会話
一週間くらい経った。
まだ少年は、零理の声に応えなかった。
「こんにちは。」
今日も零理は、少年の前に立った。
それから、少年が何を見ているのか知りたくて、少年の横に並んで立った。
ずっと、黙って立っていた。立っていた。
日が暮れるまでずっと……。
辺りは、真っ暗になった。公園に一つだけある外灯だけが、チカチカ光っている。
それでも少年は帰らない。
零理も帰らない。
2人並んで、ずっと立っていた。
ずっと、沈黙していた。
あまりに静かで、そよ風が揺らすたんぽぽの綿毛の音さえ聞こえてきそうだった。
不意に、少年が零理の背後にまわり、零理の視界から消えた。
振り向くと、そこにはもう少年の姿はなかった。
「今日は一緒にいてくれた。」
零理も帰路に着いた。
それから、次の日も次の日も、同じように静かに2人並んで立っていた。
そして、毎回同じようにして、少年は姿を消す。
だんだんパターンが分かってきた。
15時頃現れて、20時頃帰るのだ。
それは、一週間をすぎても同じだった。
零理は、なんだか少年と一緒にいたかった。
だから、放課後だけじゃなく、土日や祝日の学校の休みの日にも、この公園にきて少年を探した。そして、少年が現れると隣に立ち、少年が姿を消すまで、ずっと静かに少年の横にいた。一緒にいた。
1ヶ月くらい経った頃、突然その口は開いた。
「おい。」
少年は、一言「おい。」と言ったのだ。
零理は、びっくりして驚いて、
「零理だよ!」
自分の名前を言っていた。
「……零理…。」
「はい!」
零理は元気よく返事をした。
やったー!
零理は、心の中で万歳していた。
だって、だって、やっと話してくれたんだもん!
零理は、あまりに嬉しくて踊り出したかったけど、我慢した。
「お前、何してるわけ?」
「何って、君の名前が聞きたいんだよ。」
ずっと、教えてって言ってるじゃん!
そう言って、不思議そうに少年を見た。
「え!?本当にそれだけのために、1ヶ月もそうやっていたのか?」
「名前教えて!」
「全然人の話聞いてないな、お前・・・」
「僕、中原零理!」
零理は、やっと声が聞けてとても嬉しそうに笑っている。
「・・・あー!もう!分かったよ!」
くしゃくしゃと頭を掻く。
「俺は、入谷玲央だ!」
「いりやれお君。」
「そうだ。入谷玲央っていうんだ。分かったか?これで満足か?」
吐き捨てるように言う。そんな様子を気にすることもなく、零理は嬉しそうに話しかける。
「僕のことは、零理って呼んで!君のことは何て呼べばいい?」
キラキラした目で見つめてくる零理の視線を受けて、戸惑いながらも、
「なんだよ、せっかく名乗ってやったのに、君って……。好きに呼べばいいじゃないか!」
ぶっきらぼうに叫んだ。それにも全く動じない零理は、
「好きに呼んでいいの?やったー!じゃあね、玲央君!玲央君って呼ぶね。よろしくね!」
零理は、両手を広げてはしゃいでいる。毒気を抜かれた玲央は、はあっとため息をつき、
「なんか君付け恥ずかしいから、玲央でいいよ。」
プイッとそっぽを向いて、全く調子が狂うやつだな……と、ぼそっと呟いた。
「いいの?じゃあ、僕のことも零理って呼んでね!よろしくね、玲央!」
**********
次の日
「お前、また来たの?」
「零理だよ。」
うざったそうに言う玲央に、笑顔でこたえる。
「もう俺の名前分かったんだから、もういいだろう?来る必要もないのになんでここにいるんだ?」
「必要?」
うーん、零理は腕を組んで悩み出した。
なんなんだ?悩むことあるか?
またまた零理の予想外の行動に戸惑う玲央。
しばらく、考え込んでいた零理が、急にバッと顔をあげて、玲央をみた。
「な、なんだよ。」
玲央の喉からびっくりした声が出た。
「今、考えてみたんだけど、必要って何?分からなかった。」
ガクッと思わずズッコケそうになる。
え?今のこの時間、俺が言った『必要』について考えていたってか?
信じられないものを見るように零理を見つめる。
「何言ってんだ?」
「何って、必要ないって何?一緒にいるのに何か必要なものがあるの?」
分からないよって、零理の顔に大きく書いてある。
「お前が言ったんだろ?」
「お前じゃなくて零理だよ。」
「…零理が言ったんだろう?名前が知りたくて一緒にいたって。で、昨日名前教えたから、もう俺に用事ないだろう?ここに来る必要ないだろう。」
玲央は、丁寧に説明した。やっと意味がわかった零理は、
「なるほど!そう言うことか!もっと質問があれば一緒にいてもいいってことなんだね!」
「……。」
「そっか、質問が必要なのか。」
どんな質問しようかなあ。聞きたいことたくさんあるからな。
零理は、ウキウキしながら、心の声が漏れ出ていた。
どうしてそうなる?
零理、お前はバカなんだな…




