第3話 再会と告白
「あー、朝からマジ疲れたー」
「あはは、お疲れだったね莉緒」
一年二組の教室へ入り、馴染みのある俺の席に腰を降ろすと、前の席に座っている小学校からの同級生――野呂のび男が同情の声をかけてくる。
のび男は俺の数少ない親友の一人で、小学校の頃某作品のキャラクターと名前が似てるのと、大福餅のようなふくよかな体型が原因で苛められていたが、俺が助けたのを切っ掛けに仲良くなった。
「つか見てたんなら助けてくれてもいいじゃんかよー」
「莉緒があの程度の連中に後れを取るとは思わなかったし、僕が出ても足手まといにしかならないよ。それより堂島君だっけ? 彼、凄いよね。毎日諦めもせずに莉緒に喧嘩売るなんて」
「あの野郎、いい加減諦めればいいものを。しつこいったらねぇよ」
「しかも同じクラスだから否が応でも顔を合わせることになるしね」
「そうなんだよー。本当勘弁してくれっての」
最悪なことに、今朝助けに来たと思ったら襲ってきたアホの堂島繁雄は同じクラスだ。頭をハートマークに刈り上げた髪型が特徴の堂島は入学早々俺を見るや否や喧嘩を吹っ掛けてきて、ボコしてからというものあれから毎日絡まれている。本当の本当に勘弁してほしい。
しかもそれを見られて卓の奴が舎弟にしてくださいとか言ってくるし、この高校生徒のキャラが濃すぎる。
「乃愛、今日は一段とえっろい気がするんだけど気のせい?」
「ちょ、真紀ちゃん! 何言っちゃってるの!?」
「あ、だよね! ウチも思った。乃愛っち今朝からフェロモンプンプンじゃん」
「さては男とみた」
そのとき、乃愛を含めた女子たちの会話が耳朶を打ち、俺はピクリと反応する。教室で女子たちと楽しそうに話す乃愛を見ているだけで俺の胸は再び高鳴り出す。
「莉緒さん、気を付けてください。あの柊っていう女、絶対莉緒さんのこと狙ってますよ」
忍者のような足取りで、いつの間にか俺の背後を取った卓は息が耳にかかる距離で的外れな忠告をしてきた。
「ぶっ、おま、お前は何を言っているんだ卓!」
「あの女、女子と話している間にもチラチラと莉緒さんに視線を向けていました。それに僕が莉緒さんに近づいた途端、少し表情が歪んだんです。きっと僕が莉緒さんの舎弟になったことを警戒しているんでしょう」
「お前はマジで何を言っているんだ」
狙っているが恋愛という意味ではなく、俺を倒すことを狙っているという意味合いに捉えた卓の奴もまた、他の追随を許さぬアホである。
「あはは」
俺は呆れた声を上げ、のび男は苦笑い。男三人で仲良くアホな会話を無意味に繰り広げる毎日に俺は心の何処かで満足感を得ていた。
正直将来の事とか全く考えてないし、偏差値最底辺のうちの高校にまともな進学先や就職先があるのかも不安だ。
やりたいこともないし、無難に何処かの企業に就職して結婚して子供作るのが俺の人生だと思っているが、まさか大人になってもヤンキー共に絡まれたりしないよな?
(ん、結婚……? そういえば昔、誰かと何か約束したような……)
ふと何かを思い出しそうになったが泡沫のように消え忘れてしまう。まぁいい。俺は過去は振り返らない。
どうでもいい余談だが、授業は聞いていて眠くなるので、本能に身を任せて昼休みまでぐっすり寝た。ここで寝溜めしておいて、夜更かしするぞ! なんて考えている俺も、やっぱりアホだった。
◇
「ただいまー……ってあれ? お客さん来てんのか、珍しい」
我が家――一軒家じゃなくてマンションだが――に帰宅した俺は、玄関に知らない女性物の靴があるのを発見する。
「って母さんが新しい靴買っただけか」
などと納得しつつ靴を脱ぐ。だけどおや? 母さんのいつもの靴がない。それに普段は俺が帰宅したらウザいほど絡まれるのだが今日に限ってそれはない。ということは出掛けているのだろう。
「~~~♪」
誰もいないのをいいことに最近流行の曲を全力で口ずさむ俺。普通に音外しているのだが、一人だから気にしない。これ誰かに聞かれたら死ねるなと思いながらリビングの扉を開けると――
「――あ、莉緒……くん?」
「…………へ?」
見知らぬ黒髪の超絶美少女がそこにいた。
(いやいやいや、誰だよ。何で俺の家に!? つーかやっべー、誰もいないと思って全力で歌っちまったじゃねーか恥ずかしーーー!!! つかこの子ヤバい。何がヤバいって無茶苦茶可愛い! え、こんな可愛い子にオンチ晒したの!? 恥ずかしすぎて死ぬぅうううう!!)
心の中で全力で悶えているものの、実際は声すら出せず固まっている俺だ。あれ? この子何処かで見た事あるような? ひょっとして有名なアイドルか何かに所属しているのか?
初対面の筈がどうにも既視感が止まず、マジマジと美少女を見つめてしまう。
艶やかな黒髪を腰の辺りまで伸ばし、百人が見たら百人とも思わず振り返ってしまうほどの美貌。美少女という言葉はまさにこの子ためにあるのかもしれないと思った。
「えと、莉緒くん……だよね?」
「あぁ、そうだけど……」
俺がそう答えると少女は感極まったように瞳を潤ませ口を手で抑える。
な、何が何だか分からない……いたく感動しているようだが、俺はこの子のことを全く知らないのだ。すると――
「莉緒くんっ!!!」
「って、おわっ!?」
何を思ったのか、少女は勢いよく俺に抱きついてきた。ふわっとシャンプーの香りが鼻腔を擽り不覚にもドキリとしてしまった。……ってそれより!
「ちょ、おい! 何すん……」
「莉緒くん! 莉緒くん莉緒くん莉緒くん莉緒くん莉緒くん!!」
少女はひたすらに俺の名前を連呼し叫ぶが、何やら柔らかい感触が俺の体に伝わりそれどころではない。
「ずっと、ずっと会いたかった。私、いっぱいいっぱい我慢したんだよ。莉緒くんにふさわしい女の子になるまで会わないって決めたから、連絡するのも我慢して……たくさん勉強して……すっごく大変だったけど莉緒くんのためって思えたから頑張れた。莉緒くん声が変わっててビックリしたけど私はすぐに分かったよ。あぁ莉緒くんだって」
(ヤバい、えらく感動してるとこ悪いが何を言っているのか全く分からん。何だよ俺にふさわしい女の子になるって。俺、そんな大層な人間じゃないよ? 誰かと間違えてませんか?)
「…………」
抱きつかれたまま俺の脳内はかつてないほど高速で回転し、思考を繰り返す。
(つーかこれヤバくね? この状況であなた誰ですか? って聞けなくね? 絶対やべーだろーふざけんなよ何で覚えてないんだよ俺。つーか俺はこの子と本当に知り合いなのか? この子が何らかの妄想に囚われてる可能性も……って母さんが家に入れている時点でそれはないか。つーか何でいねーんだよ母さんは!! まさかこの子が実は泥棒か何かで母さんを……いや母さんが負けるとこなんて想像がつかないからそれはあり得ない。だとしたら本当の本当に知り合い!?)
「ねぇ莉緒くん、あの時交わした約束、覚えてる?」
俺の心中など知る筈もない美少女からの問いかけ。
(やっべーよ、疑問系で尋ねても答えられないっての。本当勘弁してください。覚えてませんって言える雰囲気じゃねーよどうすんだよこれ)
「あ、あぁ。覚えてるよ」
俺は苦肉の策としてとりあえず話を合わせることにした。自分でも最低なことしてるのは自覚してるし反省もしてるが、とりあえず今はこの状況を乗りきらねばという思考に支配されていた。
「うん、私もね……一日だって忘れたことなかったよ」
少女は満足そうに答える。
(いや、約束って何だよ! 満足そうな表情で俺の胸に顔を埋めないでくれ! つーかいつまでくっついてるんだこの子は!)
「お、おう。そ、その一旦離れてくれると助かるんだが」
「ご、ごめんね莉緒くん。私、急に抱きついちゃって……」
「いや、全然平気。うん」
寧ろ役得……ゴホンッ! 雄の性が余計なことを口にしようとしたので全力で自制する。
「莉緒くん……優しい」
そんな俺の苦労も知らず、完全に恋する乙女の顔になっている美少女。最高のシチュエーションであるにも関わらず、最低な俺のせいで気まずさが尋常ではない。
(誰かー、助けてくれー。乃愛ー、のび男ー、卓ー、この際堂島のアホでもいいから邪魔しに来いや! 母さんもいつまで出掛けてんだよちくしょう!)
そのとき、黒髪の美少女は何か覚悟したように「よしっ」と呟くと。
「莉緒くん、あの時は莉緒くんから言ってもらったけど、今度は私から言うね」
何を? と言う前に少女は口を開いた。
「莉緒くん、大好きです。結婚を前提に私と付き合ってください」