虚無の夜
吉野は、ベッドの上に投げたスマホをぼんやりと見つめていた。メッセージは消えない。
『やっぱり美咲たちの部屋で楽しむことにするね。勉強頑張って』
何度読んでも、意味は変わらなかった。
(ふざけんなよ……)
喉の奥がカラカラに渇いているのを感じる。さっきまで身体中を駆け巡っていた興奮はすっかり消え、代わりに鉛のような重さが胸にのしかかっていた。
期待していた。いや、舞い上がっていた。
初めての経験になると思った。自分もやっと“こっち側”に行けるんだと信じていた。それなのに、自分だけ、置いていかれた。
同じ階の別の部屋では、今まさに柏田が二人の女の子を独占している。楽しく、甘く、熱い時間を過ごしているはずだ。その光景がまざまざと頭に浮かぶ。
吉野はぎゅっと拳を握った。
(なんで俺だけ……?)
自分は何のためにここに来たのか。何のために期待して、緊張して、ドキドキしていたのか。
ふと、部屋の鏡に映る自分の姿が目に入る。
ダサい服装。決して洗練されているとは言えない髪型。こわばった表情。
(そりゃそうか……)
吉野は力なく笑った。
柏田は大学生で、コミュニケーションもうまくて、女の子を楽しませるのが得意だ。小早川もそうだ。二人とも、もう“あっち側”の人間なのだ。
対して自分は?
ただの浪人生。勉強しかしていない。女の子とまともに話した経験も少ない。何の魅力もない。
『勉強頑張って』
あの一言が突き刺さる。
(俺は結局、勉強するしかないってことか)
吉野はベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。天井を見つめる。
悔しい。
悲しい。
でも、一番強い感情は、虚しさだった。
時計の針は無情に進んでいく。外からは、かすかに楽しげな笑い声が聞こえた。
吉野は目を閉じ、深く息を吐いた。