第4話 再会した幼なじみと二股することになりました。
最初、それは聞き違いかと思った。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
そうだ、聞き違いだ。出会ったばかりの美少女に告白されるシチュエーションは確かに男の浪漫ではあるが、現実にそんなものあるわけないないない!
――莉緒くん、大好きです。結婚を前提に私と付き合ってください。
これは聞き間違い、実際は多分こう言ったんだろう。
――莉緒くん、ダース付きです。結構お雑煮渡して付いちゃってください。
いや、全然意味わからんけども!
「(ゴクリ……)」
そうだよね? 誰かそうだと言ってくれぇぇえええええ!!
荒れ狂う俺の脳内など、知る由もない少女は、笑顔を浮かべて現実を叩きつけた。
「うん! 何度でも言うね。莉緒くん大好きだよ。結婚を前提に私と付き合ってください」
少女の告白を受けて、俺の頭は真っ白になった。勘違いだと思ったその言葉は二回目になると重みが増して、冷や汗が俺の背中を伝う。
そして俺は記憶の断片からある光景が思い浮かぶ。
――じゃあさ、約束しよう。何も一生お別れってわけじゃない。俺だって楓ちゃんとずっといたい。だからもし再会して、大人になったら結婚しよう!
――私、莉緒くんのお嫁さんになりたい……莉緒くんとずっと一緒にいたい
――待っててね、莉緒くん。私、大人になったら必ず莉緒くんに会いに行くから。そのときは莉緒くんのお嫁さんにふさわしい立派な大人の女性になってみせるから!
――あぁ、俺も誰にも負けないくらい強くなって楓ちゃんにふさわしい男になるよ!
「………楓、ちゃん」
「うん、莉緒くん」
思い出した。そうだ、この子は昔隣の部屋に住んでた幼なじみの天宮楓ちゃんだ。確か小学校低学年くらいのときに引っ越して、お互い再会したら結婚しようって約束してたっけ。
「…………」
って、おいぃぃいいいいいーーーーーー!!! 何でそんな大事なこと忘れてたんだ俺ーーーー!!! というより何で、ガキの頃に交わした口約束を律儀に守ってんだよ楓ちゃんーーーー!!!
まずいまずいまずいまずいまずい! どうする、今の俺には柊乃愛という素晴らしい彼女がいる。楓ちゃんの告白を受け入れることはできない! だけど、あんな昔の口約束を律儀に守って努力したであろう楓ちゃんを振るのは良心が痛む。
浮気? 浮気しちゃう? ――ってバカか俺! テレビやネットニュースでも芸能人が浮気している情報を見るたびにコイツら屑だな。俺はこうはならねぇって思ってたじゃねーか!! それにこんな半端な気持ちで楓ちゃんと付き合うのはナンセンスだ。断ろう。俺には彼女がいるから付き合えませんってきちんと断ろう。
きっと楓ちゃんは怒るだろう。いや、怒るどころじゃない。彼女が俺のために費やしたであろう努力の時間を台無しにしてしまうのだ。殺されても文句は言えない。
「すぅぅううう~、はぁぁああああ~」
「(ゴクリ)」
俺が呼吸するのを固唾を飲んで見守る楓ちゃん。本当にごめん、楓ちゃん。俺は今から、君の告白を断るよ。
「ごめん! 俺、君と付き合うことはできない!!」
「…………」
俺は頭を下げ、楓ちゃんの告白を断った。顔が見えないから楓ちゃんがどんな表情をしているのかも分からない。怒っているのか悲しんでいるのかあるいはその両方なのか。楓ちゃんを裏切った罰は甘んじて受けよう。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
「…………」
「…………」
な、長い。沈黙が長すぎる。もう三分くらい経ってないか? ずっと頭下げてるから、顔見れないし、何でずっと無言なんだよ、怖すぎるだろ。
「…………」
「…………」
マズい、そろそろ頭下げてんのきつくなってきた。顔、上げてもいいかな? いいよね?
俺は視線を上げようとすると。
「――うん、そっか!」
「へ?」
突然納得したような声を上げた楓ちゃんに俺は思わず顔を上げる。
どういうわけか楓ちゃんの表情は悲しんでいるわけでもなく、怒っているわけでもなく、むしろ清々しいほどの笑顔だった。
「そっかー。そういうことかー」
何!? 何で納得したような声出してんの!? まさか俺に彼女がいることがバレたとか? そりゃそうだよな。俺が楓ちゃんの告白を断る理由なんてそれ以外ないもんな。
「莉緒くん、ちょっと台所借りるね」
「へ? お、おう」
トテトテと可愛げな足取りで、台所まで歩いていく楓ちゃん。何をするんだろうと思っていると何と、棚から包丁を取り出していく。
呆然とその様子を見ている俺を他所に、楓ちゃんは手にした包丁の刃先を自分自身の首に向けて。
「――って何してんだおいーーーー!!!!」
俺は慌てて駆け寄って、楓ちゃんから包丁を取り上げる。あっぶねー。再会した初日に幼馴染が死んだなんて、一生もののトラウマを植え付けられるところだった。下手したら我が家が殺人現場だよおい! マジで洒落になってねーぞ!
何がどうなれば、告白後から包丁で自分の首ぶっ刺す流れになるんだよ!
ゼェゼェと息を荒げる俺に対して、当の楓ちゃんは何やらキョトンとした表情で。
「え? 何って死のうとしたんだよ? 莉緒くんに受け入れてもらえない私なんて生きてる価値ないから」
などと、笑顔で衝撃の言葉を言い放った。
「…………」
おいおいおいおいおい何言っちゃってるのこの子! 笑顔なのが逆に怖すぎる。よく見たら目のハイライト消えてるし、完全に病んじゃってんじゃん!
「そ、そんなことねーだろ! 俺なんかに振られたくらいでそんな……何も死ぬこと」
「あるよ。莉緒くんが断ったってことは私は莉緒くんのお嫁さんにふさわしい女の子になれなかったってことだよね? 莉緒くんは私のお婿さんにふさわしい立派な男の子になったのに私はこの八年間いったい何をしていたの? こんな私なんて生きてる価値ないよ」
この子の目に俺はどう映っているのだろうか? むしろ俺の方が釣り合ってなくね? つーかこれどうしよう……。俺が何言っても死ぬ流れじゃん。付き合わなければ死ぬって、こんな斬新な脅し文句聞いたことねぇよ。楓ちゃんが死ぬとこなんて絶対見たくないし、俺なんかのせいで楓ちゃんが死ぬなんて許されることじゃない。
俺は乃愛に対する罪悪感を押し殺し、覚悟を決める。
「楓ちゃん……」
「何かな? 莉緒くん」
すまん、乃愛。俺今から君に対して最も下劣で最低なことをする。そして楓ちゃんにも。
「さっきの言葉は、冗談だ」
「莉緒、くん」
楓ちゃんの瞳からキラキラと色が戻っていく。
「俺たち、付き合おうぇっ」
罪悪感に堪えきれず最後に、胃酸が逆流して嗚咽を漏らす俺。ヤバい、胃が痛すぎる!
「うん! 莉緒くん、大好き!!」
楓ちゃんは満面の笑みで頷き俺に抱きついてきた。
「オ、オレ……オレモダヨカエデチャン」
乃愛ーーーー!!! 愛してるぞーーーー!!!
心にも無いことを言ってしまった俺は罪悪感から頭がパンクし乃愛への愛を全力で叫ぶしかなかった。
今まで浮気を屑だと罵った男性の皆さん本当にごめんなさい。本当は愛している人がいるはずなのに……皆さんも苦労されてたんですね。
俺は世の浮気している男性たちに心からの同情と謝罪の言葉を告げる。
かくして俺は、八年ぶりに再会した幼なじみと二股をすることになった。