10、姫と騎士と薔薇と <Side 愛良>
とってもとっても長い1日がいつの間にか終わってて。
夢だったんじゃないかって思うほどすっきりとした気分で目が覚めたのは、和馬お兄ちゃんの家のインターホンが鳴ったから。
昨日の出来事は、本当に現実だったのかな、なんて思う。
拳銃を持った怖いお兄さんに誘拐されて、なぜかケーキを一緒に食べて、また怪盗夜叉に助けてもらって。
そして、新しい事実を怪盗夜叉に教えてもらった。
「そ~だ、和馬お兄ちゃんを問い詰めなくっちゃ!!」
パジャマのまま、あたしは部屋を出た。
誰が来たのかな、というのもあったけど、和馬お兄ちゃんの部屋に行って、お兄ちゃんに聞きたいこともあったから。
昨夜、怪盗夜叉に教えてもらった事実。
怪盗夜叉と和馬お兄ちゃんがお友達だったなんて!!!
10、姫と騎士と薔薇とψ <Side 愛良>
階段を下りていると、何やら玄関が騒がしい。
お客さんと和馬お兄ちゃんがなにか喋ってるみたい。
誰なのかな~って覗いたら、予想外の人物が目に入って思わず声をあげてしまった。
「あ~!!お姉さん!!!」
そこには、あの、金髪美女の外人さんがいたのだ!!
怖い黒髪のお兄さんに誘拐される前に一緒にいたから、無事だったのかなって心配してたんだけど、よかった~。
「・・・愛良?」
あたしがうきうきと外人さんのそばまで寄ると、和馬お兄ちゃんが不思議そうにあたしに尋ねてくる。
あれ?そういえば、なんでこの外人さん、この家を知ってたんだろ?しかもさっきまでなんだかお兄ちゃんと話しこんでたし。
「お姉さん、和馬お兄ちゃんの家知ってたの?あ、知り合い?」
「この家のことは知ってたのよ。また会えてうれしいわ、プリンシア」
外人さんは綺麗な金髪を揺らしてにっこりと笑う。
なんだ、和馬お兄ちゃんと知り合いだったんだ。じゃぁ、お兄ちゃんに頼んでこの家に泊めてあげることをお願いしなくても、大丈夫だね。
・・・それにしても、<プリンシア>ってなに??
「ねぇねぇ、プリンシアってなに?」
「お姫様ってことよ」
ふふふ、とかわいらしく外人さんが笑う。あたしより、よっぽどお姫様みたい。
「・・・なんだか昨日からお姫様ってよく言われるなぁ・・・・・・」
なんでだろ?
首をかしげていると、和馬お兄ちゃんが外人さんの腕を強引に引っ張って家にあげる。
「・・・ちょっとこっち来い」
しかもなんか、怒ってる。
なんでこの外人さんに怒ってるの?
でも、お兄ちゃんに強引に腕を引かれている外人さんは、なぜかにこにこと笑ってる。
あ、やっぱりこの外人さんのほうが、お兄ちゃんより大きいや。
「和馬お兄ちゃん?知り合いなの?だったらお茶かなにか・・・・・・」
「いい。愛良は着替えて宗次たちの朝食でもつくってやってくれ。余ってる部屋に泊まってるから」
きっぱりとお兄ちゃんは拒絶して、あたしに違う用事を言いつけてくる。
あら、それにしても、宗次お兄さんたち、この家に泊まってたんだ。
そして、和馬お兄ちゃんは引きずるようにして外人さんを自分の部屋に押し込んでしまった。
ちぇ~。知り合いなら、ちゃんとあの金髪のお姉さんを紹介してもらおうと思ったのにぃ。
諦めて、お兄ちゃんに言われたとおり着替えて朝食の用意をしていたら、ぞろぞろと宗次お兄さんたちが起きてきてリビングにやってきた。
なんだかみんな、疲れてそうだなぁ。バイト、忙しかったのかな?
「おはよう」
「おはよう、愛良ちゃん。元気?」
「え?うん、元気だよ?」
挨拶をすれば、なぜか里奈お姉さんにそんなことを聞かれる。実お兄さんもあたしの顔をまじまじと見てからそっと額を撫でで、にっこりと笑った。
「うん、元気そうだね、愛良ちゃん」
「・・・?うん・・・?」
なんなの?ふたりの行動がよくわかんない。
すると、それまで眠そうに目を擦っていた宗次お兄さんがリビングを見渡してあくびまじりにあたしに聞いてきた。
「あれ?和馬はまだ寝てるのか?」
「ううん。さっきお客さんが来て、部屋に行っちゃった」
「お客さん?」
きょとん、と宗次お兄さんは目を瞬く。里奈お姉さんたちも不思議そうに首を傾げてる。
「なんかね、金髪の外人のお姉さん。和馬お兄ちゃんと知り合いだったみたいで、わざわざ家を訪ねてくれたんだよ」
「金髪の外人かぁ!!それが女となれば、見てくるしかないな!!」
「和馬にそんな知り合いがいたなんてなぁ・・・・・・」
うきうきしている宗次お兄さんと、腑に落ちない様子で首を傾げたままの実お兄さん。里奈お姉さんは、うかれている宗次お兄さんの足を蹴っ飛ばしてた。
「でれでれしてないで、さっさとご飯食べちゃいましょ」
「いってぇ・・・・・・容赦ねぇな、里奈」
「それはどうもありがと」
席についてご飯を食べ始めた里奈お姉さんに、宗次お兄さんは抗議する。そんなふたりのやりとりをくすくすと笑いながら、実お兄さんも席についた。
しばらく4人でご飯を食べていたら、相変わらず不機嫌そうな和馬お兄ちゃんが姿を現した。
「あ、和馬お兄ちゃん」
「・・・・・・宗次、実、里奈、ちょっとこっち来れるか?」
あたしのこと、無視だし。
「お兄ちゃん、さっきの外人さん、どうしたの?」
「まだ話し中。愛良はおとなしくしてろよ」
びしっとあたしに言うだけ言って、お兄ちゃんは里奈お姉さんたちも連れて部屋に籠っちゃった。
なんだ~つまんな~~~い!!!
朝食の後片付けも終えて、あたしはいつみんなが戻ってくるかとリビングでテレビを見ながら待ってた。
テレビでは、週末のワイドショーらしく、怪盗夜叉の特集とかやってる。
・・・怪盗夜叉・・・。
ついこの間までは、こうしてテレビの中でしか見れない相手だったのに、今はもっと近づいてる気がする。
だって、和馬お兄ちゃんが友達みたいだし。
でも、いつだったか、和馬お兄ちゃんは怪盗夜叉にすごく否定的だった。
友達なのになんでだろ?
あたしと知り合いにさせたくなかったのかな?
そんなのずる~い!!
ソファの上でごろごろ寝そべりながらふてくされていると、突然ふわりと抱きしめられた。
あ、この薔薇の香り・・・・・・。
「ご機嫌ななめでどうしたの、プリンシア?」
「・・・お姉さん・・・!!」
やっぱり、あたしを抱きしめたのは、金髪の外人のお姉さん。
にこにことうれしそうにあたしを抱きしめてる。
「うれしい報告よ、プリンシア。私、この家に住むことになったから」
「・・・・・・え?えぇぇぇ?!」
顔を上げれば、リビングの扉のところには、さっきよりもさらに不機嫌そうな和馬お兄ちゃんの姿。
「ほ、ほんとに?!お姉さんもここで一緒に暮らすの?!」
「そうよ。ナイトがぜひっていうから」
ナイト?和馬お兄ちゃんのことかな?
ちらっと和馬お兄ちゃんを見れば、不機嫌そうにしてるけど、否定はしてない。
ということは、ほんとにこのお姉さんとも暮らすんだ!!
すご~い、楽しそう~!!
「よかったね!!泊まるとこがなかったんだもんね!!」
「え、えぇ、そうね!!うれしいわ!!こうしてプリンシアとも一緒にいられるし」
「ねぇ?そのプリンシアとか、ナイトとかってなに?」
「プリンシアはフランス語でお姫様って意味。ナイトは英語で騎士。お姫様を守る騎士でしょ、彼は」
くすっとお姉さんが笑う。
お姫様を守る騎士・・・・・・あたしを守る騎士なのね、お兄ちゃんが!!
「素敵~!!」
「全然、素敵じゃない」
むすっと和馬お兄ちゃんが返してきて、冷蔵庫をあさってる。朝食分、お兄ちゃんの分だけ冷蔵庫に入れたから気付いてくれればいいけど。
「でも、あたし、愛良って名前があるんだけど?」
「私は大好きな人たちは愛称で呼ぶことにしてるの。プリンシアでは嫌?」
「ううん、全然!!あたしはお姉さんのこと、なんて呼べばいい?」
「ロゼ、と呼んで頂戴」
すると、牛乳を一気飲みしてた和馬お兄ちゃんが突然むせった。
「ロ・・・・・・ロゼ・・・?」
「えぇ、そうよ、ナイト。ぜひロゼと呼んでね」
あれ?和馬お兄ちゃん、お姉さんの名前、知らなかったの?変なの。
「じゃぁ・・・ロゼお姉さん?」
「ロゼでいいわ、プリンシア」
「・・・・・・悪趣味」
ぽつり、と和馬お兄ちゃんが呟いてたのが聞こえた。
悪趣味?なんで?
首を傾げていると、続々と里奈お姉さんたちがリビングに戻ってきた。でもなぜか、みんな表情が強張ってる。
ふと、あたしはロゼに尋ねてみた。
「ねぇねぇ、ロゼ。里奈お姉さんたちにもあるの?ニックネーム」
「もちろんよ」
ロゼはにっこり笑って里奈お姉さんたちを目で追いながら教えてくれた。
「ルナール、ドクター、トリックね」
「ドクターは実お兄さんにしても・・・・・・ルナールとか、トリックって?」
「ルナールは、フランス語で狐っていうのよ。女狐って言葉、プリンシアは知ってる?」
「ううん。・・・メスの狐ってこと?」
「ふふ、そのうちわかるようになるわ」
くすくす笑いながら、ロゼはあたしの頭を撫でる。
なんでつい最近までカタコトの日本語喋ってたロゼが、あたしよりも日本語わかってるの??なんか、悔しい・・・・・・。
「トリックがなんで宗次お兄さん?」
「トリックはいたずらっ子ってところかしらね」
またロゼはくすっと笑う。でもその間、里奈お姉さんも宗次お兄さんも不服そうにこっちを見てるだけ。
「ねぇ?なんであたしや里奈お姉さんはフランス語で、和馬お兄ちゃんたちは英語なの?」
「ただの私の気まぐれ」
あたしのちょっとした疑問は、ロゼにあっさりと返される。
「騎士ってフランス語でなんて言うの?」
「シュバリエよ」
「シュバリエ・・・・・・う~ん、ナイトのほうがいいね!!」
「そうでしょ!!」
「なに勝手なこと言ってるんだか」
和馬お兄ちゃんがため息をつきながら、すたすたとこちらに向かってきて、ロゼに一枚の紙を手渡した。
そこにはびっちりと日本語じゃない言語が書いてある。
「これがこの家で暮らすためのルール。よく覚えておくんだな、ノ・・・・・・ロゼ」
「わかったわ、ナイト。郷にあらば郷に従えと日本語でも言うものね」
「ロゼってなんでそんなに急に日本語上手になったの?」
ちょっとした疑問も、なぜかロゼはにこにこと答えてくれる。
「ごめんなさいね、プリンシア。初めて会ったときは、日本語をわからないフリをしていたの」
「へ?なんでそんなことを?」
「日本人がどれだけ親切か、テストしてたのよ」
「・・・・・・ロゼって、どっかのスパイなの?」
冗談半分にあたしが言うと、なぜかロゼじゃなくて和馬お兄ちゃんたちがびっくりしたようにこっちを見てた。
・・・そんなに驚くこと?
「そうね、どこかのスパイかもしれないわよ、プリンシア。だから、私には優しくしてね」
「うん、わかった。日本人代表として責任を持って一緒に日本の生活を支えるわ!!ね、和馬お兄ちゃん!!」
「・・・・・・勝手な約束してんなよ~・・・・・・」
もう好きにしてって言葉が今にも出てきそうな雰囲気で、和馬お兄ちゃんはぐったりとソファにもたれてる。疲れてるのかな?
「ナイトはお疲れのようね?」
「本当はいつもはもっと優しいんだよ?」
「えぇ、わかっているわ。彼は騎士の名に相応しいナイトよ。私が知っている、騎士を名乗る馬鹿なイタリア人よりもずっと騎士だわ」
「・・・ロゼってイタリア人なの?」
「いいえ」
「じゃぁ、フランス人?」
「プリンシアがそう思うのなら。イギリス人でもイタリア人でも、あなたが望む国籍になるわ。日本人がよければ日本人でもいいわよ?」
「い、いい・・・・・・」
金髪碧眼の日本人なんていないもん。
・・・で、結局ロゼは何人なの??
「その女に疑問なんか抱くだけ無駄だぞ、愛良」
「そ~そ。振り回されるのがオチ」
和馬お兄ちゃんの言葉に、宗次お兄さんも大きく頷きながらソファーに座ってくる。
「・・・・・・なんで、そんなに愛良ちゃんにご執心なのかしら?」
里奈お姉さんが冷たい声でロゼに尋ねてくる。こんな怖い里奈お姉さん、あたしは初めて見たからびっくりした。
「プリンシアがとてもかわいいからよ、ルナール。大丈夫、彼女は私が守るから」
冷たい態度の里奈お姉さんに全然めげないで、ロゼはにっこりとほほ笑み返してた。すると、里奈お姉さんも降参するように両手を上げて、台所に引っ込んでいった。
「あ、和馬。傷の具合だけ見に行くぞ?」
ふと、実お兄さんが和馬お兄ちゃんの腕を軽く引いてお兄ちゃんの部屋の方向を指さした。
「え、和馬お兄ちゃん、怪我してるの?!」
「たいした怪我じゃない」
「プリンシアが心配するようなものじゃないわよ、ナイトがおっちょこちょいなだけだから」
肩をすくめて答えた和馬お兄ちゃんにかぶせるようにして、ロゼがにやにや笑いながらそう言ってきた。
「そうよね、ナイト?」
「・・・・・・どっかの薔薇の棘が刺さっただけだからな」
じろっとロゼを睨んでから、和馬お兄ちゃんは実お兄さんと一緒に部屋に行ってしまった。
「・・・薔薇の棘で怪我したのかな?」
「大丈夫よ、薔薇の棘の怪我なんてすぐに治るわ」
「・・・お前が言うのかよ、お前が」
ぽつり、と漏らしたのは宗次お兄さん。
なんだかさっきから会話がうまくかみ合ってない気がするんだけど?
・・・でも。
「これから楽しくなりそうだね!!家族も増えて、うれしいな!!」
「私もとても楽しみよ、プリンシア」
にこにこと上機嫌に話しているのはあたしとロゼ。
それを見守っている宗次お兄さんと里奈お姉さんは、なぜか小さくため息をついていた。
これから、どんな楽しい毎日が待っているのか、想像するだけでなんだかわくわくした!!
わ~い、そんなわけで、ノワール編、完結!!
和馬の新たな受難の始まり~(笑)
みんなの愛称は意外に苦戦しました(笑)
ノワール⇒ロゼは最初から決めてたのでよしで。
和馬⇒ナイト、実⇒ドクターも同じく。
ただ、愛良は最初はプリンセスだったのですが、プリンシアの響きのほうがかわいい気がしてこっちに(笑)
ということで、同じ女性の里奈もフランス語で、ルナールってなわけで。フォックスだとちょっと悪そうだし(笑)
やっぱりいつだって、宗次が一番考えちゃうわけで。
ぎりぎりまで、彼はインベンターの愛称だったのですが、彼にそんないかつい愛称はつけたくなくて。
でも、ピエロの愛称は他に先約があるので使えず。
うんうん唸って出てきたのが、トリックでした。いかがでしょうか?
基本的に、ノワールが言ってる通り、言語ばらばらで愛称つけてるのは気まぐれです(笑)
だって、ノワールだし(笑)