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第七章 真っ暗聖女、村に戻る

「え?」


 私は慌てて視線を巡らせるが、どこにも女神の姿は無い。

「シア様?」

『メイナ、良く聞きなさい』

 私は姿の見えないままの、女神の真剣な声に、思わず膝をついた。


『危機が迫っています。こうなるまで気づかなかったのは、私の落ち度。せめて最後の力であの村へ送ります。……貴女の騎士と共に逃げてください』

「逃げるって、シウナクシア様! 急にどうして?」

『ああ、メイナ。私の聖女。……どうか無事で』

 女神の声が段々と小さくなり、私の視界いっぱいに光が満ちて、弾けた。

 そうして、転移の門を通った時のような不思議な浮遊感に包まれて……。




「メイちゃん、メイちゃん!」

 懐かしい声がする。村に帰りたいとばかり考えていたから、幻聴が聞こえているんだろうか。

 私は、幻でもいいからしばらくこのままこの声を聞いていたいと思った。

「メイナ!」

 ところが、耳元で大きな声で呼ばれて、私は思わず飛び起きる。


「あれ、ここは?」

 私は辺りを見回した。聞こえた声は幻ではなかったようで、見知った顔があった。

「ケイおばさん!」

 そこには、小さな頃から私たち孤児や村の子達の面倒をみてくれていた女性、ケイが心配そうに私を見ていた。

 そうだ、女神が『村へ送る』と言っていた。じゃあここは本当に、私の生まれ育った村……。


「とりあえず、おかえりメイナ」

 村では毎日のように聞いていた声に、私は安堵が全身に広がってゆくのを感じた。


「『女神の間』が光り出したから来てみたら、メイちゃんとその子が居たんだよ」

 その子、と言いながらケイが私の後方を指差したのでそちらを見て、私は息を飲んだ。


「ルル様!」

 そこにはルルタが目を閉じ横たわっていた。慌てて口元に耳を近づけてみると、規則正しい呼吸の音が聞こえて、私はほっとする。

 続いてルルタの額に触れて体の状態を確認。意識を失っているだけで異常はないようだった。

「ルル様が無事でよかった」

「その人、メイちゃんの旦那さんかい?」

 旦那さん、なんて言われて私はどう返して良いか戸惑う。そういえばそうなのだけど、違うような?


「ええ、そうです」

 割り込んできた声。私の横に、いつの間にか起き上がったルルタが居た。

「ルル様、起き上がって、大丈夫ですか?」

「うん、体は大丈夫。……急に転移したみたいだから、驚いてはいるんだけどね」

 そう言い微笑むルルタの横顔をケイがじっと見る。

「随分と男前を捕まえてきたねえ」

 私が照れつつも頷くと、ケイは私の背中をばんばんと叩いて嬉しそうに笑った。

 『真っ暗聖女』と呼ばれていた私のことを、ずっと心配していてくれた一人だったから、結婚したということを喜んでくれているのだろう。

 その気持ちが嬉しい、と同時にいつかガッカリさせる事になるかと思うとちょっと申し訳なかった。


「それにしても、なんでこんな事になってるのかな?」

 ルルタに聞かれて、私は女神の言葉を思い出す。

「ここへ飛ばされる直前に、私、女神様に『危機が迫ってるから、騎士と一緒に逃げて』って言われたんですけど」

「危機が? ……ちょっと待ってね。確かめてみる」

 ルルタは、胸元の宝石をあしらった飾りを外し、耳に当てて目を閉じる。

「ルル様?」

 何かの魔法道具なんだろうか、ルルタはしばらくそのまま何事かを聞き取っているようだった。

「うん、まずい事になってるね」


 ルルタは眉根を寄せて、心底嫌そうにそう言った。


「この石は、国があちこちに飛ばす緊急伝信を傍受できる魔法道具なんだけど……、あ、非合法な道具だから他の人には内緒でね」

 私はこくこくと頷く。

「まず、女神の神殿に魔物が相当数、湧いたらしい」

「え!? 女神様のお膝元なので、一番光の魔力が巡っている場所ですよ? 魔物なんて生まれようがないのに……」

 私の言葉にルルタも同意する。

「僕もそう神官長に聞いてるよ。だけど魔物が現れ、そしてその場に何故か『本当の聖女』と自称する女性が駆けつけて全てを浄化した、と」

「本物の聖女、ですか?」

 戸惑いに満ちた私の問いに、ルルタは一つため息をついて、先を続ける。


「その女性は、メイが偽物の聖女で、本物でも無いのに誤った方法で『聖女のお役目』を行った結果各所で魔物が湧き始め、とうとう神殿にまで影響が出たのだと主張しているようだね。で、『本物の聖女』に恐れをなした君は僕を人質にして逃げた、と」

「そんな無茶苦茶な。……大体、神官長様もその方を聖女だと認めたんですか?」

「……神官長は、君の協力者として捕らえられたみたい。君を聖女と判定した神官達も一緒にね」

 そうなってしまうと、誰にも私が『聖女』だと証明してもらい様が無い。


「そうなると、もしかして私は国を挙げて『偽聖女』として追われているって事でしょうか? しかも、あなたを誘拐したという疑いまでかかっている、と」

 思わず頭を抱える。ルルタは私の背に回していた手を腰に添え引き寄せると、ゆっくりと私の頭を肩に寄りかからせてくれた。

「大丈夫、どんな状況でも僕が守るから」

 耳元に落とされる優しい声、ゆっくりと心が落ち着いて……。


「ごほんっ」

 わざとらしい咳払いに、私達はすっかり忘れていたケイの存在を思い出す。

「こうなったら、知らないふりは止めにしないといけないね。……さて、ちょっと私の話を聞いてくれるかい? メイちゃん、それからルルタ」

 私は、ケイがルルタの名を呼んだ事に驚く。

 こんな田舎には、王子殿下の姿絵なんて届くこともなかったし、王家の事については伝聞のそのまた伝聞。名前なんて王都に行くまで聞いたこともなかったくらい。


 なのにケイはきちんと彼を認識し名前を呼んだ。なんなら敬称もつけずに。


 焦る私の横でルルタはその呼びかけを平然と受けた。

「もう良いんですね、ケイナーン様」

「様付けは止してっていつも言っているでしょう」

 そう返すケイは先ほどまでとは違い、姿勢を正し、優雅に微笑んだ。それだけで、田舎のおばさんという雰囲気が消えてしまう。


「ケイおばさん?」

 私を育ててくれた母親代わりの人の一人。豪快で、優しくて、暖かくて。

 治癒術士として村で仕事を始めた時も、治癒の力だけでは上手く癒せない村のお年寄りの体を楽にする方法をたくさん教えてくれた。

 『真っ暗』になって、こっそり泣いていた私を慰めてくれた人。ずっとずっと見てきた人なのに、急に知らない人の様に感じる。


「ごめんなさいねメイナ……私、先代の『聖女』なのよ」


 言われて気づく。『ケイナーン』という名前に私は覚えがあった。

「光に愛されて、ずっと光ってたっていう『聖女』ケイナーン様!」

「……もっと他に、覚え方がなかったかしらね? 確かに光って大変だったのだけど」

 呆れた様に言う彼女は、城に残っていた先代聖女ケイナーンの肖像画に二十年ほど歳を重ねた姿そのものだった。

「でも、先代の聖女様は百年前の方では……?」

 でも、全然お婆さんって感じでは無い。その言葉にケイナーンは笑って、

「お役目を終えた時、女神様に一つだけ願いを叶えてもらえるの。そして、私の願いは『長寿』だった」

 彼女は、当時を思い出す様に目を閉じる。

「私ね、その時は若くて、よく考えないで願ってしまったのよ。聖女という地位もあり、ある程度の金銭の自由も得た。じゃああとは『長寿』であれば完璧ねって……でも時が経ち、私が愛した人も、私を愛してくれた人も皆、先に逝ってしまって……」

 

 私はケイナーンの辛さを思い、唇を噛む。

「一人、また一人と見送るたびに気力を失い、とうとう神殿に閉じこもってしまった私に、今の神官長が言ってくれたのよ。『あなたを縛り付けていた人はもう誰もいない。あなたは何をしても自由なのですよ』って」 

 あのおじいちゃん神官長様が、そんな事を……。

「それで、じっくりと考えたの。聖女に選ばれてからこっち、私に自由なんてなかった。でも私が聖女として活躍していた頃を直接知る者は皆居なくなって、今なら姿を消してももう追われたりしない。やっと自由になったんなら、私のやりたい事はなんだろうって……そこで思いついたの。王都から離れて、ずっとずっと遠くの知らない場所で、聖女ではない一人の『ケイ』として生きてみたいって」

「それでこの村に?」

 私の問いに、ケイナーンは窓の外へ目をやった。そこには、子供が走り回り、遠くには畑に実りが揺れ、青い空が高く広がっていた。


「最初は別の村にいたのよ。歳を取るのが緩やかな私はそれに気づかれそうになっては別の村へ、別の村へと渡り歩いてここに来た。そして出会ったの、あなたと」


 ケイナーンは外からこちらに視線を戻し、眩しいものを見るかの様に目を細めた。

「治療院の扉の前に、籠に入れられて置かれていた小さな小さなあなた。一目見て分かったわ、この子が次の聖女になるのだと。私も一度は聖女として女神様の加護を得た身……光の魔力と親和性が高い子はわかるのよ」

 そこで一呼吸置いて、ケイナーンは私の様子を見守る。私は、続けてほしいという意味を込めて頷いた。

「幸い、女神様が本格的に目覚めるまでまだ日がある事も私にはわかっていた。だからあなたが聖女だと気づかれるまで時間を稼ぐ事にしたわ。……聖女だとわかれば、すぐに王都に送られて自由を失い、実際のお役目の時が来るまでは様々な政治の道具にされるから」

 急に明かされた事実に戸惑っているのは確かだし、怖いとも思っている。でも私の手を、ルルタの手が優しく包んでくれるから、大丈夫になってしまう。


「きっと私は、誰かが私にして欲しかった事をして、満足しているだけなの。ごめんなさいね」

 ケイナーンの声には悲しみが詰まっていた。だから私は、ルルタの暖かさに支えられながら目一杯に笑った。

「私は、ケイおばさんの気持ち、すごく嬉しいよ」

 あえてケイナーンではなく、私は『ケイ』にそう伝えたかった。


「置いていかれたのがこの村で良かった、育ててくれたのがこの村で良かった」

 ケイナーンが両手を広げる。私は子どもの頃のようにその手の中に飛び込んだ。


「私、メイちゃんを守るわ」

「当然、僕もね」

 ケイナーンとルルタの言葉に、全身がふわりと安心で満たされる。


 それが嬉しくて……。


 だからこそ、私もどんな方法を使ってでも、みんなを守りたいと、そう思った。


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