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第六章 真っ暗聖女、初めてのデート!

「さすが王都は賑やかだなあ」


 呑気にそんなことを言いながら、さっさと馬車を降りるカルス。

 私はフードを目深に被ると、気ままに歩く彼の襟を捕まえて息をついた。

「もっとゆっくり歩いてください、院長。私にとっては初めての王都なんですから」

「悪い悪い、田舎ではなかなか見られない光景だから。ほら、あっちにドレスショップが並んでるぞ」

 私は指差す先に目をやり、顔を輝かせる。

「行ってみようか、メイ。はぐれるといけないから、僕の腕に掴まっているといいよ」

 言われるままルルタの腕に触れる。繁華街なのだろう、沢山の人々が行き交っている。


 私は人の波をするすると抜けてゆくルルタに連れられて、美しいドレスが飾られた店頭に立った。

「まずはこの店から覗いてみようか?」

「はい!」

 ルルタは扉を開けて店内に入ると、迎え入れてくれた店員に何かをチラリと見せ、耳打ちする。

「広い店だなあ、お!あれなんかメイナに似合うんじゃないか?」

 店に溢れる色彩と、輝きに気圧されて尻込みしている私をよそに、カルスは自分が着るわけでも無いドレスを物色し始める。

「院長! 勝手に触って何かあっても、私達の財力じゃ弁償できないですよ!」

 慌てて側に寄り、小さな声で注意すると、カルスは驚いたように。

「いやいや、お前の立場は『王子妃』なんだから、村の皆を合わせたよりも財産持ちだろ」

 言われてみればそうなのかもしれない。


 でも、私はお役目を終えたら去るのだから、あまり浪費するのは良くないように思う。

 せっかく駆けつけてくれたけど、その辺りを後でカルスに説明しないと。


「それでも、贅沢は駄目ですよ」

「僕から誘ったんだから、今日の記念に何か贈らせてほしいんだけど、それも嫌かな?」

 耳元に声を落とされて、振り返る。思ったより近くにルルタの顔があって驚くと同時に、私の心臓が急に落ち着きを無くす。


「い、嫌では、ないです」

「じゃあ、別室に用意ができたみたいだから、行こうか」

 笑顔で私の腰にスッと手を回して、店舗奥へと導いてくれるルルタ。このままでは心臓がもたない気がする。

「俺も行くー」

 ずいっとカルスが間に入ってきた。普段なら怒るところだけど、私はおかげでやっと深く息がつけた。


「なんで着いてくる」

「そりゃ、着いて行くだろ。俺を一人にするのか? 酷い義息子だなあ~」

「記録の上では、メイナとあなたに親子関係はないだろう。育ての親というなら、村のみんながそうじゃないか」

 私はルルタの言葉に驚く。

「良くご存知ですね」

「それはそうだよ。僕の花嫁の事だからね」


 そう言ってくれたけど、まあ王族に連なる時点で調査が入らないはずがない。……でも、急に決まったはずなのに。


「さすが国の調査機関は仕事が早いですね」

「調べられた事、嫌だった?」

「いいえ、当然だと思います」


 私の言葉に、ルルタは目に見えてほっとして、それからにやにやと様子を見ていたカルスの肩を拳で小突いた。


 別室には、大勢の店員が商品を並べて待っていた。


 彼らは部屋にドレスや宝飾品をずらりと並べると静かに部屋を出る。

 入れ替わりで別の馬車でやってきたのか、ラウミが顔を出す。


「試着の為には、マントを外さないといけないからね」

 ルルタの言葉に、なるほどと頷く。

 さすがに、認識阻害の魔法道具がなければ、私の姿で店員達をびっくりさせてしまう。

 「男性陣は、お話もあるでしょうから席を外してくださいませ」

 言われるまま二人が部屋を出て行くと、ラウミはいつものようにスッと背筋を伸ばして、私を見た。


「私みたいな……」

「お顔が見えないから、どんなドレスでも良いというようなお言葉でしたら、聞き流すことにいたします」

 ラウミに言葉の先を取られて、私は目を瞬く。

「本当にどんなドレスでも良いと思っておられますか? 好きなお色、好きな形、好きな装飾。毎日見ておりましたので、少しは私も分かってきたと思うのですが、例えば」

 ラウミはそう言うと私の前に、形はシンプルだけど鮮やかな花の刺繍があしらわれたドレスを持ってきた。

 裾はあまり広がらず、上品に見える。


「このようなドレスは、お好きでは無いでしょうか?」

 そう聞かれて、頷くしかなかった。

「好き……です」

「では、まずはこちらから」

 私の返事に、ラウミはドレスを手にして微笑んだ。


 それから、次々といろんなドレスを試着してみた。

 店員達が揃えてくれたドレスはどれも私好みで、そしてサイズもぴったりで。

 陽の光のように輝くドレス、花びらのように重なる裾のドレス、宝石を飾ったドレス……。


 女神の加護により段々と『真っ暗』に、自分の顔カタチもわからなくなってから、着る物には正直興味を持てなかった。

 だって何を着ても、似合うか似合わないか本人にだってわからないのに。


 でも今は、着てみるだけでもこんなに楽しくて仕方がない。


「服を選ぶのって、楽しかったんですね」

 思わずこぼした言葉にラウミはただ静かに頷いた。


 それから色々と試着して、今日の記念というのならこれが良い、そう思った一着があった。

 ラウミの提案で、私はそれを着てルルタに声をかけてみる事に。


 緊張しながら隣室への扉を軽く叩くと、向こうからルルタが顔を出す。でもその肩越しに見える室内には誰もいない。

「院長はどうしたんでしょう?」

「神官長に挨拶に行くから先に帰るって」

 言われてみれば、カルスも神殿所属。王都に来たならやはり挨拶は欠かせないのだろう。


「メイ、そのドレス、すごく似合うね」

 ルルタは私の姿をゆっくりと見て、にこりと微笑む。

 私は少し恥ずかしいと思いながらも、ゆっくりと回ってみせる。

 艶のある赤みがかった黄色いドレスの、薄手の布を何枚も重ねた裾が膨らみ、赤金の裾飾りが動きに連れて揺れる。


「こちらがとても気に入りました」

「じゃあ、約束通り僕にプレゼントさせて」

 ドレスを纏う私を見て、私以上に嬉しそうなルルタ。早速、商品の手配について店員と話をするために部屋を出る。

 そこで、ラウミが私に耳打ちを一つ。

「こちらのドレス、殿下の色でございますね」


 私は返事ができず、逃せない熱に両手でぎゅっと頬を押さえた




 その後、元の服への着替えの手伝いが終わると、ラウミはすっと姿を消した。

 代わりに私の隣にはルルタが。


「これでやっとちゃんとデートができるよ」

「すみません、院長が」

「それはメイが謝る事じゃないから」

 

 二人で揃いのフードを被り、私は再びルルタの腕に掴まって、今度は菓子店を覗く。

 城でも今まで見た事がない可愛いお菓子といっぱい出会えたけど、ここに並ぶお菓子達はまた別種の可愛らしさ。


「空に浮かぶ雲に見立てたお菓子だって」

 白く、ふわふわのそのお菓子は、この店だけの特別な物らしい。

 それが空の色の箱に入っている姿は、一目で私を虜にした。

「侍女達の分も、買っても良いでしょうか?」

「メイは優しいね、じゃあ、その分も入れて後で届けてもらうよ」

「ありがとうございます!」


 本当は村のみんなにも持っていってあげたい。子供達はきっと喜ぶだろうから。

 帰る時には、これだけじゃなくて、いろんな美味しいものや素敵なものを持って帰ろう。

「じゃあ、次のお店に行ってみようか?」

「はい! 次は魔法道具のお店が良いです」

「魔法道具ね、じゃああっちかな」


 私はそうしてルルタと一緒に数軒を回り、段々と疲れてきた所で小さな食事店へ。

 ルルタは慣れた様子で、店員に何かを握らせ奥の個室へ。

 私は部屋に入るなり、置かれている椅子に腰を落ち着けて、思わず長く息を吐いた。


「疲れたでしょう? ここでゆっくり休んで、それから帰ろうか」

「ありがとうございました。とっても楽しかったです」

 ワゴンで運ばれてきたお茶とお菓子が、小さなテーブルの上に並べられていく。

 お菓子の一つ一つは小さく、全てが違う色や形で、見ているだけでも楽しめる。

「はい、どうぞ」

 ひと口大のそのお菓子をフォークに刺して、ルルタが笑顔でこちらに差し出してくる。私はきょとんとした顔になって、それから言葉でないと伝わらないと気づき、問いかける。

「ルル様、何を?」

「ん? 疲れてるだろうから、手伝おうかなと思って」

 その手を引っ込める気はないらしく、笑顔のままでルルタは、「はい、どうぞ」と繰り返した。

 もしかして、もしかすると、これは。


 私はおずおずと口を開いた。

 開いたけど、見てわかるのかなと心配になった所で、ふわりと舌に酸味と甘みが広がった。

 咀嚼するまでもなくふわり溶ける。


「ルル様、私、自分で食べられますから」

「僕が食べさせたいんだ。駄目かな?」


 その、ちょっと悲しそうな表情はズルい。

 聖騎士団の皆さんが見たらきっとびっくりするんだろうなと思いながら、私は心を無にして二つ目を飲み込んだ。 


「では、ルル様もどうぞ」

 負けじと私もルルタに菓子を差し出す。ルルタは一瞬目を見開いて、それから零れてくる髪を片手で押さえて口を開け、菓子を受け入れる。

 私は、小鳥に給餌をしているのだと自分に言い聞かせた。

「美味しいね、ありがとう」

 至近距離の笑顔に負けを悟る。ゆるやかに空気が甘く蕩けて、息もできないくらい。


 どうしよう、私は……。


 それは、気づいてはいけない思い。

 私は逃げるように顔を伏せ、そのままどうして良いかと机の木目を睨みつけて……。




 次の瞬間、私は女神の聖堂に立っていた。

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