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5 そして少女は救われる

「うぅっ、すんっ……」

 マールは、町の中を泣きながら歩き続けた。


「泣いてちゃだめだ、泣いたって何も解決しない」

 そう独り言を言いながら、目から零れる涙を拭うとマールは何度か深呼吸を繰り返して、気持ちを静めると……。


「お薬は要りませんか~?」

 その場で即座に、町中で自ら調合した薬を売り出した。


「傷薬や痛み止め、熱さまし、体力回復、いろいろ揃っていますよ~!」

 元々は、ダンジョンへ挑み続ける冒険者の傷を癒すために調合した物だ。

 回復魔法の使い手が来る前は、マール一人が冒険者一団を支えていた。

 だから効果は抜群であり、冒険者でなくとも需要は見込める……はずだった。


 それからしばらくの間、マールは売り子を続けた。

 喉が枯れるくらい、大声で呼び込みをした。

 少女の健気な態度に、時折興味を示して人が寄ってきた事もあった。


 そんな懸命な行動を、空が赤焼けになるまで続けたが……。


「はぁ、売れなかった……」

 マール特製の薬は一つも売れなかった。


 理由は明確で、タイミングが悪かったのだ。

 回復魔法の使い手が、町に滞在し民衆の怪我や病気を診る、治療院と呼ばれる施設を作ったのだ。

 この町には治療院があり、そんな施設があればマールの薬は売れない。


 勿論、マールもその事を知っていた。

 しかし、薬師以外の能力も無く、手持ちのお金も無い事からすぐに金が必要だった。

 だからこそ、馬鹿げていても、無謀であっても、そうせざるを得なかった。


「もう宿代も無いや、今日から野宿かなぁ……」

 マールはそう一言つぶやくと、肩を落として町から出て行った……。



 マールはそれからも町で薬を売り続けた。

 一人でも困っている人を助けたい、その一心で彼女は町の中心で声をかけ続けた。


 そんな日々がしばらく続いた、ある日の夜。


「うんしょ、うんしょ……」

 マールは町からさほど離れていない、木々の生い茂った場所にある草むらを足で踏み鳴らすと、その場で体を横にした。


 冒険者稼業が出来ず、町に薬売りをしているマールの金銭事情は深刻だ。

 冒険者向けの宿に泊まる金銭すら稼げず、こうして町の近くで野宿するしかないからだ。


 幸い、この町の周辺は治安が良く、おいはぎには会わずにすんだ。

 だが、厳しい現実に直面している事に変わりは無かった。


「……田舎に帰れって言ってたけど、かえる場所ないんだよ」

 マールは、ルルエリカに言われた言葉を思い出すと、そうふと独り言を漏らした。


 父親は物心ついた時には既におらず、薬師の母親が薬を売る旅をしながらマールを育てていた。

 一つの場所に留まらなかった理由は、苦しんでいる多くの人を救いたいという目的があったからと、マールは小さい時に母から聞いていた。


 だが、そんな母も病に倒れてしまう。

 マールも薬師の母親から様々な薬草やその効果を聞いてはいたものの、まだまだ薬師としては未熟であった事と、病に伏せる前に予め用意していた薬が一切効かなかった事によって、最悪の結果を受け入れるしかなかった。


 薬師の母親が、薬では治せない病にかかって亡くなる。

 マールはそんな現実を呪うと共に、彼女自身に誓いを立てた。

 母親のように苦しんでいる人を救う事、どんな病も治せる立派な薬師になる事だ。


 冒険者になれば、不治の病を治す薬の材料も手に入るかもしれない。

 まだ見ぬ薬効を持つ素材を発見できるかもしれない。

 そう思って、毎日を一生懸命生きてきた。


「うぅっ、お母さん……」

 だが、その誓いも懸命な努力も、回復魔法の普及とルルエリカの存在によって否定されてしまった。

 もう誰も頼れるものも居ない、支えとしていた信念も壊された。


「……けてくれ」

「すんっ……、すんっ……」

 マールは体を震わせ、涙を流して泣いた。

 もう涙を拭う事も、深呼吸をして強がることもしなかった。


「……すけてくれ」

「ん? 誰かいるの?」

 そんな中、後方の草陰から若い声が聞こえてくる。

 町からそう離れていないとはいえ、おいはぎが現れない保証は無い。

 マールは目を擦ってすかさず立ち上がり、カバンを抱えて表情を強張らせつつも声のする方へ近寄っていくと……。


「……たすけてくれ、助けてくれ!」

「あなたは!」

「ようやく見つけてくれたか!」

 そこにはマールの手程の大きさしかない、後ろの背景が透き通るくらい薄い蜻蛉の羽が背中に生やした少年が居た。

 ひらひらとした若草色のシャツに丈が足首まである白いパンツを穿いている。

 そして少年の大きさは、マールの手程しかない。


「妖精がこんな町の近くまで来るなんて珍しいね」

「おう、ちょっと野暮用でな。久しぶりに来たから、ドジ踏んじまった」

 そんな妖精の足には、トラバサミが引っかかっている。


「かわいそうに、多分獣用の罠ね。すぐ外すからじっとしていて」

 妖精は人を困らせるいたずらをする者もいるが、危害を加えなければ大丈夫だという事を知っていたマールは、罠を解除して妖精を解放した。


「これでよし」

「ありがとうなお嬢ちゃん!」

 自由になった妖精は、マールの周囲をくるくると嬉しそうに飛んだ。


「あっ、ちょっと待って。足怪我してるよ」

「わわっ、いいよこんなの! たいした事ないって!」

「だーめ! ちょっと見せなさい」

 マールはそう言うと、妖精を優しく迎え入れる。

 妖精はしぶしぶとマールの手の平に止まると、マールは慣れた手つきでカバンから薬と包帯を取り出し、大した時間もかからず傷の手当をした。


「これでよしっと……」

「すげえ、痛みがすぐに引いていった……、魔法か何か使ったのか?」

「ううん、薬に鎮痛成分を含ませてあるからそれが効いたの。そもそも私、魔法使えないよ」

「魔法が使えない? お前治療師だろう? 回復魔法使えるんじゃないのか?」

「……使えないよ」

 回復魔法という言葉を聞いた瞬間、マールはうつむき悲し気な顔をした。


「じゃあ、魔法に頼らず薬だけでここまでやれるのか!」

 だが妖精はそんなマールを無視し、目を輝かせながら言った。

 まるで、初めての体験をしたような印象だ。


「うん、うちの家は元々薬師だからね」

 マールは回復魔法が使えない分、どうにか役立とうと薬の研究と新薬の開発を怠らなかった。

 ただ人相手に考えられた物だったため、妖精が喜んでいる姿を見たマールはほっと胸を撫でおろした。


「お前すげえな!」

「えっ、あ、ありがとう……」

「おいらはアルバって言うんだ! お前名前なんて言うんだ?」

「マルグリット。マールでいいよ」

「そっか! マールすげえよ! ありがとうな!」

「えへへ、褒められたのひさしぶりだから嬉しいなぁ」

 相変わらず妖精は、目を輝かせながら感動している。

 久しぶりに自分のした行いが認められたマールは、少しはにかんだ。

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