ホテルの部屋にて
部屋の扉が閉まると、吉野は小さく息を吐き出し、荷物を壁際に置いた。目の前には広めのベッド、ムードのある間接照明、大きな鏡。どれも自分には縁のない世界のもののように感じる。
ラブホテルなんて、もちろん初めてだった。部屋の中をキョロキョロと見回しながらも、どう振る舞えばいいのかわからない。ぎこちなく立っていると、有紗が「コーヒー飲む?」と笑顔で尋ねてきた。
「え、あ、うん」
有紗は慣れた手つきで備え付けのインスタントコーヒーを淹れ、湯気の立つカップを吉野に手渡した。
「緊張してる?」
「ま、まあ……」
正直、心臓が爆発しそうだった。有紗はくすっと笑いながら、ベッドの端に腰掛けた。吉野も対面するように、ソファに座る。
「吉野くんって、意外と可愛いね」
「え?」
予想外の言葉に、顔が一気に熱くなる。こんなふうに女の子と向かい合って、甘い雰囲気の中で会話をするのは人生で初めてだった。
そんなとき、有紗がスマホを確認し、くすりと笑った。
「美咲たち、コンドーム買いすぎちゃったんだって。分けてくれるってさ」
吉野の脳内が一瞬、真っ白になる。
「えっ?」
「ちょっと取ってくるね」
有紗はひらりと立ち上がり、何気ない様子で部屋を出ていった。
静かになった部屋の中、吉野はごくりと唾を飲み込んだ。
(やばい、やばい、やばい……!)
興奮で胸がドクドクと鳴る。人生でこんな経験をする日が来るなんて。自分がこうしてホテルの部屋にいて、女の子が戻ってくるのを待っているなんて。
手にしたコーヒーの湯気が、ぼんやりと視界を揺らしていた。