6、ふたりの1日 <Side 愛良>
5月のある朝7時。
目覚ましが鳴って、あたしは起き上がる。
昨夜は和馬お兄ちゃんの帰宅が遅かったので、今日の大学は朝からの登校じゃないんだろうな、と勝手に解釈。
だから、ひとり分の朝食をつくって、テレビをつけてご飯を食べる。
最近は夕食を一緒に食べてくれるから、前のように無理やりお兄ちゃんを叩き起して一緒に朝ごはんを食べるようなことはしなくなった。
ご飯を食べながら、あたしの視線は目の前のテレビにくぎ付けになる。
昨夜の怪盗夜叉のVTRを放送しているのだ。
やっぱり怪盗夜叉は何度見てもかっこいい!!
あたしは大満足して、そのまま学校に向かった。
6、ふたりの1日◆ <Side 愛良>
教室に入れば、あたしはつい、うんざりしてしまう。
「なんで毎回毎回、懲りもせずに・・・・・・」
クラスの男子たちの夜叉ごっこだ。
教室の机はすでに整列は乱され、箒やらモップやらでチャンバラをしている男子たちを見ると、本当に嘆きたくなる。
ほんっとにいつまでもガキなんだから!!
和馬お兄ちゃんと比べるまでもないわ。
あたしの机も整列から乱されていたけど、強引にそれをもとに戻して、黙って授業の準備をしていると、しずちゃんが話しかけてくれた。
「おはよう、愛良ちゃん。昨日のテレビ、見た?」
「しずちゃんおはよ~。見たよ!!今朝もテレビで見てきちゃった!!」
「昨日のってどうやって逃げたのかしらね?あんな高いビルから飛び降りるなんて」
「すごいよねぇ、羽根でも生えてるのかなぁ」
昨日の夜叉は、高層ビルでの活躍だった。
48階建という目がくらむような高さを誇るそのビルの最上階で、夜叉は獲物である絵画を盗むと予告した。
たしか、<アメジストの裁き>とかいう難しいタイトルの絵画。
地獄で、大魔王が罪人を裁いている図を描いたもの。その大魔王の瞳がアメジストの色だから、そういうタイトルがついている。
・・・って、ニュースが言ってたけど。
あたしは正直、そんなうんちくはどうでもよくて。
でも、絵画を盗む、と聞くといつも以上に真剣にその様子を見守ってしまう。
いつか、夜叉の弟子になって、あたしも絵画を奪い返したいから。
<エーゲ海のエメラルド>を。
その、あたしの心の師匠でもある怪盗夜叉は、鮮やかに<アメジストの裁き>を奪うと、なんと、その48階の窓を割って飛び降りてしまったのだ。
マスコミも大興奮で中継し、警察たちも驚くやら慌てるやらの大騒ぎだったけど、すでに夜の街に夜叉の姿はなかった。
どうやって、あのビルの高さから飛び降りることができたんだろう??
「高いところも得意じゃないと、弟子になれないのね」
「・・・・・・また、つまらないこと考えてるよね、愛良ちゃん?」
ぽつりとつぶやいたあたしの言葉を拾って、しずちゃんが呆れたようにそんなことを言う。
つまらなくなんてないもん。怪盗夜叉の弟子になるための必要条件を考えるのは、大事なことだし。
午前中の授業は、全部塾でやってることばっかりで、つまらないものばかりだった。
それはこの時期中学受験を控える子は同じ反応で、クラスの中はふざける子と、つまらない授業に雑談する子に二分化する。
あたしもついつい、しずちゃんとおしゃべりなんかしちゃうし。
もちろん、話題はずっと怪盗夜叉のことか、和馬お兄ちゃんのこと。
「昨日ね、和馬お兄ちゃんにハンバーグ作ったんだけどね、具材に野菜をいっぱいいれたの」
「・・・なんか愛良ちゃん、どんどん主婦というか、母親化してるね・・・」
「違うよ、恋人だもん。でねでね。そのハンバーグをお兄ちゃんに出したらさ・・・・・・」
ぷくくく、とあたしは思わず思い出し笑いをしてしまう。
昨夜、その夜もバイトだというお兄ちゃんのために早めに夕飯を用意した。
夜にバイトがあるときの例にもれず、実お兄さんや宗次お兄さん、里奈お姉さんも一緒だった。
いつもは里奈お姉さんが夕飯を一緒につくってくれるんだけど、その日は4人で和馬お兄ちゃんの部屋にこもっちゃってたから、あたしはひとりで夕飯をつくってた。
それで、なにをつくろうかな、と考えた挙句、色々な野菜を炒めて具材にしたハンバーグを作ることにしたのだ。
ところが。
「・・・こんなハンバーグ、邪道だ」
和馬お兄ちゃんがむすっとした様子で一言告げた。
すでにハンバーグを口にした宗次お兄さんはくすくすと笑ってる。
実お兄さんは「栄養バランスがよく考えられた素晴らしいハンバーグだよ」とほめてくれた。
里奈お姉さんに至っては、和馬お兄ちゃんを一睨みして怖い声で言った。
「まさか和馬。愛良ちゃんが一生懸命つくってくれたハンバーグを残したりしないわよね?わざわざ愛良ちゃんが和馬の好きなハンバーグをつくってくれたのよ?」
「そりゃ・・・・・・ハンバーグは好きだけど。でも、これは・・・・・・」
和馬お兄ちゃんはしどろもどろになってなんとか必死に弁明しようとする。
あたしはそんなみんなの様子を見てくすっと笑いをこぼした。
偏食家の和馬お兄ちゃん。
そのお兄ちゃんの好きなハンバーグの具材は、お兄ちゃんの嫌いなものを炒めたものだったのだ。
細かく切ったし、炒めて味付けもしてるから、食べれるかな、と思ったんだけどな。
「ほら和馬、急げよ。時間ないんだから」
「・・・・・・う~・・・くそぉ~・・・」
宗次お兄さんにせかされると、和馬お兄ちゃんはしぶしぶとハンバーグを口にして、完食してくれた。
でもその悶絶するような表情を浮かべながら食べるのを見ているのは、なんだかかわいそうなおかしいような、そんな気分だった。
「でも、ちゃんと全部食べてくれたからうれしかったな」
「和馬さんも、最初のころより愛良ちゃんに優しくなったよね」
しずちゃんも同調してくれる。
たしかにしずちゃんの言うとおり、和馬お兄ちゃんは日増しに優しくなってくれているような気がする。
夕飯を一緒に食べてくれるだけじゃなくて、あたしがひとりの時間が多いと、それを心配してくれるようにもなった。
・・・これはもしかして、もしかしなくても。
「愛が芽生えちゃったのよね、きっと」
「・・・・・・違うと思う」
しずちゃんのツッコミはあえて無視して、あたしは授業の残りのを時間を妄想して過ごした。
夕方4時半。
帰宅して何気なくテレビをつけると、驚いたことにまた怪盗夜叉のことが報道されていた。
昨日の続きかな、としばらくテレビを見ていると、もっと驚くことをアナウンサーが言った。
「臨時ニュースです。本日午後未明、新宿VBビルにある美術展に再び怪盗夜叉から予告状が届きました」
そのニュースを聞いて、あたしは当然、テレビにしがみついた。
新宿VBビルって、昨日の夜、夜叉が<アメジストの裁き>を盗んだビルだ。
「予告状には、『今夜こそ本物の<裁き>をいただきに参ります』と書かれており・・・・・・」
ってことは、昨日夜叉が盗んだ<アメジストの裁き>は本物じゃなかったってこと?
そういえば、夜叉はいつもみたいに盗んだものをカメラに映し出さなかったなぁ。ってことは、昨日は盗んでなかったのかしら?!
しかも、本物はまだ美術展にあるわけなんだ。
そのままランドセルも部屋に戻さずにテレビを見ていると、突然電話が鳴った。和馬お兄ちゃんの家の電話だ。
あたしはどうしようか迷った挙句、それをとってみた。
「・・・もしもし?」
『あ、愛良か?』
「和馬お兄ちゃん?!」
『悪い。今夜は夕飯一緒に食べれないんだ。急なバイトが入っちゃって・・・・・・』
電話の向こうのお兄ちゃんは本当に申し訳なさそうにあたしに言ってくる。
でも事前に電話をくれたんだからよしと思わないといけないんだろうな。
さみしいけど。
「わかった。ひとりでご飯食べるね」
『大丈夫か?里奈でも行かせようか?』
その口ぶりだと里奈お姉さんと一緒にいるってことかな?
「ううん。平気。夜叉の中継見ながら留守番してるから」
『・・・・・・あ・・・っそ・・・』
元気に返事をしたのに、なぜか和馬お兄ちゃんからは鈍い返事が返ってきた。
その後も戸締りに気をつけろとか、なんとか、色々と諸注意を受けて電話は切れた。お兄ちゃんは時々すごく心配性。
・・・やっぱり、愛かしら。
午後7時。
夕飯の用意をして宿題をしているうちに、夜叉の予告の時間になった。
あたしはテレビの前を陣取って、食い入るようにしてテレビの向こうを睨みつける。
あ~やっぱり、一度は怪盗夜叉の現場に行ってみたい!!!
カメラが映し出しているのは美術展の入り口。
今回も昨夜同様、オーナーの希望で室内にカメラが入ることはできないらしい、とアナウンサーが不満そうに告げる。
・・・あたしも不満。
怪盗夜叉の中継は、すべてが全部それを撮影の許可をされるわけじゃない。
カメラは禁止、警察も介入不可、なんてこともよくあるみたい。
それにしても、なんで昨日はニセモノを飾っておいたのかな。
夜叉が盗みを予告したから、本物を隠してニセモノを盗ませようとしたのかな。
でも、たしか今回の夜叉は予告状を出してから実行にうつすまでの時間があまりない。
予告状を受け取ってから、あんなに短時間でニセモノの<アメジストの裁き>を用意することってできるのかなぁ。
って、考えているうちに、突然ビルの中の照明が全部消えた。
慌てる現場の人たち。
あたしはどきどきしながらそれを見守る。
暗闇の中で、ばたばたする慌ただしい足音だけが響いている。
やがて、男の叫び声が上がった。
こちらがどきっとするほどの叫びだ。
突然しん、とした現場に、コツコツコツ、と規則的な足音が近づく。
「これはこれはみなさん、お揃いで」
そのくぐもった声は、夜叉のもの。
彼はビルの窓際に立ち、その姿を月明かりに曝した。
月明かりに照らされてもなお深い闇を纏う、漆黒のマント。
それがひらひらと揺れているのは、風のせい。
夜叉が立つその窓は、昨日彼が突き破って外に飛び出した窓。
まだ当然だけど修復ができていないため、隙間風が48階のフロアに吹き込んでくる。
「本物の<アメジストの裁き>、いただいていきます」
夜叉は絵画をカメラに見せた後、小脇に抱えて優雅にお辞儀した。
そして、再び彼はそこから夜の街にダイブしていった。
慌ててカメラがそれを追いかけると、パラグライダーを広げて夜空を泳ぐ夜叉の姿があった。
すご~い!!
あの高さで黒のパラグライダーで自由に空を飛んでいくその姿に、あたしは見惚れていた。
でもたしか、昨日は夜叉がそんな風に飛んでいくのを見なかった気がしたけどなぁ。
結局あっさりと怪盗夜叉の活躍は終わってしまって、あたしはちょっと物足りなさを感じながら夕飯の後片づけをはじめた。
つけっぱなしのテレビは、まださっきの怪盗夜叉の活躍を繰り返し放送している。
それを耳で聞きながら、早く夜叉に会って弟子にしてくださいってお願いしたいなぁ、なんて思う。
だって、会わなければ話すこともできないじゃない?
どうにかして、夜叉に会う方法はないのかなぁ。
やっぱり、せめてこの街に夜叉が予告状を出してくれたらいいのになぁ。
そんなことを考えながら片づけているとあっという間にそれも終り、テレビを消して二階にあがろうかとしていたら、玄関から声が聞こえた。
「愛良、ただいま。まだ起きてるか?」
「和馬お兄ちゃん?!今夜はバイトじゃなかったの?!」
「あぁ・・・まぁ、早めに終わったから、早く帰って来たんだ」
ふぅん?バイトって早めに終わると自由に帰れるものなのかな。
あたしはよくわからなかったけど、お兄ちゃんが早く帰ってきてくれたのがうれしかったので、ただ純粋に喜んでいた。
そしたら、さらに珍しいことに、お兄ちゃんは小さな箱をあたしに手渡した。
「なに、これ?」
「ひとりで留守番させたおわびかな。里奈のお勧めの店なんだってよ」
箱を開けてみれば、そこにはケーキが2つあった。
かわいいデコレーションがしてあるそのケーキは、お兄ちゃんが買ってきてくれたという特別さもあって、あたしの心を捉えた。
「すご~い!!おいしそう!!」
「遅い時間だけど、食うか?」
「食べる!!!」
午後9時。
和馬お兄ちゃんの気遣いで夜のおやつの時間!
あたしはケーキを食べながら、バイトのためにテレビを見れなかったお兄ちゃんのために、今夜の怪盗夜叉の活躍っぷりを話して聞かせた。
お兄ちゃんは少し顔をひきつらせて笑いながらも話を聞いてくれた。
「でもね、あたしすごく不思議なの」
「なにが?」
「なんで夜叉は、昨日の<アメジストの裁き>がニセモノだってわかったんだと思う?」
「そうだなぁ・・・・・・」
お兄ちゃんは困ったように考えた後、にやっといたずらっこのように笑った。
「夜叉は頭がいいんじゃないか?」
「やっぱり?!そうだよね、やっぱり夜叉は普通の人より頭がいいし、目が効くのよね!!」
「・・・へ?」
「あたしもがんばって夜叉の弟子になれるように、色々勉強しなくちゃ!!」
「や、ちょっと・・・冗談で言っただけ・・・・・・」
「じゃぁあたし、勉強するから二階にあがるね!!ケーキありがとう、お兄ちゃん!!」
あたしは意気揚々に二階にあがる。
絵画のニセモノと本物を見分けることができるほどの目利きをもつ怪盗夜叉。きっと、絵画だけじゃなくて、美術品や宝石の目利きもできるんじゃないかな。
あたしもそれに追いつけるようにしなくっちゃ!!
はりきって勉強を開始したあたしは、いつも以上に塾の宿題がはかどった。
やっぱりなにごとも活動源って大事よね。
そして午後11時。
あたしは今夜のかっこいい夜叉を夢に描きながら、床についた。
すいません、今回愛良サイドはほんっとに何の変哲もない、ただの1日・・・(笑)
ハンバーグのエピソードは、我が家の父が元ネタです(笑)
紫月父は、ハンバーグの具にうるさいです!
変哲もない1日も、和馬側には少しくらい、変化があるんじゃないかと・・・ないかな・・・・(汗)