8、追いかけて、逃げられて <Side 和馬>
「・・・あ、携帯がない」
教室に着いてすぐに、俺は家に携帯を忘れたことに気付いた。
1限の講義に出るために、慌てて家を出たからなぁ・・・・・・。
「わりぃ、宗次。俺、今日携帯ないから」
「おやおや。あいかわらず忘れ物が多いね、かずくんは」
宗次のからかった呼び方に抗議したくても、今回は立場が悪いため文句が出ない。
・・・そう・・・。俺はどうも昔から、忘れ物が多い・・・・・・。うっかりと大事なものを忘れてきてしまうことが多く、宗次はいつもそれで俺をからかう。
・・・またネタ提供をこいつにしたのかと思うと腹が立つけど。
8、追いかけて、逃げられて?! <Side 和馬>
「あ、そんな健忘症のかずくんにお知らせ」
とうとう健忘症扱いにされた俺は、上機嫌の宗次から1枚の紙を渡された。
「・・・<シリーズ>か?」
「それが、<候補>だったりするんだ」
その紙には、見事なまでの装飾がされた貝でできた器の写真が載っていた。
<失われた誕生石>シリーズかと思って宗次に聞けば、彼は少し申し訳なさそうに苦笑した。
「OK、可能性があるならやってみるか」
「明日の晩ってことでいいか?」
「あぁ、いいぜ」
「じゃ、はい、これ」
「・・・ん?」
宗次から手渡された封筒。宛名を見れば・・・・・・。
「・・・俺が持っていくのか?」
「里奈は午後に代返のお仕事あるし。俺かかずくんがやるしかなかったけど、今日はぼけぼけのかずくんにリハビリで譲ってあげる」
・・・要するに面倒くさいんだろ。
警視庁に簡単な変装をして手紙を持っていく。いつもは変装の達人である里奈がやるけど、今回は俺か宗次が担当するしかなかったらしい。
別に初めてのことでもないから、いいけど。
・・・携帯を忘れたことによって、なぜか宗次より不利な立場にたっている気がするのはなぜだろう・・・。
俺は警視庁宛ての予告状の入った封筒を握り締め、ため息をついた。
で、難なく予告状を警視庁に届けて大学に戻れば、信じられない光景を目の当たりする羽目になった。
経済学部棟にある大教室で、なぜか愛良を発見。
・・・なんでいるんだ、こいつは・・・・・・。
神出鬼没。
まさに愛良にぴったりな言葉な気がしたのは俺だけか?
怪盗夜叉よりも行動が読めない存在な気がする。
しかも、愛良のそばにいる宗次や里奈は愛良の存在に気付いてないようで、ふたりでなにやら楽しそうに話しこんでる。
だいたい、愛良はどうやってここを知ったんだ?俺が経済学部に所属してるなんて言った覚えないぞ。
「おまえはなにやってるんだ、愛良?」
話しかければ、心底驚いた様子で俺を見上げてきた。
「これ、忘れてたから届けに」
愛良が差し出してきたのは俺の携帯。
学校はどうしたのかと思えば創立記念日だとか言うし。・・・そういえば、前にそんなこと聞いたような、聞いてないような・・・。
しまった、また忘れてたのか・・・?
ま、とにかくせっかく愛良がここまで来てくれたし、宗次も里奈もいるから、授業は抜け出して少し寄り道しながら俺たちは俺の家に向かった。
愛良はしきりに学校を抜け出した俺たちを気にしていたけど、たしかに小学生から見れば、不良にでも見えるんだろうなぁ・・・。
帰宅してテレビをつければ、すでにニュース番組は夜叉の予告状で大騒ぎしていた。俺が盗むと予告した貝の器がある美術館も、ものすごい警備員に囲まれている映像が映し出されている。
18世紀初頭に作られたとされている、貝でできた器。その周りの装飾に使われているトルマリンが今回のターゲット。
<シリーズ>と確信できているものではないから、いちかばちかってとこだけど。
その答えは、明日の夜、無事にあれを盗み出してからだな。
・・・もっとも、夜叉をつけ狙うあの殺し屋に出会うことさえなければ、だけど。
「あ、明日、夜叉の予告みたいだよ、お兄ちゃん!!」
テレビを見た愛良がうれしそうに言ってる。
もうすっかり見慣れた光景に、俺と宗次は顔を見合わせて苦笑した。
月夜に漆黒のマントがはためく。
俺は今、怪盗夜叉として、美術館の屋根の上に立っていた。
足元の建物の中には、今夜のターゲットがある。
警備の状況もすでに把握済み。
逃走経路も確保した。
予告時間まであと少し。
すべて予定通り。
「・・・さて、始めると、するか」
それは、怪盗夜叉である仲間たちへの合図。
俺は、湧き上がる興奮と共に、夜叉として仕事を始めた。
「待て~!!夜叉~!!!!」
遠くで警官たちがばたばたと騒いでいるのが聞こえる。
双眼鏡で様子を見ていれば、彼らはどんどん俺から遠ざかっていくようにして、勢いよく離れていく。
「どうしてまぁ、単純なやつら」
警官たちが追いかけているのは、宗次が操る巨大なラジコン。
そこに黒いマントをくっつけておけば、遠目からでは夜叉が飛んでいるようにしか見えない。
夜叉が夜空を駆けることができる存在であること。
今夜は夜叉以外空を駆ける存在がないこと。
この2つの情報による先入観を利用して、ダミー追いかけっこ作戦を決行したのだが・・・・・・。
「こうもあっさりとひっかかってくれると、これは使える作戦だと思わねぇ?」
『今後もぜひ利用すべきものだね』
『俺も楽しいし。賛成~!!!』
『危険も少ないし、いいかもね』
<ブラック><ビール><ダージリン>がそれぞれ答えてくる。
肝心の夜叉である俺はというと、誰もいないビルの屋上で悠々と夜空を見上げていた。
その手には、ちゃんと今夜の獲物であった器もある。
これについているトルマリンが<アタリ>か<ハズレ>かは帰宅すればわかる。
・・・もっとも、愛良が寝てからの帰宅になるが。
警官はうまくまけた。
これで夜叉の変装を解いて、一般人のふりをして帰ればいい。
・・・・・・ただし、<組織>のやつらも警官のように騙されてくれていれば、の話。
殺気を感じて、俺はすぐさま物陰に隠れた。
さっきまで立っていたところに銃弾が撃ち込まれる。
・・・やっぱり、やつらは騙されてはくれなかったか。
いや、だけど、殺気は複数ではない。
・・・というよりは、感じるのは一人分。しかも、この獣のような殺気は・・・・・・。
「お疲れ様、怪盗夜叉」
ぱちぱちぱち、という拍手と憎らしいほど落ち着いた声が聞こえてきた。
俺はそのまま隠れているのも癪だったから、堂々と姿を現し、腰を折ってお辞儀をした。
「今夜のわたしの活躍をご覧いただけたようですね」
「しっかりと見させてもらったよ。じつに鮮やかで気持ちがいいね。無駄がない」
「ありがとうございます」
俺の目の前に立つ、長身の男はサングラスをかけたままにっこりと口を微笑ませている。
・・・髪が茶色になってるけど。
「髪を染めたのですか、ノワール?」
「あぁ、これ?黒髪のほうが目立つかと思って、趣向変え。変かな?」
「あなたには黒髪のほうがお似合いでしたよ」
「あ、そう?じゃぁ、黒髪に戻ろうかな」
相手は、ノワールは、くすくすと笑いながら、手に持っていたライフルを持ちあげてきた。
俺に標準を合わせて。
「無駄がなく鮮やかな手口だけど、優しすぎるみたいだね、夜叉は。<月の女神>のほうが容赦がなかったと聞くよ」
同時に放たれる銃弾。
俺は咄嗟に避けたものの、マントにいくつかの穴をあけてしまう。
休む間もなく連弾される狙撃に、俺はひたすら走り続けて避ける。
再び転がるように物陰に隠れて、俺は息を整える。
相変わらず、銃弾をぶっ放した張本人はくすくすと笑ってやがる。
「えらい、えらい。よく避けたね。それでこそ、わたしが気に入った獲物だ」
・・・そりゃどうも。
心の中だけで悪態をつきながら、俺は再び姿を現すことにした。
まるで騙し合いのように、殺気を出したり消したりする、この一流スナイパーの前に。
「あなたほどの一流の殺し屋にお褒めにあずかるのは光栄ですよ、ノワール」
「では、わたしに殺されてくれるのかな?」
「いいえ、それは遠慮させていただきます」
こうして言葉遊びをしている間はノワールも殺気を出さない。
だけど、それがむしろ相手に恐怖を抱かせることを、ノワール自身がよくわかっている。
じわりじわりと追い詰められているような感覚。
瞬間、俺の右腕、左足を銃弾が掠めた。
本当に掠めただけで、服が破れただけだ。かすり傷ひとつない。
・・・しかもあまりにも一瞬で反応も示せなかった。
加えて、わざと傷一つつけなかったその技量・・・・・・・・・。
「わたしが本気になれば、君を一瞬で消すことができるんだよ?」
その言葉を証明するかのような先ほどの行動。
俺は息を飲んで相手の出方を待つ。すると、ノワールは銃先を俺の胸元に向けた。
「そこにある、今夜の君の獲物。残念だけど、<シリーズ>ではないよ」
「・・・え?」
突然告げられたノワールの言葉に、俺は一瞬硬直する。
「せっかくがんばって盗んだのにご苦労さま。そのトルマリンは<シリーズ>には無関係ってこと」
「・・・なぜ、それを・・・・・・?」
「さぁ、なぜでしょう?」
くすっとノワールは笑う。
だけど、俺は笑えない。
「・・・<シリーズ>になりうる条件を知っているということは、やはりあなたも知っているのですね、<失われた誕生石>シリーズのことを」
「<組織>からの情報だとなぜ思わない?」
「わたしの勘、ですね。あなたはなにか知っていると、始めから思っていたのですよ、ノワール」
「へぇ、それはそれは」
ノワールは悠長に笑っているが、俺は焦っていた。
やっぱりノワールはなにかを知っている。俺たちの知らない<シリーズ>についても、色々知っている。
その情報を、こちらも得ることができれば・・・・・・。
「<組織>の連中から聞いたけど、君は<月の女神>に見放されているらしいね」
「・・・ですが、そちらも<お月様>に嫌われているではありませんか?」
「まぁ、それはわたしの知ったところではないけれどね。・・・夜叉、ゲームをしないかい?」
思いもかけないノワールの申し出に、俺はすぐに返答ができなかった。
じつは、<ビール>たちとの唯一のつながりである通信機は遮断してる。だから、彼らにはノワールとのこの会話は聞こえていない。
・・・また知ったら、色々怒られるんだろうなぁ・・・・・・。
無事に帰れれば。
「・・・ゲーム、ですか?」
「そう、ゲーム。君はなかなかおもしろい存在だからね、夜叉。ちょっとしたゲームをやりたくなったんだよ」
「・・・わたしがそれに参加するメリットは?」
「もちろんあるよ。このゲームに君が勝てば、君が望む情報をあげよう」
「わたしが負けたら?」
「君の命をもらうよ、怪盗夜叉」
一瞬で放たれたすさまじい殺気に、俺はすくむ。
だけど、これしきのことでひるむわけにはいかない。
「そのゲームとは?」
「お姫様救出大作戦、だよ」
「・・・・・・は?」
うれしそうにゲームの内容を話し始めたノワールに、俺は一気に脱力してしまう。
・・・なんなんだ、こいつは・・・・・・。
「わたしがお姫様をあるところへ隠す。君がそれを制限時間内に見つけられたら君の勝ち。どう?簡単なゲームだろう?」
「・・・そうですね」
お姫様?
宝石とかのことか?
まさか、誰か無関係の人間をさらうつもりじゃ・・・・・・。
「ノワール、無関係の人間を巻き添えにするのはやめてください」
「おやおや、言っている先から優しいね、夜叉は」
呆れたような声で相手は言ってくるが、俺は構わない。
こんなふざけたゲームに、無関係の人間を巻き添えにしてたまるか。
「大丈夫。お姫様はそんなんじゃないから。では、ゲームを受けてくれるね、夜叉?」
君の命を賭けたゲームに。
「・・・えぇ、お受けしますよ、ノワール」
<シリーズ>の情報を賭けたゲームに。
ここに、危険極まりないゲームの契約が、成立した。
そんなわけで、和馬サイドは愛良サイドの次の日がメインでした~!!
夜叉は警官に追いかけられて、夜叉自身は、ノワールを追いかけているような状況ですね。
夜叉たちが時々話題にする<お月さま>も、いつか、ちゃんと語れる日が……来るでしょうか?(え)ま、いつか語りますよ、きっと。
さて、次回9話が、ノワール編の佳境になります。
本当は7話だけでここまでやろうとしたのですが、ひっぱってみちゃいました☆




