天使に手を引かれて─Stairway to Heaven─
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
つい先日まで辺りに漂っていた夏の名残も今やいずこ、すっかり秋めいたというか、朝晩の冷え込みが強くなったように思います。お互い体調に気を付けて、読書の秋を満喫していきたいですね!
本編スタートです!
天国。
突如現れた少女の発した言葉は、あまりにも現実離れした聞こえた。少なくとも信吾の知る『天国』とは、なに不自由なく暮らせて、ずっと幸せでいられるところ。いま信吾たちが生きているような、何時なんどき理不尽に全てを奪われてもおかしくないような世界には、まるで似つかわしくない単語だった。
「信じられない……という顔ですね。無理もありません、こんな所で生きていては、とても天国の存在なんて信じていられませんものね」
少女の憐れむような──他人事で、対岸の火事とでもいうような表情や口調に、信吾は少しだけ苛立ちを覚えたが、それをこの少女にぶつけたところで仕方がないと無理やり飲み込む。
視界の端では相変わらず、食い散らかされた滓のような子どもたちの亡骸が風化して、ぼろぼろと崩れている。その様を横目で見ながらあからさまに嫌悪感を露にして歩く少女の後を、信吾と陸は歩いていく。
その道すがら、陸が前を歩く少女に問いかける。
「てんごくってなに?」
「ふふ、ご興味があるみたいね。天国というのは、そうですね……まずお腹のすかないところですわ!」
「おなかすかないの?」
「えぇ! 食べたいときに、食べたいだけご飯を食べられます。それから硬い地面ではなくて、柔らかくて気持ちのいいベッドで眠れますの。それから……」
少女は心底楽しそうに、語り聞かせられることへの喜びを感じさせる声音で、陸に天国の話をしている。陸も陸で、恐らく少女の嬉しそうな声に同調しているのだろう、「へぇ!」と楽しそうな声で応えている。
だが聞けば聞くほど、信吾の胸中には疑念めいたものが芽生えていた。
このご時世、何の不自由なく衣食住のできる環境などあるのだろうか? そんなところがあるだなんて、にわかには信じられないことだった。実在するのなら噂くらいにはなっていてもおかしくないし、それなら大人たちによる略奪を受けていたって不思議ではない。それらを免れて、子どもたちが幸せに生きられる国だなんて……。
そう、思案に暮れていたからだろう。
眠りすら妨げられるほどに張り詰めていた神経がいつの間にか弛んでいた隙を突くようにふたり組の大人が物陰から現れ、少女を後ろから羽交い締めにしたのだ!
「ひょ~! こいつぁツイてるぜ!」
「バーロー、“ツく”のはこれからだろっての! おいガキ共、観念するんだな! ここいらは俺たちの縄張りだ! お前らみたいのが好みってやつらもいるからよ、3人仲よくピーピー泣いて楽しませてくれよなぁ~!」
「たまんねぇなぁ体操着だってよ、オレっち昔っから体操着が大好きでよぉ~! おぉぅ、ヨダレ出ちまったよ~、じゅるり」
少女の発展途上というべき華奢な身体を捕まえて、弛みきった口元から唾液を垂らして少女の髪や肩、体操着の胸元を汚す巨漢と、尖った金属片を片手にこちらを牽制する痩身の男。
痩せた男はまだしも、少女の身体を気色の悪い手付きでまさぐっている巨漢はどう考えても信吾たちに比べて栄養状態のよいことが窺える。前に血色が悪く、満身創痍といった風の大人が陸を手込めにしようとしたときには、陸が自身に迫る危機を知るより前に撃退できたが、そのときでさえしばらく立っているのも辛くなるほど体力を消耗してしまっていた。
目の前にいる男たちは、明らかにそのときの相手よりも健康で頑強そうだ。どうにか陸だけを逃がすことならできるかも知れないが、その後ひとりきりになった陸がこの国で生き抜けるとは到底思えない。どうすればいい、いったいどうすれば……!?
信吾の焦りを感じ取ったのだろう、嘲笑する痩身の男が合図するのと同時に、巨漢が体操着の裾をめくり、少女の柔肌を直に触ろうとして──
ぱんっ
「へ?」
そんな間抜けな声と共に、その指先を四散させた。
肉片と血飛沫が辺りを舞う。情けない悲鳴を上げながらのたうち回る巨漢を見下ろして、少女は嫣然と微笑んでいた。
「大人のくせに、そんな情けない声で鳴くんですね? 子どもに見下ろされながら、まるで赤ちゃんみたいに。恥ずかしくないんですか?」
巨漢の醜く肥えた肢体を軽蔑の眼差しで見下ろしながら、狙いすまして腕を踏みつける。辛うじて繋がっていた腕の肉が少女の足下で千切れ、巨漢の悲鳴はいよいよ悲痛さを増していった。
「みっともない、だらしない、醜い汚い見苦しい! ピーピー泣くのはあなたたちのようでしたわね、あははは!」
残忍に笑いながら、足で巨漢をいたぶる少女。その可憐な容姿や「天国」について語っているときの無邪気な様子との差異があまりに大きく、信吾はどうにか陸の目を隠しつつ、身震いしながらその様を見ていることしかできなかった。
痩身の男も、もはや戦意を喪失した様子だった。その場にへたり込み、よく見るとそのズボンと足下がぐっしょりと濡れている。
「た、頼む! 頼むやめてくれ、やめてくれ! あんたらには手を出さない……だから見逃して、やめて……やめて……」
「大人は、子どもの懇願を受け入れました?」
言葉は、それだけだった。
悲鳴も止み、肉袋同然になった巨漢から離れた少女は、痩身の男の首筋に顔を近付け────次の瞬間、男の頭がまるでゴム風船のように弾け飛び、危機は極めて静かに去った。
柔らかな光の差し込む廃墟の街で、まるで天使のように笑う少女と、その足下に斃れるふたりの男。その光景は1点の絵画のようにも見えて、思わず唾を飲む信吾の耳に、年近い少年の声が聞こえた。
「ガブリエル様、ご命令通りこの辺り一帯の大人たちを殲滅いたしました」
「ありがとう」
現れたのは、信吾よりも少し年上に見える少年だった。やはり体操着を着ており、ハーフパンツから見える細いながらも健康的に肉の付いている脚には返り血のようなものがこびりついている。
何かを期待するような眼差しを向ける少年に優しく微笑んだあと、ガブリエルと呼ばれた少女は「もう心配ありません」と信吾に向き直る。
「天国からの案内も来たことですし、これで旅の安全は確保できました。何も案ずることはありません。あと2、3時間も歩けば、天国へ辿り着けますわ」
「2、3時間……」
思わず絶句する。
南中した太陽が西に傾こうという頃合い──朝この少女と出会って歩き始めてから既に6時間ほどは歩いた後に聞いたその言葉に、信吾の心は萎えそうになった。
だが、それでも疲労と引き換えに安全を得られるのなら。
「少し休んでいかれますか?」
「……いや、行こう。陸、平気か?」
「へいき!」
陸の声と笑顔に後押しされるように、加勢に現れた少年を先頭に歩き出す信吾たち。相変わらず荒れ果てた野原を歩いていくと、信吾との間に陸を挟むように歩いていたガブリエルが、唐突に口を開く。
「見えましたわ、あれが私たちの天国です!」
「……え?」
嬉しそうな声で笑うガブリエルとは違って戸惑いの声を漏らす信吾の視界に映ったのは、想像していた「天国」とは少し違うものだった。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただきありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
つい先日SNSで『なんで生きてるの』というハッシュタグを見かけ、私はついつい
「未練と共に断ち切ったはずの『あなた』か、そんな『あなた』を想わずにいられない弱い『私』か。何に対して言っているのでしょうね? 半分泣きながら言ってほしいものです。」
と投稿してしまいましたが、そういうタグではなかったようです(笑) いや言い訳させてください、「なんで生きてるの」なんて、絶対闇堕ちしながらも無垢に輝いていられた『あの頃』を忘れられない、かつて主人公にとって大切な人だったヒロインの言う台詞じゃないですか! 照らされた世界、咲き誇る大切な(おっといけない、インクをこぼしてしまいました!)
この概念、「お幸せに」という言葉と一緒に胸に抱えていきたいところですね。いろいろなところに好きな概念というのは潜んでいるものです。
閑話休題。
とうとう少女の名前が明らかになりましたね。ガブリエルちゃんが本編中で使ったのは特殊能力の類いではなく、(あの世界では)あくまで技術による技です。次回辺りで話の種みたいな感じで軽く触れられるような気もするのですが、技術なのです(ゴリ押しです)
そんな次回で、またお会いしましょう!
ではではっ!!