1、はじめの一歩<Side 愛良>
あたしの名前は、柳井 愛良。
今年で12歳になる小学校6年生。まだ11歳。
それで、あたしの恋人・・・・・・に、なる予定の彼は。
瀬戸 和馬、たしか今年で20歳になる大学2年生かな。
あたしと和馬お兄ちゃんは運命的な出会いをしたの。だからあたし、決めたんだ。
絶対彼と結婚する!!って。
だから、パパとママが海外で暮らさなくちゃいけないって言ったとき、絶対日本に残るって言い張ったの。
和馬お兄ちゃんと結婚しなくちゃいけないこともそうだけど。
もうひとつ、あたしには夢があったから。
1、はじめの一歩♪ <Side 愛良>
「そんなわけで、ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いします」
パパとママが去ってから、まるで大人のレディのように、あたしは和馬お兄ちゃんにあいさつした。たしか、この前見たドラマで、お嫁に行く主人公がそう言ってた気がするから。
なのに、目の前で両目を見開いたままの和馬お兄ちゃんは、片手を額にやると、うんざりといった様子でこう言った。
「よろしくなんてされないし、末長くってなんだよ・・・。ていうか、おまえ、誰?」
「あら、だからさっき、言ったじゃない。柳井 愛良、11歳って」
「そういうことじゃなくて!!なんでおまえが俺を知ってるんだ?!俺はおまえを知らないぞ?!」
なんてひどい!!
あたしは一目和馬お兄ちゃんに出会ってから、浮気もせずに彼一筋だったのに。彼はあたしを知らないっていうの?!
いや、忘れてるだけかも。思い出させてあげればいいのよね。
「春休みのとき、あたしが怖いひとたちに囲まれていたのを和馬お兄ちゃんが助けてくれたのよ?本当にすっごくすっごくかっこよくて、絶対のこの人のお嫁さんになるって思ったんだから!!」
今は4月19日。
春休みなりたての1か月前。
あたしはたまたま塾の帰りで夜が遅くて。その日はたまたまパパもママも仕事が忙しくてお迎えにこれなくて。
いつもは一緒に帰る友達も、その日はあいにく風邪でお休みで。
ちょっと怖かったけど、ひとりで家に帰ってた。
そしたら、高校生くらいの不良たちに囲まれちゃって。
「金を出せ」っておどされたけど、でも、このお金はパパのお金だし。
なんでこんな人たちにあげなきゃいけないのって思いもあったし。
でも不良たちが怖くて怖くて、道行く人たちに助けを求める視線を送るけど、みんな見て見ぬふりで。
もうあきらめて、お金を渡しちゃおうかと思ったとき、運命の王子様が現れたの。
「ガキつかまえて、なにやってんだよ、お前らは」
ちょっと言葉にいくつは引っかかるものはあるけど、不良たちは突然声をかけてきた和馬お兄ちゃんに驚いて。
それで、なにやら不良の定型文句みたいなものを羅列させながら、彼に殴りにかかったんだけど、彼はそれはそれは鮮やかにかわしてむしろ反撃すらしちゃって。
不良たちが固まってよってたかって襲いかかっても、涼しい顔で次々と倒していく様はかっこよくて。
さっきまで泣いていたのがうそのように、あたしは彼の所作に惚れ込んで見つめてたの。
「・・・大丈夫か?」
不良たちが散っていったあと、彼は笑顔を見せてあたしに言ってくれた。
「女の子がこんな時間に一人歩きなんて感心しないな。親はどうした?」
「・・・今日は、仕事で・・・」
「しょうがねぇなぁ。家どこだ?送っていってやるよ」
助けてくれただけじゃなくて、家まで送ってくれた紳士的な彼に、もう、あたしは心を決めてた。
帰宅したパパとママに、興奮状態で和馬お兄ちゃんのことを熱弁したわ。
お気楽極楽な両親だから、あたしの話を聞いて、
「そんな素敵なお婿さんがもう決まったなんて愛良ちゃんは幸せね~」
って喜んでくれたし。
だから、あたしはあの夜に決めたの。
絶対に和馬お兄ちゃんのお嫁さんになるって!!!
「・・・なんで、いきなりそうなるんだよ。だいたい、どこで俺の名前を知ったんだ?」
あたしの話を聞いて思い出してはくれたみたいだけど、なんだかそっけない返事が返ってきて。つまんないけど、まぁ、愛は育んでいくものだし。いっか。
「だって、毎日駅で待ち伏せして和馬お兄ちゃんを付けてたもん。郵便物見れば、名前もわかるし」
「おまえ、それ、犯罪だぞ」
呆れたように和馬お兄ちゃんは言うけど、愛のために、ちょっとくらいの犯罪は許されるわよね?
「でもびっくりしちゃった。和馬お兄ちゃん、大きなおうちに住んでるんだもん」
「両親が遺してくれた家だからな・・・って、おまえには関係ないだろ。いいから、帰れよ」
「だから、さっきもパパとママが言ったでしょ?あたしには帰るところがないの。ここで和馬お兄ちゃんと暮らすしかないのよ?」
「だから!!なんで俺とおまえが暮らすんだっての!!親戚の家にでも行けばいいだろ?!」
「え~でも、パパとママってカケオチだったから、親族と連絡とってないって言ってたよ?」
「いまどきカケオチって・・・」
がっくりしながら、お兄ちゃんはあきらめてくれたのか、冷蔵庫から冷たい麦茶を出してくれた。自分の分とあたしの分。
それを見てて、あ、あたしのコップをここに持ってこなくちゃって思い出した。
いろいろ荷物をここに運ばないと。
「だいたい、お前の親もおかしいだろ?なんでこんな見ず知らずの男の家に愛娘を置いていくんだ?無理にでも連れて行くのが道理だろ?」
「見ず知らずじゃないもん。あたしの未来のだんな様だもん。だから、パパもママもOKしてくれたんだもん」
「・・・俺はお前のだんなになるつもりは毛頭ないぞ?それに、おまえだって両親と離れるのはさみしいだろ?友達と離れるのはつらいかもしれないけど、親と一緒に海外に行くほうがおまえのためにもいいと思うぜ?」
「あたしが日本を離れたくないのは、友達と離れたくないからじゃないの。友達はどこにいても友達だもん」
「じゃぁなんで・・・」
「あたし、<夜叉>の弟子にしてもらうの」
あたしの決意表明に、和馬お兄ちゃんが口に含んだ麦茶を盛大に噴き出した。
きったないなぁ・・・。
「夜叉だぁ?!あれは犯罪者だろ?!なんで犯罪者の弟子になんかなるんだよ?!」
「夜叉は犯罪者じゃないわ!!えっと・・・<ギゾク>だもん!!困った人たちのために、悪人をこらしめてるんだもん!!だからあたし、絶対弟子にしてもらうの!!あたしの夢なんだ!!」
そう、パパとママが仕事のために海外に行かなくちゃいけないって聞いた時、絶対に日本から離れたくないって騒いだ。
パパたちと離れるのはさみしいけど、夜叉のいない国にいくのは、夢をなくしてしまうことだったから。
夢のために、あたしは『大人の自立した女』になることにしたの!!
・・・でもひとり暮らしはできないから、和馬お兄ちゃんの御厄介になることを思いついたんだけどね。
「馬鹿言うなよ・・・。夜叉に憧れるやつなんて気がしれないぜ」
「あら、学校だと友達だって夜叉のファンよ?」
「ファンならいいさ。ただ、弟子はやめとけって」
「やだ。あたしも夜叉と一緒に<ギゾク>になる」
「義賊の意味、わかってんのかよ・・・」
がくっと今日何度目かの諦めのため息をお兄ちゃんはついた。
周りになんと言われようとも、あたしは決めたんだもん。
あたしの夢は、夜叉の弟子になること。
それと、和馬お兄ちゃんのお嫁さんになること。
とりあえず、和馬お兄ちゃんと一緒に暮らすことになりそうだから、お嫁さんにしてもらうのも時間の問題だから、夢のひとつはクリア。
あとはやっぱり、夜叉の弟子にしてもらうだけ。
「勉強だって、夜叉のためにがんばってるんだもん。馬鹿だと弟子にしてもらえないだろうし」
「・・・そもそもガキじゃだめだって発想はないのか?!」
「夜叉に年齢制限なんてないわよ、きっと」
「さっきからの会話に、その無駄な根拠はどこから来るんだよ・・・」
がっくりと、和馬お兄ちゃんは机に突っ伏した。
なにがそんなに彼を脱力させたのかしら?
しばらく回復しない和馬お兄ちゃんを眺めながら、あたしはおとなしく出された飲み物を飲み干していた。
ちょうどそれが飲み終わる頃、タイミングよくお兄ちゃんは顔をあげて言った。
「どのみち、今すぐ出てけとは言わないし、言えない。おまえの両親の口ぶりだと、ほんとにさっさと海外に行きそうだったし。・・・だけど、1ヶ月だ。1ヵ月後には、ここを出て行けよ?それまでに、友達でも少ない親戚でも、頼れるやつを探すんだな」
びしっと彼はそう言う。・・・びしっと言ったつもりかもしれないけど、あたしには全然決まってない。
だって、彼の優しさがあたしに伝わってくるから。
「・・・1ヶ月ね。いいわ、わかった」
この1ヶ月で、あたしを認めされることができれば、出て行かなくてもいいってことだもんね。
「赤の他人」じゃなくなったら、和馬お兄ちゃんだって「頼れるやつ」のひとりだもん。
あっさりとうなずいたあたしの反応に驚きつつも、お兄ちゃんは頭を掻きながらカレンダーを見た。
「じゃぁ、明日と明後日の土日で、おまえの荷物を運ぶか。部屋なら余ってるとこあるしな」
「うん!!!」
パパとママと離れるのは不安もある。
でも、大好きな和馬お兄ちゃんと一緒に暮らせることの喜びとわくわくのほうが、今のあたしには勝っていた。
こうして、あたしと和馬兄ちゃんの同棲生活は始まった。
初めまして、紫月 飛闇です。
突然始めたくなった、ギャグコメディ。
愛良の暴走っぷりが1話目から発揮されていて、じつに微笑ましい(笑)
8歳差カップルって大人になればどうってことないのに、子供相手だとなんて犯罪的なんでしょう(笑)
このシリーズは、1話ごとに愛良からの視点と和馬からの視点で描きます。とりあえず、どたばたとふたりの生活が始まりますので、みなさま見守ってやってくださいませ。