2、ふたりの友達<Side 和馬>(前編)
「よぉ、和馬。今夜のことだけどさ・・・・・・」
「・・・あぁ、わりぃ。しばらく、俺の家で作戦会議できないかも・・・」
「はぁ?!なんで?!」
大学の講堂でぶらぶらと時間をつぶしてた俺に話しかけてきた親友。
高校時代からの親友で、俺にとってはかけがいのない存在。
両親が死んで、悲しみに暮れていた俺を闇から引きずり出してくれたのも、こいつだった。
「・・・や、ちょっと事情があって」
「事情?なんだよ?」
大切な親友だけど、からかいたい気持ちは抑えられない。
「・・・じつはさ、ガキを預かることになって」
「ガキ?!はぁ?!おまえ、いつのまに子供なんかつくってんだよ?!」
講堂に響き渡るほど相手が叫ぶので、思わず俺はそいつの口をふさぐ。
やばい、からかいすぎた。
みんなこっち見てる!!
「違うって!!全然知らないガキだよ。小学生!!・・・なんかよくわからないまま、預かることになってさ」
「なんだ、それ?」
「・・・俺が聞きたいんだよ」
嘆いて頭を抱える俺を、親友は不思議そうに眺めていた。
2、ふたりの友達△(前編) <Side 和馬>
「あはははは!!それで、おまえ、押し切られてその子供預かったのかよ!!」
学食を食べながら、金曜の夜に起こった俺の<厄災>を話せば、親友はげらげらと大笑いしだした。
・・・人ごとだと思いやがって。
「しょうがないだろ。そこらへんに捨てるわけにもいかないんだから」
「そういうところが和馬の優しいところよね。いいじゃない、そのままずっと預かってあげれば」
俺の目の前に座る親友の横に座っていた女性が、柔らかく微笑んでそう言う。
彼女は天野 里奈。親友の彼女だ。もったいないくらいの。
演劇が好きで、いずれは女優になりたいと演技の練習をしている。
その演技も十分プロ並みなことも、度胸も肝も据わっていることも、じつは俺はよく知っている。
「馬鹿言うなよ。あの子が俺の家にいる限り、おまえらだって自由に俺の家に行き来できないぜ?」
「ん?なんでだ?」
「当然だろ?俺たちのしていることにあの子を巻き込ませるわけにはいかないだろ?」
会話の内容が内容なだけに、俺は声を落としながらも親友を責めるように言う。だが、肝心の彼は、肩をすくめただけで、彼女の方に問いかけた。
「俺たち、和馬の家を行き来したらまずいと思う?」
「そうでもないんじゃないかしら?」
「だよなぁ。そんな簡単にばれるようなもんでもないし」
「・・・おまえらなぁ・・・」
「平気平気。じゃ、あとで俺たちいつも通り和馬の家に行くからな」
「あ、ちょっと、待て、宗次!!!」
さっさと食べるものを食べると、親友、橋田 宗次は彼女と共にその場を去ってしまった。
・・・なんで、俺のまわりには強引なやつが多いんだ・・・・・・。
今夜は怪盗夜叉の予告日。
夜叉の狙う獲物は、<レイニー・ブルー>と呼ばれる、掌よりも小さな宝石。
だけど、夜叉にはそれを盗まなければならない理由がある。
怪盗夜叉である俺は、予告日当日はこの親友たちと共にいつも我が家で作戦会議をしていた。
そう、世間では怪盗夜叉はひとりで犯行をしているように思われているが、じつは怪盗夜叉は4人の若者で成り立っている。
俺、瀬戸 和馬が実行犯として夜叉の姿をして。
親友、橋田 宗次とその彼女、天野 里奈、そして俺の幼馴染の須藤 実。
この3人が夜叉である俺をサポートしてくれている。
医学部にいる須藤 実に至っては、俺の体調管理まで無駄にやってくれちゃって、ありがたいけどときどきうざったい存在だったりする。
ま、親の代からそんな関係みたいだから、仕方のない気もするが。
「お、聞いたよ、和馬。子供を預かることにしたんだって?」
帰宅すれば、すでに俺の部屋にその幼馴染の実がいた。家が近所ということと、親同士が仲が良かったこともあって、互いの家の合鍵を持っているから出入りは自由だ。
「・・・宗次から聞いたのか?」
「まぁな。で、いつからロリコン趣味に?」
「あのなぁ・・・」
「いやいや、別におまえの趣味を責めるつもりはないけどな。医者の卵としては色々とアドバイスが・・・・・・」
「実!!」
完全に俺をからかっている実を俺は睨みつける。すると、実はふっと笑ってさらに言った。
「ま、でもよかったじゃないか。<ひとりきりの夜>じゃなくなっただろ。誰かと一緒に暮らすなら、おまえの不摂生な生活も少しは改まるだろ」
実の核をついた発言に、俺は不覚にも固まった。
なにも言い返せないでいると、インターホンが鳴った。
「宗次たちじゃないか?それとも噂のお子様かな?」
「・・・時間的に、まだ小学校は終わらないだろ。宗次たちだ」
俺は少しほっとしながら玄関に宗次たちを迎えに行った。
実は少し、苦手だ。
医学部で頭がいいこともそうだけど、幼馴染でずっと一緒にいたせいか、それとも頭がよすぎるせいか、俺の心を覗き込む。
なにもかもを見透かされるみたいで、俺は実とふたりきりで話をするのが苦手だった。
自分の弱さをさらけだされそうで。
「おっす!!お子様はご帰宅かい?」
「宗次!!おまえ、実に勝手にしゃべったな?!」
「だって俺らは常に情報を共有しなきゃだろ?<運命共同体>なんだからさ!!」
上機嫌でずかずかと家にあがりこんでくる宗次の背中を、俺は蹴っ飛ばしたい衝動にかられる。実行しなかったのは、その後ろから里奈がついてきていたからだ。
「実くんは、なんだって?」
「あいつまでおもしろがってるだけだ。まったくどいつもこいつも人ごとだと思って」
「そんなことないわよ」
くすくす笑いながら、里奈は靴を脱いで整える。ついでに、宗次が脱ぎ散らかした靴まで揃えてる。
「みんなうれしいのよ。ずっとこの大きな家にひとりだった和馬と一緒に暮らしてくれる人ができて」
「子供でもか?!」
「でも、うれしそうよ、和馬」
里奈に言われても、俺は全然そうは思ってない、と心の中で否定する。
全然うれしいとか思ってないし。
むしろ今後どうやってばれないように活動するかを考えるだけだ。
「へたにこそこそしないほうが、ばれずに済むわよ。これからも長い道のりになるんだったら」
「その長い道のりを愛良との同居生活のことを言ってるのなら、無駄な考えだぞ?」
「あら、愛良ちゃんっていうのね、かわいい」
宗次も食えないやつだけど、里奈はそれ以上な気がする。
俺は先を歩く里奈の後ろ姿を見ながら、小さくため息をついた。
「それで、今夜の作戦だけど」
4人が集まると、すぐに今夜の夜叉の作戦会議が始まった。
準備は先週から少しずつ始めていた。
逃走経路の割り出しは実の仕事。
警察の情報、マスメディアの情報、当日の警備の状況の調査は宗次と里奈がすでに任務を完了している。
その報告を聞きながら、実はさらに具体的な作戦を練っていく。
俺はその実の作戦を実行にうつすべく、しっかりと頭に叩き込んでおく。
現場には宗次と里奈が一応来ることになっている。
遠くで実がその指示をする。
いつも通りの配置。
作戦もそんなに難しいわけじゃない。
「あ~あ。でも今回は張り合いがないよな~。マスコミが館内に入れないなんて」
「館長がすっごい頑固じじぃなのよ。マスコミの中に夜叉がまぎれていたらどう責任とってくれんだって大騒ぎで。だから、今回の中継は美術館の外でしかできいないのよね」
「そうすると、盗んだってことをマスコミに知らせるためにわざわざ美術館の外に出なきゃいけないわけだな」
ふてくされる宗次と、今回のあらましを告げる里奈に、俺は自分の行動をおさらいするようにしてつぶやく。
実がうなずいて、美術館の地図をひろげて指さして逃走経路を示していく。
「そうなんだ。だから、この経路をたどって、美術館の屋根に上ってもらいたい。で、カメラに<レイニー・ブルー>を翳してもらわないといけない」
夜叉にとって、マスコミへのパフォーマンスは必要不可欠。
目立ちたいから、というわけではなく、ある理由があってのこと。
ま、目立つのも気持ちいいからいいんだけど。
「屋根の上か~。落ちたらしゃれにならないな」
「でも、逃げるときは落ちてもわらないといけない」
「げ、マジで?!」
「マジで。ここを降りて、この経路をたどって逃げてもらう。で、この地点で宗次たちと合流」
美術館の地図から、その周辺の地図へと切り替わって、実は次々と経路を指示していく。でも、相当無茶な経路だ。
「俺の運動神経がやばかったら、警察につかまるぞ、その経路」
「大丈夫。夜叉の運動神経ならやれるから」
「・・・鬼・・・」
そりゃ、こんな<仕事>をしている以上、必要以上に鍛えたりしてはいるが、それでも無茶な行動はあまりしたくない。
しかし、今回はそれしかないのだろう。実を信じてやるしかない。
「了解、わかったよ。今宵も優雅に夜叉は獲物をとらせていただきますよ」
「見た目は<オペラ座の怪人>もびっくりな仮装なのに、あの礼儀正しい姿勢のおかげで悪党どころかファン急増中だもんな」
けけけ、と意地悪く笑う宗次をひとにらみして、俺はため息をひとつつく。
別に、ファンができることがいやなわけじゃない。
やっぱりむしろ、うれしいかもしれない。
でも、愛良のような考えを持つような子供が増えると、ちょっといたたまれないというか・・・・・・。
「ただいま~和馬お兄ちゃん~!!」
そんなことを考えていると、玄関から声が聞こえてきた。そういえば、愛良にも合鍵を渡していたから、勝手に入ってこれるんだった。
「お、うわさのお子様か?!」
「よし、俺が迎えに行こう!!」
「いかんでよろしい。おまえたちはここで待ってろ」
腰を浮かせた実と宗次を抑え込んで、俺はさっさと玄関に向かった。
「・・・で、なんなんだ?」
思わず、問いたくもなる。
そこにいたのは、愛良ともうひとり、同じ年頃の少女がいたのだ。
・・・まさか、この子まで引き取れとは言わないよな?
「あたしの親友の新田 静子ちゃん」
「あ、あの、迷惑だったら帰ります」
にこにこと全然空気を読んでない愛良と違って、その子は俺の不機嫌を察知したらしく、慌てて帰ろうとする。
さすがに子供相手にそれはかわいそうだと俺も思って、あわてて笑顔をつくる。
「いや、あがっていけばいいよ」
どうせ、俺は今夜いないし、愛良ひとりにしておくより安心かもしれない。
部屋に戻れば、3人が3人とも、興味津津の顔で俺を出迎えた。
「・・・なんだよ?」
「俺たちを、『愛良ちゃん』に紹介してくれないわけ?」
いつの間にか愛良の名前が知れ渡っているのは、おそらく里奈だな。
「・・・なんで紹介する必要がある?」
「だって、俺たち今後もここを出入りするんだぜ?絶対顔を合わすじゃん」
「合わしたときでいいだろ?」
「冷たいな~かずくんは」
「その呼び方、やめろ」
ときどき宗次はふざけて俺をそんな風に呼ぶ。じろっと俺は宗次を睨みつけて、地図を再度見直した。
うん、逃走経路は頭に入った。
「で、<レイニー・ブルー>の警備は、すぐに抜けられそうなのか?」
なにせマスコミにも全然公表されていない警備だ。情報がない。
「それならぬかりないぜ」
すぐに<仕事>モードに切り替わって、宗次がカバンからノートパソコンを取り出して情報をそこに映し出す。
「<レイニー・ブルー>そのものを盗むのはそんなに苦労しないと思う。警備の状況としては・・・・・・」
こうしてしばらくは、俺たちは時間を忘れて作戦会議に没頭していた。
「あら、こんな時間。夕飯の用意、しなくていいの、和馬?」
「は?なんで?」
時計を見て慌ててそう言いだした里奈に、俺は首を傾げた。
「だって、愛良ちゃんたちはここに残していくんでしょ?」
「そうだけど?」
「お夕飯どうするつもり?」
「適当に出前でも頼んでなんとかするだろ」
適当に答えた俺の頭をはたいて、里奈が部屋の扉を開けた。
「それじゃぁかわいそうじゃない。私が作ってくるわ」
「余計なことしなくていいんだよ」
軽くはたかれた頭をなでながら、俺は里奈に言い返す。
「和馬、育児放棄はだめだぜ」
「育児じゃない!!!」
宗次が追撃してくるが、俺は即座に言い返す。しかし、とうとう実まで変なことを言い出した。
「栄養のことを考えても、育ち盛りの子供の食事をないがしろにするのはいただけないな」
こいつら、絶対ひとごとだと思って楽しんでやがる・・・・・・。
和馬側のお話でした。さすがに長くなりそうで、前後編にしました。
さて、和馬くんの受難(笑)
実にも宗次にもおもちゃにされてます。しかも、里奈もかばってはくれないという・・・(笑)
この4人、本当に気兼ねなく会話してくれるので楽しいです。
後編は、夜叉サイドでのお話になります。
愛良側と比べて読まれると……矛盾が発覚しそうなので、どうぞそこらへんは気持ちよく流してください(笑)
紫月飛闇(http://sizukistory.web.fc2.com/)