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第1話 幼なじみとの別れ、そしてその後

「うっ、うえぇぇぇん」


 小さな少女が泣いている。彼女の滑らかな黒の長髪が風と共に流れている。


「泣かないでかえでちゃん」


「だっで、だっで莉緒りおくんとずっと一緒だと思ってたのに今日でお別れなんて……嫌だよぉ、行きたくないよぉ」


 この泣いている少女――天宮奏(あまみやかえで)ちゃんは俺の住んでいるマンションのお隣さんであり、生まれた時から一緒にいる、いわゆる幼なじみというやつだ。お互いの母親が同級生だったこともあり、楓ちゃんとは、毎日家を行き来して一緒に遊んでいた。

 

 けれど今年、楓ちゃんのお父さんとお母さんの仕事の都合で遠くへ引っ越すことが決まり、今日がその別れの日。


 当然俺だって寂しいし泣きたい。だけど男は簡単に涙を見せるものじゃないと母親に教えられた俺はぐっと堪える。


「じゃあさ、約束しよう。何も一生お別れってわけじゃない。俺だって楓ちゃんとずっといたい。だからもし再会して、大人になったら結婚しよう!」


「ふえっ」


 泣いていた楓ちゃんの顔が真っ赤に染まる。俺自身も顔が真っ赤になっていることだろう。


「…………」


「ダメ、か?」


 楓ちゃんが何も言わないので俺は不安になる。それはそうか。俺たちはまだ子供で小学生になったばかり。いざ口に出してみたものの、結婚なんて想像もつかない。だけど俺はこんなところで楓ちゃんとの関係を終わらせたくなくて。繋がりがほしくて。


「ううん、ダメじゃないよ。私、莉緒くんのお嫁さんになりたい……莉緒くんとずっと一緒にいたい」


「っ、いいの!?」


「もちろんだよ。私、莉緒くんのこと大好きだもん。すっごくすっごく嬉しい。待っててね、莉緒くん。私、莉緒くんに相応しい立派な大人のレディになってみせるから」


 先ほどまで泣いていた楓ちゃんは一転。華やかな笑顔を見せ、やる気に満ち溢れている様子だ。俺も何だか嬉しくなり、お別れの寂しさはどこかに吹き飛んでいた。


「あぁ、俺も誰にも負けないくらい強くなって楓ちゃんにふさわしい男になるよ!」


「莉緒くん……」


「楓ちゃん……」


 お互い名前を呟き見つめ合う。そして楓ちゃんがそっと瞳を閉じ俺の両手を包み込む。お互いの顔がどんどん近づいていき――


「――おねーちゃん何してるの?」


「わひゃあっ」

「おわっ」


 突如声が響き、俺と楓ちゃんは慌てて飛びのく。


「さ、桜希さき!? どうして……」


「おとーさんとおかーさんがそろそろ時間だから呼んできてって」


「あ、そ、そうなんだ」


 ウサギのぬいぐるみを抱えながら話すこの少女は天宮桜希(あまみやさき)ちゃん。楓ちゃんの二つ下の妹で癖っ毛のショートヘアが特徴のとても可愛い女の子だ。俺は今日まで、彼女を本当の妹のように可愛がってきた。


 桜希ちゃんには楓ちゃんの前に別れの挨拶を済ませてある。楓ちゃんと同じく大泣きされてしまったが今は少し落ち着いているようだ。目尻が赤いのをウサギのぬいぐるみで隠しながら、ジトーとこちらを見てくる。


「「…………」」


 何もありませんでしたよ、的な笑みを桜希ちゃんへ向けつつも、先ほど楓ちゃんにしようとしていたことを思い出し顔が真っ赤になる。


 そんなこんなでやり取りが続き、これな本当に最後の挨拶になる。


「それじゃ莉緒にぃ、またね」


「莉緒くん、必ずまた会いに行くからね」


「うん。いってらっしゃい」


 さよならは言わない。いつかお帰りを言うために送り出す言葉はいってらっしゃいだ。車に乗る楓ちゃんと桜希ちゃんを手を振り元気良く送り出す。そのとき涙が零れ出しているのに気付かなかった。

 

 かくして、俺――神崎莉緒(かんざきりお)天宮楓(あまみやかなで)はそれぞれの道を歩みだすこととなった。


 そして――


 八年の月日が流れ、高校生になった俺は、ものの見事に楓ちゃんと交わした約束を、スポーンッと頭から抜け落ちてしまっていたのでした!



「いくぞオラッーーー! ってぐべらっ」


「て、鉄さん!?」

「そ、そんな……あの鉄さんを一撃で」

「海南校の鉄人と呼ばれる鉄さんが勝てないんじゃ、俺らが何人束になってもアイツに勝てねぇよ!」


「ったく、登校早々に襲ってくるとか、常識考えろボケが! お前らのせいで俺の高校生活が台無しだろうがぁーーーー!!!」

 

「「「ぎゃあーーー!!!」」」


 朝から訳の分からないヤンキー集団に絡まれ、登校を邪魔された俺は、怒りのままに不良たちをなぎ倒した。


「こ、これが……噂に聞きし、無敗の喧嘩王こと――神崎莉緒の力か……」


 不良たちから鉄さんと呼ばれていたリーゼントの男は俺を見て口端から血を流しながら戦慄の表情を浮かべている。


「その渾名クソダセェし恥ずかしいから言うんじゃねぇよ!!」


「あふんっ」


 俺は恥ずかしさのあまり鞄を鉄とよばれた男の顔面に投げつける。


「お前らみたいなアホに絡まれるのはもうウンザリだっつの! これに懲りたら金輪際俺に近づくんじゃねぇぞ」


 鞄を拾い上げ、俺は倒れている不良たちを放置して歩き出す。


「あー、クソッ。どいつもこいつも、度胸試しみたいに俺に絡んできやがって。これじゃ、登校するのもままならねぇじゃねーか」


 駅に向かいながら不良たちの乗ってきた数台のバイクを忌々しげに見つめながら呟く俺。小学生から中学に上がるとともに先輩に絡まれ返り討ちにしたときから俺の人生は変わってしまった。


 今は少しだけマシになったが当時は本当に酷かった。毎日毎日何度も何度も喧嘩を売られ、それを片っ端から買っていったらついには無敗の喧嘩王などという不明瞭な渾名を付けられた挙げ句、ついには他県の不良たちがバイクに乗って攻め込んでくる始末。


 いつしか俺は知る人ぞ知る伝説の不良とまで呼ばれてしまっている。もちろん俺から喧嘩を売ったことはほぼ無いし、喧嘩が好きなわけでもない。


 ただ俺の母親が元不良――暴走族の長――だということもあって嘗められたらそこで終わり、男は強くなくてはならないという教えのもと育てられてきたので、もはやそういう生き方しかできなくなっていた。


「おつかれさまだねー、莉緒」


 駅に着くと、ひまわりのように煌めく金髪をサイドにまとめ、我が校伝統のブレザーを少し着崩した美少女が、俺に向けて手を振っていた。


「何だよ乃愛(のあ)、わざわざ待っててくれたのか。先行ってればよかったのに」


 小柄でギャルっぽい見た目の美少女の名前は柊乃愛(ひいらぎのあ)といい、同じ高校に通ってるクラスメイト兼お付き合いさせていただいている恋人でもある。ちなみに中学も同じで、俺が生真面目に生活していることを知る数少ない理解者の一人だ。


「えー、そんなことしたら知らないおじさんとかに痴漢されちゃうじゃんか! まさか莉緒は乃愛がおじさんに痴漢されてもいいっていうの!?」


「ぎゃーーーー!! 想像するだけで吐き気がーーー!!」


 毎日こうして待ってくれているが、正直いつ不良共に襲われやしないかと内心ヒヤヒヤしている。


 今日もヤンキーに絡まれたし、事前にバイクの音を察知して、乃愛を先に行くよう促さなければ巻き込まれていた。


 正直俺と一緒にいた方が危険度が高いんじゃないかと思うのだが、乃愛からすれば一緒に通学できない事の方が嫌らしい。ホンマに健気で、よい彼女です。


「あっはは! 反応オモロ! それじゃ、今日もボディーガードよろしくね! 頼もしい彼氏さん」


「はいはい、遅刻するから早く行こうぜ、可愛い彼女さん」


「はーい!」



 電車に乗ると相変わらず混んでおり、スーツを着た男性や俺たちとは違う制服を着た学生、老人などが窮屈そうに身体を寄せている。


 大抵の人は皆、この満員電車が嫌いだろう。夏は汗の匂いと体温で暑苦しいし、女性は知らないおっさんの体温を直に感じ嫌悪しているに違いない。かくいう俺もそうだった。知らない人間と密着するというのは想像以上のストレスだ。中学校は歩いて通えたが高校はそうはいかない。


 自転車で通える範囲に高校はあるが俺のバカな頭では当然入ることはできず、偏差値30以下のおバカ高校で有名な星条高校に入学することになった。当然同じ高校に通っている乃愛もスーパーおバカであり、去年はそのおバカ高校に入るのにお互い協力して必死に勉強したのは記憶に新しい。


 俺は乃愛と付き合わなければ、地獄のような登校時間を経験することになっただろう。だが今俺はこの満員電車に感謝すらしている。聡明な諸君ならすでに想像が付いているのかもしれない。何故なら――


「何かこうして莉緒と密着するのも当たり前になってきたねー」


「だな(ヤバい、めちゃくちゃいい匂いする!)」


 満員電車のおかげで超絶美少女である乃愛と密着しあまつさえ匂いを堪能できているからだ! しょうがないよね? だって満員電車なんだもん。

 

 表面上では冷静さを装っているが、内心ドキドキが止まらない。超絶可愛い彼女と密着して喜ばない男子がいる筈がない!


「「…………」」


 加えて満員状態だと俺も乃愛も無言になる。人が密集している中で話してる人たちもあまりいないので、それに合わせている。だからというわけではないが、時折むにゅむにゅと乃愛の大きなお胸様の感触が伝わり、俺の心拍数は毎回天元突破寸前に陥る。


 乃愛から漂う甘い匂いと満員電車というこの状況に背徳感もあり俺の興奮は最高潮に達していた。痴漢防止のために立っているつもりが、これでは俺が犯罪者側だ。


 そんな俺の気も知らずに、乃愛のやつは器用にスマホ操作してるし、本当何なんだこいつは!? というかあたふたしてる俺の方がおかしいのか。


「……ん? どしたん?」


 俺の視線に気付いたのか、乃愛はスマホから目を逸らし、僅かに顔を上げて小声で問いかけてくる。


「いや、その……何見てんのかなーって」


 巷では無敗の喧嘩王と呼ばれてる俺だが、その実態は彼女相手にドギマギするだけの純朴少年なのでした。

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