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冴えない僕シリーズ〝至高のから揚げ〟

作者: ふじきど



  ある昼下がり、とある学校ではごく普通の光景が広がっている。

 

 青年たちは学食に向かい馬鹿話に花を咲かせ、

 少女たちは思い思いにグループを作りお弁当を広げたり、

 中には個人個人で食事をとる者たちもいる。


 ──そんな彼ら彼女らの中にも、変り者と呼ばれるものたちは存在しており。


 昼食時だというのに食事を始めるでもなく、教室で

 3人で机を向け合うと、その上にトランプを広げて

 カードゲームに興じる者たちがいた。


 彼らは学校でも札付きの不良として知られており、

 近寄ろうとする者は少ない。


 彼らの目はカードゲームを楽しもうというよりは

 いかに相手を負かしてやろうかという執念にも似た感情に支配されており、

 教室の空気をまるで賭博場のように変えていた。



  「今日のチップはなんだ」

  「何言ってやがる、お前が用意する番だろ」

  「最近負けが込んでおつむ弱っちまったか?」



 トランプをシャッフルしながら悪態と嘲笑を含んだやり取りが交わされ、

 その場の空気が一層濃くなる。

 チップを用意する側になった青年──川端は、

 舌打ちをしながら懐から一枚の封筒を取り出した。



  「……こいつを賭けるつもりはなかったんだが、

   ほかに賭けられるものがねぇ」

  「素寒貧とはな、お前も落ちたもんだ」

  「ここで勝負するまではあちこちで巻き上げまくってたんだろ?

   ()()()をよぉ……きひひ」



 下卑た笑いをしながら煽る青年──太宰を尻目に、

 表情を崩さない青年──芥川は

 トランプを一枚ずつ配りながら川端にチップを机に出すように

 顎で示した。



  「くそっ……!柴田さんが譲ってくれた一枚だっていうのによ……!」

  「へぇ、あの学校一のワルから?いったいどんなイカれたもんが

   登場するんかねぇ……!」

  「さっさと封筒を開けろ」

  「チッ、わぁったよ」



 川端がごねながらも封筒を開けて中に入っていたものを取り出そうとする──



  「おいっ!!そこで何をしているんだっ!!」

  『ああ?』



 突然の闖入者に一気に機嫌が悪くなった3人が振り向くと、

 そこには首元までかっちり制服を着こんで眼鏡を掛けた1人の少女が、

 仁王立ちしていた。



  「今はお昼時間っ!!確かに何をしようと自由な時間ではあるが、

   話が聞こえてきたぞっ!!何か賭け事をしているようじゃないかっ!!

   健全なる学校でなんてことをしているんだっ!!」

  「おうおう、学級委員長の眼鏡ちゃんじゃないですかぁ。

   俺たちみたいなはみ出し者に何か御用で?」

  「きひひ……そうだぜ~?俺たちはただ単に遊んでいるだけさぁ~……

   それを邪魔する権利が委員長さんにあるんですかぁ~?」

  「そういう事だ、用がそれだけならあっちに行ってくれ」

  「ちょっ!!今しがた理由を言ったばかりじゃないかっ!!

   賭け事なんて神聖な学校でやることじゃないだろうっ!!

   今すぐにやめたまえっ!!」



 馬鹿にされていると感じたのか──実際少し馬鹿にされているわけだが──

 委員長である樋口はいきり立って更に3人に詰め寄った。


 

  「トランプ遊びは構わないっ!!私もするからな、だがそこに

   賭けをしてはならないと言っているんだっ!!その封筒を仕舞って、

   持ってきているだろうご飯を食べるなりしてっ!!

   それから普通に遊びなさいっ!!」

  「まぁまぁ、ね?遊びってわかってもらえてるんなら、

   委員長も一緒に遊びませんかぁ?親交を深め合って

   これがただの遊びだって確認してくださいよぉ」

  「きひひ……!そうですよぉ~、今から遊ぶのはただの〝ババ抜き〟!

   だからイカサマも何もしようがないっ!」

  「そうさな……何も見返りが無かったらアンタもつまらないだろう、

   もしもこのババ抜きで一着で抜けることが出来たなら、

   今後一切俺たちは賭けをやらない。もしもアンタが負けたなら、

   俺たちの言うことを1つ、なんでも聞いてもらおう。

   悪くない条件だろう」



 樋口はその提案に乗るかどうか迷い始めた。

 この一回に勝つことが出来れば、賭け事を終わらせることが出来る。


 ──しかしもしも負けてしまっては……


 

  「んぅぅぅ……っ!!わ、かったっ!!その要求飲もうじゃないかっ!!」

  『イエ~イ』



 3人は各々ハイタッチを済ませると、芥川がトランプを4人分配り始めた。

 樋口は手近な空いていた椅子を持ってくると、そこに座って賭場に着いた。



  「勝負は一本勝負、泣きの一回も無し。いいな?」

  『異議なし』

  「い、異議なしっ!!」



 こうして、委員長の樋口が参加した賭けトランプゲームが始まった。



  「順番は委員長から時計回りで俺、太宰、川端だ。

   始めてくれ」

  「よ、よしわかったっ!!では行くぞっ!!?」



 委員長は芥川から一枚トランプを引き抜くと、手持ちの

 スペードの4がダブったことで場に捨てることが出来た。


 良い出だしだ、樋口は笑顔で頷いた。



  「へぇ……初っ端から運がいいね。これはうかうかしてらんないかな?」

  「きひひ……初心者のビギナーズ・豪運ラックってこともあるしねぇ。

   頑張りなよぉ……」

  「次は俺だ」



 芥川が太宰から1枚引き、場に捨てる。

 そのまま太宰が1枚引き、場に捨てて川端がトランプを引いて場に捨てる。

 ……確かにこのルールならばイカサマもしようがないだろうと、

 樋口は川端に手札を差し出した。



  「こういう勝負、委員長は結構遊んでるんだ?」

  「えっ……!!いや、流石に私だって遊びはするぞっ!!

   ……遊んでるのはほとんど家族とだけど……!!」

  「えぇ~、委員長可愛いんだから他の人と遊んでるかと

   思ったんだけどなぁ?」

 


 樋口は顔が火照るのを感じた、ここまで露骨に褒められたことは無かった──



  「……っ!!」



 もしや、と樋口は残りの2人に目をやった。

 案の定というべきか、2人はカードを何故か机で見えない場所に

 持って行っている、まだまだ手札は残っているにも拘らず、である。


 ──この勝負、何かイカサマが行われている。


 直感した樋口は、そう来るならこっちも手を打つしかないと

 ()()()()()()()()



  「2巡目だ、さあ引いてくれ」

  「……わかったっ!!今引くぞっ!!」



 芥川からカードを1枚引き抜くと、今度はダイヤの10。

 同じようにダブったカードを場に捨てると、芥川が太宰から

 カードを引く。



  「ん、ついてないな」



 ジョーカーを引いたのか、芥川がカードを場に捨てることは無かった。

 




 その後ゲームは順繰りに進んでいき、手札のカードが残り少なくなった。

 〝たった一人を除いて〟。



  「うぅぅ……っ!!な、なんでだっ!!?」



 樋口の手元には3枚のトランプがある、

 そしてそこにはジョーカーも混ざっていた。

 〝あの〟カードは手元にない。

 

 ──そして、まさかの事態に陥ることになった。



  「あっれ~?おっかしいなぁ~?

   この場にはさぁ、今まで捨てられたカードが全部そろってるよねぇ? 

   なぁ~んで一番最初に捨てられたはずの()()()()()()()

   俺のとこにあるのかなぁ~?」



 不良に観察眼があるとは樋口は思っていなかった、

 無くなったはずのスペードの4が増えていることをズバリ指摘されて

 樋口は窮地に陥った。



  「ほぉ、つまりこういう事かい。

   誰かが最初に捨てられたはずのスペードの4を増やして、

   絶対にゲームが終わらないようにした。

   後はジョーカーが自分に回ってきたら〝印をつけて〟相手にうまく擦り付けて、

   増えたスペードの4をどこかで回収する。

   俺たちがイカサマをしていると踏んで、

   自分もイカサマをしようとしたわけだ」

  「うっ……!!うっぅぅ……!!」



 全て見破られていた。

 そのことが、樋口の心を引き裂いていた。

 自分の方が勝っていると過信して、油断した末路だった。



  「と、いう事だよ委員長さん。

   ぜーんぶバレちゃってたねぇ~?」

  「きひひ……おまけにカードを袖口に仕込んでるとか、

   常習犯じゃないのさぁ……」

  「驕りが自分を滅ぼすとはな」



 言葉でボコボコにされて、樋口は涙が滲んできた。

 家族と遊んでいる時にあまりにも負けるものだからと

 姉に仕込まれた技が、全く通用しなかった。


 それも悔しかったが、卑怯な手を使ってそれが丸裸にされたことが

 何よりも恥ずかしかった。



  「でもな~、委員長が堅物じゃないってわかって、

   俺は嬉しかったよ?」

  「きひひ……取り付く島もない人だったら俺たち

   こんな風に遊ぶこともできなかったもんねぇ……」

  「ああ、そこは俺も同感だ」

  「えっ……?」

 

 

 人を騙すような真似をした自分を、責めないでくれるのか。

 樋口はぐちゃぐちゃになった顔を上げた。



  「あーあー、可愛い顔が台無しじゃんかぁ~。

   ほらほら涙拭きなよ」



 川端がハンカチを差し出してくれたので、

 思わず受け取り涙を拭うと芥川が手を差し伸べた。



  「俺たちも時々イカサマをやっては見破られて

   馬鹿やってるのさ。委員長さんもこれから

   技を磨いたり、正直に遊んだり。自分に合った遊び方をしていきゃいい」

  「きひひ……それと~、日本国憲法でも

   食べ物を賭けることは違法じゃないんだよねぇ……

   川端ぁ、今回の賭けたもんなんだったわけよぉ……?」



 川端が封筒から1枚の紙を引き抜くと、

 そこにあったのは唐揚げが写った写真だった。



  「柴田さんの知り合いだっていう芋澤って人が作った

   〝至高のから揚げ〟、この後家庭科室に取りに行く予定だ」

  「きひっ……!?あのから揚げかよぉ……!

   俺あれ食ってからはスーパーのから揚げ

   食えなくなっちまったんだよなぁ……!」

  「さて、委員長が反則負けした以上は

   俺たちの言うことを聞いてもらわないとな」

  「あ……っ」



 忘れていたわけではないが、それを言われて

 体が一瞬震える、いったい何を命令されるのか──



  「俺からは、これからも時々一緒に遊んでくれることぉ~」

  「俺からは、これからから揚げを一緒に取りに行ってくれることぉ……きひひ」

  「最後に俺からは、これからは一緒に飯でも食わねぇか。以上だ」



 3人の毒気のない笑顔に、樋口は自分もいつの間にか

 笑顔になっていることに気が付いた。



  「……うんっ!!私からもお願いしょうかなっ!!」






川端「ちなみに委員長、この賭けに乗った時点で自分の言ってたことに

   完全に矛盾するの気が付いてた?」

太宰「きひひ……賭けを止めるために賭け事をするんだからねぇ……」

樋口「はっ……!!気が付かなかったっ!!」

芥川「……騙されないように気を付けなきゃだめだぞ、アンタ」

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