楽園集落・エリジウム─Heaven's Door─
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
とうとう「天国」に辿り着いた信吾たち。果たしてどんな所なのでしょうか……?
本編スタートです!
信吾が見たのは、いわゆる『天国』と聞いてイメージするような光り輝く園などではなく、朽ちた木材や風化しかけのコンクリートで造られた壁だった。どうやら円形に造られているらしい壁は、さながらかつての人類史において一時代を築いていた市壁のようでもあったが、その外観はあまりにみすぼらしいものだった。
「──これが天国?ってお思いですね?」
「え、いや……まぁ、聞いてた話と比べるとな」
柔らかく微笑むガブリエルの言葉をそのまま肯定していいものかわからず、かといって嘘をいうのも抵抗があったため、思いの外曖昧な返事となってしまう。そんな信吾を面白がるように可愛らしく笑ってから「私も最初はそんな風に思ったものでした」と、どこか静かな声音で話す。
「さぁ、いらして? 天国は来客を拒みませんし、きっと信吾さんたちも気に入りますわ!」
しかし、信吾の手を引いて笑う顔には一瞬窺えた憂いのようなものはなく、夕方の近付く空の下で明るく、美しい笑顔に圧倒されるように、信吾と陸は門の中へと足を踏み入れた。
門番のような少年に会釈をして潜り抜けた門の先には、『天国』が待っていた。
門から見ていちばん奥に一棟の大きな建物があり、あとは一面の野原だった。一角には農耕用と思われるスペースが見えたが、それ以外はただの野原。小さい子どもたちが、和草が風にそよぐ野原を駆けている──ともすれば退屈にさえ見えてしまうような光景だったが、そんな子どもたちの何にも怯えることなく伸びやかに笑っている様子が、ひどく信吾の胸を締め付けた。
「しんご、いたい?」
「……?」
陸の声で、信吾は自分がいつの間にか涙を流していたことに気付いた。隣を見ると、陸が心配そうに信吾を見上げて、涙を拭こうとするように手を伸ばしている。一瞬まともに思考することができず反応が遅れたものの、「大丈夫だよ」と辛うじて返事することができた。そんな信吾の様子を見届けてから、ガブリエルが声をかけてくる。
「それでは、主のところへ参りましょうか」
「……しゅ?」
「えぇ。この天国を創り、私たちの幸福と安寧を約束してくださった御方──この天国を治める神様です」
「はぁ……」
ガブリエルの口から何の疑いもないような声音で出てくる言葉の大仰さに、思わず曖昧な相槌を打ってしまう信吾。陸はというと、もはやガブリエルの言葉をちゃんと理解できなかったのだろう、辛うじて理解できた言葉を拾って「おやくそく?」と声を発するのみだった。
「そう、おやくそくです。あの御方は、約束を破りませんの。私たちを幸福に導いて、本当の愛をお教えくださったのですわ!」
「あい?」
「素晴らしいものですわよ、愛というのは。暗闇の中にあっても私たちを導いて、凍える寒さにあっても心に温かい火を灯してくれる……とても素晴らしいものなのです」
うっとりとした口調で語る言葉は、陸の質問に答えるというよりは“主”と呼ぶ存在への思慕を語らずにはいられないという気持ちの発露に聞こえた。彼女がどれほどその“主”というものに心酔しているのか、そこに至るまでの経緯も過去もまるで知らないとはいえ、信吾はどこか身震いしてしまうようなものを感じてしまった。
廃墟で合流した護衛らしき少年が、奥の建物へ入っていく。どうやらそこが“主”の居室で、天国の住民たちの寝所でもあるらしい。
「“主”はお忙しい方ですから、もう少しお待ちくださいね」
遠くを見るような表情で微笑むガブリエルに頷いた信吾は、先程目の当たりにしてからずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「なぁ、ガブリエル。さっきあんたがやってたのって何なんだ、あんな簡単に大人を倒すなんて……」
先程ふたりもの大人を圧倒して、嗤い声まで上げながら殺めてみせた姿が、信吾の脳裏に甦る。もちろんあそこまで残忍にしてみせるつもりはないが、少しでも大人たちに抵抗する手段が増えるのは望ましかった。もちろん、人間にできるものとは思えないが、目の前にいるガブリエルにできるなら……。
「あぁ、あれのことですか? 理屈さえわかれば簡単にできるはずですよ。信吾さん、少し私の……そうですね、ちょっと失礼しますね?」
あっさりとした声音で答えたかと思うと、ガブリエルは信吾の手をとって自分の腹に直接当ててみせた。
「え、え、は!?」
痩せてはいるもののしなやかな柔らかさもある腹の、仄かな温もりを突然手に押し付けられて当惑する信吾。陸がそんな信吾を不思議そうに見上げていたが、普段のように年長者として取り繕う余裕などなかった。
よく考えたら、自分の腕を掴んでいる手も同じ人間とは思えないくらい柔らかい──生き物ならあるはずの重さなんてほとんど感じさせず、それでいて血の通った温かさがあって、なんだか妙な心地になっていくのを感じてしまう。そして触れさせられている腹も、ガブリエルの呼吸に呼応して収縮して、間違いなく目の前で生きている少女の身体に触れているのだという事実を否応なく突きつけられるようであった。
我知らず鼓動が速まっていく。呼吸がいつもより浅くなり、胸が苦しくなっていくようだった。どうにかそれを悟られないように気を配りながら、「は、腹に触ったら何なんだよ?」と問いかける。ガブリエルはそんな信吾に微笑みかけてから、耳元に顔を近付けて「よ~く、手の感触に集中してくださいね?」と囁いてくる。
「…………、」
足腰が立たなくなりそうな震えを堪えながら、どうにか頷く。そんな信吾の返事に再び微笑みながら「いきますわよ」と言って、ガブリエルは腹筋を振動させた。
「────!?」
腹筋を震わせること自体は普通のことだ。しかし、信吾が驚いたのはそのスピード。今の信吾の鼓動よりも、そのスピードは速いように思えた。
「これをもっと速く、もっと硬く柔らかくすると、どうなると思います?」
「え、どうなるって……」
「振動は触れている物体にも伝わります。相手の触れてくるところが予めわかっていれば、その部分の筋肉を極限までに固めてから、一気に弛緩させる──それを今以上のスピードで繰り返すんですの。そうすれば、相手の身体はこの振動について来られずに破裂してしまう」
「……そう、いうもんなのか?」
「そういうもん、ですわ♪ 昔は音の振動でガラスが割れたと言いますし」
事も無げに言ってのけるガブリエルだったが、信吾の鼓動は先程までとは別の理由で速まることになるのだった。理屈はわかったからと手を離してもらうまで気が気でない状態が続き、解放された後は安堵からその場に崩れ落ちそうになったほどに。
「だいじょうぶ?」
「あ、あぁ……ありがとな、陸」
陸がおずおずと手を差し出してくれたが、腰が抜けたせいで立つのに時間がかかってしまった。どうにか立った頃に、ようやく少年が建物から現れる。
「お待たせしました、ガブリエル様。そこのおふたりも、どうぞ中に」
信吾を見つめる目にほんの少しだけ棘があるように思えたが、少年の案内で建物に入ることができた。そんな信吾たちを待っていたのは……。
「ようこそおいでくださいました、私たちの集落エリジウムへ! 私はここの長をさせてもらっている、谷部と申します」
暗い部屋でにこやかな笑みを浮かべる、初老の男。
信吾たちにとっては恐ろしい存在でもある、大人だった。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただき、ありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
私は某DCGのアプリを5年ほどプレイしているのですが、そのゲームの魅力のひとつであるストーリーパートがつい最近更新されたのですが、いやぁ……令和の世にここまでしっかりしたヤンデレをお出ししてくれるとはという感動がありました。前々から既に亡い好敵手をいつまでも想い続けるおじさま吸血鬼であったり、DV気質の女の子であったりモラハラ気質の兄貴分(と、そんな兄貴分に憧れすぎた人狼少年)という、オタク大歓喜(個人的な感想です)なキャラクター属性がてんこ盛りだったのですが、ここに来てシンプルなヤンデレシスコン妖精少女という、ある種の原点回帰とも言える属性が現れました。基本的にお姉ちゃんのことは全肯定するけど解釈違いなお姉ちゃんを見せつけられたらヒステリー寸前の怒り方をする女の子……。ありがとうございます、オタクはこういう女の子を待っていましたと合掌したくなってしまいました。
私の予想では『私って気弱でひ弱で可哀想、でもそんな私にお姉ちゃんは優しくしてくれるし、どんなことしてもたっぷり愛してくれるよね?』という自己愛の塊みたいな娘だったのですが(遊月はそういう腐れた感性のキャラクターが大好きです)、まさか普通の理想押しつけ系の拗らせシスコンだったとは、シンプルイズベストというやつでしたね……。お姉ちゃん全肯定囁きしているときのASMR感もあって、思わず音声作品というものの歴史にも想いを馳せそうになってしまいました。ヤンデレCD、思春期の遊月少年にとっては思い出深い傑作でございました。
閑話休題。
ガブリエルちゃんの驚愕の技術、明かされましたね! そんなものが現実で可能なのかと問われると「できる人にはできるのかも知れない」という感想を述べながら冷や汗と共に目を逸らすことしかできませんが、ひとつだけ言うなら、すっっごく疲れそうですよね(笑)
子どもたちの楽園である天国を治める“主”が大人だった……!?
驚愕する信吾くんですが、果たして天国の真実は次回で明らかになるのでしょうか、ならないのでしょうか……!!??
また次回でお会いしましょう!
ではではっ!!