第十五章 真っ暗聖女と白く輝く結婚を
「とても美しいです、妃殿下」
そう言うしかないだろうなあと思いながら、私は顔を上げた。大きな鏡に映るのは、白い紗を幾重にも重ね、金糸銀糸で刺繍を施した豪奢な花嫁衣装を着た影。
顔も分からないだろうに、それでも懸命に飾り立ててくれた侍女達の努力に、私は感心する。
美しいとしたら、衣装とその腕のおかげだろう。
「ありがとう」
私はなるべく上品に聞こえるようにと気をつけて答える。
今の私は聖女であり、この国の第二王子の妃であり、民衆受けの良いようにと『女神と大陸の救い主』だなんて大層な称号も陛下より賜ったりもしている。
妃教育という名の詰め込み教育のおかげで、少しはボロも隠せているといいんだけれど。
「妃殿下、お時間でございます」
私は頷くと、侍女達に衣裳の裾を持って伴われ、静かに部屋を出る。回廊を抜け、聖堂を目指して歩む先に、人影ひとつ。
「ルルタ殿下」
呼びかけ微笑むと、ルルタは、ほうっとため息をつき、笑みを返す。
「綺麗だよ、メイナ」
「嬉しいです、殿下」
その言葉だけが、私を本当の花嫁にしてくれるから。
手を優しく掬い上げ私を伴って歩き出すルルタの目に、私が美しく映っているのなら、それ以上望むことはない。
全てが終わり、魔物溢れが起こるかもしれないと言う緊張で疲弊した大陸の民の気持ちを盛り上げる為にと、国王自らが提案したのがこの結婚式だった。
初めは、こんな姿では王子妃としては相応しくないだろうと、式の辞退を申し出ると共に、ルルタは臣籍降下をと求めたが認められず。
それどころか、私を『女神と大陸の救い主』である『聖女』として讃える声明を出した。
巷では、今回の騒動が『真っ暗聖女の物語』として小説や演劇として楽しまれているそうで。原案はロマンス小説をこよなく愛するエウジェルム妃という噂も……。
「こんな綺麗なメイナを独り占めできるなんて、僕はこの国で一番幸せだろうね」
その声も、瞳からも嘘偽りは感じない。だからこそ、しん、と胸に染み込んでくる。
「今、絵師に油絵を教えて貰っているんだ。今日のメイナを目に焼き付けておいて、後から僕が描ける様に」
「楽しみにしております」
「僕らの間に子どもが産まれたら、見せてあげなきゃいけないからね」
私達にそんな奇跡はおこらないかもしれない。それでも小さな希望を見せてくれるルルタに、私は胸がふわふわする。この時だけ私は自分の姿を忘れていた。
ゆっくりゆっくりと進む先、聖堂の中には、見知った顔が並んでいる。
イウリスとエウジェルム、国王陛下と神官長、そうして今回の結婚式により恩赦を受け、後々は私の側付きに戻る事が決まったラウミと、村の代表として立っているカルス。
そこに前聖女ケイナーンことケイの姿がないのが残念だった。
ケイはあの騒動の中で、弱った体であったのに、イウリスとエウジェの元から姿を消してしまったと聞く。封印が緩んでいることに気づかず、みすみす魔女をのさばらせた事を気に病んだのだろうと二人には言われた……。
村には養い親だと思える人はたくさんいたけれど、その中でも一番私を大事にしてくれた人。
何処かで生き延びていてくれたらと、望むのは酷だろうか。
顔を上げる。正面で仄かに白く輝く女神像が私たちを迎えてくれた。
なかなか回復しないのか、あれから今日まで神域に私が喚ばれることは無かった。
大陸の魔力の巡りは滞りがない事から、もしかしたら回復のためにしばらく眠っているだけなのかもしれないとも思う。
神の時間と人の時間は等しくは無い。もしかしたら、私が生きている内には、もうお会いすることもないのかもしれない。
神官長が私達二人に祝福の言葉を授けてくれる。
私は、サイン一つで結婚を済ませたあの日を、まるで遠い事のように思い出す。それから、小さな頃のウルとした拙いけれど大切な約束も。
向かい合い手を取り合う。誓いの口づけはできない代わりに、ルルタが私の額に唇で触れる。
幸せで胸が一杯になる。ほんの少し、涙として溢れてしまうくらいに。
振り返ると、聖堂の外には騎士達の姿も。
魔物溢れの対処に出た中、聖騎士は誰も欠けずに戻ってきた。彼らが普段の訓練の賜物だと胸を張っていたと聞き、私はそんな彼らとルルタを誇らしく思った。
この後は聖堂を出て、馬車で城下をぐるりと巡る。少し前まではこの姿で王子妃なんてと思っていたけれど、民に愛される『真っ暗聖女』として、私も胸を張って行こうと思う。
手に手を取って歩き出す。神殿の天窓から差し込む光が、まるで祝福するように私達の周りをキラキラ踊る。
それは、一生忘れえない美しい光景だった。
私の中に居る『魔女』ケイナーンも、この光景を見ているだろうか。
詳しいことはわからないけれど、百年ケイの中に閉じ込められ、今度は私の中から出られない。起こした騒動は決して許されることではないけれど、でもどうしたってここから先、誰よりも一緒なのだから、幸せなのも綺麗だと思うのも楽しいと感じるのも、一緒に分かち合えるといい。そんなふうに思った。
『馬鹿ね、とんだお人好しだわ、この娘』
呆れたような声がした。
『こんな居心地の悪い体に留まるなんて、嫌よ。それなら連れて行って』
辺りを見回す。誰にもこの声は聞こえていない様だった。
『ほら、私と一緒の方が気が楽だっただろう?』
次の声はケイ。こちらも誰にも聞こえていない。私だけが不思議そうな顔で辺りを見るばかり。
「どうしたの、メイ?」
私は説明に困って、先ほどまで正面に立っていた女神像を振り返る。
「あっ!」
私の声に、ルルタも同じ様に女神像をふり仰ぎ、揃って声を失った。
いつの前にか、女神像の両脇には、二人の女性の彫像が寄り添うように現れていた……。




