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第四章 真っ暗聖女、王子の約束

 目が覚めるとルルタは既に部屋を出ている。


 そういえば寝起きの顔を見たことがないなあと思いながら、いつもラウミが待機しているはずの場所に目をやると、初めて見る女性が立っていた。


「ラウミの妹、レイリと申します。ラウミは体調が悪く、本日はお休みをいただいております。急な事で申し訳ございませんが、代わりに私が今日一日、聖女様のお側に」

 顔を向けたことで起床に気付いたのか、綺麗な礼をしてそう言う女性は、確かに目元がラウミに似ている。

「ラウミは大丈夫なんですか?」

「お気遣いありがとうございます。侍医によれば、軽い風邪だろうと。一日休めば問題ないという事でございますので」

「それなら良かったです」

 大変な病状なら診せてもらおうかと思ったが、その程度であれば出る幕はなさそう。


「今日は聖堂へご案内するようにと聞いております」

 聖堂。既に行った気になっていたけど、そうだ、あれは夢の中だった……。

 頷くと、レイリは部屋に侍女を呼び入れ、私の着替えについて指示を始めた。私はされるままになりながら、ぼんやり先日のことを考える。


 女神シウナクシアに呼ばれる度に皆んなに心配されるのも困るし、今後は聖堂内で『祈りを捧げて』いる間に呼んでほしいとお願いしてみよう。


 そんな考え事の間に着せられていたのは、神官服をベースにした様なデザインのシンプルな白いドレス。華美ではないけれど、所々に金糸銀糸の縫い取りがあり、肌触りで良い布を使っていることが伝わってくる。しかも軽くて動きやすい。


「代々、聖女様が着ていたものを基にお作りしていますので、部屋を出られる際にはなるべくこちらをお召しになってください」

 『聖女』の目印、といった所なのかな。……正直すごく助かる。

 ちゃんと指示は行き渡っていると聞いているものの、人の形をした影といった見た目の私が城内をウロウロしていると、衛兵や騎士に捕らえられたりするのではないかと怖かったので。


「それでは、参りましょう」

 レイリに促され私は部屋を出た。別棟とはいえ、右を見ても左を見てもキラキラしているお城という場所には今だに慣れない、落ち着かない。

 寝室に続いている、自室として与えられた部屋は、落ち着いた内装なので安心できるんだけど。


 何もかもお役目が終わるまでの間なのだし、我慢我慢。


 そう自分自身に言い聞かせている私に、レイリは建物内の案内をしながら進んで行く。

「城内、詳しいんですね」

「王太子妃様のお話相手として、お城に上がる事もありますので」

 そう聞いて私は気づく。そういえば、王太子と王太子妃に会っていない、と。

「あの、今更なのですが、私は王太子様や王太子妃様にはご挨拶しなくても良かったんでしょうか?」

「一ヶ月ほどお二人は視察に出ておりますので。お二人が戻りましたら、機会を設けると聞いております」

「それなら、良かったです」

 もしかしたらとんでもない失礼をしでかしていたのではないかと焦ってしまった。



 そんな風に話しながら歩いていると、どこかから金属がぶつかり合う様な音が何度も耳に届いた。気になってキョロキョロと辺りを見回していると、動きで気がついてくれたのかレイリが足を止める。

「この音は、騎士達の訓練でしょう」

「お城の騎士といえば、お城を護る『内』の騎士と、魔物浄化の支援に出る『外』の騎士が居ると聞いたことがあるのですが」

 神殿で学んだ事を思い出しながらそう言う私に、レイリは笑顔で答えた。

「王国騎士と聖騎士ですね。今訓練をしておりますのは、外の騎士である『聖騎士』の方々でしょう。訓練の様子をご覧になられますか?」

「はい!」

 私は、その提案に飛びつく。『騎士』というものに興味があったから。

 村にも時々は魔物が迷い込んできていた、でもその対処にやって来るのは近隣の神官と、田舎ではよくお世話になる冒険者達。

 なので、あまり『騎士様』を見たことがない。


 嬉しくて思わず足を早める私の目の前で廊下が終わり、扉の向こうにぱっと訓練場の様子が広がった。

「運が良かったですね、今日は執務であまり参加されていないルルタ殿下がいらっしゃいますよ」

「ルル様が、訓練に?」

「ご存じなかったのですか? 殿下は聖騎士を率いる騎士団長でもあられるのですよ」

 そんな事も知らなかったのかと責める意図はなかったんだろうけど、私はちょっとだけ居心地悪く感じてしまう。

「あちらです」

 レイリが指し示す方へ目をやると、大剣を持った全身鎧の相手に、身を守るものは胸当てだけの軽装で向き合っているルルタの姿が。体格差、およそ2倍。


「え! ルル様は大丈夫なんですか?」

 止めるのは野暮なのはわかる、でも、もし怪我をしたらすぐにでも駆けつけようと、私は思わず拳を握って見守る。

「心配は無用かと、殿下はお強い方ですから」

 呑気なレイリの言葉。


 怖くて目を瞑りたい、でも目が離せない。

 次の瞬間、振り下ろされた大剣に私は「ひっ」と小さな声を上げる。


 だが、私の心配したような事態は訪れず、ルルタは軽く身を捻ると最小限の動きで大剣を躱した。そして、空振った大剣が地に突き刺さるのを横目に、身を屈めて一気に跳ぶ。


「わぁっ!」


 思わず声が出るくらい、鮮やかな蹴りが放たれる。ルルタの脚は抉る様に全身鎧の首の継ぎ目を捉えていた。

 どうっと鈍い音を立てて相手が倒れる。倒れてしまえば全身鎧はハンデでしかない。もう反撃する余裕もないだろう。


「すごい」

 ルルタに賛辞の声をかけよう……と思ったところで、私はピタリと動きを止めた。

「ルル様……?」


 ルルタが倒れた相手の傍らに立つと、無造作に脚を持ち上げ、もう一度振り下ろす。

 鈍い音と、苦悶の声が上がった。

 「魔物を相手にしようと言うのに、その程度の対応力では話にならないだろう? 分かったら早く立て」

 冷たい言葉、表情が抜け落ちた顔。……いつも私に向けてくれるような優しい笑みは何処にもない、まるで別人に見えた。



「ルル様! もうやめてください!」

 気がついたら、私はルルタの腕に縋り付いていた。

「訓練なのはわかっています、でもこれ以上は……」

「メイ、どうしてここに……」

 ルルタは動きを止め、信じられないといったような表情で私を見た。その間に私は地に臥したままの相手に治癒の力を流し込む。

「聖女……様?」

「いきなり立ち上がらないで、そっと動いてみてください。痛い所がまだありますか?」

「……だ、大丈夫です。ありがとうございます」

 私は兜部分を跳ね上げる。すると壮年男性の顔が現れた。打撲は癒やしたはずなのにまだ顔色が悪い。なんとか返事はしてくれたものの、震えながらガチガチと歯を鳴らしている。


「どこかまだ痛みが……?」

「メイ、彼はもう大丈夫だから。ね、そうだろう?」

「はいっ!」

 ルルタの言葉に、彼は全身鎧の重量を感じさせない勢いで立ち上がると、その場から走り去る。一緒に、遠巻きにみていた他の騎士も姿を消していた。

「ほら、大丈夫だったでしょう?」

「……それは、そのようですが……」

「それよりも、どうしてこんな所に? 今日は聖堂へ行くはずじゃなかった?」

 そう問うルルタの手はそっと私の腰に回り、優しく訓練場から外へと促される。

「君がここに連れてきたの、レイリ?」

 優しく穏やかな、けれど冷たいルルタの声。

「わ、私が、訓練の様子を見たいって言ったんです! 騎士様って見た事がなかったから……」

 ルルタの様子に、とにかくレイリがここに導いたと気づかれてはいけないと思い、私は大きな声を出す。

 レイリはただただ頭を垂れ動かない。


「僕が聖堂へ付き添うから、レイリはもう退がっていいよ」

「は、はい。申し訳ございません……」

 微かに震える声で答えたレイリは、見えない手に押さえつけられているかのように、私たちが去るまで顔を上げず固まったままだった。


 腰に手を添えられたままルルタと並んで歩く。しばらくはお互い言葉もなく黙々と足を進めるばかりで、沈黙が重い……。

 私はそれを破る様に、思い切って口を開いた。

「先ほどは邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 私の謝罪の言葉に、ルルタは首を振る。

「メイが邪魔なんてことは絶対にないけど、危険だから急に飛び込んできては駄目だよ?」

「はい、次は気をつけます」

 ゆっくりと頷いてみせると、ルルタは少し迷う様に目線を揺らし、それからそっと口を開く。


「……メイは……僕が怖くなった?」

 小さな声。そこには、しゅんと項垂れているルルタがいて……。

 その姿がまるで叱られた子供みたいで、思わず私は彼の手をぎゅっと握った。

「全然怖くなんかありません。さっきの訓練も何かちゃんと理由があるんでしょう?」

 顔を覗き込んでそう言うとルルタは嬉しそうに、今度こそ心からだとわかる笑みを浮かべる。

「ありがとう」

 手を強く握り返されて私の頬に熱が集まる。この瞬間は、顔が見えてなくて本当に良かったと思った。


 熱を振り払う様に、でも手を握ったままで先に立って歩き出すと、ぽつりぽつりとルルタが話をしてくれた。

「騎士団の皆を統率しようとすると、当然強くなくては誰も言うことを聞いてくれない。統率が取れていない集団なんて、格好の魔物の餌だからね……だから、ああやって恐怖で率いてるんだ」

 そう自嘲気味に言っているが、私は騎士達がそれだけでルルタに従っているわけではないように思えた。


「誰も失わない。そう、約束したんだ」

 

 はっとする様な、真剣な声色に私は振り返る。ルルタは握った私の手を、何よりも大事な物の様に胸に抱いて、真っ直ぐに私を見つめていた。


 まるで私の瞳が見えているかの様に、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。

 私は何故か目を逸らせず、見つめ返すことしかできなくて。


「さあ、聖堂に行こうか」

 ルルタがそう切り出してくれるまで、私はしばらくそのまま動けずにいた。

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