脱出
「お待たせしました」
重いエレベーターの扉が、ゆっくりと開いた。
「やっと出られる……」
男がテキストを閉じ、女と顔を見合わせて小さく笑う。吉野もほっと息をついた。長い時間に思えたが、ちょうど30分ほどだった。しかし、その30分が地獄のように感じられたのは間違いない。
吉野は二人と別れるように足早に出口へ向かった。
(さっさと帰ろう……)
エレベーターの中で募ったモヤモヤを振り払うように、ホテルのロビーを抜けようとした。その時だった。
「えっと……」
ふと、視界の端に二人の女性が映った。
部屋選びのパネルの前で、困った様子で操作に戸惑っている。
二人とも20歳前後に見える。片方はショートカットの活発そうな雰囲気で、もう一方はロングヘアの落ち着いた印象の女性だった。
「どうするの?これ押せばいいのかな?」
「んー、でも料金がよくわからなくて……」
小さく話し合っているが、どうやら要領を得ていないらしい。
吉野は素早く通り過ぎようとしたが、その瞬間、ショートカットの女性と目があった。
「あ、すみません! ちょっといいですか?」
「えっ……?」
「これ、部屋の選び方がよくわからなくて……。教えてもらえませんか?」
ロングヘアの女性も申し訳なさそうに「すみません……」と頭を下げる。
吉野は仕方なく、操作方法を説明した。
「まず、部屋のタイプを選んで、ここで時間を決めるんです。それで……」
「なるほど、そういうことか!」
ショートの女性が納得したように頷く。
「ありがとうございます!」
ロングの女性も微笑む。
軽く会釈して立ち去ろうとしたその時、ショートの女性が口を開いた。
「ねえ、よかったら一緒にどうですか?」
「え……?」
吉野の思考が、一瞬止まった。今、何て言った?
「よかったら、一緒に」
ロングの女性も微笑みながら、「どうですか?」と軽く首をかしげる。
頭の中で警鐘が鳴る。こんなことがあっていいのか? これは逆転ホームランじゃないのか?
「えっと……」
慌てる吉野をよそに、ショートの女性が手を差し出した。
「行きましょうよ」
手を取られるまま、吉野はふわふわした気持ちで二人とエレベーターへ向かった。
さっきまで閉じ込められていた、あのエレベーター。
だが、今度はまったく違う心境だった。
(まじか……。これ、夢じゃないよな?)
エレベーターの扉が閉まる。
運命の夜が、再び幕を開けようとしていた。