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あたしの恋人  作者: 紫月 飛闇
Season1 始まりと出会い
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2、ふたりの友達<Side 和馬>(後編)








なんだかんだで、里奈は本当に愛良たちに夕飯の用意をしていって。


ついでに俺たちも腹ごしらえができたからよしとするにしても。


里奈のやつ、愛良をあおるような発言ばっかりして。余計ややこしくなるじゃないか。




とにかく、余計なことは今は考えない。


俺はこれから、怪盗夜叉として、獲物を盗みに行くんだから。






2、ふたりの友達△(後編)  <Side 和馬>






今回の獲物、<レイニー・ブルー>は、本来の持ち主から盗み出されたサファイアだ。そしてなにより、怪盗夜叉の獲物になるための<条件>を全て満たしている。



その情報を突き止めたのは、宗次だった。


そうなったら、なにがなんでもこの宝石を盗まないといけない。




「・・・そういえば、宝石盗むのは久しぶりだな」


最近は絵画だの壺だの、美術品がターゲットになることが多かった。


宝石は扱いにも注意しないといけない。


手袋をきちんとはめて、俺は深呼吸をひとつ、した。




暗闇に包まれた美術館に忍び込んで、自らの気配を消して警戒の色を濃くした。


頭の中では、宗次が情報を手に入れてくれた館内の警備の様子と、実が考えた経路と手順がおさらいされている。


足音をなるべく消して、目的の場所まですばやく移動した。




怪盗夜叉の衣装はその暗闇にまぎれることができるほどの漆黒だった。


表情を読み取ることもできない、無機質な仮面。


体格、動作、存在そのものすらぶれさせる、漆黒のマント。


これらは、実が考案した怪盗夜叉の衣装だった。





『・・・夜叉、聞こえる?』


耳に付けた通信機から、女の声が聞こえる。


「あぁ聞こえるよ、<ダージリン>」


短く答えると、彼女から指示が飛んできた。


『獲物を早く盗んだ方がいいわ。警察と報道陣が集まり始めてる。今から<ビール>が騒ぎを起こすから、そのうちに、ね?』


「わかった」


小さく息を吐いて、俺は答えた。




<ビール>が美術館前で騒動を起こし、マスコミと警察の意識を一瞬だけとはいえ、そらす。その間に、動揺した警備の合間を縫って展示室まで行き、目的の代物を盗み取るのだ。



今回の代物は、館長が警察を信頼していないこともあって、あまり複雑な警備はされていない。


ふつうのガラスケースに厳重な鍵が仕掛けられている程度。


それくらいの鍵は夜叉にとっては朝飯前。




と、突然、美術館の外が騒がしくなった。


暗闇の中で警備をしていた警備員たちの間にも動揺が走る。中には様子を見るためか、わざわざ美術館の外に出て行ってしまった者もいる。


俺は慣れた動作で警備員の合間を縫って行き、頭の中に叩き込んだ地図の通りに突き進み、目的の場所へと足を運んだ。







「・・・こんばんは、館長さん。今宵は綺麗な満月ですね」



展示室には、初老の紳士だけがそこに佇んでいた。俺は彼の姿を確認すると、怪盗夜叉らしく、優雅にお辞儀をしてそうあいさつした。



「なぜ、これを狙う?」


「ふたつ、理由がございますね」


<レイニー・ブルー>が飾られているガラスケースの前から決して動こうとしない男に、夜叉は仮面の下で余裕の笑みすら浮かべて答えた。



「ひとつは、それはあなたが本来の所有者ではいらっしゃらないこと。何度も闇市にかけられ、今はあなたが保有者というだけでしょう?」


「だからどうした。これはわたしが買ったのだ。わたしのものだ」


「いいえ。それはあなたのものではありません。愚かな強奪者に襲われた、哀れな貴婦人のものです」


「ほぉ、すでに所有者もわかっているわけか」


じりじりと、夜叉と男の距離が縮まっていく。引き攣った笑みを浮かべて、男がさらに俺に問いかける。





「・・・で?もうひとつの理由は?」


「それは、秘密ですよ」


答えると同時に、俺は隠していたナイフを片手に男に迫る。


男はさらに物騒なものを懐から取り出してきた。


拳銃だ。


しかし、そんなものは想定内。


相手が引き金を引く前に、俺は奴を飛び越え、うしろにまわりこんでしまう。


「なに?!」


「あまり、夜叉を甘く見ないでくださいね」


振り向いた男に、シュッと吹きかけたのは、催眠スプレー。単純で古典的なやり方だったが、こいつには一番向いていたようだった。





「ま、<組織>の人間じゃないからできる手抜きだな」


もともと、今回のお相手は<組織>がらみじゃないとわかっていたから、俺たちは気楽に構えていた。


だからそんなに手の込んだ仕掛けも用意もいらなかった。


そもそも、こんなどんくさい男がなんでこんな大事な<宝石>を手に入れることができたんだか、謎なもんだ。


おそらく、この男はこの<宝石>の持っている<二重の意味>を知らないのだろう。



そしてきっと、これを盗まれてしまった、本来の持ち主も。






「さて、さっさといただきますか」


予告時間まであと少し。


フライングしてここに来たのは、予告時間にマスコミの前に姿を現すため。



マスコミを通じて<奴ら>に見せつけてやる。


<レイニー・ブルー>は怪盗<夜叉>が手に入れた、と。





「・・・なんだ、これ。ギャグか?」



思わず、ガラスケースの前で俺は脱力した。


『どうした、夜叉?』


イヤホンから、待機中の<ブラック>の声が聞こえてくる。なにか不測の事態が起きたのかと心配しているようだ。


「・・・いや、なんつぅか、気が抜ける光景を見ただけだ。大丈夫」


<レイニー・ブルー>が保管されたガラスケースを眺めながら、俺はため息をついた。





ガラスケースには、よくこれだけつけられたもんだと呆れるほどの鍵がほどこされていた。


厳重な金庫だってびっくりだ。


それも鍵の種類も様々。やけくそのように無数に鍵がつけられている。



「・・・これで、俺から<レイニー・ブルー>を守れると思ってたのか?」



警察も頼りにせず、これで守ろうっていうんだから、怪盗夜叉もなめられたもんだ。


ま、もっとも。


あいつが警察を頼りにできない理由は他にあることも知っている。


拳銃を平気で所持していたこともそう。


それに、この<レイニー・ブルー>同様、他の美術品も盗品ばかりなのだろう。


だから、警察に必要以上に介入されたくなかったのだ。


今回俺たちの目的は<レイニー・ブルー>だけだけど、他の盗品も無事に「持ち主」のところに戻ればいいな、と思ってしまう。






『夜叉、時間まであと5分を切った』


「わかってるさ、<ブラック>。ちゃっちゃと仕事を済ますさ」


『<ビール>と<ダージリン>はすでに中継地点で待機してる』


「了解」


喋りながら、俺はひとつひとつの鍵をはずしていく。


どれもどうってことない鍵だが、こうも数があるとイライラしてくる。





<ブラック><ビール><ダージリン>。


これらは俺たちのコードネームだ。


怪盗夜叉は4人で成り立っている。


犯行中にまさか本名で呼び合うことはできないので、コードネームを使っている。



俺は夜叉本人だからいいとしても、残り3人はコードネームがないと呼び合えない。


夜叉を結成したときに、そのコードネームもすぐにつけた。


・・・命名はなんてことなく、それぞれが好きな飲み物だったりする。



実はブラックコーヒーが好きなので<ブラック>。


宗次はビールが好きなので<ビール>。同じ理由で里奈は<ダージリン>。


ちなみに、一応俺にも<アールグレイ>というコードネームがあったりはする。


あまり使われることはないけど。






「・・・初めまして、<レイニー・ブルー>」


なんとかすべての鍵を解いて、俺は小さな宝石を掌に乗せた。


さて、これを無事に仲間のところまで運ばないといけない。


俺は<ブラック>の指示のあった通りの逃走経路をたどって、目的の場所へ向かった。







そして、予告時間。


俺は怪盗夜叉として、美術館の屋根に上り、<レイニー・ブルー>をカメラの前に翳した。


確かに、怪盗夜叉がこの<シリーズ>を手に入れた、と<奴ら>に見せつけるために。


美術館を囲うように待機していた警察連中が視界にはいってくる。


みんな俺がすでに<レイニー・ブルー>を手に入れていることに驚いてる。





「それでは、<レイニー・ブルー>はいただいていきますね」





しつこいくらいにカメラに盗んだ石を翳し、俺はマスコミから反対側へ屋根から飛び降りた。


実際、これはすっげぇ怖い。


足場を踏み外したら怪我じゃすまないし。万一逃げそびれたら警察連中に捕まるわけだし。


<ブラック>の指示通りに逃げ切っていくと、俺の闇の衣装は夜の暗闇に溶け込んで、ヘリからももちろん、バタバタとあわただしく追いかけてくる刑事たちからも見えないらしく、見当違いなところで声が聞こえる。




「任務完了ってな」


なんとか人気のないビルの狭間に落ち着き、素顔を隠すための仮面を外そうと手をかけたところで、俺は手を止めた。


・・・誰か、いる。


「・・・だれだ?!」


懐に忍ばせていたナイフを片手に、俺は鋭い声を投げかける。


ここは、ビルとビルの狭間。


感じる殺気は、それらのビルからではない。




「そのサファイアをよこせ」


「・・・いやだ、と言ったら?」


声は頭上から。俺は感じる殺気と同等の殺気を放ち、相手を探そうと空を仰ぐ。



「ならば、死んでもらうしかないな」


「・・・レーザーの居場所も知らないのに?」


「・・・貴様・・・・・・!!」



相手の声に怒りが増長されていく。俺は仮面の下で冷や汗を流しながらも、冷静にこの場を乗り切るための算段を考えていた。


もしもこの場で銃を放たれたら、逃げる場所はない。あっという間に蜂の巣だ。


それを逃げ切るには、とりあえずこの口で誤魔化すしかない。


じりじりと大通りにつながる道に出ようと移動していると、その大通りから声が聞こえてきた。





「刑事さん!!こっちです、こっちで人が倒れているんです!!」


「なに?!それは大変だ、応援を呼ぼう!!」


聞こえてきたのは、今にも泣きそうな声で刑事に助けを求めている女性の声と、刑事なのか、あまり焦った様子のない男の声。



「・・・ちっ。邪魔が入ったな」



ほっとする俺の頭上で、殺気が消えていく。


俺は今度こそ肩の力を抜いて、仮面を外した。


こんな風に、命の危険を感じるようなことは、一度や二度ではない。


そろそろ、いい加減慣れてきたころだ。





「大丈夫か、夜叉」


まだ狭いビルの狭間で仮面を外して佇む俺のもとに、<ビール>こと、宗次が現れた。その後ろから周りを気にしながら、<ダージリン>こと里奈がついてくる。


「はい、これ着替え」


「サンキュ。あ。あと、これ、<レイニー・ブルー>」


「・・・9月のサファイア、か」


宗次が呟きながら、俺の手から<レイニー・ブルー>を受け取る。俺はというと、里奈に手渡された服に素早く着替えていた。




「さっきは助かったよ、里奈」


夜叉の服装を脱いで着替えてしまえば、ただの瀬戸 和馬だ。里奈たちとコードネームを呼び合う必要はない。


「え~俺には?!俺にはお礼を言ってくれないわけ?!」


「あんな棒読みの芝居でどうお礼を言えっていうんだ?!」



先ほどの夜叉の窮地を救った女性の声と刑事の声。


あれは、演技した里奈と宗次の声だというのはすぐにわかった。


・・・それにしたって、宗次のセリフは棒読み過ぎた。



「・・・でも、今度からはいつでも応戦できるような道具も持ってないとだめだな」


「和馬・・・・・・」


「大丈夫。死なないようにするために、俺は戦うだけだから」


心配そうに見上げてくる里奈に、俺は笑いかける。




今回は、ターゲットを所有しているのがどんくさい悪人だったから、特に戦うための道具も持っていなかった。護身用のナイフひとつしか持っていなかったから、まさか逃走経路で<組織>の人間に待ち伏せられるとは思わず、焦った。


油断は禁物ってわけだ。




「さ!!さっさと帰って<解読>させてもらおうぜ!!」


「・・・あ、でも今帰らない方がいいんじゃない?」


努めて明るくふるまった俺の背中に、里奈がぽつりとつぶやく。


「・・・へ?なんでだ?」


「なんでって、おまえ、忘れてるのか?」


宗次が呆れたように俺に言う。


なんでか、宗次にばかにされるとムカツク。


「なにを?ちゃんと作戦通りだろ?」


「そりゃぁ、仕事は作戦通りだけどさぁ・・・」


呆れる宗次のとなりで、里奈がきっぱりと言った。


「今帰ったら、愛良ちゃんたちが待ってるんじゃない?さすがにこの宝石を持ってあの子たちにまた姿を見られるのはまずいと思うわよ?」


「・・・あ・・・」


・・・忘れてた・・・・・・・・・。









「だから!!さっさと愛良は追い出すべきなんだ!!」


「しーっ!!興奮するなよ、和馬。起きちゃうだろ?」


「愛良の部屋は二階だよ、どうせ聞こえないって」


帰宅早々部屋で叫びだした俺に、実がすぐに注意してくる。


だいたい、叫びたくもなる。


なんで自分の家なのに、帰りたいときに帰れないんだ?!



・・・そりゃ、怪盗なんてやってるからだってのはわかってるけど。



「愛良ちゃんは悪くないわよ。和馬のそれはお門違いよ」


ずばりと里奈は指摘してきて、持ち運んできた袋から丁重に<レイニー・ブルー>を取り出した。


「では、<解読>といきますか」


宗次が張り切った声で部屋のあるものを取りに行く。


ちなみに、今4人がいる部屋は俺の部屋ではない。


死んだ父さんの部屋だ。


だけど、すでに怪盗夜叉が獲物を盗んだときは、この部屋に集まるのが習慣化している。


ここに集まらないと<解読>ができないのだ。


「・・・そういえば、<解読>が終わったら、誰がこの宝石を持ち主に返しに行く?」



ふと、俺は浮上してきた疑問を口にした。


ややこしい機械をいじくっていた宗次は別として、実と里奈がすぐに俺の方を向いた。



「<レイニー・ブルー>の持ち主って、関東圏じゃないんだっけ?」


「たしか、京都だって宗次が言ってたな?」


里奈と実が顔を見合わせている。


「僕は実験とか実習とかあるから、あまり大学はさぼれないんだよなぁ・・・」


当然だが、医学部の実の発言はごもっとも。


そうすると、俺か宗次、里奈が京都までいかないといけない。



「もうすぐG・Wだし、俺が京都行ってもいいか」


カレンダーを見つめて、俺はぼんやりと言った。


すぐに反論してきたのは里奈である。



「だめよ!!愛良ちゃんがひとりになっちゃうでしょ?!」


「・・・いいじゃんか、別に」


「だめ!!小学生を何日もひとりにするつもり?!」


「大丈夫だよ、里奈。和馬は責任感が強い。きっと、愛良ちゃんも連れて京都に行くんだよ」


「はぁ?!」



突然の実の発言に、俺は思わずまぬけな声をあげる。しかし、里奈は眼を輝かせてうなずいている。



「なるほどね!!両親がいなくてさみしい連休を、和馬は一緒に旅行してあげることで埋めてあげるのね!!」


「いやいやいや、そんなことは・・・・・・」


「だったら、私と宗次も便乗しようかな、楽しそうだし」


「連休中だったら、僕も一緒に行こうかな」



なんだかよくわからないが、なぜかノリノリで会話を広げていく実と里奈。


宗次はその会話が聞こえていない。だが、里奈が行くとなれば、当然宗次も行くだろう。


「・・・お~い、誰がそんなこと言った~?」


もはや誰も俺のツッコミを聞いてはくれていない。



京都の観光名所を挙げては盛り上がっている里奈と実を眺めていて、俺はどっと疲れが込み上げてきた。


「・・・だったら、俺が京都行かなくてもいいじゃないか・・・」



なんとなく、今年の連休の過ごし方に危機感を覚え始めていた…。



怪盗夜叉からの視点でした。

緊迫したシーンだってあるのに、どうしてもシリアスになりきれないのは、4人のせいですね!!

じつは、宗次は<ビール>のコードネームがつくまえに、<カプチーノ>というコードネームが存在してたという裏設定があるのですが(笑)

惜しかったな、やっぱり彼は<カプチーノ>がよかったかな(笑)

まだまだ4人それぞれの能力は発揮されていないので、これから少しずつ紹介していけると思います。

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