【読み切り】"とある女"の狐退治、ついでに子狐拾った件。
前々から書いていたオリ作の序盤冒頭部分がやっとこさ書けた(何年かかってるの?しかも下書き)事で少し余裕?ができたので、その話の前日談みたいなモノを書いてみました。
ダメ書き手のダメさ加減ゆえの、駄文雑文の類いではありますが、暇潰し程度に軽く読み流して頂ければ幸いに存じます。
(……しかし、オリジナル書いてる人達は本当に凄いですよね。自分がオリ作を書き始めてそれが良くわかります。)
余談なのですが、小説情報編集における「おすすめキーワード」とか「ジャンル」とかあるのですが、当方色々と疎いので自作が如何なるモノに該当するのか全く解りません。
(ジャンルに関しては、本当に解らんので暫定的に"その他"に設定している。)
これは本作だけでなく、過去に投稿した作品(一つ除く)全てに共通する問題でして……
ある意味「浦島太郎状態」になっているという悲しいオチ。
(個人的にはキーワードにせよジャンルにせよ該当するように見えて該当しない?当たってるようで当たってない?そんな状態という認識で、結果設定放棄しているというザマ)
※2024年9月20日追記。
この作品が投稿されてから丸一年以上経過した事を思い出す。
その頃はまさか実家に戻ることになるとは思ってもいなかった。
ある意味、まだ自由が利いていた時期だった……。
―― 作者談:これより記す小話は、適当に思い付いた元ネタありの代物である。
とりあえず、お茶菓子を食する程度の話として見流しして頂ければ幸いです ――
『はぁ? アタシにその……調子に乗った駄狐稲荷神を懲らしめて貰いたいだって!?』
その日、一人の女性の叫び声がかつて三河国と呼ばれた地域にある"豊川稲荷"内の社務所から響いた。
叫んだ女性を見ながら、彼女に相対する位置の椅子に腰を下ろしていた二人の人物……
厳密には二柱の稲荷神の内の一柱である、豊川稲荷在住の稲荷神の女性が件の女性を宥めだしていた。
一方、その隣に座っていたもう一柱の稲荷神……美濃国と呼ばれた地域に在する"千代保稲荷"在住の稲荷神の女性は、特に慌てるでもなく話を続けている。
『私達としても、この地域の稲荷神の主座の地位に居る者として、かの稲荷神……"恩田の初蓮"の悪戯を越えた行為に対して行動を制止するよう諌める忠告を何度となく行いました。しかし、彼はなかなか言うことを聞かないのです。』
こう語った上で続けて『"高天原"との繋がりが復活して以降、私達が力を取り戻した様に彼も力を取り戻した結果、以前にも増して悪戯……いや、もう悪戯という範疇では収まらない暴挙を働く様になったのです。そんな折りに都の帝も一目置く貴女がこの土地を訪れたのは私達に取っては渡りに舟なのです。どうかお助け頂ければ幸いに存じ上げるのです。』と語る。
それと同時に、身を乗り出して件の女性に上目遣いで迫る千代保稲荷の稲荷神……便宜上"お千代"と称するが、そのお千代がグイグイ迫ってくる。見た目は眉目秀麗の大人の女性なので、迫られた側の女性はお千代から顔を背けつつ呆れた表情になっていた。
だが、その背けた先にはもう一柱の稲荷神……豊川稲荷の稲荷神の女性である"お豊"さんが、お千代同様に上目遣いで迫ってきていた。こちらはお千代と異なり、いわゆる"童顔"であり"低身長"の子供体型であるものの、そこはかとなく淡い色気を見せていた。
(件の女性をして『あと百年、または二百年くらいすれば、現時点でのお千代さんと同等の美人にはなるだろうな。』と、後年思い返して推測している。)
とにかく、二柱の稲荷神からそういう感じで迫られては、さすがに件の女性も根負けするしかなく、渋々要請を受ける事となるのであった……
翌日、件の女性は豊川稲荷から東海道沿いに西へと進んだ先にある"知立"の地へと足を踏み入れていた。
ここから初蓮と呼ばれる稲荷神が在する"恩田"の地までは歩いても余裕で行ける位置にあり、到着した彼女は土地の名産品である"あんまき"を買って、歩き食いしながら恩田の地を目指した。
お千代とお豊、二柱の稲荷神の話では初蓮は江戸の昔に地元の領主に悪戯を仕掛ける事が度々あり、振り回される事限り無しであった。
時代は下り、幕府崩壊後の新時代にあって、初蓮の悪戯は続いていたが、ある時文明の利器と言える蒸気機関車の邪魔をしようと試み、それは数度に及んだものの遂に叶う事はなく、逆に力を大きく損ない事実上の隠居状態になっていたという。
本来なら、そのまま力を失い、稲荷神として存在できなくなり消滅するを待つだけだった初蓮の運命を変えたのは、ヤマト国と高天原の交流が復活した一件であった。
ヤマト国側で封じていた高天原との間の門の封が解かれた事から、高天原側の存在がヤマト国側を含む"蒼の月(地球)"へ行ける状態となったのだが、この際高天原側の空間に無尽蔵に存在する"産土力"が蒼の月側に流れ込んできたのである。
この謂わば"天地開闢の神の力の残滓"とも言える「精神と生命を育む力」が流れ込んできた事で、蒼の月の各地で色々な現象や事象が多々生じる事となるのであるが、稲荷神などの精神性(信仰心や畏怖心など)を拠り所とする存在にとり、産土力はそれを補うどころか膨大な御釣りがくる、文字通りの「強大な力を与える無尽蔵の泉」と言えるモノだったのである。
ヤマト国各地。特に高天原側の者達が"神域"と見なす「諏訪・富士宮・伊豆」線より西、九州の霧島連山より北の地域に在する稲荷神達は、失いつつあった力が戻ったばかりか、全盛期以上の力を得た事で狂喜乱舞する者、却って畏れを抱く者、何とか冷静さを維持する者など、反応は様々だったという。
また、彼らの血統に連なる者達にも変化が生じる事となる。産土力を受けて容姿に変化が生じ、稲荷神と似た力を行使できる人間が現れ、人々は彼らの事を"稲荷人"と呼称し、高天原側もヤマト国政府もこれを保護する事となった。
交流再開から暫くの間、稲荷人に対する偏見の目は少なからず存在したものの、交流が深まり相互理解が進んだ20世紀の末の頃には、むしろ稲荷神の縁者という事で稲荷神に準ずる扱いを受ける様になったという……
さて、問題の初蓮だが、全盛期以上の力を得た事で当人には悪戯のつもりが、予想外に実害を伴う事が生じる様になった。
具体的な一例として、かつて力及ばず屈した文明の利器である蒸気機関車や、その後継と言える"ディーゼル機関車"に対する妨害行為がそれであり、国鉄の東海道本線は少なくない損害を被る事となる。
また初蓮の所業はこれにとどまらなかった……
『お千代さんの話だと周辺の住人、特に若い女性を拐かす行為を何度となく行い、身柄の返還に際しては無視出来ない金額の御布施を要求していた……か。ったく、今時そんなアホな事をする駄狐、駄稲荷がいやがるとか時代錯誤にも程があるだろうが! こちとら、急用で都に行かねーとならねーってのに。』
あんまきを一つ、また一つ頬張りつつ食べながら、件の女性は内心腹を立てていた。
だが、最後に彼女はこう考えるに至ったという……
『まあ、最近荒事から遠ざかって身体がちょいと鈍ってきてたところもあるし……少しは楽しませてくれるよな? 初蓮とか言う野郎は。』
その考えを自然と口に出し、購入したあんまきを全て腹の底に入れた件の女性は、第三者視点で見た時、とんでもない悪党面をしながら恩田へと向かって行った……
一方、恩田の地の某所にある祠。稲荷神の端くれとして一応奉られる立場でもあった初蓮だったが、昨今の行いの為か、彼の下に寄り付く人間はいなかった。
元々、稲荷神は豊穣を司る土地神でもあり、豊かさをもたらすとされていた。その為、周囲からの信仰心を糧として暮らしていた。
もっとも、遥か昔の高天原と繋がりがあった時代の稲荷神は人々の信仰心が無くとも自然と産土力を取り込めたので不自由は無かったのだが、その繋がりが無くなって以降、人間の信仰心から生じる"祈り"を力の拠り所として存在を維持していた。
しかし、信仰心や祈りという人間の意思を糧とした(と同時に蒼の月そのものが穢れの溜まり場でもある)事が、結果として稲荷神側の変異をもたらしたため、いわゆる"妖怪化"という現象をも引き起こす事ともなった。
初蓮は稲荷神でもあるが、同時に妖怪狐でもある。その妖怪としての部分……即ち"暗黒面"が、数多の暴挙を引き起こしていたとも言えよう。
(自然界の野生動物が本能的に狩猟を行うのと本質的には同じ。)
そんな初蓮だったが、恩田の地へと向かって来る"正体不明の敵意"を感じ取ったのか? 丸まっていたその身体を上げ、四肢を伸ばしてしっかりと立ち上がった。
その初蓮の姿を、近くから怯え気味ながら見る人影があった……
「ん、何だ。何か言いたい事があるならハッキリ言え。」
「あ……、いえ……、私は特に……」
「ふんっ、やれやれお前も我の血を引く稲荷人であろうに。毎日毎日怯えた目をして……。我の下で暮らして何年になると思っておる?」
「……わかりません。物心付いた時にはここにいたので。」
「ふん、わからんのは当然か。お前は我が里の女に産ませた者だ。しかも、女は度々自殺を図ろうとしてこちらの手を煩わせておった。」
「…………」
「ほう、その憎さを内包した視線よな。まさにあの女がそなたを産んだ後、息絶える間際まで我に向けていた視線と同じよな。忌々しい部分だけ似るとは……」
どうやら、初蓮を見ていたのは彼の子供のようである。
しかし会話の内容から、明らかに親子関係が破綻している事が想像できるだろう。
初蓮が語った通り、この子供は初蓮が地元の娘を拐かして孕ませた結果産まれた"稲荷人"であった。
しかし子供の母であるこの娘は孕まされた事を恥じており、度々自殺しようとしては初蓮に阻止され続けていたようである。
その結果、臨月を迎え出産を控えていた時、初蓮が現れて娘を連れ去ってしまったという。
数日後、近くを流れる川の河原にて、娘は変わり果てた姿で発見された。ただ、腹は凹んでおり、検死を担当した警察関係者は連れ去られた先で出産したあと亡くなり、亡骸がこの場所に遺棄されたと結論付けた。
遺族は嘆き悲しんだものの、連れ去った相手が相手なので如何ともし難く、警察ですら手を出すのが難しい相手という事もあってか、事実上事件としては迷宮入りするしかなかったようである。
(なお、司法解剖の結果、死因は出産に伴うショック死であろうとされた。)
この一件の後、初蓮の行動が数年ほど静かになっている。
どうやら産み落とさせた子供を育てる事を優先していたのだろうが、育児にはどちらかというと失敗した節があったようだ。
というのも、彼が娘を臨月の娘を連れ去って産ませたのは、自身の後継者を自らの手で育てたいという欲求が生じた為であった。
だが、産み落とさせた子供は稲荷人としては余りにも弱い存在であった。なぜなら、稲荷神の血を引く者の証明といえる要素の内、この子供には"狐尾"だけしかなく、"狐耳状髪"という狐の耳を模した癖毛が生じなかったからである。
初蓮がそれに気づいたのは、子供を手元に置いてからおよそ五年ほど経過してからであった。それまでは稲荷神の後継者としての教育をやっていたが、俗に言う"半端者"と判明してからは極めて雑な扱いをしている。
そして何より……初蓮はこの子供に「名前」を与えてはいない。自らの後継者として申し分なければ初蓮の名を継がせるつもりだった為だが、そうでなかった事から名前も与えず単に「お前」としか呼ばなくなっていた。
さて、正体不明の敵意が迫ってると察知した初蓮は、それを迎え撃つべく準備を始めていた。
その間、名も無き初蓮の子供は黙ってそれを見るだけであったという。
手伝えとも言われず、また仮に自主的に手伝おうものならば逆に怒鳴り散らされ、最悪折檻を受ける事もあったからである。
そんな訳で黙って見ていた子供だったが、初蓮がなぜ急に何かの準備を始めたのかを理解できなかったという。
稲荷人としては半端者だったために気配察知能力が極めて弱かった為、初蓮に向けられた敵意を感じ取る事が出来なかったというのが主な理由である。
さらに何より、この子供……性別で言うなら牝、つまり女子であるが、心のどこかで今の状態が変わってくれる事を願っていた節があった。
物心付いた時にはまだ親らしい接し方をしていた初蓮が、暫くしてぞんざいな扱いを自らに行いだし、実質的な育児放棄に至った現状、この子供の心には未来が描けなかった、見えなかった、期待が無かったからである。
だからこそ、僅かでも何かあればそれにすがりたい、助けて貰いたいという淡い思いを内に秘めていたのである。
そんな思いを持つ子供を横目に初蓮は準備を急いでいたが、どうやら正体不明の敵意は彼が考えるよりも遥かに早く間近に迫っていたのだった。
そして……
『邪魔するぜ駄狐っ! 千代保と豊川、両稲荷の依頼でバカ野郎を懲らしめに来てやったぞ! さっさと表に出てきやがれ、このクソ野郎!』
……初蓮が住まう祠の外、土地境の更に外側から聞こえた罵声を聞き、初蓮は『この声、女か? 随分と威勢が良いようだが、果たしてどこまでそれが持つかな?』と独白しつつ、同時に『千代保と豊川か。やれやれあの者達の依頼となれば、そこそこは出来る相手と見るべきかな?』と言い、表情をニヤけさせながら祠の外に来てるであろう声の主の下へと向かって歩みだしていた。
他方、子供の方は『千代保様と豊川様からの依頼……過去にもそういう方が何人か挑まれてたけど、全部返り討ちにあってる。できれば逃げて欲しいのは贅沢な願いかな……』と思ったという。
さて、初蓮が住まう祠がある場所の土地境で仁王立ちする件の女性の姿を、近くに住む複数の住人が遠目に目撃していた。
彼らは彼女の姿を見るなり『何だ!? 初蓮さまの祠の近くに誰かいるみたいだが、大丈夫か?』だの『ありゃ幾らなんでも危険すぎる。命知らずにも程があるでよ~。』など、心配する声が出ていたという。
そんな声が挙がっていた最中、祠から何かが勢いよく飛び出すのを住人達は目撃する。それは祠の主である初蓮であった。
初蓮が出てきたのを見て、住人達は慌てて逃げ出している。当然だが、巻き込まれたならば如何なる事態になるか知れたモノではなかったからである。
住人達が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した事を初蓮も件の女性も確認しており、むしろ邪魔者がいなくなったと言わんばかりの態度を取っている。
その上で改めて双方は会話を始めた……
「さて、随分と威勢のいい戯れ言を抜かしているな女。わざわざ我に対して無礼な事を抜かしたからにはそれ相応の覚悟は出来ているだろうな?」
「あ? 戯れ言? アタシは普通に当たり前の事を言っただけだが? 何か間違った事でも言ったっけ?」
「当たり前の事だと? 女、貴様礼儀すら知らんらしいな? 我を一体誰だと思って言っている?」
「は? 誰って……ただの駄狐か駄稲荷か、もしくは汽車ポッポにも負けた事がある負け犬ならぬ"時代の敗北狐"だろ? 何を今さら……」
「……女、貴様よほど死にたいらしいな。そこまで言うバカ女を我は初めて見たぞ? 歴代の領主達や家臣達も我には気を使ったくらいなのにな。」
「あぁ? そんな昔のヘコヘコ低頭話を引っ張り出しても無価値じゃね? そんなモノでアタシが「キャー、御狐様こわーい」とか言うとでも思っていたのかよ? それだから駄狐なんだよ時代ボケ野郎!」
「じ、時代ボケ……。時差ボケとか言う言葉は聞いた事があるが、よもやそんな言葉が出てくるとはな。女、そこまで無礼の限りを尽くすなら、それなりの報いを受ける覚悟は出来ているだろうな?」
「へ? 何だそりゃ? こちとら千代保と豊川の両稲荷から頼まれているんだからな。散々悪さをしてるお前をボコボコにして懲らしめる、実に単純な御仕事をな。そういう訳で報いを受けるのはお前なんだよ駄狐っ!」
稲荷神でもあり、妖怪狐でもある初蓮と女性の間で罵詈雑言の応酬が繰り広げられていたが、徐々に初蓮の語気が内在的な怒りによって荒げてきていた。
それは祠からちょっとだけ顔を覗かせていた初蓮の子供の発言から読み取る事ができた……
『あの人、父様に対して恐れを抱いていないのかな? 怖くないのかな? 凄く危険な綱渡りをしているようにしか見えないよ。それに父様、明らかに怒ってるよ。今からでも良いから謝ってくれないかな……』
自分を虐げる存在である初蓮に対する恐れと、恐いもの知らずとしか思えない女性を心配する気持ちが半々にあるあたり、複雑な感情が交差していそうではある。
特に恐らく初めて見るであろう「自分以外の同性の存在」に関しては『だけど不思議だな。何故か解らないけど、あの人を見てると不思議と何か期待できる感じがする。もしかして、ひょっとしたら……』と、何やら思うところ大であった。
程なく初蓮の様子が変化しだしていた。
稲荷神にして妖怪狐である事から、この時その体高体長は自らを大きく見せるという事でちょっとしたコンテナ並みの大きさとなっていた。
だが、会話が途切れた段階で、その大きさが更に大きくなりだしたのである。それは空間中に偏在する産土力をを取り込みだした結果としてのモノであった。
ここで余談だが、この産土力、取り込む側の性質によって出力(放出)時の呼び名が変わる特徴がある。
高天原の住人の内、神々の血統に連なる"長命種(または単に神族)"が取り込むと"神力"と呼ばれ、兎人族が取り込むと"霊力"。鬼(特に神鬼種)が取り込むと"鬼力"と呼称された。
稲荷神も出力時は霊力と呼ばれるが、これが妖怪の類いとなると"妖力"と呼ばれるのであった。また、人間がこれを取り込み行使する場合、個々の特性により"霊力""法力""魔力"などと呼ばれる事もある。
(もっとも、昨今はこれらと異なる呼ばれ方をする場合もあるらしい。特にヤマト国内もだが、敵対していた旧連合国の一部では"光の枝"と呼称されている。)
さて話を戻そう。産土力を取り込み、妖力を激しく迸らせながら、その体高体長を更に大きくしていった。
始めコンテナ並みの大きさだった初蓮の身体は、みるみる内に巨大化した。比較として代表的なモノを持ち出すならば"名古屋城"の石垣部分を含めた天守閣のそれである。
そこまで巨大化したところで初蓮は取り込みを止め、件の女性を見下ろしていた。
初蓮としては巨大化した事で女性が怯えるなり何なりして腰砕けする事を期待していたのであるが……
『……ふ~ん、デカくなって自己顕示ですか? 中々面白い宴会芸を見せてくれるじゃねーか。だけどな……生憎アタシはそういう小細工を飽きるほど見知ってるんだ。今さらビビるとでも思ったか!』
この一言により、初蓮の期待は裏切られたばかりか、逆に更なる挑発を受ける事となった。
だが、話はこれだけでは終わらなかった……
『しかしまあ、ここまでデカくなると、懲らしめるに当たって周りへの被害も無視出来なくなるな~。こりゃ、アレを使うしかないか~。』
こう発言したあと、女性は右手を背中側に回す仕草をする。
その背中には何も無い訳なのであるが、離れた場所から見ていた初蓮の子供には思いもよらぬ物が見えていたのであった。それは……
『えっ!? 右手首より先が消えた!? どういう事? 私の目の錯覚じゃないよね、これ……』
そう言いつつ自身の鼻を摘まんでみたが、息が詰まる感覚だけが生じた事から、夢とか幻覚とかではない事だけは理解できたという。
しかし、そこから更に彼女の理解を超える出来事が生じていた。消えたと思っていた右手首が何かを抜き取る感じでポンっと出てきたのである。
そしてその手には一本の"金棒"が握られていた……
「ほぅ、金棒か? 鬼達が使うのは知っているが、それと比べると実に単純な造りをしているな。見た目は五角柱、煤けた鈍い銀色。……しかし何も無い空間から取り出したとなると貴様、普通の女ではないな?」
「今さらそこに突っ込むのかよ。これだから"地域密着型引き籠り稲荷神"は世間知らずって言われるんだよ。……いいか? 今からお前に面白いモノを見せてやるぜ。」
そう言うなり、彼女は右手に持つ五角柱の金棒(なお持ち手の部分は握りやすい形状をしている。例を出すなら"職業野球"で使われる"バット"の手で握る部分に似た形状)をクルッと回して逆手持ちにすると、その持ち手部の真逆の位置にあたる先端部を地面に打ち付けたのである。
その次の瞬間、初蓮と彼女の周囲の空間の様子が明らかに歪み始めていた。それは初蓮の『何だっ!? 我の目がおかしくなったのか? まるで目に見える全てが琥珀色に塗り替えられるような……』という一言からも見てとれた。
その一言を聞いて、件の女性は『へっ、驚いたか? コイツは所謂"結界"って奴だ。しかもアタシが使うコレに限ってはそこら辺の奴とは別物だぜ?』という発言をした事から、初蓮は眼下の女が単なる口の悪いバカ女ではない事を察したのである。
その上で『女、貴様……一体何者だ?』と、口に出した初蓮に対して彼女は『アタシが誰かなんて、知ったところで意味ねーぜ? まあ取り立てて言うなら……』と言い、一呼吸間を置いて斯く告げている。
『"四人の鬼の王"とは戦友のような、好敵手のような、相方のような……互いにその背中を預けられる位には強い"人間"だとアタシは思ってるが、政府の一部のお偉方からは「護国の鬼姫」とか勝手に言われ持て囃されていた事もある女だよ。』
その一言を聞いた初蓮、一瞬動揺したのか? 硬直したかの様に身体の動きが止まってしまう。
何故ならば、風の噂でヤマト国と世界の戦争が行われ、それが終わる切っ掛けを作ったとされる人物が"護国の鬼姫"と呼ばれていたのを聞き知っていたからであった。
無論、どうやって終わらせる方向に導いたのかという話も風の噂で聞いていたが……
「なっ、何……だと!? き、貴様があの"護国の鬼姫"だと言うのか!? そ、そんなバカな事が。そんな大物がこんな三河の片田舎に来る訳が……」
「いや、その大物ってのが今、目の前にいるだろうが。いきなり動揺して現実逃避するんじゃねーよ駄狐。それと、周りを見てみな? もうアタシが張った結界が完成するぜ。」
「ハッ!? 確かに……このままでは結界の中に閉じ込められて」
「閉じ込められて、懲らしめついでにアタシにボコボコにされるって寸法だぜ? ああ、あと一つ付け加えるなら、結界内での命の保証はできねーから。何せ、こちとら"基本的に"手加減できねー性分なんで。」
「なにっ! ……くっ、こうなってはやむを得ん。歯向かわせて貰うぞ、この"まな板"女っ!!」
「おっ、そりゃ願ったり叶ったり……って、今お前アタシの事をまな板と言ったな? その言葉忘れねーからな? そして、すんなり大人しくなるような腰抜け相手だと「死合い」にはならねーからなぁ!!」
そう語る彼女の表情は如何にも悪役のそれに似たものへと変わっていた。
そして、世界の色が琥珀色に染まった時、彼女の口から出た言葉『さて、特装封鎖結界"神隠・極式"の完成だ。ここから先は最早戦闘じゃねーぜ!』を受け、初蓮は咆哮一閃して彼女へと攻撃を仕掛けたのであった……
時はほんの少しだけ流れ、かつて美濃国と呼ばれた土地。
その南西部にある"千代保稲荷"の片隅にある部屋に二人の人影があった。
一人は"千代保稲荷"に在している稲荷神"お千代"、もう一人は初蓮の子供である名も無き娘である。
なぜ初蓮の子供がここにいるのかと言うと、単刀直入に言うなら"護国の鬼姫"の女が彼女を保護して連れてきたが為であったからである。
「どう? もう元気になったかしら?」
「はい、お陰様で……。もっともこちらに来た時も元気自体はありましたが。」
「確かに元気はあったわね。ただ、身に付けていた衣類が随分とボロボロだったのには驚いたけど。」
「父は最低限の衣食住だけは拵えていましたので……」
「最低限……ね。初蓮も子育ては下手の極みだったってところかしら?」
「それは……」
「あ、ごめんなさいね。悪気は無いのよ。だけど、貴女のお母さんを拐かし、孕ませた挙げ句、産まれた貴女に後継者としての資質が無かったからといって、ぞんざいに扱ったのはいささか度が過ぎていたわね。」
「…………」
お千代の口から出たその言葉に、彼女は返す事が出来なかった。
もっとも言っている事自体は間違いではないため、肯定の意を含めた沈黙でもあった。
ところで初蓮が一体どうなったのかと言うと、両者の会話の中で次のようなやり取りがあったという……
「だけど驚いたわ。あの初蓮が「何度も殺された」って聞いた時は一体どういう事なのかと思ったけど……」
「あの人が使った結界術が特殊過ぎたんです。『結界内での結果が、結界を解除した時に引き継がれない。』……つまり、結界内でどのような死に方をしても、結界が解除されたら生きているなんて、私もそんな術聞いた事がありませんでしたから。」
「そうね、私も長いこと稲荷神をやってるけど聞いた事が無いわ。しかも結界内での出来事の記憶だけは引き継がれるとか、倒される側にとっては生き地獄以外の何物でもないわね。」
「父にとっては八大地獄全制覇みたいな感覚だったと思います。殺される度に殺された事が無かった事にされ、そして再び殺される……」
「しかも自分が殺された記憶や感覚だけは引き継がれるとなれば、どんな強靭な精神力の持ち主でも確実に心が破壊されるわ。そして初蓮にはその精神力は無かった……」
「はい。流石に何度目かの時に私を人質の様に扱ってでもなんとかしようと試みた時は既に心が破壊される寸前だったみたいでしたが。」
「語るに堕ちたわね、初蓮も。けど、それは逆効果過ぎた。」
「はい……」
最後に肯定を示した初蓮の子供だったが、明らかにトーンが低い肯定の意であった。
というのも、何度も殺された結果、半ば狂乱状態となった初蓮は実の娘である彼女を所謂"人間の盾"として件の女性の前面に押し出してきたのである。
だが、その行為に件の女性は流石にキレたらしく、初蓮が反応しきれない速さで一撃を加えて彼女を助けている。
その際の発言を彼女は後々までよく覚えていたという……
『てめぇ、自分の子供を盾にするのかよ。それでも親の端くれか? アタシも大抵の事は見てきたし驚くほどではねぇが、てめぇみてぇなクソ中のクソは久しぶりに見たぜ。そこまでやるからには覚悟はできてるだろうなぁ?!』
この発言のあと、彼女の初蓮への攻撃は凄まじく、一切の抵抗すら許さないほど一方的なものだったという。
それは初蓮の子供をして『戦闘ではなく一方的な蹂躙、一方的な虐殺』と評するほどの苛烈なものであった。
それらの出来事が全て終わった時、初蓮にはもはや再度立ち上がる気力は無く、また精神をズタズタにされた事もあってか狂乱と上の空が合わさった廃人状態になっていたという。
ところで余談だが、彼女が用いた"神隠・極式"という結界術は、単に結界内の事象を解除した際に無効化するだけではなかった。
この結界術、実は一部の者の言葉を借りるならば「即席天地開闢」と言える強力な術式だったという。
厳密には今自身がいる世界をコピーして、平行世界を造り出すという物で、その範囲は最大で星一つ丸ごと写し撮れる物とされた。
更にはその写し撮る物の選別もできるらしく、基本的にはコピー元の世界の無機物や自然物全てであり、生き物に関しては任意で指定した存在だけ引き込む仕様となっていた。
本来ならば、この結界内には件の女性と初蓮だけが入る事になっているのだが、初蓮が子供を人間の盾とする事ができたのは結界解除から再展開を行う際の僅かな時間での出来事だった為である。もっとも結果的には無駄に終わったが。
さて話を戻そう。
低いトーンで肯定の意を示したのも、自分が人間の盾にされるとは思いにもよらなかったところが彼女の中にあった為だったという。
如何に自分をぞんざいに扱っていたとはいえ、ここまでやるのかという残念さやら何やら色々な感情が入り交じった、そんな複雑が思いが低いトーンに表れていたのである。
それを聞いたところで、お千代は最後に『初蓮の今後だけど、豊川稲荷の稲荷神である"お豊さん"が監視の者を周囲に張り付かせる事になったわ。今の初蓮は完全に心が砕け、脱け殻みたいな状態だから、心の手当てを含めて常に監視をしないとダメみたいね。』と語ると、初蓮の子供は『お手数をお掛けします。』と一言謝辞を述べている。
そして話は今後の事に移るのであるが、ここから初蓮の子供である少女に関する話題が出てくる事となる。
始めに出たのは彼女の素性と家族に関して。彼女の母は彼女を産んだ直後に死んでおり、初蓮の手によって近くの河原に亡骸が遺棄されているのが発見されていた。
それが数年前の話であったが、その死体遺棄事件に関する新聞の記事を探し出したお千代は彼女に『貴女のお母さんに関する記事などから御親類の方々……つまり貴女にとっての人間の肉親がまだ三河に在住している事が解ったわ。』と告げ、暗に彼らに会うかどうかを訊ねている。
だが、彼女は『わざわざ母の肉親に関して探して頂き感謝します。ですが、私は会う事はできません。何故なら、既に母が死んで数年経過している上、今さら私が彼らの前に出ても肉親の情は湧かないモノと思われます。』と答え、更には続けて斯くの如き話をしている。
『父が語るに、母は私を身籠った時に何度も命を絶とうと試みたそうです。そういう母を見てきた方々からすれば、恐らく私は"忌み子"という認識を持って見る事でしょうし、またそういう扱いを受けると思います。』
そう答える彼女を見て、お千代は驚いた表情を見せつつ『……この子、人間としての歳は凄く幼いのに既に思考の段階、精神年齢が大人びているわね。これは稲荷人としてはありがちな事だけど、人間としては周りから浮いた存在になるでしょうね。』と思い、この件に関してこれ以上触れない事とした。
次にお千代は話題を変える意味で『ところで貴女、彼女……"東雲さん"に連れて来られた時、凄く臭ったわね。とてもケモ(獣)な感じの臭いが。』と言ったところ、少女は思わず声を張り上げている。
『ちょ、ちょっと待って下さい! 流石にその話は止めませんか? 私だって好きでそんな状態だった訳じゃないんですよぉ? ……ううっ、そういえば千代保稲荷の門前町を通る時の周りの参拝客の視線が思い出される。あれ、絶対私の臭いに気づいてるぅ。』
気恥ずかしさから声を張り上げて弁解をしたものの、途中から色々思い出して急激にトーンダウンしていく少女の姿をみて、お千代は流石に言い過ぎたと思い謝っている。
少女の名誉の為に一言事後説明するが、来た時こそケモい臭いがあった彼女であるが、その臭いを"穢れ"の一種と判断したお千代の手によって、この少女は毎日のように風呂に入り徹底的に身体を洗い浄められている。
その過程で、ボロボロでケモい臭いが染み付いていた衣服を棄て、真新しい衣服を支給されていた。その衣服、俗にいう"巫女服"の一種なのであるが……
「ところで貴女、その巫女服の着心地はいかがかしら?」
「えっ? あ、はい、とても気持ち良いモノと思います。それに不思議と清々しさも感じますし、それだけでなく穢れが近寄らないようにも感じます。」
「そうでしょ、そうでしょ。何せその巫女服の素材は高天原原産な上に、あっちで加工までされてこっちに輸出された代物なのですから。ちなみに私を含めたほとんどの稲荷神・稲荷人はこれを纏っているわ。」
「お千代さまを含めた他の方々もですか!? そんな貴重な物を私如きに……いいんですかね?」
「いいに決まってるわよ。貴女も稲荷人なんだから、これを纏う資格は優先的にある。それに、その巫女服は貴女次第になるけど"一生物"なのよ?」
「一生物? それは一体どういう……」
「この巫女服は、普通の人間の巫女さんに与えている物とは異なっているけど、特に違うのは纏う者の身体の成長に合わせて寸法が可変する機能が組み込んであるところよ。」
「寸法が可変!? それじゃ私が大人になった時もこの巫女服を着たままでいられるって事ですか!?」
「そういう事。更にこの巫女服には穢れを退ける機能と、身から出る穢れを浄化する機能もあるのよ! つまり、これを纏う限り、身体を洗う必要がないという優れものなのよ~。」
「なっ、なんですとぉ!? そ、そんな代物を貰っていいんですかぁ!!」
「同じことは二度は言わないわよ?」
「あっ、はい……」
「まあ、こういう機能を使えるのも、それを纏う私達に霊力を行使する力、そして……産土力を受け取れる資質があればこそね。」
そう語った後、お千代の口から思いもよらぬ一言が出てくる。
『まあ、それはそうと、人間の巫女さん達は自分たちが纏う巫女服が実は元々下着と同じ役割を持った物である事を知ってるのかしら? 私達の場合は巫女服の上から更に別の衣装を重ね着して、本来の使い方をしてるのだけど……』
これを聞いた少女、思わず『えっ? 巫女服って下着だったの!? 言われてみれば私、普通の下着を与えられてなかったけど、今着てるのが「下着としての巫女服」で、その上から更にちょっとした装飾の衣類を重ね着ている状態なら今の話も納得できる……』と思ったという。
一般的な人間の常識からすれば驚いてもおかしくない話であるが、初蓮の下で過ごしてきた事から少女の常識もどこかズレていた。
そして、そのズレは彼女一人のものではなく、稲荷神のほぼ全てや一部の稲荷人が共有する代物だったりするのであった。
さて、お千代と少女が会話を続けていたところで、二人が居る部屋に一人の来客が現れた。
それは、少女を千代保稲荷に連れてきた張本人であり、初蓮を懲らしめると称してボコボコのズタズタにして廃人…いや廃稲荷神(または廃妖怪狐)にした"東雲"と名乗る件の女性であった……
「よう、どうやら馬子にも衣装って奴でマトモな衣服を貰ったみたいだな。」
「あっ、えっと……こ、こんにちわ。」
「おいおい、そういうお堅い挨拶は抜きにしようぜ? 駄狐の娘のちびっこ。」
「東雲さま、その言い方は失礼ですよ。」
「お千代さま、いいんですよ。確かに東雲さまから見れば駄狐の娘である事は事実ですし。それに私には名前がありません。」
「だけど貴女……」
「いいんです。それに先ほど亡き母の身内に会わないと言いましたが、私に名前がない事も理由の一つなんです。名無しの子供が訪ねてきても迷惑なだけですから……」
「今さらだがお前、名前が無かったのかよ。そういや駄狐もお前の事を名前では呼んでなかったな。なるへそ、そういう訳か……」
そこで話を切ると、東雲は何やら考え始めていた。
ただ、大人しく沈思黙考するのではなく、動物園の檻の中の熊やら大猿やら、そんな生き物がうろうろするが如く部屋の中をうろうろし出していた訳である。
傍目から見れば、大の大人の女性(見た目だけなら実は美形寄りである。しかし美人かというと語弊がある。何故なら彼女以上の美人と呼べる存在が彼女の知り合いに何人もいたからである。)がうろうろしながら独り言を呟きつつ、時に顔がニヤついたりしながら右に左に動き回るのだから、人によっては少し、いや多少は、または大いにドン引きする事だろう。
そして何かを思い付いたかのように動きがピタッと止まり、見ていた二人の側を向くと次のような事を口に出したのである。
『チビ狐っ娘、お前の親父の名前が初蓮だったな。野郎はお前に「初蓮」の名を継がせたい意向を持ってた。だが、お前に力が無かったからそれを諦めた訳だが、別に力が無くても何とかなるもんだとアタシは思う。』
こう語りつつ、更に『しかしそう言うものの、世襲で名乗るのもアレだし、お前自身酷い扱いを受けてた事も今なら知ってる。そこで野郎の名前を丸々受け継ぐ必要はないと思った訳さ。』と語ると、最後に斯く言い締めたのである……
『お前はまだ小さい。そして初蓮の「蓮」って文字自体は悪くない。ハスの花だからな。そんな訳で今からお前は「小さな蓮の花」ってトコから"小蓮"って名乗るのはどうよ?』
東雲から提示された名前を聞き、お千代は少し表情が曇ったという。
父親の名前を半分とは言え称するという事が、少女の人生の重荷になるのではないか?
そのように考えて少女の方を見た時、少女の顔を流れる一筋の"泪"がそこにはあったという。
その泪を見て、東雲は『どうやら決まりだな。コイツは今まで名前が無かったから、自分を証明する手段が無かった訳だ。それを得られた事、そして自分が何者なのか? 何を成すのか? それを少し知れた事で魂が泣いてるんだと思うぜ。』と述べている。
後日、この時の事を思い返して、少女は『不思議と泪が溢れ出た。自分の意思に関係無く出たんですよね。今でも理由が解らないのですけど、魂が泣いているというならきっとそういう事なんだと思います。』と周囲に語り伝えている。
さて、稲荷人の少女……小蓮の前に東雲が現れた理由は、この少女をどうするかを決める為であった。
だが、この時既に小蓮の中で結論は出ていたという。
「あ、あの東雲さま、もし良ければ私を一緒に連れていって貰えないでしょうか!」
「なにっ!? アタシと一緒に旅に出たいってか!?」
「ちょっと待って。小蓮さん、貴女はまだ色々と経験が足りません。その経験が整うまでここや豊川稲荷などで修行を積むべきと私は思いますよ?」
「お千代さま、御気遣いは感謝します。ですが、これは私自身の意思で決めた事なんです。それに三河やその近辺にいるだけでは解らない事もあるでしょう。私は、それを知りたいし見てみたいと以前から父に黙って強く思っていました。」
「ふ~ん、つまり諸国漫遊して色々見て知りたいか。なるへそなるへそ……」
最後に東雲がそんな事を言いつつ、小蓮と名付けた少女の前に移動すると、目線を合わせる事ができるように腰を降ろし、つぶらな、そしてまだ世の中の穢れを知らないであろう澄んだ瞳を見据える。
一瞬、二人の視線が交差し、暫しの沈黙が包み込んだ。そのあと東雲の口から『悪いな、お千代さんよ。コイツはアタシが預かるわ。アタシが名付け親ってのもあるが、親から捨てられたも同然なコイツを見てると、とても他人という気がしねぇんだわ。』という言葉が出てきた。
その話に対してなお心配を隠さないお千代に対し、東雲は更に『う~ん、コレはあまり人に言う事じゃないんだが、アタシ自身親の顔を知らねーんだよな。色々あって子供の頃の記憶が全消えしてるもんだから。アタシ自身、コイツと同じで人生の探し物をしている途中なのかも知れねぇし……』と語る。
ここまで言われては、流石に止める事は出来そうに無いと思ったお千代は『なるほど、東雲さまはこの子の境遇に共感したんですね。そして小蓮も東雲さまに何かを感じた……と。そういう事なら私の方から止めたりする事は致しません。この子の、小蓮の自由意思は尊重されねばなりませんから。』と述べ、小蓮が東雲に付いていく事を許可したのだった。
翌日、お千代は旅の為に必要な道具などを小蓮に持たせ、東雲に彼女を託した。
その上で、各地の稲荷(稲荷大社含む)にも話を通しておくので何かあったら頼って欲しい旨を告げている。
そして最後に小蓮には『貴女は稲荷人としてはまだ非力です。しかし貴女は独りではありません。寂しくなったら、何時でも私やお豊さんのところに来なさいね。同族として何時でも歓迎しますから。』と言い、東雲には『どうか小蓮が荒事に巻き込まれないようにお願いしますね?』と、明らかに釘を刺すような一言を告げている。
その一言には東雲も苦笑いしつつ『まるで保護者みたいな態度だなぁ。同族とは言うものの、僅かな期間しか一緒に暮らしてなかったってのに……。ん~、これが所謂一つの「保護欲」って奴か?』と、稲荷神特有の精神構造を勝手に詮索するのだった……
そしてお別れの挨拶を済ませ、東雲と小蓮は千代保稲荷を後にする。
しばらくして、千代保稲荷から北西に少し離れたところで小蓮は東雲に対して『そういえば東雲さま、これからどこに行かれるか決めているのでしょうか?』と歩きながら質問してきた。
その問いに彼女は『あ~、ここ数日バタバタしてたから目的を忘れるトコだったぜ。そしてお前は実に運が良いかもな? 今からアタシらは都に行く。昔の言い回しで言うと「上洛」って奴だ。』と返している。
それを聞き、脳内で反芻していた小蓮は……
『え? ええっ!? 上洛ですか! 本当に上洛するんですかぁ!? 古の"今川義元"さまも"武田晴信"さまも行けなかった都に、今から私行くんですか!!』
……と、かつて上洛を目指し、途半ばで倒れた有名人の名前を出して興奮する稲荷人を見た東雲は『何興奮してんだコイツは。ん~、これが世に言うところの"歴女"ってヤツなのかね? 知らんけど。』と、不思議なモノを見るかの様な表情を浮かべつつ思ったのであった。
……斯くして、ここに一つの小話は幕を閉じる。
しかし、一つの話の終幕は、同時に新たな話の開幕に繋がる。
この後、二人は辿り着いた都……旧都とも平安京とも呼ばれる土地にて、その後の人生を大きく動かし変える存在と運命的な出逢いを果たす事になるのであるが……
それはまた、別の話である。
― おわり ―
この後書きを読んでいるという事は、駄文雑文の作品本編を突破してきたという事を意味します。
ここまで来ていただいた読者の方に深く御礼申し上げます。そして大切な時間を消費させてしまった事に関して、この場を借りてお詫び申し上げます。
さて、今回の作品、書くに辺り数年前からネタとしては温め続けていたのですが、実際書く踏ん切りが付かなかった代物であります。
というのも、主に実際ある昔話(民話)の登場人物(狐)をほぼそのまま登場させるという事に関してちょっとした懸念があったためでもあります。
なにぶん、その狐さんのオリジナルはそこまで悪い存在ではない。せいぜいちょっとした悪戯などをやる程度の微笑ましい存在な訳ですよ。
そんな存在を今回懲らしめられる側とはいえかなり悪く扱っている。あまり誉められたものではない。
ささやかな悪事をする程度の存在を色々盛りに盛った結果、かなりのゲスにしてしまった挙げ句、作中のような結末にしてしまった。
彼(狐さん)の名誉のために作者が申したいのは、作中の狐さんは本来ここまで悪い奴じゃないですよ…って事です。
ただ、人間であれ妖怪狐(=稲荷神)であれ、自身に過剰とも言える力が降って湧いたら果たしてそれまでと同じ振る舞いが出来るだろうか?
増長して良からぬ事を行う可能性はある訳です。今回、狐さんにはそういう役回りをやって貰った。
そしてそういう場合、必ず釘を刺す存在も現れる。因果応報を体現するが如く……
さて、件の女性とか女とか、そんな感じで出てきた「東雲」という人物、名字だけとはいえ名前を出すのは本作が初めてですが、作者的には10数年前から頭の中に住み着いているオリキャラでして、元々はとある二次創作を書いていた時に出してたのが初出です。
当然、当時は「小説家になろう(及びその同質の派生サイト)」は存在してなかったので、二次創作を掲載できる無料サイトみたいなモノを立ち上げてちまちま書いてた二次作の主人公だった訳です。
(もっとも、当時と今とでは設定が全く異なる。実質的に名前が同じな別人レベル)
今後、出す事になるであろう本編作品には、その当時の二次作に出してたオリキャラと同名の人物達を、設定を変えた仕様で登場させる事になってます。
また、その本編作品が初出となるオリキャラも居たりするので、期待しない程度でお待ち頂ければ幸いに存じます。
それでは、お目汚しとなってしまいましたが、ここまで見て頂き誠にありがとうございました。
また次回の作品でお会いできれば重ねて幸いに存じます。
※2024年9月20日追記。
現在、実家に戻ったまではよかったのだが、実は引越し前から残存していた精神的なトラブルの解決の目処が立たない状態が続いており、本編の執筆速度が明確に落ちているというオチ。
このままでは、11月以降、本編は不定期掲載へと移行する事になると思われます。まあ、親元に戻るという事は、何かしら行動の制限が生じるという事でもあるわけなのですが……ワラエヌ