3、ふたりきりの夜<Side 和馬>
大学に到着すると、俺はすぐに目的の人物をみつけた。
「おい、宗次」
「お~和馬。おそよう!!」
「・・・今日は、絶対にまっすぐに家に帰るからな!!」
「おや、珍しい宣言。今夜『も』、おもしろそうな合コン話があるのに」
「おまえは、毎日毎日合コンだ、コンパだと、よく飽きないな?里奈にいつか捨てられるぞ?」
「大丈夫だって、里奈は俺のことを理解してくれているから、快く出してくれてるさ」
「合コンにも?」
「もちろん!!」
宗次と共に講義なんてそっちのけでそんな話をする。どのみち、この講義をまじめに聞いている学生なんて一握りだ。
俺は、ここ1週間、毎晩毎晩合コンやら飲み会やらに連れまわす宗次に、今日は絶対参加しない旨だけを伝えた。
・・・理由なんて言ったら、またからかわれるし。
「だいたい、<仕事>がないときくらい、家でのんびりさせろよなぁ」
「そんなつれないこと言うなよ~」
「そいえば、まだ次の<獲物>は決まらないのか?」
大概、怪盗夜叉のターゲットを決めるのは宗次の仕事だ。情報収集がこいつの仕事だからっていうのもあって、俺はよっぽどのことがないと、自分で調べることもない。
「あぁ、それだけど・・・」
宗次がなにかを言おうとしたそのとたん、彼の頭上から大量の本が『降って』きた。
ばさばさばさ~っという音と共に、宗次の頭は本の下に埋もれた。
俺は本に埋もれた宗次の隣に座ったまま、彼の後ろに現れた人物に引き攣った笑みを向けた。
「よ、よぉ、里奈・・・」
「こんにちは、和馬」
「里奈~いてぇじゃねぇか、なんだよ~?!」
「あら、宗次、いたの?最近見かけないから見えなかったわ」
抗議する宗次の頭上で、里奈の絶対零度の笑みが浮かんでいる。
・・・宗次のアホ。
里奈のやつ、怒ってるじゃねぇか・・・。
3、ふたりきりの夜☆彡 <Side 和馬>
とりあえず、このまま講義に参加していても無意味だから、俺たち3人は食堂に場所を移した。
里奈が宗次に落とした(?)本のタイトルを見ていて、俺は思わず首をかしげた。
「おい、里奈、なんだ、これ?<京都の旅>まではわかるけど、大阪だの神戸だのまでなんで・・・?」
「あれ?宗次に聞いてないの?」
「なにを?」
きょとんとする里奈に、俺まで同じような表情を向けてしまう。俺がなにもわかっていないと知ると、今度は彼女は宗次に鋭い視線を投げかける。
「宗次が和馬に言うって言ったじゃない」
「だから、今それを説明しようとしてて・・・」
すっかり里奈のお怒りを買ってしまった宗次が完全に立場をなくしてごにょごにょと言い訳をする。
「で?京都はわかるけど、なんで大阪と神戸?」
京都には、先日盗んだ宝石<レイニー・ブルー>の持ち主がいるから、それを返しに行かなくちゃいけない。
だから、そのついでに観光したいという里奈の希望で、G・Wに京都に旅行に行くことが決まったのだが、大阪神戸のことは聞いてない・・・。
「その理由は、ほら、これこれ」
宗次が一枚の紙を俺に差し出す。
「ん?これって大阪のテーマパークのちらし?」
「あ、ちがった、こっちだ」
宗次が追加でもう一枚の紙を俺に手渡す。
なんなんだよ、あれもこれもと・・・。
「これ・・・・・・!!」
そのちらしに目を通した俺は目を見開いた。
そして宗次と里奈を見れば、すでに彼らも<仕事>の顔をしている。
このちらしに書かれているのは、至宝展示会の宣伝。
神戸にある異人館でそれを行うと書かれている。それがちょうど、G・Wの最中に展示されているというのだ。
「ちょうど関西にいるときにこれにぶつかるなんてついてると思わないか?」
にやっと笑いながら声を落として俺に話しかけてくる宗次に、俺は一番肝心なことを尋ねる。
「で?この展示会の中にあるのか?<シリーズ>が」
「ある。<天使の宝剣>っていう名の短剣に埋め込まれているトパーズ。これが今回の<シリーズ>だ」
「11月のトパーズ、か」
現物がどういうものかわからないが、それはこれから調べればわかるだろう。
新しい<シリーズ>が日本にあるというのだから、これはちゃんと夜叉がいただかないといけない。
<奴ら>に奪われるより前に、予告状を出さないと。
予告状を出せば、警察が厳重に獲物を守ってくれる。<奴ら>が簡単には手を出せないくらいに。
「で、俺と里奈で作戦を考えたわけだ」
得意顔で宗次が続きを話してくる。心持ちうれしそうというか、おもしろがってるようなその表情、どうも俺はいやな予感がぬぐえない。
「作戦?」
「そ。京都観光からいきなり神戸じゃ距離があって不自然だろ?だから、大阪のテーマパークあたりに連れて行って、その隙に俺と和馬が<仕事>をこなすってわけだ。大阪と神戸なら目と鼻の先。不自然でもないし、怪しまれずに旅行できるだろ?」
「何言ってるんだ?別に京都から神戸に移動すればいいじゃないか。テーマパークに連れて行くって誰を…」
「誰って、愛良ちゃんに決まってるじゃない」
里奈が当然、とばかりにきっぱりと言い切る。
「・・・本気で連れていくのか、愛良を?」
「本気でひとりで留守番させるつもりなの?!」
里奈のまわりに暗雲が立ち込めてくる。・・・やばい。
「ち、ちがう!!そうじゃないけど、だったら俺は京都に行かなくてもいいんじゃないかって・・・」
「でも、神戸で夜叉は用があるんだから、行かないといけないでしょ?」
「まぁ・・・そうだが・・・」
「だったら、やっぱり愛良ちゃんも連れて行かなきゃだめじゃない」
「う~~~ん・・・・・・」
思わず俺はちらしとにらめっこしながらうなる。
そりゃ、里奈の言ってることは正しい。
俺はどうしても夜叉として神戸のこの展示会にはいかないといけない。
いけない、けど、愛良をひとりあの家に残すことは、たしかにできない。
「・・・たしかに、連れていくしかないな・・・」
とうとう、俺は決断せざるをえなかった。
結局、宗次と里奈が決めた通り、まずは京都観光しがてら、<レイニー・ブルー>を持ち主に返す。
次の日は愛良を連れて大阪へ移動。そこのテーマパークで1日遊んでいるフリをして、途中で俺と宗次が抜け出して、神戸に移動。
で、怪盗夜叉の仕事をするってわけだ。
愛良に怪しまれずに行動するにはそれしかないかもな。
「あ、あともうひとつ和馬に報告」
「ん?」
「実が一緒に行けないらしいぜ?」
「そうなのか?」
「医学生はいろいろ大変なんだなぁ~」
宗次が嘆くように肩を落とす。別に宗次が大変なわけじゃないんだから、そうも肩を落とす必要はない気がするが。
ただでさえ医学生は大変なのに、夜叉の仕事につき合わせているんだ。実には色々と負担をかけてるなっていう負い目はある。
でもそれを実に言えば、むしろあいつはそれを怒るだろうから言わないけど。
・・・それに、愛良との生活をおもしろがってるあいつには、いい気味だ、なんて思ったりもしてしまう。
「とにかく、愛良ちゃんにはこの旅行のこと言っておいてね」
びしっと里奈に念押しされて、俺も観念するしかなかった・・・。
自宅に近付くと、ふと、いつもと違う雰囲気に戸惑った。
だけど、すぐにその理由がわかる。
そうか、愛良が料理をしているから、その匂いがするんだ。
今までひとりで暮らしていたころは、静かで、冷たい空気を纏った家だった。
なのに、愛良が来てから、深夜に帰宅してもそこに「誰か」がいるだけで、ひんやりとした冷たさがそこにはない。
まして、今日のように愛良がせっせと料理をしている時間に帰宅するのは、思えば初めてだ。夕飯の匂いがする、なんて何年ぶりだろう。
この1週間、悪いことしたな、と罪悪感が胸をよぎってしまう。
「・・・ただいま」
ちょっと小さな声で遠慮がちに言えば、すぐに愛良が飛び出してきた。
「おかえりなさ~い!!」
その言葉は、「誰か」が家にいてくれるからかけてもらえる言葉で。
だから俺は、待っていてくれたその少女に、感謝も込めて返した。
「ただいま」
愛良の力作のオムライスは、その仕上げのメッセージはともかく、味はすごくうまかった。
里奈の料理もうまいが、愛良の料理も負けていない。
小学生なのに、なかなかやるな、と感心して俺は食べていた。
その間も愛良はうれしそうに、色々と俺に話しかけてくる。
俺はこの1週間の罪悪感から、おとなしくその話に相槌をうって付きあった。
いつもいつも、この大きな家でひとりでご飯を食べさせていたのか、と思うと、申し訳ない気持ちが浮上してきたのだ。
・・・俺だって、耐えられなかったんだ。
それを愛良に強要したなんて、最低だ。
話し続けの愛良と違って、食べ続けていた俺は彼女よりも当然なことに先に食べ終えた。
<仕事>の関係上、早食いにも慣れているせいもあるが。
せっせと食べ続ける愛良を見ていて、ふと、ずっと尋ねようと思ってそのままになってたことを尋ねてみた。
「愛良の両親って何の職業なんだ?」
「ふたりでひとりの画家だよ」
両親ふたりで、ひとりの画家の雅号をつかっているというわけか。
展覧会やら取材やらで家を空けることも多かったらしい。今回も長期の仕事ということで海外赴任になったらしい。
両親ふたりで、ひとつの仕事を。
それで思い出すことがある。ふたりは、どんな思いで、どんな気持ちで仕事をしていたのだろう、と今はいないふたりに想いを馳せる。
それに感づいたのか、愛良が鋭い質問を投げてきた。
「お兄ちゃんのパパとママも一緒の仕事をしてたの?」
「・・・そうだなぁ・・・」
してたといえば、してた。
でもしてなかったといえば、してなかった。
だから、愛良には俺の『知っていた』事実を教えた。
「大学の工学科の助教授と看護士だったよ」
父さんはずっと大学の研究室に籠ったままの大学の助教授。
科学を専門に色々な研究をしてたらしい。
母さんは看護士だった・・・・・・らしい。
自称、だし。実際働いていたところを見たわけでもないし。
ただ、「夜勤だから」と時々夜に家をあけることがあって、それが幼いころは心細かった。
「・・・一緒の仕事してなくない?」
不満そうに問い返す愛良に、思わず俺はくすり、と笑ってしまった。
「そうだな」
正直、自分でも驚いた。
まさか、両親のことをこうして笑って話せる日がくるなんて。
そんな風に俺がひとりで感傷にふけっていたら、目の前の愛良はなぜか頬をふくらませてふてくされてた。
また機嫌を損ねて泣かれちゃたまらない。
俺は里奈に渡されていたパンフを愛良に渡した。
大阪のテーマパークのパンフレットだ。
すぐに愛良の機嫌は急上昇し、京都・大阪旅行に大はしゃぎで喜んだ。
・・・俺は、今から考えるだけでどうなることやら、心配だらけだけどな・・・。
夕飯のあとも少しテレビを見ながら談笑した。・・・専ら怪盗夜叉の話題なのにはまいったが・・・。
そんなゆったりとした時間を過ごした後、俺は自室に戻った。
愛良も塾の宿題があるとかで同じように部屋に戻った。
部屋に戻ると、すぐにパソコンに電源を入れる。
宗次がくれた情報、<天使の宝剣>について調べないといけない。
まずは神戸にある異人館について調べる。逃走経路を始め、盗むための仕掛けをどこに置くかも考えないといけない。
いつもはそういうことを考えてくれるのは実なのだが、今回は実は神戸には行けない。
里奈も愛良と一緒に行動してもらうから、神戸にはこれない。
俺と宗次だけで今回の<仕事>はこなさないといけない。
それでも、仲間がいてくれることの心強さはある。
だけど、同時に、後戻りのできない闇に巻き込んだことへの申し訳なさはある。
「・・・あ、これか」
<天使の宝剣>の画像が画面に映し出される。
短剣の柄に埋め込まれた、大きなトパーズ。
これが、今回の<シリーズ>。
フォルダをもうひとつ出して、それを開く。
そこに出されるデータは、誕生石のデータ。1月から12月までの誕生石がずらりと並んでいるだけ。
でも、俺たちには大切な資料のひとつ。
・・・特に俺は宝石なんか興味なかったから、これがないと<仕事>ができない。
俺たちが集めている、<失われた誕生石>と呼ばれている<シリーズ>。
これを見つけるには条件がふたつある。
ひとつは誕生石であること、もしくは誕生石の名のついたものであること。
だから、宝石だけと限らず、絵画であることも壺などの芸術品である可能性もある。
そしてもうひとつは・・・・・・・・・。
「お兄ちゃん?」
思考に沈んでいた俺は、扉の向こうから聞こえてきた愛良の声にはっとした。
すぐにパソコンのフォルダを画面から消して、扉をあける。
「なんだ?」
「・・・お願い、してもいい?」
上目遣いに愛良はなにやら遠慮がちに尋ねてくる。
「・・・ものにもよるが?」
「宿題をみてほしいの~!!」
愛良はそう言うと同時に、ばっと俺の部屋に入り込んできやがった。
「あ、こら愛良!!」
「お兄ちゃん、パソコンやってたの?!」
「それには触るなよ?宿題やるんだろ?」
「見てくれるの?!」
勝手に部屋に入ってきて今更だろ。
「・・・しょうがないからな」
思わず苦笑がもれてくる。
今夜は思いがけず、愛良にサービスしまくりの夜になった。
そんなわけで、京都・大阪旅行になりました(笑)
大阪のテーマパークも、神戸の異人館も、実在のものと思わないでください(汗)これから先(笑)
和馬側の事情もちょっとずつ明かされてきてますね。
やっぱり、和馬は里奈と宗次にいじくられているときがイキイキしてる気がします(え)
<失われた誕生石>シリーズと、愛良の<秘密>。
次回以降、少しずつ明かされていきます。
ってことで、次回は京都・大阪旅行編!!
やらせたかったやりとりがいっぱいあるので、紫月は楽しんでます(笑)みなさんも楽しんでいただけるとうれしいです☆