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第十四章 女神と魔女3

 真剣な顔で、ルルタは私の手を取ってそう言ってくれた。


「ふふっ」

 私は笑う。ああ、どうやったら伝わるんだろう。どんな言葉よりも嬉しいだなんて。

「これから先、ずっと私にも見えない私を、代わりに見ていてくれる?」

「もちろん、喜んで」

 ルルタは答えると、私の指先に唇を落とす。それから手の甲に、掌に、手首に。

 そうやって少しずつ、私自身が私の形を忘れないようにとでもいうように唇で辿る。


 伝わる気持ちで私は胸がいっぱいになる。


「どうあっても、僕の方に君を手放すつもりが無いって事、忘れないで」

 私は返す言葉を選べずに、何度も頷く。

 それから、気持ちを入れ替える様に大きく深呼吸。


「院長、もう大丈夫です!」


 両手を大きく振りながら壁際のカルスに声をかける。

「よし、じゃあやるか!」


 殊更明るい声を返し、カルスが駆け寄ってくると、先ほどとは違う色の瓶を取り出し、今度は私に中身を景気良く振り掛けた。

 その勢いに思わず身を竦める。


「これで、今度はメイナだけが見えている状態だ。あからさまな罠だと思うだろうが、向こうにだって時間はないはずだ。出てこないわけにもいかない。怖いだろうが、出てきたら魔女のなすがままに任せるんだ」

 カルスの言葉を聞きながら、ルルタは渋々私から距離を取り、聖堂に並ぶ椅子の後ろに身を隠した。


 私はどうしていれば良いのかがわからず、とりあえずいつも聖堂に居る時と同じ様に、祈る姿勢をとる。


 私は餌、美味しい餌だ。どうか食いついて……。


 しばらくそうしてじっとしていると、女神像の辺りの空間に小さな穴が開いた。

 初めは黒い煙が立ち上った様に見え、それがやがて手足を形取り、次に長い髪がゆらりと揺れた。


 現れた魔女ケイナーンは首を傾げた。

「なあに、あなたもう逃げないの?」

 優雅に私に手を伸ばす。探る様に私の頬を撫でた。


「……何か企んでいるんでしょう? でも」

「ああっ」

 ずぶり。魔女ケイナーンの指が私の胸に沈む。氷のような冷たさがそこから広がって、酷く気持ちが悪い。

 奥歯を噛み締めて私はそれに耐える。

「貴女の中に入ってしまえば、どうにでもなるわ」

 勝ち誇った様な魔女ケイナーンの声。


 冷たくて苦しくて、私は小さな頃に川に落ちた時を思い出していた。あの水の冷たさと、息苦しさと、心細さ。


 私の中に全て受け入れるまでが、ただ、長く感じられた。





 ふわふわ、ぽかぽか気持ちいい。

 

 私は、良く回っていない頭でそう考える。

 手も足も、何かに包まれているみたいに暖かくて心地よくて。


 「いい?」


 何を聞かれているのかも良くわからないけど、その声は好き。

 だから「うん」と、答える。


 答えると、いっそう全身暖かくなる。日の光の中で昼寝をしている時みたい。


 気持ちいいに包まれる感じ。


「ずっとこうしていたいな」

 私の言葉に、冷たい何かが私の頬の辺りに落ちる。

「そう、だね」

 切れ切れの声が返る。泣いてるのかな。


 私は両手を伸ばして、声の主をぎゅうっと抱く。

 暖かいをくれるあなたが、悲しくないように。泣かなくていい様に。


「ずっとこうしていたいね」

 優しい言葉が雫と一緒に降ってくる。私はきっとその時、嬉しくて笑ったんだと思う。




「メイナ様、メイナ様」


 私を呼ぶ声が聞こえる。混濁した意識から、私は私を引っ張り上げた。

「おはよう、ラウミ」

 薄く目を開けると、そこにはいつもならぴしっと背中を伸ばして立っているはずのラウミが、こちらに身を乗り出して私を呼んでいた。

 頭をぐるりと巡らせて見ると、肩越しにルルタが見えてびくりとする。

「あれ?」

「殿下はそのままで大丈夫です。メイナ様は一度こちらへ」

 なんだか悪い夢と良い夢を見ていた気がすると思いながら、私は身を起こす。……なんだか、体が重いし痛い。


 ラウミに伴われて、私は用意されていた浴槽に手をかけて、気づいた。

「そうか、元通りなんだ……」

 手が黒い靄の様なものに覆われていた。目を落とすと、足も同様だった。

「ああ、だから世話に慣れているラウミが居るの?」

「そうです。引き継ぎが終わるまでは陛下に温情をいただいていますので、もう少しだけお世話させてくださいね」

 ずっとでもいいんだけどな、と私は思うけれど、きっとそういうわけにはいかないんだろう。


 お湯にずるずると沈み込みながら、私は行儀悪く天を仰いだ。魔女ケイナーンは無事に私の中に封じられたんだろう。この真っ暗な体から、外に出ることはもう出来ない。


 目を閉じて自分の中に存在を探すけれど、随分と奥に居るのか、まったく何も感じられない。


「全部終わったの?」

「そのように聞いております。くわしくは、後ほどカルスがこちらに説明に来るかと」

「そう」


 私は崩した姿勢を戻し、ラウミが髪を洗うに任せる。丁寧に髪を漉きながら洗うラウミの指が心地いい。


「女神様、大丈夫だったんでしょうか」

「先ほど神官が解放され、早速に神託があったと聞いています。女神様のお力の回復には時間がかかるものの、大地の魔力の巡りには問題はないと。力が戻ったらまたメイナ様をお呼びするという事でした」

「それなら良かった」

 私はまたちょっとふわふわした頭のままで、女神の無事を喜んだ。

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