8 新たな装い
「…………」
「……よく見たら、ぼろぼろではないか」
謎の人物は、マールから少し離れると腕を組みながらそう告げた。
謎の人物の言う通り、マールはぼろぼろだった。
ところどころ修繕跡が残っている黒いローブ、様々な薬に触れてきたせいで荒れてしまった手と爪、幼さ残る顔も野宿続きのせいか埃で煤けている。
「…………」
「……ふむ。今日は去るとしよう。また会える日を楽しみにしている」
謎の人物は、指をぱちんと鳴らすと、そう告げて教会から出て行った。
直後マールは何かに操られたかのように寝ていた場所に戻り、倒れるように眠りについた。
朝。
棄てられた教会の窓から差した日が、マールの顔にかかると、マールは顔をしかめながら上体を起こした。
「よう! マールおはよう!」
「おはよう。ねえアルバ、昨日の夜中に誰か来なかったかな?」
「いや? 特に誰も来なかったと思うぞ。野盗が出るのか?」
「それもあるけども、……何でもないよ。変な事聞いてごめんね」
「おう! 気にするなって!」
マールは、夜中に起きた出来事を深くは覚えていなかった。
アルバの発言で、本人もきっと寝ぼけてたのだろうと、いつものようにぼさぼさになった髪を簡単に手で整えた後に、外していたベールを被った。
「ところで……」
「ん? なあに?」
「どうしたんだ、その格好」
アルバは、怪訝そうな顔でマールを指さした。
マールは何も言わず、ゆっくりと自分の姿を見ていくと……。
「えええっ、ど、どうしてっ!」
今まで着ていたぼろぼろの服が、まるで別の服になっていた。
新しい服は、姫袖が大きく広がっており、ふわりと大きく膨らんだ肩と胸元に金糸で十字架の刺繍があしらわれている。
長い全円のスカート、極力肌を露出しないシルエットは、修道女が着ている服装とも類似しているが、衣装の淵が金色の布で覆われていたり、すべすべした裏地が使われている事から、貴族のドレスと言ってもおかしくはない。
「アルバ、何かしたの?」
「おいらは何もしてないよ! そ、そりゃあ、マールの服ぼろぼろだったから、着替えた方がいいなーとは思ってたけども」
「う、うーん……」
確かに、今まで着ていた服はぼろぼろだった。
修繕も裁縫が不慣れなマールがやっていた事や、そもそも冒険者になってから一度も服を変えずに今まで使っていたからだ。
だからこそ、突然服装が変わったマールは戸惑わずにいられなかった。
「やっぱり夜の間に何かあったのかな……」
「ごめんよ、おいらが居ながら気づかなかったなんて」
寝ぼけただけと思っていた夜に何かがあった。
たとえ思い出せなくても、マールはそう考えざるを得なかった。
突然服装が変わった、不思議な一夜を体験したマール。
正直、気味の悪さはマールの中では感じていた。
だが、今まで着ていた古い服はどこにも見当たらず、裸になるわけにもいかなかったので、マールは新たな装いのまま教会を後にした。