質問攻め
それから毎日、零理は、玲央を質問責めにしていた。
何歳?小学校どこ?兄弟は?食べ物何が好き?昆虫好き?・・・
玲央は、毎日一つしか答えない。
「お前さ、よく飽きもせず、質問考えてくるよな。楽しいのか?」
「うん、楽しいよ。」
「そうか。」
陽が沈みかけている。公園の外灯が点いた。
「零理は、こんな時間まで外にいて、親に怒られないのかよ?」
「玲央は?」
「俺のことはどうでもいいんだよ。」
「よくないよ!玲央は怒られない?」
心配そうに、不安そうに零理は聞いた。
「なんでお前がそんな顔するんだよ。」
困ったように玲央が言うと、
「お前じゃなくて零理だよ。」
と、答えた。はあ。本当につかめないやつだな…。
「分かったよ。零理。俺は怒られていない。」
「本当?」
「ああ。」
「よかった。」
ほっとしたように、胸を撫で下ろす零理。
「何がよかったんだよ。」
意味が分からないと言わんばかりに、ちょっと怒った口調で玲央は聞き返した。
怒られないことの何がいいって言うんだ。それって、関心がないってことだろう?
玲央は、内心傷ついていた。
それなのに、零理が次に言った言葉は、予想とは全く違うものだった。
「だって、僕に付き合って遅くまで公園にいてくれているでしょ?僕のせいで、玲央が怒られていたらどうしようって、本当は毎日心配だったんだ。」
よかった、だったらこれからも一緒に遊べるね。と、嬉しそう。
「お前…零理って変なやつだよな。俺に付き合ってお前が遅くまで公園にいるんだろう?俺が、なかなか返事しなかったから。」
「え?僕が玲央に付き合ってた?違うよ、玲央が僕に付き合ってくれてたんでしょ?僕が玲央の名前知りたくて、僕が勝手に隣にいたのに、どこにも行かないで一緒にいてくれたじゃないか。玲央の時間が許す限り。玲央って優しいよね。」
うふふと零理は笑った。
こいつはバカなのか?
何が、うふふだよ?
俺が優しいってなんだよ?
「お前、バカなのか?」
思わずついて出た言葉にも、零理は、嫌な顔をしない。
「僕?僕はね、今はあんまり頭良くないかも。この間の国語のテスト40点でお母さんに怒られた。でもね、『天才になれるシャープペンシル』をもらったから、そのうち天才になれるんだ!」
すごいでしょ!
零理は、胸を張って自慢している。
やっぱりバカなんだな。
そんなもんで、天才になんかなれるかよ?
「今度見せてあげるよ。すんごいパワーが込められているんだよ。」
と、素直に信じて嬉しそうに話す零理を見ていたら、卑屈になっている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「楽しみにしてるよ。じゃあ、またな。」
玲央が、零理の後ろへ走っていく。
零理が振り返ると、もうそこに玲央はいなかった。
「またね、玲央。」
またなって初めて言ってくれた。
玲央と零理が出会って1ヶ月半くらい経った頃のことである。
入谷玲央
梶尾小学校6年生
6月7日生まれ
12歳
血液型AB型
兄弟なし 一人っ子
お手伝いさんが来て15時前には帰る。
運動得意
好きなスポーツ 野球 サッカー バレーボール バスケットボール…
球技はなんでも好きらしい。
好きなアイドルは、いない
好きな歌は、ロック ロックって何だろう?
好きな食べ物は、アイスクリームのチョコ味、チョコレート、豆大福。僕はいちご味が好き。
嫌いな食べ物は、トマト 僕は食べられるから、玲央よりえらい。
習い事は、ピアノ 習い事ってなんだろう?
英語好き?好き
国語は?好き
数学得意?得意
体育は?あ、運動得意なんだった。
じゃあ、社会は?
理科は?
図工は?
絵は?
「お前、何書いているんだよ?」
「あ、玲央!今日はちょっと遅かったね。」
「ああ。それで、そのメモ何?」
玲央は、零理の膝に乗せられた小さなメモ帳を覗き込む。
「これはね、今まで玲央に質問したことと、これから質問したいことを書いているノートだよ。」
零理は、玲央に見せる。
「どれどれ、ロックってなんだろう?嫌いな食べ物はトマト。僕は食べられるから玲央よりえらい。なんだそれ。好き嫌いにえらいとかえらくないとかあるかよ?」
「ないよ。でもでも、だってさ、他に玲央にできなくて僕にできることがないんだもん。」
零理は拗ねていた。
え?拗ねたりするんだな。
逆に玲央が驚いていた。俺の酷い口調とかにも全く動じることのない零理でも、こんなこと思うんだ。
「僕、玲央に質問しててさ、なんでもできるんだなって思ったら、できないものってあるのかなと思い出してさ。質問を考えながら、この質問だったら玲央もできないって言うんじゃないかって考えるようになって。でも、できちゃうんだもん。勉強も好きみたいだし。」
しょんぼりしている。
「零理は、勉強嫌い?」
「好きでも嫌いでもない。でも、昆虫のことならずっと勉強できるよ。玲央は虫嫌い?」
「好きでも嫌いでもない。」
「そっか。なら、この公園にもたくさん虫がいるから捕まえたら見せるね。」
「あ、ありが……」
「零理!」
玲央が、言いかけた言葉を飲み込んだ。
突然知らない声が、零理を呼んだから。
「あ、圭太さん!」
学校帰りの圭太が、零理を見つけて声を掛けてきたのだ。
「零理、久しぶりだな。」
「はい。」
「ここで良く遊んでいるんだな。」
「遊んでます。綺麗な昆虫もいるし。」
零理はとても楽しそうに話している。
なんだ。
やっぱり零理にはいるんじゃないか。
優しくしてくれる誰かが……
楽しかった思い出が、お腹の底をぐいぐい押してくる。
楽しかった分だけ、何か黒いモヤモヤしたものが、どんどん広がって、胸を圧迫する。
玲央は、うつむいて黙り込んだ。
なんだ。やっぱりお前もそうなんだ。仲良しは俺だけ、みたいなフリをして、本当はそうじゃない。他にもいっぱい仲良しがいて、俺なんか…俺なんかを……
「そうだ。圭太さん。紹介す……。」
「零理は、1人でもそんなに楽しそうに遊べるんだな。ある意味天才だぞ!」
「え?1人……。」
零理は、後ろを振り返る。
そこには、玲央がパジャマ姿で立っている。
圭太さんには、玲央が見えていない?
零理にとって初めてのことだった。
幽霊は、幽霊だって分かる。
玲央は、幽霊だって分からなかった。玲央は存在している人。
玲央は……
零理の目の前で、すうっと玲央の姿が消えた。




