2 二人目の治療役
婚礼の儀から遡る事、数年。
とある辺境の村にて。
ここは冒険者が集う宿だ。
木製で出来た建物の広さはあれど見た目は古く、床は歩くたびに嫌な音がする。
出される食事も質素だが安価で利用可能であり、今も多くの冒険者達が滞在している。
冒険者とは一つの場所に定住せず、世界を渡り歩いている者達だ。
ある国の機関が、何でも屋も兼ねている冒険者達の為に主要都市や町に宿を設営したのだ。
その中に混じって、ある冒険者の一団が居た。
「痛てえ……、さっきの戦いでやられたか」
そのうちの一人である、金属製の鎧を纏い、あごひげを生やしている戦士風の青年は椅子に座った直後、太ももを手で抱えた。
「大変です! 治療しますから静かにしていて下さい!」
その様子を見た黒いワンピースとベールを被った金髪の少女は、慌てて青年の傍へ寄り、肩にかけていたカバンから布で包んだ粘度の高い薬を取り出すと、それを青年の太ももへと塗った。
「じっとしていて下さいね」
「いつもすまないな、マール」
「いえっ! みなさんを癒すのは私の仕事ですから!」
戦士風の青年の険しい表情が穏やかになっていく。
薬の効果が効いてきた事を確信したマールは、包帯を巻き終えると日向のような笑顔を見せた。
「本当、マールちゃんの薬には大助かりだぜ」
その様子を見ていた、あごひげの青年よりも筋肉質で大柄で、顔に切り傷の跡がある中年男性が、腕を組みながらそう言った。
「まあな、ダンジョンに潜れているのもマールやみんなのお陰だ」
「えへへ、ありがとうございます」
マールは、あどけない笑顔を見せながら答えると、中年男性は何度か深く頷いた。
ダンジョン。
それは地上に複数ある秘境であり、また人ならざる者の巣窟である。
侵入者を拒む罠も多く、生半可な力では無事に帰って来る事も難しい。
だが、貴重な武具や財宝が眠っている事から、一攫千金の夢を実現しようとする者、己の限界を超えた究極の力を求める者。
踏破した時に得られる名誉や、己の力の証明の為に探索する者が後を絶たない。
この冒険者の一団も、それらを追い求めてダンジョンへの捜索を続けている。
接近戦で相手を仕留める青年戦士、遠距離で攻撃と補助を行う魔法使いの男、前線で敵を引き付けて仲間の盾となる中年男性、そして傷ついた仲間を癒す少女マール。
各々の実力もさながら、バランスの良いパーティ構成が功を奏したのか、それなりの実績をあげてきた。
「……なあマール」
「はい?」
「魔法で傷を癒す事とか……出来るか? 出来たらダンジョン内でも治療出来るし便利だと思うんだが」
この世界には魔法がある。
原理の全てを解明されたわけではないが、魔法使いが己の精神力と体力を引き換えに、ある時は炎の塊を放ち、またある時は氷の刃で敵を切り刻む。
魔法が生み出された当初は適正や素質に依る部分が大きかったが、今では簡単な魔法なら誰にでも扱えるくらいポピュラだ。
「ご、ごめんなさい。私は出来ないです」
「そうか」
ただ、人々が生み出した魔法は誰かを傷つける事は出来ても、傷を癒す事は出来なかった。
だから傷を負えば一度町へ戻らなければならない。
「俺はマールちゃんの薬の方がいいぞ! すごい効くからな」
「えへへ……、そう言って貰える嬉しいです」
「だいたい、魔法って炎とか氷とか出して攻撃するもんだろ?」
大柄の中年男性は、目を細めて怪訝そうな顔つきで近くに居た深緑色のローブを着こんだ、肌の露出が極端に少ない細身の男へそう言ったが……。
「魔法とは精霊の加護を利用するもの。生命の治療を行う精霊が存在しない以上、実現は難しいかと思います」
「だよな、そんな都合よくいかないか」
細身の男は愛想無くそう答えると、中年男性は腕を組み鼻を鳴らした。
そんな他愛もない会話をしながら、冒険者の一団は宿で傷と疲れを癒していく。
決して裕福ではないが、皆が前向きに生きていた。
…………。
それからしばらくの時が流れ。
ある町の広場にて。
「紹介する、今日から我がパーティに入って貰う。治療師のルルエリカだ」
「よろしくお願いしますっ!」
ルルエリカと紹介された人物。
マールより顔立ちは整っていて愛らしく、身につけている黒色のワンピースは体のラインがはっきりと見えていて、かつ服の丈が短く太ももが露わになっている。
垢ぬけた雰囲気がありつつも、どこか幼く守ってあげたい雰囲気も残している。
そんな異性にとってとても魅力的に見える少女ルルエリカは、胸部を揺らしながらも頭を大きく下げてお辞儀をした後、他のパーティメンバーに向かって満面の笑みを見せた。
「ん? 治療役は薬師のマールちゃんがいるだろ?」
「聞いて驚けよ。なんとルルエリカは回復魔法が使えるんだ」
「それ本当か!」
今まで誰も出来ないと信じていた回復魔法の使い手が登場した事に、パーティ全員が驚きを隠せずにいた。
「ああ、だから今後は二人で頑張って欲しい。マールもいいか?」
「は、はい」
「あなたがマールさんですねっ!」
「えっ、は、はい」
「未熟者ですが、よろしくお願いしますっ!」
ルルエリカは驚いているマールへ近寄ると、彼女の手をとり、ぎゅっと両手で強く握りしめた。
マールは少し戸惑いつつ、笑顔を見せて握り返した。
二人の光景は、皆に今後の活躍を期待させるのに十分だった。
だが、事態は思いもよらない方向へと進んでいく……。