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第十四章 女神と魔女1

 当然、神域からの声は向こうに届かない。

 ルルタの動きは止まらず、私は真っ赤になって両目を手で覆った。……両目を手で?


 気づけば、何故か両手が自由になっていた。体を捕らえていた鎖が消えている。ちらりと横目で様子を伺うと、ケイナーンも同じ様に真っ赤な顔を両手で覆っていた。

「なんて破廉恥な事を……」

 手を離したせいで、足元に杖が落ちている。

 

 と、いうことは。


『今です! 体に戻るのです、メイナ!』

 拘束を解かれた女神シウナクシアが叫ぶ。

 声で我にかえったケイナーンが杖を拾い上げる間に、私に手を差し伸べた。駆け寄りなんとかその手に触れると、女神の指先に眩しい光が宿り、光は私を膜の様に包んだ。


 目を開けていられないくらいの光。


 そうして、次に目を開けた時には、目の前にルルタの瞳の琥珀色が広がっていた。

「わー! 止まって、止まってください、戻って来たから!」

 唇が触れる寸前で、私はルルタの顔を押し留める。ルルタは、ちょっと残念そうに動きを止めた。

「ただいま、ルル。院長も!」

 私の声に、カルスは片手を上げて応える。

「おう、戻って来たか、メイナ」

 名残惜しそうにしているルルタに下ろしてもらい、私はぐるりと辺りを見回す。

「聖堂にあった杭は無事に取れたの?」

「さっきメイナが流し込んだ光の魔力で、無事に消えたみたいだよ」

 そう言い、ルルタは女神像のある辺りを指差した。

 そこには二人の女性の姿。


 一人が床に座り込み、泣きじゃくっている。

 その傍に腕組みをして立っているのは、ラウミのようだった。


「貴女がこんなに浅慮であったとは思いませんでした。よりによって、聖女様を貶め、女神様を害する事に手を貸そうとは……」

「だって姉様はルルタ殿下の為にと、あれほど妃教育にも一生懸命でいらしたのに、あんな急に現れた聖女などに!」

 座り込んだままの女性が、必死にそう言い募る。ラウミは、深くため息をついた。


「貴女にも父様にもきちんと説明しておくべきでしたね。私が教育に懸命だったのは、今後一人で生きていくための糧となるからですし、聖女様に誤解を受けてもいけませんから言っておきますが、私はルルタ殿下にはこれっぽっちも興味がありません」

 きっぱり言い切ると、ラウミはこちらに目をやり、私が自分の足で立っている事を確認すると安心した様に笑った。


「レイリ、ルルタ殿下にとって聖女様以外の女性など、私が出会う前から目に入っていないのですよ。急に現れたのはこちらの方なのです」

「そんな……」

 レイリと呼びかけられた女性は、服や化粧で見た目が随分変わっていたが、言われてみれば以前一度ラウミに代わって世話に付いてくれた事がある女性だった。


「誤解だったでは済まない事ですよ。私達、ロウデル伯爵家の者は、二度と表舞台に出ることはないでしょう。大人しく沙汰を待ちましょう」

 ラウミがこちらに深く一礼し、レイリに手を貸して立ち上がらせた。


 そして無理矢理、レイリにも頭を下げさせ、ゆっくりと聖堂から姿を消した。





「メイ」


 今にも泣き出しそうな声で名を呼ばれ、強く抱きしめられる。ルルタはそのまま肩口に顔を埋め、暫くじっとしていた。

 私は少し迷ってから、そっと赤金の髪を撫でた。

 しばらく、柔らかな髪を指で梳いていると、ルルタの腕からゆっくり力が抜けていく。



「もうどこにもいかないと約束してくれる?」

 顔を伏せたままくぐもった声で言うルルタに、私は髪を梳く手を止めて、肯定を示す様に頬に自分の頬を触れた。

 互いの温もりがじんわりと伝わって安心する。

「うん、何処にも行かない。ルルの側にいるから」

 そう答えるとようやくルルタが顔を上げ、笑顔を見せた。


「よし! ダメ元の作戦だったが、うまくメイナがこっちに戻って来た! あと一息だな!」

 カルスは大きな声でそう言い、こちらにいそいそと近寄ってくる。

「陛下の策はもういいのか?」

 ルルタが問うと、カルスは顔色ひとつ変えず。

「何のことだ?」

「ロウデル伯爵を泳がせ、城を囮にした割には大した獲物はかからなかったようで残念だな。どうせ僕を探しに出たと見せかけて、精鋭の騎士達だけは後方の砦にでも潜ませていたんだろう」

 ため息をひとつ落として、ルルタは続ける。

「それでも、メイナを巻き込んだ事については、あとで直に話をさせてもらうけどね」


 カルスは直接的な返事を避ける様に、目を伏せ小さく呟く。

「より多くを守る、そういう目が必要な場面もあるからな」

 それからカルスは、ゆっくりと顔を上げて私を見た。


「……メイナ、頼みがあるんだが」

「院長の頼みだなんて、碌なことがなさそうですね」

 カルスがどんな立場の人間かちょっとだけわかった気がしたけれど、私はいつも通りに軽く返した。

 どんな人であろうと、この人は私の養い親の一人で、私の事をいつだって心配してくれていたのも知っているから。

 何を優先するかを選ぶ立場に無いだけで。


 そんな風に割り切った私に、カルスはこう願った。


「もう一度、『真っ暗』に戻ってくれないか?」

 と。

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