7 思いがけない来訪者
その日の夜。
お金の無いマールは、今晩も野宿をする事になった。
幸い、道中で使われておらず放置された教会を見つけたので、そこで体を休める事にした。
マールは礼拝堂に置いてあった、木の椅子の上に体を横にする。
そして昨日と同じ様にベールを脱ぐと、カバンを枕代わりにして眠りについた。
その傍らには、アルバも眠っている。
「すー……、すー……」
空が晴れていたおかげか、月明かりで周囲は見渡せるくらい明るい。
そんな柔らかい月明かりに照らされ、二人とも穏やかな表情のまま眠りについていた。
「んん……、あれ? アルバ?」
ふと、マールは眠気から冷めると周囲を見回す。
今まで寄り添って寝ていたアルバが居ないのだ。
マールはアルバを探そうと、ゆっくりと立ち上がったその時。
「ごきげんよう、マール」
「ひっ、あ、あなたは!」
アルバとは別の見知らぬ人物が、教会の入り口から入ってきてマールへ挨拶したのだ。
詳しい格好や容姿は、月の逆光のせいで分からない。
ただ、切れ長の目には月光にも負けないくらいの光を宿しており、それはマールに向けられていた。
マールは一歩後ろへ下がり、体を震わせて恐れていた。
街道の近くで、比較的治安が良いとはいえ野盗が出ない保証は無いからだ。
「アルバを救ってくれてありがとう。献身的な君を見て感動したよ」
「へ? あ、はい」
だが、アルバの名前を聞いた瞬間、マールの表情が少しだけ穏やかになった。
突然現れた見知らぬ人物に対して、僅かに近寄ろうとした。
「それにしても……」
「ん?」
「君は美しい」
「えぇっ?」
その直後、謎の人物はすかさずマールの方へと近寄り、顔を近づけてそう告げた。
「その立ち振る舞い、精神、実にすばらしい。人間にもまだこのように余の心を動かす者が居ようとは」
「は、はぁ……」
謎の人物は、マールの頬をそっと撫でる。
この時マールは、突然迫られて圧倒されていたせいか、一切動かなかった。
「マールよ」
「はい」
「余の伴侶となれ」
そして謎の人物は、マールとの距離が近いままそう囁いた。
「はい?」
「お前のような者は、余の妻に相応しい」
謎の人物の突然の来訪、そして求婚。
そんな出来事に、マールはただ呆然とする事しか出来なかった。
「…………」
「さあ、何も拒む事は無い」
マールは呆然としたまま、謎の人物の顔を見つめている。
「…………」
「魔力を使ったとはいえ、ここまで簡単に堕ちるとはな」
実は求婚をした時から、謎の人物は魔法でマールを魅了し意のままに操っていたのだ。
当然かけられたマールは気づいていないし、既に人のいない夜の教会では誰の助けも望めない。
「…………」
「まあよい、これで余の妻としての永遠を……」
月明かりに照らされているマールの瞳には、光が無かった。
半分だけ口を開けたまま、ただ虚ろに謎の人物の方を見つめ続けているだけ。
「…………」
「…………」
謎の人物は、そんなマールを見つめてさらに顔を近づけていく。
やがて親愛なる者同士が行う行為へ至ろうとした……その時だった。