優斗からの……
リビングでは、優斗のお母さんが、お茶とお茶菓子を用意して待っていた。
「ありがとう。来てくれて。お茶飲んで行って。」
そう言って、座るように促してくれた。
「ご無沙汰してしまってすみません。」
「ううん。来てくれて本当に嬉しいの。ありがとう。もし、よければ、また優斗に会いにきてくれると嬉しいわ。死んだら誰も来ないなんて、あの子寂しがると思うのよ。ずっとじゃなくていいの。時々、少しの間だけ。中学生の間だけでも……」
気遣いがわかる。
いつまでも死んでしまった人に縛り付けておくのは申し訳ない。でもせめて中学生の間だけでも、優斗のこと忘れないで欲しいと……。
「一生忘れないでいてあげるのは、家族だけでいい。これからたくさんの未来がある人たちに、ここにいつも通ってっていうのは違うと思っているの。でも…。」
お母さんが静かに涙を流した。
きっと、優斗の一番仲の良かった圭太にだからいうことなんだとなんとなく思った。
「俺、優斗の『永遠の仲良し』なんで、一生忘れてなんかやりませんよ。」
力強く笑う圭太を見て、一瞬驚いた顔をして、それからとても嬉しそうに優斗のお母さんは笑ったのだった。
「今日は来てくれて本当にありがとう。」
「いえ。また来ます。」
「いつでも来てね。」
「はい。」
玄関で靴を履き、鞄を持つと、
「それじゃあ。」
と、外に出ようとした。
すると、
「あ、待って!そうだった。圭太君に渡したいものがあったの!時間大丈夫?ちょっと待っててもらえるかしら。」
優斗のお母さんが、慌てて圭太を引き止めた。
「はい。」
「ありがとう。すぐにとってくるから。」
優斗のお母さんは、バタバタと階段を駆け上がり、数分で戻ってきた。
手には、紙袋が一つ。
「これ。圭太君に受け取って欲しいの。」
「これは?」
「優斗が亡くなった日に背負っていたリュックに入っていたの。圭太君宛で。渡すかどうか悩んだんだけど、優斗が圭太君に渡したかったものだから、貰ってくれると嬉しいわ。」
なんだろう?
あの紙袋には何が入っているんだろう?
受け取るために差し出した手が、小刻みに震えている。
それでも、優斗が俺に渡したかったものだと、優斗のお母さんが言っている。
俺はそれを受け取るべきだと、受け取らなきゃいけないと心が言っている。
昨日優斗に約束したんだ。
俺はもう逃げない!
*********
玄関が開く音がすると、
『零理、そこの角を曲がって見つからないようにしてくれ。』
「うん。」
零理は、俺の指示通り、圭太の帰り道じゃない方の曲がり角に移動してくれた。これで、出てきた圭太と零理が鉢合わせになることはないだろう。
今ここで、零理がまた圭太に会うと、後をつけてきたのかなどと、零理が不審がられる気がして、思わず隠れるようにお願いしてしまった。
俺は、今零理にくっついていないと、電信柱に戻ってしまう。
だから、当然俺も零理にくっついて隠れたわけなんだけど……
母さんの声が聞こえた……
「圭太君、今日は本当にありがとう。」
「それじゃ、またきます。」
ガチャ
玄関が閉まる音が聞こえた。
圭太が、歩いていく背中をそっと見送った。
『零理、俺のうちの前まで行ってくれるか?』
「うん。」
圭太が立ち去ったばかりの家の前まで歩いていく。
玄関の前で立ち止まった。
俺は、ずっと暮らした自分の家をじっと眺めた。
零理は、黙ってそこにいてくれている。
零理がいないと、ここに立っていることすらできない。
零理にお願いしても、見ず知らずの小学生がきたら母親は困惑するだけだろう。
零理も困るだろう。
だから、やっぱりもう母さんの姿を見ることはできないんだなあ……
ああ、母さん、ごめん。
俺バカで。
先に死んじゃってごめん。
父さんと母さんのこと、大好きだったよ。
これからも大好きだ。
今までずっとありがとう。
そう、心の中で話しかけると、俺は、ゆっくりと深く頭を下げた。




