、なぜわたくしとの婚約を破棄なさるのですか……?」


 真紅のドレスに身を包んだミリエラが崩れ落ちる。彼女はその艶やかな金の長髪を振り乱し、王子を説得しようと言葉を並べる。だが、彼女の言葉に、王子はますます怒りをあらわにして睨みつけた。


 アルバートの口から語られるこれまでミリエラが犯してきた愚行の数々。メイドや下級貴族への差別発言や暴力行為の数は語り尽くせないほどだ。その傍若無人な言動に、周囲の貴族はみな言葉を失う。


 まあ当然でしょ。ミリエラ様は、前世の私がプレイしてきた数々の乙女ゲーの悪役令嬢要素を詰め込んだような人だし。婚約破棄されないほうが変だよ。


***


 あれからミリエラは、娘が婚約破棄されて焦った父親公爵の命令によって、大きな夜会には必ず出席させられた。


 ミリエラはその度陰口を叩かれてきたのだろう。夜会から帰るといつも気が立っていて、私たちメイドへのあたりがいつもより強く、些細なことでもクビにした。


「ねえサラ。昨日クビになったメイドの代わりに、あなたがミリエラ様のおそば付きになるんでしょう。サラって普段は優等生なのに、ときどき感情のままに突っ走るんだもん。心配だわ……」


 私を心配してくれた同僚のメイドにお礼を言ってから、私はミリエラの部屋の前に立った。


 私は今、自分の身など心配していない。前世で得た知識を活かせばどうとでも生きられるからだ。


 今私の頭の中を埋め尽くしているのは、ミリエラとの幼い頃の記憶。


***


 幼少期のミリエラは優しさに満ち溢れ、身分を気にせず誰にでも話しかける快活な女の子だった。私も彼女に話しかけられて、何度か一緒に公爵邸の庭を駆け回ったことがある。


 屋敷に住み込みで働く両親とともに暮らしていた私には誰も話す相手がいなくて、一人で部屋から外を眺める時間が多かった。そんなある日、ミリエラに声をかけられたのだ。


「ねえあなた、何をしているの?」


 突然窓の外から聞こえた弾む声に驚いて返事をした。


「えっと……。花壇に咲いている花を見ていました」


「ここらかじゃほとんど見えないじゃない! 花壇の近くに行きましょう!」


 そう言って私の手を引く彼女の澄んだ青い瞳は、私がそれまで見てきたどんな物よりも綺麗だった。


***


 その後すぐに始まったミリエラへの貴族教育は、上に立つ者についての哲学が中心だった。そのせいでミリエラは、徐々に今の、悪役令嬢の権化みたいな性格へと変貌してしまったのだ。


「やっぱり、見捨てられないや」


 短い間だったとはいえ、ミリエラ様は私にとって初めての友達だ。


 こうなったら、私がミリエラ様を更生させて、最高の婚約者を見繕ってやる!


 まずはミリエラの性格を直す。その間に婚約者の目星をつけておこう。


 そう決めるや否や、私は勢いよくミリエラの部屋の扉を開けた。


「なっ……、あなたノックもなしに扉を開けるとはなにごと──」


 不快感がこもったミリエラの言葉を切るように、私は彼女の側まで歩み寄り手を伸ばす。


「話をしよう。ミリエラ」


 パシィィィン!


「メイドの分際でこのわたくしの部屋に押し入ったあげく、あまつさえ呼び捨てにするなんて。あなたはクビよ! 今すぐこの屋敷から出て行きなさいっ!」


 立て続けに浴びせられたビンタと罵声。けれど私は頬にはしる痛みも、ミリエラの言葉も無視して、彼女の胸に飛びつく。


「ねえ覚えてる? ミリエラ。子供の頃、二人で屋敷を抜け出したときのこと」


 怒りが頂点に達し、逆に無言になったミリエラは、何をしたいのかわからないと言った表情で私を見る。


「あっ……、あなたもしかしてサラ?」


「ミリエラあのとき、果物一つ買うのに、『金貨一枚で足りるかしら?』って言ったんだよ。それで果物屋のおじさん大笑いして、他の店の人たちも集まってきて、いろんな物の値段を教えてもらってたよね」


 私ははにかんだ笑みを浮かべてミリエラを見る。


 ……思い出してよミリエラ。あの頃の感情を。


「そのときのミリエラ、困った顔してずっと私を見てるんだもん。可笑しくて可笑しくて……」


 お願いミリエラ。……あの頃みたいに素直で優しいミリエラに戻ってよ。


 ミリエラを抱きしめる手に、自然と力がこもる。


「ねえミリエラ。また一緒に出かけようよ。今は何もかも忘れて遊ぼうよ! あの頃みたいに」


***


 その後、ミリエラと街に買い物に行ったり、対話を重ねたりするうちに、彼女はだんだんと人を思いやる心を取り戻していった。


 そう、私の手によって!


 私の自論だけど、悪役令嬢にはいくつか共通の特徴がある。たとえば感受性が豊かだというところ。


 彼女達はみな、己の感情のまま、ある意味素直な行動をしている。婚約者に近寄るヒロインにちょっかいを出すのも、言ってしまえば自分が必要とされなくなるのは嫌だと駄々をこねているだけなのかもしれない。


 だから悪役令嬢に何かを求める時は情に訴えかければいいのだ!


 まあもちろん、あのときの言葉は本心だけどね。


「おはようサラ! 今日はあなたに着て欲しい服があるの!」


 ミリエラは、かげりのない澄んだ青い瞳をキラキラと輝かせて私を見る。


「あ、ああうん。……わかったよ、ミリエラ」


 私は自分の茶色い髪を弄りながら苦笑い。


 あれからミリエラは私に懐いた──たまにうざいと思うほどに……。


 まあ、いいことなんだけど。最近はメイド達にも優しいし、街の人たちとも仲良くやっている。


 これで第一目標──ミリエラを更生させることは達成。次の目標は婚約者を見繕うこと。


 まあ、もう目星はついてる。トーラス・リル・ノールテイン男爵──地位こそ低いが眉目秀麗で気の利く好青年。婚約者が男爵ならば他の貴族から嫌味を言われることもないだろう。


 今の優しくて美しいミリエラなら、出会いさえあればなんとかなるだろう。


 つまり、私が男爵をミリエラのところに連れてこればいいのだ。


 ミリエラ婚約大作戦、第二フェーズ開始だ!


***


「最近ミリエラ様、よく見かけるわよねぇ」


「そうね。自分より地位の低い人には酷い態度だって聞いてたけど、ミリエラ様は明るく優しいお方だわ。やっぱり噂は噂ね」


 ミリエラ──確かカーリッツ公爵家のご令嬢だったな。アルバート殿下に婚約破棄されて心を入れ替えたのだろうか。


 ミリエラ様は容姿端麗だと聞く。そこに人格が備わったとなれば、他の貴族の子息たちが黙っているまい。


 正直気にはなるが、


「男爵の俺には、高嶺の花だな」


 そう自重気味に呟き、歩き出そうとしたその時、背中に何かがぶつかってきた。


「すみませんすみません。今すごく急いでて……」


 茶色い髪の少女だった。顔を上げると、その先から人相の悪い三人の男達が走ってくる。


「きみ、追われているのかい?」


 そう言って立ち去ろうとする平民の少女の手首を掴むと、少女は無言で頷いた。


 それを見て、俺は少女の手を引き、路地へ入る。


「こっちだ」


 俺たちが、路地裏を走ること数分。


「これはこれはノールテイン男爵ではありませんか。いやぁ奇遇ですなぁ」


 そこには、まん丸シルエットのキーモイン伯爵がいた。そしてその横には、先ほどの男達の仲間であろう男が一人控えている。


「奴らは伯爵殿の差金か。つまり貴公が最近平民の娘をさらっているという噂は本当だったようだな」


 そう、キーモイン伯爵には少女誘拐の嫌疑がかけられている。が、有力な証拠を押さえられず、騎士団は手をこまねいている状況だ。


「おっとお、私を告発しようだなんて言わないでしょうねノールテイン男爵ぅ? この状況で私が男爵殿を犯人だと証言すれば、どちらの証言が優位か、賢いあなたならわかるでしょうよ」


 そう一息で言い切ると、伯爵はジュルジュルと舌なめずりをした。


「くっ……」


 確かに証言だけでは、俺より地位が高い伯爵の言葉が真実とされるだろう。


 俺は悔しさのあまり唇を噛み締めた。握り締めた手の先から伝わる振動で、少女が震えていることがわかった。


 どうすればいい……? 逃げきれるか?


 打開策を考えようとした俺の耳に、三つの足跡が響く。


 挟まれた! これではこの場から逃げることすらできない……。


「さあ、トーラス・リル・ノールテインよ。自分の立場を理解したのならその娘をこちらによこせ!」


 なにか、なにか手はあるはずだ。なにか……。


「さあ、はやく!」


 血走った目でキーモイン伯爵が手招きしたその時、


「キーモイン伯爵。あなた誰のメイドに手を出そうとしているかお分かり?」


 透き通った声が、路地裏に響き渡った。振り向くとそこには、長い金髪を風に靡かせ、澄んだ青い瞳を持つ女性が、腕を組んで立っていた。平民用の服を着てはいるが、その透き通った肌や立ち振る舞いから、貴族であることがわかる。


「ミリエラ!」


 俺の手を離し、少女がミリエラと呼ばれた令嬢に抱きつく。そしてミリエラも少女を抱きしめた。


 あれがミリエラ嬢……。確かに噂にあったように美しい。それに大切な人のために自ら危険に足を踏み入れる行動力も持ち合わせておられるのか。


「サラ、あなたが無事でよかったわ」


「怖かったぁ。ありがとうミリエラ、助けてくれて」


 サラと呼ばれた少女を抱きしめ、万人を安心させる温かな微笑を浮かべるミリエラの姿は、これぞまさに女神だと、そう断言できるくらい魅力的に見えた。


 ああ、彼女を──ミリエラ様をずっと見ていたいと思ってしまう。……これが、一目惚れってやつなんだろうな。


「なぜミリエラ様がここに? ……まあいい。お前たちぃ、ここにいる者を全員殺せ」


「キーモイン伯爵、貴公は何を言っているのかわかっているのか?」


「当然ですよノールテイン男爵。私より上位の貴族に見られた以上、口封じするしかないでしょぉ。というわけでぇ、お前ら、さっさと殺せぇ!」


 伯爵の命令に、男達は無言のまま迫ってくる。


 俺はその歩みを止めるように、ミリエラとサラの前に出る。


「おやぁ、武器なしでどう戦うっていうんです? ノールテイン男爵ぅ」


 俺は伯爵の野次を気にせず、先頭の男に突進。男が振り下ろそうとした剣を奪い取る。


 先頭の男がやられたことにより、残りの三人に動揺がはしる。


 俺はその隙を見逃さず、落ち着いて彼らの武器を剣で叩き落とし、気絶させた。


「ば、ばかなぁあ?! 腕利きなんだろぉ? おいお前たちぃ、高い金払っただろうがぁ。寝てないで働けぇ!」


 気絶した男達を揺さぶる伯爵の喉元に、俺は軽く剣先を当てる。


「キーモイン。お前はもう終わりだ」


 剣の腹でキーモインの首を打って気絶させ、ミリエラを振り返ると、彼女は顔を仄かに赤らめ、真っ直ぐに俺を見ていた。


***

 

 もちろん、私が伯爵に追われ、逃げる途中で男爵にぶつかったのはわざとだ。伯爵の乗る馬車の前に飛び出し、機嫌を損なうことで私を誘拐するよう促し、あらかじめ確認しておいた男爵のいる方向に逃げたのだ。


「いやぁ、それにしてもうまく二人を出会わせることができてよかった。それに第一印象も最高だったでしょ。体張った甲斐があったよ」


 あれから二人は時々街で会っている。それに最近、

ミリエラとの会話の話題はトーラスに関することばかりだ。


 この調子だと、二人がくっつくのは時間の問題だろう。


 これで私の役目は終わり。お疲れ私。


***


 あれから数ヶ月が経ち、ミリエラが社交の場に復帰することとなった。そして今日はミリエラが復帰して初の夜会だ。


「今夜はミリエラ様がくるのだろう。大丈夫なのか?」


「殿下にあれほど滑稽に振られて、よくもまあ顔を出せたものね」


「それよりも、今日はあのトーラス様がいらっしゃるのでしょう? 私、求婚してみようかしら」


 そんな話が会場を行き交う中、入り口の扉が開かれ、ミリエラが姿を現す。その隣には、トーラスもいる。


 さあくるぞ、私がやってきたことは全てこの瞬間を見るためだったんだ!


「わたくし、ミリエラ・フォン・カーリッツは、トーラス・リル・ノールテイン男爵様と婚約いたします」


 澄んだ心を持つものにしか出せない透き通った声と、そしてミリエラの、この会場にいる者全てに対しての敬意がひしひしと伝わる振る舞いに、会場から音が消え去る。


「わたくし達は若輩者ですが、どうぞこれからもご懇意にしていただきますよう、お願い申し上げます」


 一礼の後のミリエラの女神も顔負けといった微笑みに、一人、また一人と拍手を始め、すぐに会場は拍手と歓声の音に満たされた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


「面白かった!」


「もっと三人の活躍を見たい!」


と思ったら、下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をタップして応援していただけると幸いです。


もし、多くの人から応援していただけるのであれば、この作品をリメイクして連載するかも知れません。


よろしくお願いします!


それと、よかったらこちらの短編

「わたくし、真実の愛なんていりませんわ!」、も読んでみてください!

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