さよなら旦那様《その後のマークスとモモ追加しました》
ジャンルがホラーじゃなくても良いのでは?と、ご感想を頂きファンタジーに変更してみました。 私も全然怖くないのに良いのかなと迷っていましたので、迷いが晴れました。
ホラーの時と内容は同じですので、再度見てくださった方はごめんなさいね。
2/20 0時50分
ジャンル的に、ハイファンタジーではないかと教えて頂きました。ローファンタジーの意味を勘違いしてました。
申し訳ないのですが、ハイファンタジーに変更します。
そして本日、後日談追加しました。
読んで貰えると嬉しいです(*^^*)
誤字報告ありがとうございます。
大変助かります(*^^*)
「エミリア、君だけを愛しているよ」
「ああ、アルファス様。私だって」
そして瞳を見つめ合わせた二人は、月夜に照らされて強く抱き合うのだった。
人目も憚らずバラ園の下で、強く深く。
「何を見せられているの、私は。あの二人露出好きなのかしら?」
領地から王都の邸へ1日早く帰ってみれば、顔だけは一級品の夫と見知らぬ女が自慢のバラ園の東屋で盛っていた。
東屋の周囲は外側から見えないように、薔薇の茎が幾十にも絡んで人の背より高い壁となっている。
外からは見えないが、中にいる者からは丸見えである。
側にいる使用人達は、それを止めることなく覗いている。
「取りあえず、あそこにいる奴ら全員クビで良いわね」
そう呟けば、私の傍らにいた従者のマークスが闇に消えた。
「御意」と一言返事を残して。
翌日から夫のアルファスの姿が見えない。
その為、私は捜索願いを騎士団に出すことにした。
調査に来た騎士達は、日頃から領地に行きがちの自分に嫌気がさしたのでは等と話す私の後、使用人からも話を聞いているようだった。
結局あの時に見た女性は、誰だか解らない。
お色気たっぷりで夫と密接だった女性なら、何か知っているかもしれないのに。
あの日クビにした使用人以外は全員私の味方のようで、私が夫の浮気現場を見たことは伏せてくれていた。
その上で、夫に愛人がいることを告げたのだ。
「奥様は、愛人がいることを知りません。家を継ぐ為だけに引き取られ、デビュタントさえしていないのです」
そう言われ、ああーと頷く騎士達。
一定数そんな家は存在するらしい。
きっと使用人達は、私が嫉妬で何かしたと思われるのを避けようとしてくれたのだろう。
「マークス、あの人の手がかりは見つかったの?」
私は東屋で紅茶を飲みながら、従者に尋ねた。
彼は残念ながらと首を横に振る。
「お嬢様は、あの男がお好きでしたか?」
いつも通り無表情の黒目がちの瞳で、こちらを見つめてくる従者。
彼は私が生まれる前からここにいるらしいが、見た目はずいぶんと若い。20代の私より少し上と言った姿で、細身だが筋肉質である。何より肩まで切り揃えられた黒髪が、艶やかにサラリと風に靡く美形である。
「いいえ、好きではなかったわ。お父様の命令だから、仕方なく結婚したのよ。でなければ、婿だとしても浮気する人は嫌よ」
そう微笑み彼を見れば、何だか機嫌が良さそうにしている。
彼だけでなく乳母のメアリも、執事のムスクも、メイドのミリーも嬉しそうだった。
彼らもマークス程ではなくても、美しい部類に十分入る。メアリの胸の大きさは私の憧れに近く、ミリーと共に羨ましいと話していたお姉さん的な感じ。マークスは口髭のある40代くらいのイケおじ。ミリーはおさげのソバカス少女で、私より年下に見えた。
私モモレーヌは桃色の髪で黄緑の瞳の、美人ではないが可愛い系(とミリーに言われている)でウルヴィス子爵家の当主である。婚姻後すぐに爵位を渡された。
両親は、アルファスの実家から得た多額の持参金を持って旅行に行き帰って来ない。元々婚姻後は私に爵位を譲って旅をしたいと言っていたので、夢を叶えている最中なのだろう。
それにしても、もう1年も戻らずじまいでお金の無心もない。
元気にしているのだろうか?
まあ私も領地のワイナリーが心配で、あまり気にはしていなかったのだけど。そろそろ、捜索願いでも出した方が良いのだろうか?
その後騎士団に相談したが、あまり心配はされなかった。
両親の持ち出した金銭は平民なら10年は暮らせる額で、貴金属も値の張る物を持って行ったと、旅仕度の準備をした使用人が話したせいだろう。気に入った地に落ち着き、旅を楽しんでいる可能性もある。一応騎士団は似顔絵の手配はしてくれ、見かければ声を掛けてくれるそうだ。
ーーーーーーーーーー
私は前ウルヴィス子爵の庶子で、10歳になる頃、子供のできなかった夫妻の養子に無理矢理された。だけどもう爵位も渡し、可愛げのない私とは暮らしたくなくて旅に出たのかもと、今更ながらに考える。
幸いにも私の頭は悪くなかったようで、教えられる知識は順調に吸収でき、わりと早い時期に帳簿を任された。
婿は持参金の最も多かった、私より15歳も年上の侯爵令息だった。顔は良いが問題がある人物だと噂していたメイド達。詳しく聞こうとすれば、人間何かしら欠点はあるからと教えては貰えなかったけれど。
私が領地の経営に取り組んでから可能な限りで税金を下げ、土地に合った野菜を植えることで、収穫率は上がり領民も喜んでくれた。領地には私の母と祖母が暮らしているので、豊かになるのは本当に嬉しい。
前子爵夫妻に母に会うことは禁じられていないので、領地に戻れば会って近況を話し合っていた。
母は現地妻の一人だったようで、前子爵はいろんな所に愛人を囲っていた。貧しい母は生きる為にその道を選んだそうだ。
前子爵夫妻が治める領地は税金が高く、その地を捨てて逃げる人も多くいた。
母は病気がちの祖母を養う為に、自分の身を犠牲にしたのだ。
そんな生活の中、私モモが産まれた。
引き取られてからはモモレーヌになったが、本当の名はモモ。
夫がいなくなっても当主は私なので、生活は今までと変わらない。
夫は貧相な体の私を抱くことはなく、白い結婚だった。
夫にはずっと愛する人がいて、身分違いで結婚できないらしい。
けれど前子爵夫妻も夫の両親も、夫の愛人に子ができればその子に子爵家を継がせて良いと言う。
私は家庭教師から血の繋がらない者が家を継ぐのは、簒奪行為の可能性があることを教えられた。過去に婿養子が起こすトラブルが、何件もあったそう。
でも両親達が認めるのなら、特に問題はないのだろう。
それに私が庶子で知識が乏しいから、そこまで理解できないと思っていたようだ。
それならそれで、家庭教師にそこら辺を伝えないようにする手間は必要だったと思う。
私が教育を受けた後の領地経営は、両親も夫も手伝うことはなくずっと一人で担っている。
私が領地経営等で視察に行っている間、両親は宝飾品の買い物や競馬に明け暮れ、夫は愛人と遊び回っている。
その費用は領地の税金や、夫の両親からの月々の支援金だ。
既にプライドを捨てた前子爵夫妻は、爵位を侯爵に渡すことと引き換えに金銭を受け取り贅沢をしているのだ。
私は早く夫の愛人に子ができて、離婚されることを願った。
それなのに、誰もいなくなってしまった。
従者のマークスは私しかいなくなった邸に、実母と祖母を呼び寄せて暮らすことを提案した。
良いのだろうかと迷うが、マークスが提案するならと、私は心から喜んで二人と暮らし始めたのだ。
その後夫の両親が、クレームを言いに訪れたことがあった。
「私達はアルファスの為にこの家に支援してきた。愛人のことも認め、失踪する理由なんてない。お前達が何かしたんだろう? 孫がここを継げないのなら、支援金は全額返せ」
息巻き訴える彼らに、マークスが答える。
「勿論で御座います。こちらは今までにこちらが受けた支援金のリストです。ご子息が使われた金銭も、こちらに記載しております。その分を引いた金額でございます。お受け取りください」
箱にずっしりと詰まった金貨を侯爵夫妻に渡し、金額を確認して貰う。
そしてマークスが言う。
「こちらを受け取って頂き、アルファス様も失踪されました。もう既にこちらの利はないですし、離縁の書類もご記入ください」
侯爵夫妻は睨み付けてくるが、本日のことを告げて裁判して頂いても構いませんと言えば途端に閉口した。
書き殴るように書類に記載し、侯爵夫妻は踵を返し出ていった。
伯爵邸のバラ園は、モモレーヌがここに来てからずっと白い薔薇しか咲いていなかった。しかし、両親が旅に出てからピンク色の薔薇が咲きだし、夫がいなくなってからは真っ赤な薔薇一色になった。
私は何となく不思議だったが、そんなこともあるんだろうと意識はすぐに薄れた。
使用人の人数は、夫がいなくなってから大幅に減らした。
元々夫が連れてきた使用人が多く、その使用人達は私の指示は聞かないし、前子爵夫妻のことも下に見ていた。
侯爵家の使用人なので伯爵家や子爵家の三男三女以下が多く、羽振りの良くない前子爵夫妻よりも、夫に従う方が得だと判断したんだろう。
あの時に、バラ園にいたのも彼らだ。
彼らを全員紹介状なく追い出した。
当然のように不満を喚いていたが、私は彼らに嫌みこそ言われたが世話等されていない。侯爵に訴えると言う者もいたが、既に離縁もして義理もないので、好きにすれば良いと言えば項垂れていた。
「そんなぁ。紹介状がなければ、他家で雇って貰えないわ」
「許してください。今度はちゃんと働きますから」
「今さら侯爵家には戻れない。何とかしてくれ」
本当に今さらである。特に罰するつもりはないので、騒がないで早く次の仕事を見つけた方が良い。紹介状まで書く義理もないけれど。
結局残ったのは乳母のメアリと、執事のムスクと、メイドのミリーと、従者のマークスだけだった。
私は家事もできるし、母も勿論ベテランだ。
病気がちの祖母も、ここで医師に見て貰ってから回復している。
介護の必要もないくらいに。
だから使用人を増やす予定もないし、人件費を削れたので収入は増えていく。
増えた収入でマークスが言うように、ワイナリーの土壌を改良し、葡萄の種類を増やし、木の作付面積を倍にした。
整備のお陰で収穫量も増え、数年後には稀少なワインも作れるようになったことで、王都でも評判になった。利益の還元を領民に行うことで、二人三脚のように豊かな地になっていく。
ある日予算に余裕がでたことで、荒れていた薔薇の荊刺を整備したいとマークスから依頼された。
「ずっと、バラ園が可哀想だと思っていました。大々的に土を入れ替えたいのですが、駄目でしょうか?」
いつも私を助けてくれるマークスの言葉なら、受け入れるだけだ。
「勿論お願いしたいです。予算はいくらかかって構いません。私はドレスも宝石もいらないし、その予算もまわして良いわ」
私の言葉に慌てるマークス。
「そんな、お嬢様。いけません」
「良いのよ。いつもありがとう」
私は微笑んで、マークスを見つめた。
マークスは照れて顔を赤くし、視線を横に逸らした。
「ありがとうございます。それでお願いが、もう一つあるのですが………」
バラ園の整備をする間、私と母と祖母でワイナリーの近くの温泉に行くことになった。大規模に土を掘り起こすので、砂埃等が祖母の体に良くないからと言う理由で。
ワイナリーのある領地では、みんなに歓迎された。
「貴女が領主になってくれて良かった。みんな落ち着いて生活ができています。ありがとうございます」
「こちらこそです。慣れない私のやり方に従って、頑張ってくれてありがとう」
私はただ懸命に仕事をしただけだった。
子爵家の為と言うよりも、母のいる場所が少しでも暮らしやすいようにと。
結果的にみんなに喜んで貰えたのだ。
きっとみんな同じ。
安定した生活は、心身共に健やかに過ごせる。
明日のパンの心配をしない暮らしが、毎日送れるのだ。
そして大切な時間を家族と過ごすことができる以外に、大切なこと等ありはしないのだ。
「お母さん、お婆ちゃん。私は幸せだわ」
「モモは頑張ったよ。自慢の娘だ」
「ああ、本当に。全部お前のお陰だよ」
母も祖母も、子爵家の対応のことは知っていた。
それでも貴族には逆らえず、いつも「ごめんね」と俯いていた。
祖母も体を動かし辛く、「早くお迎えがくれば良い。そうすれば二人で逃げられるのに」と泣いていた。
その二人が今笑っている。
それだけで良い、贅沢品等欲しくもない。
私がこう思うのも、前子爵夫妻を見ていたからだ。
お金があっても、全然楽しそうではなかった。
私があの二人の本当の子供だったなら、同じようにしていたのだろうか?
結局私は、この幸せを守ることにした。
…………マークスの目的が何だって構わない。
私を幸せにしてくれた。
母を幸せをしてくれた。
祖母を幸せをしてくれた。
それだけで良い。
私は彼が大好きなのだ。
ーーーーーーーーーー
《マークスの独り言》
ずっと子爵家の隠し扉にある柩の中に、俺と眷族のメアリ、ムスク、ミリーは眠っていた。
俺達は数百年に一度、血に飢えて覚醒するサイクル。
ある時、超旨そうな匂いがして目が醒めた。
それはモモがこの家に来た時だ。
大人の女ならすぐにでもむしゃぶりついて、血を飲みほしていたことだろう。
だけどあいつは10歳になったばかり。
さすがにまだ幼くて、吸血等できない。
だから俺と眷族達は、あいつがちゃんと大人になれるように守った。
いくらボンクラの子爵夫妻と言っても、突然俺達が現れれば気づくだろう。ばれないように姿が見えない暗示をかけて、堂々とモモに近づいた。
モモは素直で頭の回転が良い。
家庭教師の言うことは一度で記憶していたが、主張はせずに静かに学ぶ姿を見せた。
その為特に優秀でもないが、愚かでもないと言う及第点を得た。
成長するに連れ、領地経営や家庭内の帳簿づけもモモの仕事になった。さすがに家事等はさせられなかったも、ドレスの一つも買い与えられず、到底子爵令嬢とは呼べない扱いだった。使用人達が彼女を侮るのは、ある意味致し方ないだろう。
その分、俺達がモモに色んな援助をしていた。
食事だって、ほっとけば残飯が来ることもある。
そんな時は残飯を投げ捨てて、ミリーに料理を作らせた。
彼女は嬉々として、高級食材をふんだんに使って調理していたようだ。あいつも、頑張り屋のモモが大好きだから。
最初は姿を隠蔽していたが、だらしない使用人達は気にしないようなので、ミリーは普通に厨房に出入りする。
帳簿や領地経営は、俺と眷族で手分けをして手伝っていた。
子爵夫妻は愚かだったので、モモが泣き言も言わない為に余裕で行っていると思っていた。自分達のことを棚に上げ、(家庭教師に)金をかけたかいがあったと宣うも、普通は12歳の子供に丸投げはしないだろうに。
その時間で、散財していく姿には呆れるばかりだ。
急激に減少する資産に散財を止めることをせず、爵位を売り渡す契約をする子爵夫妻。
賭け事や女癖がひどく、引き取り手のない三男を婿に入れ、子爵家のワイナリーを乗っ取ろうとする侯爵家。
おまけにアルファスの愛人に産ませた子を跡継ぎにして、全てを牛耳るつもりのようだ。
愛人が子を産んだ後はモモを亡き者にし、子を(モモが産んだことにして)跡継ぎとし愛人と住まわせる計画。
駄目なりに三男を愛する侯爵は、モモのこと等歯牙にもかけてはいない。
その内に婚約して結婚。
アルファスはモモには指一本触れず、視野にも入れないのは幸いだった。
子爵家を掌握する為に、侯爵家から大勢の使用人が来た。
そのタイミングで、俺達はばれない暗示を解いて過ごし始める。
きっと子爵夫妻や子爵の使用人達も、新しく来た侯爵家の使用人だと思うだろうから。
モモは、今まで俺達が見えないようにしていた使用人達が、普通に俺達に関わるのを見て不思議そうにしていた。それもすぐに気にしなくなっていたみたいだけど。
モモは以前と変わらない生活を送る。
だが愛人に子が産まれたアルファスは、子が1歳になり元気に成長するとモモを不要だと考え出した。
「ああ。君は最高の女性だよ、エミリア。君だけでも最高なのに、こんなに可愛い子供まで産んでくれて」
「ああん、アルファス様。エミリア、幸せ過ぎて怖い」
「大丈夫だよ。忌々しい奴は、もうすぐいなくなる。僕の隣は君だけのものだ」
「アルファス様、ありがとう。嬉し過ぎです♡」
抱きあう二人は熱愛のようだが、アルファスの見えない位置で、エミリアは酷く歪んだ笑みを浮かべた。
(これで、一生贅沢三昧ね。さようなら、奥さん)
密かに殺害計画を話し合い、前子爵夫妻には殺害容疑がかからぬように金を持たせ旅行に行かせていた。すぐに殺害するつもりもなかったようだが、アルファス自身が前子爵夫妻と共にいるのにウンザリしていたからだ。
夫妻がいなければモモが視察に出ている間、愛人と邸でイチャイチャできると考えていたことや、侯爵家の金をギャンブルで溶かすのを見ていられなくなったこともある。
モモが死んでから前子爵夫妻が戻れば、領地に引っ込んで貰おうと思っていたようだ。
そんな機会をマークスが逃す筈はない。
普段は黒い瞳が朱に染まり、月の光で牙も輝く。
「く、来るな、化け物ぉ!」
「助けてー、やめてー!」
「「ひぎゃあああああああー!!!!!」」
断末魔の叫びをあげて、首を掻き切られた瞳から光が消える。
前子爵夫妻は旅に出たその夜に、マークスと眷族達が狩った。
今は、バラ園の荊刺の養分だ。
彼らの資金や貴金属も回収した。
貴金属は売却し、侯爵への返済資金にあてた。
アルファスと愛人は東屋で目撃した夜に狩った。
「な、何なの、あんた達!」
「来るな、止めろ! 俺を誰だと思ってるんだ!」
「「うぎゃああああああああああー!!!!!」」
互いを庇うことなく、「私を助けなさいよ」「お前が犠牲になれ」等と罵りあう最期だった。
さすがに彼らの息子は、この領地の孤児院に放り込んだ。
優しいモモでも、その子を知らないから引き取ることはないだろう。
あくまでも周囲の人は、実らない愛に悩み逃避行をしたと思っているのだから。
クビにした使用人達で、邸に忍び込み盗みをしようとした者がいた。せっかく、一度は見逃してやったのに。
「嫌ぁー、私はやだって言ったのに! ぐぶぁ」
「殺さないでくれ、もうしないからー。ぶひぁ」
「あんたの正体は黙っておくから、見逃してよ。あぶしっ」等々。
俺達の顔を知る使用人達は、逃げられると思ったのか話しかけてくる。俺達はモモや家族が悲鳴のせいで起きないように、素早く一人づつ喉を潰して狩っていく。
総勢10名の男女が、荊刺の養分に変わった。
吸血鬼は、他の気が混じらない清らかな血が好みだが、
吸血薔薇は悪意をたっぷり含んだ濁った血がお好みだ。
さすがに呑ませ過ぎて薔薇が赤く染まり、少し焦ったがモモは気にしていないようだ。
今は母と祖母と暮らし、幸福そうな笑顔が滲む。
表情の変わらない俺達さえ、顔が僅かに緩んでいる。
それにしてもバラ園が満員御礼で、雨でも降ればちょっと見えてしまいそうだ。そろそろ手入れが必要な時期。
そんな訳でモモ達には、ワイナリーの方に旅行に行って貰ったのだ。
この家の眷族以外の仲間も呼び、土地を掘り起こす。
良い機会だから、全ての亡骸を掃除することにしよう。
そうすれば、暫く置場所に困らない。
初めは吸血したくて守ったモモだが、既に情は移りそんなことはできない。
………花嫁に、なってくれるだろうか?
俺の正体を知って恐れれば、記憶を消すか、その存在を消してしまうかだ。
でもモモなら、受け入れてくれる気がする。
あの慈愛に満ちた優しい瞳で、いつでも笑っていて欲しい。
ああ、早く亡骸を掃除して、素敵なバラ園にしておこう。
今度は吸血薔薇だけでなく、桃色の薔薇もたくさん植えよう。
モモの髪と同じ色の。
喜んでくれるだろうか?
メアリもムスクもミリーも、殆ど動かない表情筋を緩ませる。
「絶対、気づかれてるわよね」
「隠す気なんてないだろ? 我が主は」
「モモだって、何となく気づいてても態度変わらないし。確定ね」
「何か、この間頬染めておったぞぉ」
「嘘っ」
「本当に!」
「主がね」
「「まさか」」
「今回は、後百年くらい眠れないわねぇ」
「ねぇ、もし子供が産まれたら……」
「そ、そう。そうよね、可能性もゼロじゃないわ」
「そうなれば、この爺が子守りいたしますぞ!」
「えー、ズルい。私だってしますよ」
「モモが若の血を受け入れれば、永遠に若い姿のままで一緒にいられるんじゃない?」
「それ良いわね」
「そうなれば、どこかで城を構えねば」
「楽しそう♪」
「あー、早く帰って来ないかなぁ」と、みんなで今後のことを考え、ワクワクしてモモを待っている。
まずは吸血鬼も大好きな、子爵家ワイナリーの新種ワインを一緒に試飲しよう。きっと、モモが好きな味だろうから。
まるで血のように赤黒い、芳醇で酷のある赤ワインを。
吸血鬼は定期的に、嗜好品として処女の血を求める。
彼らは大事な者の血は避ける為、月夜の晩は気をつけることをお薦めする。
《その後のマークスとモモ》
マークスの口から語られた内容に、モモは僅かに衝撃を受けた。
「まさか、マークスが吸血鬼だなんて。……………腑に落ちました!」
「腑に、落ちたの? 本当に?」
「はい。勿論です。スゴいことですね。伝説だと思っていたのに」
子爵家の応接室で紅茶を飲みながら、モモは頷いた。
特に恐れおののくことはなく、隣の家の子猫が産まれたかのような、のほほんとしたものだ。
「モモは怖くないのか? 俺は人間じゃないんだぞ」
やや焦った顔のマークスを、声も格好良いなぁと眺めているモモ。
マークスに言われた通り温泉に行き、ワインと美味しいお料理に癒されたモモはとっても穏やかだった。
モモだけではなく、モモの母と祖母も一緒に楽しい時を過ごしたのだ。大満足以外のなにものもない。
「ええと、何となくね。マークス達が普通と違うとは思ってたの。最初はね、私なんかに味方してくれて、変な人だなって思った。いつも傍にいてくれるし、仕事も手伝ってくれるし、ご飯もくれるし。………でも、私が成長するにつれて、周囲のことを見る余裕ができるとね、マークス達がどんなに優秀かが解ったの。それこそ子爵家の誰よりも仕事の処理能力は抜群だし、力持ちだし、何でもできるし。一番に変なのは、みんなマークスにキャアキャア言わないこと。だってこんなに格好良かったら、みんな恋人にしたいって騒ぐと思うわ」
う~んと、腕を組み首を傾げるマークス。
先程までの困惑顔から一変、力が抜け脱力した体はソファの背もたれに沈む。
向かい合い共にソファに座り話す二人、この家の当主であるモモと従者マークス。
マークスは今まで、このような態度を取ったことはない。
しかし今、この態度をモモが注意する素振りもない。
「マークスは私をどうしたいの?」
思わず放たれた、モモからの言葉。
これまでマークスが抱いていたモモのイメージは、家族思いの頑張り屋さんで、領民にも好かれる優しい子だった。
だが、今の口調には覚悟が感じられた。
いつもの自分を頼る弱々しい口調とは違い、決意を持ったように聞こえる。
だから俺は、躊躇なくモモに伝えた。
「俺の花嫁になれ、そうすればいつまでもお前を守ってやる」
口角を上げ、それ程変わらない俺の表情筋が僅か和らいだ(つもりだった)。
「えっ、あの、はいっ!」
「えっと、もしかして嫌か?」
「違うの、うんと違います。びっくりして、つい。えへへっ」
モモはくしゃりと思いっきり笑顔になり、俺を見つめてきた。
まるで宝物を貰った子供のように。
「結婚してくれるのか?」
「私で良いなら、勿論です」
「………それにしては驚いていたな。何故だ?」
「えっ、えっ、だって…………」
途端に顔を真っ赤にして俯き、何かを囁くモモ。
「だって、こんなに良くして貰ったから、とうとうお別れなのかなって思ってたの。血を吸われて死ぬのかなって。……でも今までとっても幸せだったから、潔くお礼を言ってからと思ってたの。きっとマークスがいなかったら、産まれてきたことが嫌になって、辛いまま死んだと思うの。お母さんやお婆ちゃんも感謝してるんだよ。こんなに楽しい時間が過ごせると思えなかったって。生きていて良かったって。………だからここに呼ばれたのは、そう言うことかなって思ってたの」
死んじゃう怖さよりも、もうマークスとお別れなんだと思うと辛かったと言うモモ。その言葉だけで、俺は身体中が熱くなるのを感じた。
「お前を殺すわけなんてない。いつも守ってきたのに」
モモを直視できず視線を巡らせると、ふよふよ顔の眷族達の顔が視界に入る。
変わらない表情筋なのに、いつになく和らいでいるのが解る。
って言うか、絶対あいつら大笑いしてる。
俺解るんだよ、いくら表情筋動かないと言っても何となく。
(くそっ、後で見てろ。こき使ってやるからな)
無言でやつらをキッと睨むも、その威圧にも怯みもしない。
くうっ、もう後回しだ。
(主、良かったわね。でもモモ可愛いすぎよ。死ぬかもしれないのに、お礼を言おうなんて。私達がいないと、すぐ悪いやつのカモにされるわね。これからも守らないと)
(良かったです、良かったです。やっと我が主にも春が。モモなら爺も大歓迎です。うっ、涙が止まらん)
(漸く結ばれたのね。全然なるように流されないから、ヤキモキしてたわよ。おめでとう、主)
そして再度モモに向き合い、話を続けた。
俺達の正体に気づいているお前なら、既に俺の気持ちも知っていると思っていたと。するとモモは答える。
「自分だけが、好きなのだと思ってました」
居たたまれないのか、顔を手で覆いまた俯いてしまった。
ここまでくれば、俺だって退けはしない。
左隣に座り髪を掬い上げ、キスを落とす。
そして今度は左手を握り、薬指の先に口づけをして求婚した。
「モモだけが好きだ。伴侶になって、ずっと一緒にいて欲しい」
左手を顔から離されていたモモは、指先の口づけを見つめ告白の時もマークスの瞳から目が離せなかった。
「喜んで。この寿命が続く限り、いつまでもお側に」
頷いて握られていた手を握り返し、微笑みあったのだった。
眷族達が沸いたのは、言うまでもない。
ただ結局モモは、永遠の命を得ることは望まなかった。
マークスはウルヴィス子爵家の遠縁の男爵の子として、婿に入ることになる。
手続き等は、マークスの血族で公爵位を持つ者がしてくれた。
吸血鬼でも人間と結婚し、貴族となる者が昔からたくさんいる。
寧ろ昔の方がそれほど調査もせず、隣国の侯爵家の末裔だの、今は平民だが母は姫だったとかの話で、納得して受け入れられたそうだ。
その血族が脈々と継続している形。
吸血鬼と人間の混血から、混血と人間の混血と、血は薄まるが知識は伝承され、持ちつ持たれつの関係は続く。
今回の公爵もその一人だ。
特に苦もない依頼なので、ウルヴィス子爵家のワイン2樽で手を打ってくれた。吸血鬼にも人間にも好評な味わいのようだ。
モモのお願いで、モモの母親と祖母にはマークス達の正体は明かさないことにした。余計な心配をかけたくないそうだ。
勿論マークス達は承諾する。
それが愛するモモの為ならば。
男爵家出身の従者だったが、二年も戻らない夫の代わりに執務を支えてくれた。また戻らない夫は失踪者として離婚し、モモの義両親も戻らない。その為モモの母と祖母・マークスの眷族達と領民の前で、ささやかな式を挙げ籍を入れることにした。
見届け人は件の公爵夫妻だ。
表向きこれだけすれば、誰も異は唱えないだろう。
モモの前夫の侯爵家だけはこの結婚に苦い思いをしていたが、公爵家が咬んでいたので揉めずに済んだ。
青空の下の、緑に囲まれた教会での一日だった。
大勢の観衆に見守られて、はにかむモモとドキドキを顔に見せない(ドキドキでも表情が変わらない)マークスが幸せに包まれた。
「マークス、私幸せです。このまま死んでも良いくらい」
「死ぬなんて言うな。ずっと、俺の隣で笑っていろ」
幸せの涙で滲む花嫁に、本気で死ぬなと心配する花婿。
モモの母と祖母も泣き笑いし抱き合っていた。
マークスの眷族達も、終始頷き僅かに微笑んでいた。
昔は表情の変わらないマークス達を怖がっていた領民達も、今はモモと懸命に働く彼らのことを信用している。なので心から二人を祝福していた。
「きっと、表情筋が変わらない家系なんだよなぁ。でも雰囲気で何となく解るようになったから心配すんな。祝福してんのくらい解ってるって!」くらいの気安さである。
本当はモモ以外には寛容ではない種族なので、気をつけた方が良いのだけれどね。
前夫が失踪し、2年以上が経過し成った結婚。
マークスは頑張った。我慢した。
モモが後ろ指を指されないように、周囲の環境をきちんと整えたのだ。
そして初夜。
嬉し恥ずかしの中、二人とも初めてのことに戸惑いながら、何とか結ばれたのだった。
「よろしくお願いします。マークス」
「ああ、よろしく。先に言っとくけど、俺もこんなこと初めてなんだ。たぶんと言うか絶対下手だ。一応ムスクに手順は聞いたけど、よく解らないことばかりだ。なので恥ずかしがらず、痛い時は教えてくれ。良いな」
「っ。……はい、頑張ります」
「ああ。でも頑張るのは、俺か。じゃあ、口づけからだな」
「はい」
そして抱き合い右往左往した二人に、新しい朝が来たのだ。
「コンコンッ。失礼致します。湯浴みかお食事は如何ですか?」
ふよふよ顔のメアリとミリー二人が、寝室に訪れた。
「もうお昼を過ぎましたので、お飲み物だけでもと思いまして」
入った瞬間、赤面するモモ。
「あ、あの。おはようございます。お願いがあるのですが……」
どうやら足に力が入らず、二人を待っていたらしい。
湯浴みを希望していたのでガウンを着て貰い、ミリーがお姫様抱っこで移動する。
「えっ、重いよ私。ミリーごめんね」
「何言ってるんですか、軽すぎですよ。もっと肉つけないと、子供に栄養取られちゃいますよ」
「子供! そ、そうよね。できるわよね、いつか。うん、たくさん食べるわ」
「はい。その調子ですよ、モモ」
冗談で言ったミリーだが、すぐに心底楽しみになっていた。
(モモの子かぁ? もう絶対可愛いじゃん)
部屋に残っていたマークスは、眷族メアリに頬をつつかれていた。
「ちょっと主、モモ足腰立たないって。一体どんだけやったんですか?」
からかいながら呟くも、モモの単語あたりでピクッと反応した。
「モモー、大丈夫かぁ」
ガバリッと起き上がるマークス。
メアリは微笑み「大丈夫ですよ。モモは湯浴みにいきました」
そう伝えると、ほっとした様子に戻るマークス。
「主、おめでとうございます」
「お、おう。ありがとうな」
何故だか恥ずかしくなるマークス。
そして「人間にはもっと優しくしないと嫌われますよ」と言われ、反論できずオロオロする主に幸せな顔を向けるのだった。
その後も領地経営、特にワインの種類を増やしていく二人。
吸血鬼はワインが大好きなので、交渉事にはよくお土産にしていた。戦争もなく穏やかな日々だが、ワインの売り上げ競争はある。
王国御用達の冠が付く付かないかは税収にも影響するので、領民と一緒に日夜味の研鑽に励む。そして一喜一憂する、厳しくも楽しい日々が続く。
モモとマークスには男の子が一人、女の子が二人産まれた。
モモとマークス、眷族達と、モモの母と祖母に見守られ元気に育っていく。
教育ではモモが叱りマークスが宥める、飴とムチ方式だ。
それでも子供達はモモが大好きだ。勿論マークスのことも。
みんなが甘やかすので、仕方なくムスクも血の涙を流し叱る役目を担う。そんなムスクのことを、少し成長するにつれて子供は解ってきて懐いてくれた。その時のムスクの顔は忘れられない。
もうこの頃には、表情の乏しい眷族達の顔は普通の笑顔を見せていたのだった。
領地に不作もなく、かと言ってそれほど著しく儲かることもなく、時々御用達となり収益が上がる程度の穏やかな暮らし(ワインは年ごとの品評会で御用達が決まる)。皆貧しい時期を知っているので、貯えもある生活だ。
日々が過ぎ、モモの祖母が永眠し、モモの母も天に召された。
二人ともみんなに見送られた、幸せな最期だった。
長男が成長し後を継ぐことになり、二人の娘も嫁に行った。
贅沢ではないが、日々色んなことのある毎日だった。
そして、とうとうモモの順番がきた。
「マークス、今までありがとう。私は幸せでした。
………貴方もまた幸せになって。好きな人をちゃんと見つけて。大丈夫よ、ヤキモチなんて焼かないから」
微笑むモモに、泣きながらマークスが首を振る。
「やだ、そんなこと言うな。ヤキモチ焼くって言えよ。ダメだ死ぬな。モモ、モモ、俺ずっと待ってるから。お前が生まれ代わって来るまでずっと。だからお前はずっと俺の嫁だ。浮気なんて許さないし、遠くにいても拐いに行くからな。……ああ、逝かないでよぉ」
モモは声も出なくなっていたが、ずっと死ぬまでマークスの手を握っていた。
そして誰にも聞き取られない声で、「ありがとうマークス。これで安心して逝けるわ。私だって誰にも貴方を渡したくないもの」
どうやら同じ気持ちだった二人。
御年モモは92歳。
ヨボヨボになっても、マークスの愛は変わらなかったのである。
その後、マークスは再び眠りに就かず旅に出た。
眷族達は交代でマークスに付き添い、主を守護する。
眠りに就く場所は、子爵家の隠し扉のある柩の中だ。
本当は常に一緒に仕えたい3人だが、マークスほど頑強ではない。
マークスは始祖の吸血鬼と人間のハーフだった。
能力も始祖と吸血鬼の子供より強力だった。
けれど始祖は昔から西国に城を構える城主で、その子供達もそこに住み役職に就いていた。
強力な洗脳や魅了と戦闘力で、現在も他国に攻め込むことを許さず、黄金を生む錬金術で知られる強国だ。
「マークスは半分は人間。この国にいるのは構わないが、この城にはいさせられない。万が一人間側に寝返られたら困るからな。母親と平民として暮らすがいい」
自分より何百年も年上の兄弟にそう言われ、母と市井で暮らすマークス。なまじっか力が強く、牽制されて追い出されたのだ。
あの城には、人間との混血の者も何十人として住んでいた。
ただ混血の者は後ろ盾が貴族の者は少なく、平民のことが多い為立場が弱い。マークスへの理不尽な決定に、手出しできず悔しく思っていた。
マークスを見送る中には始祖ガルディン、マークスの父もいた。
ガルディンはマークスを引き止めたかった。マークスの母アマリーネのことも愛していた。
けれど引き止めたが最後、常に命の危機に見まわれると思い、ここから逃がしたのだ。
市井で暮らすマークス達に、ガルディンは資金も人も調達する。
そして暫くは穏やかに暮らした。
アマリーネが死ぬまでは。
アマリーネは42歳で、流行り病にかかり儚くなった。
ガルディンもマークスも、その死をとても悼んだ。
そしてガルディンは、マークスに言う。
「私はアマリーネを愛していた。出来ればアマリーネを不老にし永遠に傍にいたかった。でも他の家族に反対されできなかった。不死になるかどうかも聞いてやれなかった。お前には私と同等か、それ以上の力がある。この国にいれば奪われるだけだ。どうか違う場所で幸せになっておくれ」
そう言って、マークスをその国から旅立たせた。
資金はたくさん持たせられたが、マークスには目的等なかった。
強く生まれたことで、仲間に入れない半端者。
世界に一人で放り出されたようなものだ。
「生きていることに、意味なんてあるのか? 一人の味方もいないのに」
雨に打たれても、日に照らされても、何のダメージも受けない体。
そうマークスは、日の光にも打ち勝つ超越者だった。
人に混じり暮らしても、吸血鬼とばれることもないのだ。
そのことに気づいたマークスは、人に混ざり暮らし始めた。
生きる目的を探す為に。
ガルディンが家庭教師を雇い学ばせてくれたお陰で、数か国語は解っていたので手始めに外国本の翻訳の仕事に就いた。
金はあるので普通に部屋を借り、周囲とも浅く付き合いながら生活する。
18歳を過ぎ、血の欲求に目覚めてからは、夜な夜な処女の生き血を漁った。黒髪、黒い瞳の美丈夫は、向こうから人が寄ってくる。その中で処女を選び眠らせた後に、死なない程度に血を吸うのだ。
怪しまれないように、一夜を過ごした洗脳をかけて帰す。
血を吸った記憶を残さぬように。
そのまま性交をしても、困ることもなかったはずだった。
けれどマークスは、深層意識の中でそれを避けた。
愛もなく子ができればお互いに不幸になる。
愛があっても、幸せになれないこともあるのだ。
母アマリーネも父が吸血鬼でなければ、もっと不安なく生きられたはずだった。きっと俺を残して死ぬことも未練になっただろう。
だからマークスは、性交に意識的にブレーキをかけていた。
強い衝動も起きず、永遠にこのままで良いと考えていた。
そんな時に死にかけの女に会った。
夜の散歩に出掛けた雨の中、誰かに刺され瀕死の状態だ。ゴミ置き場に横たわった体は、既に大量の血液が流れ出て血の海だった。
この傷じゃあ、救命しても死ぬだろう。
俺は知らないふりで通りすぎようとした。
その時声が囁くように聞こえた。
「死ねないの。私が死んだら坊やが殺されるわ。夫の愛人にはもう子がいる。妊娠しているのよ、あの女。私を殺すくらいだもの。坊やなんか雑作もない。…………ああ、神様。どうか、私を助けてください。何でもします、だから……………」
俺は何故か女の近くに寄っていた。
その女が母親だったせいかもしれない。
だから聞いた。
「俺は吸血鬼だ。俺の血を飲めば、お前は死なない。
………でも俺の眷族になり、命令を聞かねばならなくなるぞ。俺が良いと言うまで。それでも生きたいか?」
もう力の入らない体で、女は微かに頷く。
そして先程より更に小声で、震えるように唇を動かす。
「生き、たい。何でも、する、から」
俺も頷き、ナイフで手首を傷つけた。
その血を女はゆっくりと飲み込んでいく。
ごくっごくっと。
俺は程度が解らないが、少しばかり多すぎたようだ。
女は立ち上がり、倒れる俺を抱き上げた。
「済まないな。加減を間違えたようだ」
女は首を振り、礼を言っていた。
俺は家の住所を伝えると、気絶したようだった。
翌朝女は、俺の家にいた。
シャワーとタオルを借りたと、また謝っていた。
そんなことは構わないと言えば、恐縮している。
きっと良い家の出なのだろう。
女はメアリと名乗り、俺に忠誠を誓う。
その後メアリは、息子フロイトを連れて戻ってきた。
夫から多額の慰謝料をもぎ取ったと言う。
メアリいわく、侯爵家の後継となるフロイトを渡さないと言った夫の腕を締め上げたそうだ。
俺の血を得た彼女は、かなりの怪力に変化していた。
それこそ俺を担ぎ上げるくらいに。
そして耳元でこう呟いた。
「あんたの愛人に刺されて死にそうだったのよ。目撃者ならいるわよ、私を助けてくれた方がね。あんたは愛人が殺人未遂をしたスキャンダルで、生き残れるかしら? ふははっ」
そう脅せば、フロイトも慰謝料もすぐにくれたそうだ。
その後のことにメアリは関わっていない。
メアリの息子は、俺と母親が付き合っているのか不安そうだった。でもメアリは俺が自分の命の恩人で、刺されて死にかけだった傷を治療の為に動いてくれたと言えば、涙を流して感謝していた。そして刺したのが父親の愛人だと知り、父親に幻滅を見せた。フロイトも命を狙われかねなかった話をすれば、侯爵家とは関わらないと言い切っていた。
そこからは俺の住み込みの使用人として共に暮らした。
丁度部屋もたくさんあり、不便はなかったし。
頭の良い子で、俺の仕事を見たり母親から教育を受けて、堅実に育った。王宮の文官になり、出世頭らしい。
結局メアリの夫は、別れ話の末に刺されて死んだそうだ。
メアリと別れその女が後釜に入ろうとしたが、夫の両親が反対した結果らしい。子供がいると言ったのは嘘らしかった。不幸な子が増えずそれだけは安堵した。
そこに平民の身分となったのに、立派になったフロイトの話を聞いたフロイトの祖父母が、懇願してきた。私達の養子に入って侯爵家を継いでくれと。
どうやら親戚筋の子は、フロイトよりぱっとしないらしい。
迷うフロイトだが、好きにして良いとメアリは言う。
「あなたの権利なのだから」と。
フロイトは侯爵家を継いだ。
好意を持っていた女性が伯爵令嬢だったらしく、結婚する為に貴族に戻ったのだ。
メアリは反対どころか、大賛成だった。
「身分違いで離れることがなくて良かった。幸せになってね」と。
結婚式にも出られないメアリ。
それでもメアリは幸せだった。
そこに俺の眷族となった弊害が出てきた。
俺もそうだが、メアリも全く老けず若いままだった。
フロイトと並べば、姉弟程度にしか見えない程だ。
そろそろ此処で暮らすのも限界だった。
眷族となったメアリに問う。
俺について来るか、人のように此処で死ぬか選べと。
死ぬならば一度首を飛ばし、息を引き取った後に首をつけて警察に通報することになる。首の部分には幻覚を纏わせて傷は見えないように細工もできる。葬儀までの3日くらいなら余裕で持つ術だから。
メアリは目的だった息子の成長を見届けた。
俺も10年くらい世話になれば、もう十分だった。
結局メアリは、俺と旅立つことになった。
此処で死ぬより、いつか戻って来た時に孫かひ孫に会ってみたいそうだ。
それだけじゃなく、俺が寂しそうでついて来てくれたのかもしれない。
その後は旅の途中に複数人に追われ、ひどい怪我を負った男にあった。死にかけの男は「ワシは無罪だ。このまま死にたくない」とうわ言のように繰り返す。
メアリは同情し俺に促す。
同じように、俺の眷族なれば助けると言う。
この時忠誠を誓い、眷族になった男がムスクだ。
文官のムスクは代官に横領の罪を着せられ、民衆にリンチされたらしい。
彼の恨みは代官だけで、実際にリンチをした民は許すと言う。
「みんなギリギリの飢えた生活でした。怒りがワシに向いたのも解るんです。ですので、代官を…………」
そう言って、闇夜に消えたムスク。
娼館訪問後の気分の良い所に現れて、後ろから首を絞め殺したらしい。娼館に行った金も税金なので、代官も悪事をやりきり悔いは残らないだろう。
代官が死んで調査に入った新代官は、多く取っていた税金を民に返した。それによりムスクの冤罪は晴れたのだった。迫害されていたムスクの家族は、民衆に謝罪された。だが殴られ死んだと思われた死体は見つからない。動物に引っぱられたんだろうと思われた。
ムスクはマークスに金を借りて、家族に手紙を残し金を置いてきた。
「ワシはある方の従者になって、仕えることになった
民は私を見れば辛くなるだろうから、ワシはここを去る
最後に会わず済まない
我が主は、大層忙しくもう出立する
すまんが葬儀は適当に済ませてくれ
そして民を憎まずこの金で生きてくれ、いつまでも愛しておるぞ」
「勝手な手紙に見えるわね。良いの、それで?」
メアリは、あきれ顔で問う。
「良いんじゃ。所詮綺麗事など無駄だからな。ワシは代官を殺した人殺しだ。冷たい人間に見える方が、諦めもつくだろうさ」
ムスクは吹っ切れた顔だった。
マークスはムスクにも二択を聞いたけど、マークスに仕えることにしたのだ。
その後も継母に娼館へ売られそうになり、娼館の男に捕まって舌を噛んで死ぬ直前に助けられた娘がミリー。
眷族になり継母を殺し、マークスに仕えたのだ。
継母は貧しさからではなく、自分の贅沢の為にミリーを売ったのだ。継母がいなければ生きるには困らない家だったのに。言いなりだった実父も止めてくれなかった。だからここには未練はないと言う。
まあそんな感じで、清廉潔白ではない彼ら。
旅の途中困っている人を見れば、勝手に動いて事件を解決しちゃう眷族達。
もはやマークスも諦めていた。
あいつら全然言うこと聞かないと。
でもいつも楽しかったマークス。
その旅の途中で拐われた公爵令嬢を助け、公爵に知らずと恩を売っていたマークス達。その公爵もひい祖父さんが吸血鬼の混血だったらしい。思わず意気投合する彼ら。
丁度そんな時、眷族達の活動限界がきた。
マークスは平気だが、眷族達は数十年の休息(睡眠)が必要らしい。
そこで薦められたのが、子爵家の隠し扉だった。
どうやら何百年か前にも、子爵家に眷族がいたらしい。
既にこの子爵家には記録が残ってはいないらしいので、安全性は抜群だとか。
そんな理由で、マークス達は子爵家にいたのだった。
マークスが眠りに就いていたのは、単純に一人では暇だったからだ。
じゃあ少しは、モモにも血が入っているのかもなと後から思うマークス。まあ、長生きだったしな。
そんな訳で、交代で睡眠を取りながらマークスに付き添う眷族達。
マークスはモモに会いたいから、気が抜けないのだ。
今転生しても赤ん坊だろうに、何て言えない眷族達。
だってマークスの生きる希望はモモだから。
だからマークスは、極力人は殺さない。
誰がモモに繋がるか解らないしね。
でもどうしても悪人に会えば、殺めることもあるんだ。
その時はごめんねモモ、でも腐れ外道の血なんてひかない方が良いからと、血涙を流すのだった。
因みに時々処女の血を吸うのは、ノーカウントにしている。
そしてその50年後、マークスが暴漢から救った少女がモモの生まれ変わりだと気づくのだ。
そしてモモも、マークスの記憶を思い出す。
これは吸血鬼の血なのか、奇跡なのかはどちらでも良い二人。
「ただいま、マークス」
「遅いよ、モモ」
そして二人は、幸せに微笑むのだった。
追伸:バラ園の薔薇の色は、白とピンクの優しい色です。
今のところは健全な庭のようですよ。
眷族の強さ
メアリ〉ムスク〉ミリー
与えられた血の量と、個体差。
最下位のミリーも、めっちゃ強いよ。
大人の男5人なら、素手で倒せる。
2/13 日間ホラーランキング 2位でした。
ありがとうございます(*^^*)
読み返すと少しコメディ寄りでしたが、たくさんの人に読んで貰えて嬉しいです(^-^)/
時系列でモモが爵位を持つ前は、子爵夫妻にしていたのですが、読みづらいかなと思い、全部前子爵夫妻にしました。
マークスの部分では、子爵夫妻になっている部分があります。
2/13 日間ホラーランキング、なんと1位になってました。
ありがとうございます(*^^*)
すごく嬉しいです\(^_^)/
2/14 日間ホラーランキング 朝昼晩1位でした。
ありがとうございます(*^^*) ヤッター♪
2/15 日間ローファンタジー(短編) 20時見たら2位でした。
これはホラーを読んだ方からのポイントだと思います。
いつもありがとうございます(*^^*)
2/16 日刊ローファンタジー(短編) 昼2位 晩4位でした。
ローファンタジーでも、見て貰えて嬉しいです(*^^*)
ありがとうございます(^_^)/