17、ある日の日常 <Side 和馬>
振り返って考えてみれば、怪盗夜叉を始めてから俺の環境は目まぐるしく変わっていった。
だけど、愛良と出会ってからは特に、よくも悪くも変化がたくさんあった。
それは、<瀬戸 和馬>としても<怪盗夜叉>としても。
愛良と出会わなければ、ああなることもなかったろうな、と思うことは色々ある。
その中にはもちろん、ロゼと3人だけで暮らしていた日々のことも含まれている。裏世界で恐れられているスナイパーであるノワールの仮の姿であるロゼが、平然と俺と愛良の生活に溶け込んできて、当初は気が気じゃなかったのは覚えている。
だけど、次第に<ノワール>と<ロゼ>を別人のように認識して接するようになると、俺も奇妙な3人の生活に馴染んでくるようになっていた。
だから、愛良が海外にいる両親のもとに行くと言い出すまでは、なんだかんだとこんな日々が続いていくのだと思っていた。
まさか、文化祭の舞台で怪盗夜叉役を演じたことをきっかけに、渡辺 修登に怪しまれるようになり、そして、また新たな事件によってこの日々が崩れるときが来るとは、あの頃の俺は少しも考えていなかったんだ。
17、ある日の日常§ <Side 和馬>
今回の<仕事>は、ここから少し離れた伊勢で行った。
真珠で有名な伊勢では、あちらこちらに真珠館が立ち並んでいる。その中のひとつの真珠館に、今回のターゲットはあった。
今回のターゲット<人魚の涙>は<失われた誕生石>シリーズのひとつだと確信できる、と<ビール>が情報を掴んでいたから伊勢まで遠出することになった。遠出といっても、新幹線を使えば日帰りだってできる。
それに、今回の<仕事>はいつも通り、そう大変なものではないだろうと俺たちは予想していた。
・・・・・・のに。
「・・・・・・はぁ~・・・」
予定外なことが重なり、それでも予告通りには犯行は行って獲物は手に入れたものの、俺はぐったりと新幹線のシートに埋もれた。日帰りの強行だったから、帰宅するのは深夜になるな、とぼんやりと窓の外を眺める。
俺は今、新幹線にはひとりで乗っている。
今回の怪盗夜叉の<仕事>は、宗次たちを連れずに俺ひとりで行ったのだ。もちろん、彼らも承知済みの話だが。
そんなに大変な捕り物じゃなかったはずなのに、アクシデントが続いて危うく<仕事>ができなくなるところだった。
・・・・・・こんなに疲れてるのに、明日は無情にも一限からはずせない講義がある・・・。
大学生の我が身を恨みたくなる瞬間だった。
「・・・はよ」
「お~遅刻魔のかずくんが珍しい!!」
一限の教室に向かえば、テンションの低い俺を無駄にテンションが高い宗次が迎えてくれた。
「いい加減やばいからな、出席日数」
「で?」
「で?って?」
いそいそと席を空けながら俺に疑問系を投げ掛けてきた宗次に、俺は疲れた声で問い返す。
「決まってるだろ~?昨日の首尾だよ~!!テレビで中継を見ててワクワクしちゃったぜ~!!」
「ほ~・・・」
「なんたって、<人魚の涙>と呼ばれるパールを盗みに現れた怪盗夜叉が、警察も手こずってた別件の事件をあっさり解決、だもんな~!!いやぁ、さすが怪盗夜叉!!」
「・・・それだけ知ってたら十分だろ・・・」
「いやいや、詳しいことを知りたいだろ?!」
にやにや笑いながら、宗次が俺に話してくる。
・・・おまえは新聞記者かっての。
「・・・めんどくせ。黙秘でオネガイシマス」
「なんだよ、それ~!!」
「うるさい、俺はもう寝る」
「あ、こら、和馬!!」
すでに机に突っ伏した俺の頭をぺしぺしと叩きながら宗次が抗議してくる。
「・・・なぁ、それで、その<人魚の涙>は伊勢に置いてきたってほんとか?」
こっそりと。
今度は真剣な声で俺にそう尋ねてくる。
そりゃ気になるよな。
今回の獲物のパール、<人魚の涙>は間違えなく<失われた誕生石>シリーズのひとつ。
なのに、俺はたしかにそれを得たというのに、<解読>も済んでいないそれを伊勢に置いてきたのだから。理由を知らない宗次としては気になるところだろう。
「・・・伊勢には預けてきただけ。実が今頃回収に行ってるよ」
「実が?」
「実の指示で伊勢に置いてきたからな」
「・・・・・・かずくん、俺には話が全然ワカラナイのですが?」
「そりゃお気の毒」
「コラ、起きろ~!!」
宗次がそばでぎゃぁぎゃぁわめいているのを完全に無視して、俺はそのまま深く寝入ることにした。
講義にはまさに出席するためだけに来たわけだし。昨日の今日で疲れてるんだから、寝かせろっての。
「か~ずくん、授業終わったぞ~」
「・・・んあ?」
「相変わらず気持ちいいくらいの爆睡だな」
「ふぁぁ・・・・・・。別に授業を寝てるのは俺だけじゃないだろ?・・・どうせおまえも寝てたくせに」
「あ、ばれてた?」
教室内にはすでに生徒はちらほらしかいない。もうすでに次の講義のための授業へ移動しているのだろう。
俺と宗次も立ち上がるととぼとぼと教室を出た。
「これからどうする?食堂に行くか?」
「ん~そうだなぁ~・・・」
今日は時間割としては最悪なことに、この一限の講義以外には講義がなかったりする。
怪盗夜叉として動きやすいように時間割を組んだら、なんだか無意味に毎日大学に行かなきゃいけないようになっちゃったんだよな・・・・・・。
いつもなら予定もない午後は、食堂で時間を潰しながら里奈を待って、遊びに出掛けたり俺の家に向かったりするが・・・。
「宗次、俺の家に行くぞ」
携帯を確認した俺は、前を歩く宗次の背中にそう言った。
「・・・そりゃまた唐突にどうした?」
「実からメールが来てた。持って帰ってきたってよ」
「なるほど。んじゃ、ドクターが待ちくたびれる前に向かいますか!!」
「・・・な~んかおまえ、ロゼの影響を色濃く受けてるよなぁ・・・」
「そ?」
けらけら笑いながら歩く彼の横に並びながら、俺はわざとらしく溜め息をつく。
ロゼのおふざけモードに付き合えるのは宗次くらいだ。・・・俺は完全に遊ばれてるし。
「ロゼといえば・・・昨日は現れたのか?ノワールは」
「いや、いたのはいつもの奴等だけ」
「・・・・・・なんでだ?<シリーズ>だろ?」
「さてね。別件の<仕事>でもあったんだろ」
いちいちアイツの動向気にしてたらキリがない。狙ってくるときは狙ってくるし、別件があるとふらりと出掛けちまう。
気まぐれなスナイパーを気にしてたら、こっちだって<仕事>もできやしない。
「ふ~ん、気にしても仕方ないのかぁ」
「なんなら本人に聞いてみれば?今朝はいたから」
「・・・前々から思ってたけど」
「ん?」
「おまえ、よく自分の命を狙ってる奴と同居なんてできるよなぁ。もしかして、かずくんてば、マゾ?」
にやっと笑いながらそう言ってきた宗次の頭に、俺は問答無用で持っていた鞄を叩き付けた。
家に帰れば、すでに実の靴が玄関にあった。実はロゼを苦手としてるから、たぶん俺の部屋にいるだろうな、と踏んでリビングを通りすぎようとしたら、ちょうどいいタイミングでロゼがリビングから現れた。
っていうか、図ったな、こいつ・・・・・・。
「おかえりなさい、ナイト。あら、それからいらっしゃい、トリック。ドクターが待ちくたびれてるわよ?」
「・・・わかってるよ」
「あぁ、そっちじゃないわよ」
俺と宗次がリビングを通りすぎて部屋に向かおうとすると、ロゼがそう言い加えてきた。
思わずぴたり、と動きを止めてしまう。
「・・・・・・じゃぁ、実はどこに・・・?」
「リビングに」
にっこりと微笑む金髪碧眼の美女。
そこに黒い羽が見えたのは・・・・・・俺の気のせいとかじゃない気がする。
恐る恐るリビングを覗けば、不機嫌オーラ全開でソファーに座る実の姿が。
「ドクターと一緒に、昨日の怪盗夜叉の中継を見ていたのよ!!すっかり動きも素早くなって、見ていて楽しかったわ」
音符があちこち飛んでそうな勢いで、ロゼが俺にそう話しかけてくる。
・・・・・・俺はこれにどう答えるべきなんだ?
あんたのお陰です、とでも?
たしかに、ロゼと・・・・・・ノワールとの勉強合宿という名のスパルタ修行から帰ってから、<仕事>のスピードが嘘みたいに早くなったし、<組織>の連中とのやり取りも危なっかしさはなくなった。
・・・・・・とはいえ、ロゼを目の前にしてそれを認めたくもなく・・・。
「・・・そりゃどうも」
とりあえず、それだけ言っておいた。
「なぁ、昨日現場にいなかったらしいじゃん?<シリーズ>集めるのやめたのか?」
ひょっこりと俺の後ろから顔を出して、宗次はロゼに疑問をぶつける。そんな彼に、彼女はいたずらっぽく笑った。
「あら、トリックってばそんなに気になる?」
「あぁ、気になるね。<組織>を利用してまで<シリーズ>を集める夜叉を殺そうとしていたくせに、<シリーズ>を目の前にしても見逃すなんておかしいだろ?」
宗次の言い分はもっともだ。たしかに、出会ったばかりの頃のノワールは、<失われた誕生石>シリーズを集める怪盗夜叉を邪魔者扱いしていた。
だが、どんな心境の変化か、怪盗夜叉を抹殺せよと<依頼>してきた<組織>を潰すために、怪盗夜叉と共同戦線を張ると勝手に言い出した。
<組織>もまた、<失われた誕生石>シリーズを集めていて、しかも集めた先にある<何か>を利用しようとしているから。
それなのに、<失われた誕生石>を目の前にして姿も現さなかったノワール。宗次の疑問はもっともだろう。
・・・・・・だけど、俺はなんとなく理由がわかっていたりする。
「あら、<シリーズ>を諦めたりなんかしないわよ?あなたたちよりもずっと前から集めてるんだから」
にっこり笑う金髪美女。だけど辺りの空気は確実に涼しげなものに変わっていく。
「勘違いをしないでほしいな、トリック?<組織>を潰すのに君たちを利用しているだけで、<シリーズ>を集めるのに馴れ合うつもりはないのだから。それに忘れないでもらいたいが、わたしは受けた<依頼>を理由がない限り反古にはしない。そう、わたしが気に入らなくなれば、君たちをいつでも殺せるのだよ、怪盗夜叉?」
「・・・・・・っ!!」
「それに夜叉が、<組織>に渡る前に<シリーズ>を回収しておいてくれたら、あとで奪っちゃえばいいじゃない?ねぇ、ナイト?」
「・・・・・・そんなとこだろうとは思ってたけど、改めて言われるとムカつくな・・・」
一瞬だけノワールの気配を漂わせたロゼは、いつもの口調で俺をからかい、うふふ、と笑う。
完全に空気に呑まれたのは宗次の方だった。
こんなとこに里奈がいなくてよかったな、なんて思っていたら、宗次が青白い顔のまま、口を開いた。
「そこまでして・・・・・・あんたほどのスナイパーが・・・・・・なんで、<失われた誕生石>を・・・。あれは何なんだ・・・?」
するとロゼはちらり、と冷たい視線を宗次に送ってから、それでも今度はロゼとしての姿勢を崩さずに優美に笑って言った。
「あら?あの<シリーズ>がどこへ行き着くのかを調べるのはあなたの<お仕事>ではないのかしら、トリック?」
「・・・行き着こうとすると、最後のとこでロックがかかるんだよ!!なんなんだよ、あれ?!」
「あれはアンダーグラウンドの者たちが必死にかき集めているものよ?そう容易くたどり着けるものじゃないわよ?」
くすくす笑いながら答えるロゼに、ソファーに座っていた実が溜め息をつきながら立ち上がった。
「さっさと<解読>して返却に行こう。今日中に返すって持ち主には言ったんだろ?」
最後の一言は俺への確認。だから、俺も実に頷いて答えた。
「あ、あぁ」
「あら、それなら早く<解読>をしないと、今日中に伊勢に行って帰ってこれなくなっちゃうわよ、ナイト?」
俺たちを足止めをして散々引っ掻き回してくれた張本人が、ぬけぬけとそんな忠告をしてきた。俺はそんな彼女に、呆れと驚きをこめて言い返した。
「なんで俺が伊勢に返しに行くかはともかく・・・・・・今日中に帰ってくると思うんだ?あっちで泊まってくるかもしれないだろ?」
「あら、それはだめよ」
「なんで?!」
「決まってるじゃない、無断外泊なんてしたら、プリンシアが悲しむでしょう?」
・・・出た、ロゼの愛良至上主義。
裏世界で一、二を争う一流スナイパーにここまで執着される愛良って・・・・・・なんなんだ?
・・・なにより、なんでこいつはこんなに愛良に固執してるんだ・・・?
・・・・・・とはいえ、聞くだけ、考えるだけ時間の無駄。
目の前の相手から満足な答えなんて得られるわけないんだから。
「・・・はいはい、わかりましたよ」
だから、とりあえず俺はそう答えた。
部屋の扉を閉めて、3人だけになってから、俺たちは詰めていた息を一気に吐き出した。
「・・・・・・はぁ~・・・。びびった~・・・いきなり<ノワール>になるんだもんなぁ」
「・・・今日は機嫌がよくないみたいだな」
「はぁ?!あのおっかない金髪美女の機嫌がわかるわけ?!」
本気で驚いた様子で宗次が俺に聞いてくる。俺は軽く肩をすくめてそれに答えた。
「なんとなく、だよ。しかもロゼのときしかさすがにわからないし」
「とにかく、<解読>を先にしよう。昼過ぎの新幹線で伊勢に向かわないと日帰りで帰ってこれないと思うけど?」
ロゼと同じくらいか、はたまたそれ以上に不機嫌オーラを纏った実がそう促してくる。手にはすでに今回のターゲット、<人魚の涙>を持っている。
「へ~いへい。がんばらせていただきます」
軽口叩きながら<解読>の用意を始めた宗次を横目に見ながら、俺はこっそりと実に尋ねてみる。
「・・・・・・なぁ、俺たちを待ってる間、ロゼと何してたんだ?」
「本当に昨日のテレビ中継を見てただけだよ。・・・ロゼの解説付きで」
「<ノワール>のじゃなくて、<ロゼ>の?」
「そう」
「そりゃ、さぞかしうるさかったろうな」
「お~い、<解読>結果が出るぞ~」
俺と実が苦笑を浮かべると同時に、宗次からそんな知らせが飛んでくる。
すぐに<仕事>モードに切り替えた俺たちは、奪取した<シリーズ>の結果を覗きこんだ。
そして<解読>を終え、ただの真珠となった<人魚の涙>を持って、俺は再び伊勢に向かった。
終始怪盗夜叉としての<仕事>が中心になっている日々。辛いと思うときがないわけじゃない。
でも、やめたいと思ったことはない。
ひとりになっても、俺は<組織>よりも先に<失われた誕生石>を集めてみせる。
たとえ、ノワールの掌の上で踊らされているのだとしても。
だから、怪盗夜叉の<仕事>に振り回されているこんな1日も、俺にとっては日常のひとつ。
さて、中休みも終わったところで、後半戦。
ちょっとまた騒がしくなるかも、です☆




