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11 堕ちた冒険者

 マールとルルエリカ、アルバはぼろぼろの小屋の中へ入った。


 小屋の中も外観と同じく酷い有様だ。

 壁は所々腐って変色しており、屋根に空いた穴から日の光が差し込んでいる。

 床もろくに掃除されておらず、砂と埃がつもっており、その中で灰色のシーツがかぶせてあるベッドがあるだけだった。

 とても病人が療養出来る場所ではない。

 普通の人なら面食らうほどの環境だ。


 だがマールは動じなかった。

 ベッドのシーツを外し、持っていた清潔な布を代わりに敷くとそこへルルエリカを寝かせ、カバンの中から薬草で出来た貼薬を取りだして、ルルエリカのシャツをめくるとそれを胸へと当てた。


 アルバは最初何もせず見ていたが、あまりに部屋の汚さに耐えられなかったのか、壁にかけてあった箒で掃除を始めた。


 そうやって処置を行い、少しの時が経った後。


「はぁ……、ふぅ……」

「効いてきたみたいですね。よかったです」

 ここに訪れた時とは比べものにならない程にルルエリカの表情が穏やかになり、呼吸する度に鳴っていた喉の音もしなくなっていた。

 咳の頻度の明らかに減っていて、誰の目から見ても症状が緩和されていた。


「治した……、あんな短い時間で!」

「あくまで咳を止めて体を楽にするための処置だよ、薬が切れたらまた咳が出てくるから根本的な解決になってない」

「そ、そうなのか。でもやっぱマールはすげえな!」

 今までマールの様子をじっと見ていたアルバは、目を輝かせながら言った。


「まさかあんたに助けられるなんてね……」

 ルルエリカもここまで体が良くなるとは思っていなかったのか、薄目を開けてマールの方を見つめると、ため息交じりに告げた。

 病床に伏せていたせいか、それとも追い出した仲間に救われたせいか、ルルエリカの表情は穏やかだがどこか憂いがあった。


「なあマール。あいつはお前の知り合いか?」

「うん、前の冒険者一団に所属していた治療師さんだよ」

 マールは何も隠さず、アルバにそう告げた。


「治療師! じゃあてめえがマールを追放した張本人か!」

 マールの過去を事前に聞いていたアルバは口を大きく開いて驚きを表現すると、声を荒げて激怒した。


「こんな奴、助けなくていい!」

「駄目だよ、そうはいかないもの」

「マールは馬鹿だ! 自分を貶められた奴を助けるなんて馬鹿すぎる!」

「……いいよ馬鹿でも」

 だが、マールのその一言でアルバは脱力し、首を横に振って呆れてしまった。


「ルルエリカさん。どうしてこうなったんですか?」

 今のマールは過去の仲間を貶めたりしない。

 当然、苦しむ姿を見て喜んだり悦に浸ったりするような真似もしない。

 何故なら、病や怪我で苦しむ人々を救うこそが彼女の行動理念だからだ。

 同職の愛する母親の意思を継ぐ事こそが、マールの正義なのだ。


「……あごひげの戦士居たでしょ。あいつが”回復魔法使えるからもっと難しい場所へ行ける”って、張り切りちゃって」

 その思いを知ったのか、ルルエリカは少し目線を逸らしながらも過去を話していく。


東淵(とうえん)アビス、知ってるでしょ?」

「今だに誰も踏破者の居ないどころか、生還者も少ないと言われる難所ですね……」

「私達、そこに挑んだわ」

 この世界には無数のダンジョンが存在している。

 当然その全容が明らかになっているわけではなく、中には侵入した冒険者の命すら保証しない危険な場所もある。

 東淵アビスもまたそんな危険なダンジョンの一つだ。


「みんな強かったから、上手く奥へ進むことが出来たわ。順調ってのもあったし、道中で見た事無い道具も見つけたし、新種の生き物や植物もいっぱいあった。大発見だーとか、億万長者だーとか、みんな浮かれていた」

 その話を聞いたマールは、少し残念そうだった。

 新種の生き物や植物、道具があったのなら治療に使えるものもあったかもしれない。

 そう考えたからだ。


「だけど……、結局全部夢だったの。あるタイミングで、そのダンジョンに住む生き物に出会った」

 その話をした瞬間、ルルエリカの表情は曇った。


「そいつは素早い身のこなしで翻弄するだけじゃない、ずる賢くて罠や道具も使ってきた。勿論応戦したけど、結局私がやられて撤退する事になった」

「なあ、そいつってどんな見た目なんだ?」

「背丈は私達の半分くらいだけど、耳が大きくて赤い目で、肌が全体的に青白くてぼろぼろの腰巻をつけていて、キーキー鳴く……」

「ケーヴインプの仲間だな。奴らの巣に入ったのなら、当然の結果だ」

 インプとは本来人里離れた僻地で集落を作り生活している。

 人々との関わり合いを拒み、自身の支配領域を侵した者には武力で応戦する。

 総じて、交渉の余地もない野蛮で愚劣な生き物という認識だ。

 ケーヴインプは、そんなインプ種の中でも特に洞窟などの暗がりを好む。


「で、どうにか逃げられたんだけど、そいつに引っかかれてから咳が止まらなくって……」

「んー、ケーヴインプの爪に毒や病気があるなんて聞いた事ないけどなー。多分、そのダンジョン固有の特徴なんだろうな」

 ダンジョン内で生活している生物は、稀に特有の進化を遂げた者も居る。

 アルバも妖精として、インプ種に関して知識はあったので解せなかったのか、腕を組んで首をかしげながらそう言った。


「旅も出来なくなって、実家に帰ったんだけど、うつるって理由からって言われて……」

 ルルエリカの家は冒険者ギルドとの関わり合いも深く、比較的裕福だ。

 だが家長はルルエリカの帰宅と実家への療養を拒んだのだ。

 病気を理由に冒険者一団から追放され、そして実家からも追放され、行きついた先がこんな劣悪な場所……。


「ひ、ひでえ……」

 かつてマールを追放した心無い人物の憐れな末路に、さすがのアルバも同情せざるをえなかった。

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