第五章 真っ暗聖女、初めてのデート?2
本日のお勤めを終え聖堂を出ると、ラウミと共にルルタまで待っていて私は驚く。
「ルル様、待っていてくださったんですか?」
「今きたばかりだから気にしないで。それより、これからちょっと街に出てみない?」
そう言われて、王都に行くと決まった時に想像していた、あれこれが私の脳裏にふわっと浮かぶ。
人気の洋品店! 可愛い雑貨! 心躍るお菓子!
今でも十分に用意してもらえているけど、実際に城下に出向いて自分の目で見るとどれほど楽しいだろう!
私は思わずルルタに駆け寄った。
「是非!」
「では、こちらをお召しになってください」
ラウミが差し出したのは、白を基調にした可愛らしいマント。言われるままにフードの付いたそれを羽織る。
「それは、見る者の認識を変える魔法道具なんだ。フードを被れば、誰も僕らだと分からない……僕とお揃いね」
同じマントを羽織って、ルルタがフードの奥から笑顔を向けてくれる。
確かに、見えているのはいつもと変わらない顔なのに、次の瞬間には印象がぼやけてしまう。
「じゃあ、行こうか。向こうに馬車を待たせてるから」
「はい!」
浮き立つ気持ちが足取りを軽くさせる。私はルルタの手を借りて馬車に乗り込むと、窓の向こうに目を向けた。
王都に来て、既に十数日。外に出るのは初めてなので、見る物全てが目新しく楽しい。だけど窓の外を楽しめたのはほんの少しの間だけだった。
「あの、ルル様?」
「どうかした?」
なんでもないという風に返事をするルルタだが、馬車の中というそんなに広くもない空間で、じっとこちらを眺めて微笑んでいるという状況は、ちょっと居心地が悪いというか、とても照れる。
見えてないのは分かっているけれど、それでも視線の先、頬の辺りが熱い。
「一応護衛はいるけど、それでも初めてのデートだね」
「デート……」
生まれてこの方、自分の事として口にした事がなかった言葉に狼狽える。そんな私の様子を楽しそうに眺め、ルルタは何故だか揺れる馬車の中を器用に隣に移動してきた。
驚く私の頬に、そっとルルタの手が触れた。
「ルル様は、私に触れないと……」
「うん、誓った通り『邪な気持ちをもって触れる事は無い』よ。今はね、メイがどんな表情なのか知りたいだけだから」
なんという詭弁。そう言いたいけど、するすると頬を撫でるように動くルルタの手の感触が、私の言葉を全部吹き飛ばしてしまう。
「よく見えないから、こうやって確かめるしかないよね?」
よく見えないといいながら、何故だか真っ直ぐに目を合わせてくるルルタ。
……勘が良すぎる。
私は、うう……とよく分からない声を漏らし、ぎゅっと目を瞑る。目を閉じれば目の前にある琥珀の瞳も、整った顔も見えないから……と思いきや、見えない分、頬を辿る指の感触が生々しく感じられて。
どうしよう、逃げ場がない……。
そう思った瞬間、ガタンッと音を立てて、大きく馬車が揺れた。
私はこれ幸いと、体を離す。それでもまた、心臓が痛いくらいに跳ね回っていた。
「どうした?」
馬車前方の小窓を開け、ルルタが鋭い声を投げた。
「申し訳ございません、馬車の前に人がおりまして……」
戸惑い混じりの返事に、ルルタは御者越しに小窓から道の先を確認し、小さく……本当に聞き違いではと思うほどに小さく舌打ちした。
ゆっくりとルルタが扉を開ける。
「見ていたかのようなタイミングの悪さだね」
「馬鹿言うな、最高のタイミングだっただろう?」
外から聞こえたその声に、私は慌ててルルタの背を追い外へ顔を出した。
「院長!?」
私の呼びかけに、片手を上げて応える人。
「治療院の外では、『お父様』って呼んでくれよ」
村の治療院の院長であり、孤児である私の育ての親、カルスがそこに立っていた。
「今まで一度たりともそんな上品な呼び方した事ないでしょう、院長。大体なんでここに? それに、村からならもっと時間がかかるはずなのに?」
矢継ぎ早の私の質問に、カルスは馬車を指差した。
「まあまあ、積もる話は中でゆっくり、な」
片目を瞑って見せるカルスに、ルルタは大人しく馬車への進路をあける。
「とりあえず乗ってください」
「じゃあ、お言葉に甘えて~」
軽快な足取りで馬車に乗り込んできたカルスは、迷いなく私の隣に腰を下ろした。
車内に戻ったルルタがそれを見て、嫌な顔をする。
「あと半月はかかると思ったのに」
ため息と共に吐き出したルルタの一言。
カルスはしてやったりといった感じで、にやりと笑ってみせた。
「それで、どうやってこんなに早く?」
「馬を変えながら飛ばしてきたからな、魔道具による伝信で『娘が結婚した』って事後報告されたから飛んできた」
言われてみれば確かに、いきなりそんな事を聞いたら驚いて飛んできてもおかしくはない。
「でも、よく私の居場所がわかりましたね?」
「メイナの魔力は独特だから、すぐわかるさ」
「だからって、馬車の前に飛び出したら危ないでしょう」
轢かれたらどうするつもりだったのか。
「大丈夫だよメイ、この人、馬車ぐらい片手で止めるよ」
誤魔化すようにそっぽを向いたカルスに代わって、ルルタがそう答える。
「いくらなんでも片手では無理、両手ならなんとかいけるかなあ」
嘯くカルス。まあ、これ以上責めても仕方ないので、私は一番気になっていた事を聞いてみる。
「そういえば……二人は知り合いなんですか?」
「魔物浄化の露払い担当の僕達と、カルス達神官は、現場で良く顔を合わせるからね」
「え? 院長……魔物の浄化に参加してたんですか?」
驚く私に、カルスは軽く返す。
「サボってばっかりだと思ってただろ? 実は、世界を守ってたんだぞ~?」
「そんな軽く言われても、信用できないんですが」
私の言葉に、カルスは声を上げて笑った。ルルタは渋い顔のまま口を開く。
「こんなだけど、現場では役に立ってたよ」
「こんな、とか言うなよ。助けあった仲だろう?」
「仲が良いんですね?」
「「良くない!」」
二人の答える声が重なって、私は思わず笑ってしまった。