第十三章 聖女と魔女3
「ケイおばさん! どうしてここに?」
私は杖を振り上げるケイナーンに呼びかけた。その向こうにうっすらと女神シウナクシアの姿が見えている。ということは、ここはよく来ていた神域なんだろう。
そこに、今は聖女ではないケイナーンが何故居るのかが私にはわからなかった。
「あら、今代の聖女ね。そんな顔だったの」
「ケイおばさん?」
何となくいつもと違う気がして、私は目を瞬く。
「ケイナーン様とお呼びなさいな、馴れ馴れしい」
吐き捨てる様にケイナーンはそう言うと、私の方に歩み寄ってくる。
「でもまあ、及第点ね」
何がだろうと思っていると、私の顎にぐっと手をかけ顔を上向けた。値踏みする様な目でじろじろと見てくる。
「このくらいの容姿と力があれば、磨き方でなんとでもなるでしょう」
「あれ、なんか若くなってる?」
何となく失礼なことを言われてるなあと思っていたが、それよりも近くで見たケイナーンが、すっかり若返っている事の方が気になった。
「私はずっと若く美しいわよ!」
言葉と共に軽く頬を張られて、私は驚き目を見開く。そんなに痛みはなかったけど、今までケイナーンはそんな事しなかったから。
そこに、微かに声がした。
『メイ、ナ……逃げるのです』
「うるさいっ!」
ケイナーンは手にしている黒い杖を掲げて、強く引く。杖には同じく黒い色の鎖が繋がりその先には……、
「シア様!」
私は駆け寄ろうとして、ケイナーンに阻まれる。
「シア様に何してるの!?」
「正当な仕返しよ」
ふん、と鼻で笑うケイナーン。その向こうに居る女神シウナクシアの四肢は、ケイナーンが操る鎖によって拘束されていた。
「シア様にこんな事するなんて、あなたはケイナーン様じゃない!」
「馬鹿ね、あなたが知るその女こそ、ケイナーンではないわ。そこの女神と共謀して私の人生を盗んだ泥棒猫よ」
そこまでで言葉を切ると、ケイナーンはすうっと目を細め、堂々と名乗りを上げた。
「私こそがケイナーン、ケイナーン・ロウデル。ロウデル伯爵家の黄金の華と呼ばれた本当の先代聖女よ」
「ロウデル伯爵家って、ラウミの、家……」
「ああ、今は次女があなたの側付きらしいわね、使いやすくて丁度いいわ」
機嫌が良さそうにケイナーンはそう言い、唇の端を持ち上げて不気味に笑う。
「安心なさい、今すぐには貴女に手は出さないわ。……ケイって女にはもう復讐が済んでいるし、あとはそっちの女神だけなの」
「させない!」
私はケイナーンから杖を奪い取ろうと掴みかかった。だけど、簡単に躱されてしまう。
「だから、ちゃんと後で構ってあげるから、大人しく待っていなさいというのに」
「あっ」
私は杖を奪うどころか、あっという間に鎖に拘束されていた。いつの間にこちらへ向かって来たのかもわからなかった。
「私に敵うわけがないでしょう? 今の貴女は溜め込んでいた力の全てを使い果たしたばかり。しかも魂と肉体の繋がりを絶たれている状態では力の回復も殆どできないのに」
一体何でできている鎖なんだろう、体がまったく動かない。
「これはね、私の魔力で編み上げた『光繋ぎの鎖』。光の魔力を吸い上げて、それを拘束する力に代えるから、光の魔力を使う者には神であれ人であれ良く効くのよ。ケイの中でいつか復讐できると信じて、少しずつ少しずつ作っていたの。すごいでしょう?」
ケイナーンが強く杖を引くと、鎖はギリギリと私の体を締め付けて来た。
「ふふ、女神はこの神域に縛り付けて、見ているだけしか出来なかった私の気持ちをしばらく味わってもらうわ。その後は私の力の供給源にでもしましょうか。そっちの貴女はあとからゆっくり力を魂ごともらってあげる。安心して、体も私が有意義に使ってあげるわ。そうして私、今度こそ殿下の元に行くのよ」
「殿下……」
私自身の事よりも、もしかしてルルタが狙われているのだろうかと、私は焦る。
「隣国の王子、ルトルゥ殿下よ。直接お会いしたことはないけれど、伝信の魔法道具越しに見る姿は百年前に私を愛してくれていた殿下とそっくりなの。……きっとあの方の生まれ変わりだわ。この国を捧げれば、私を妃にすると約束してくださったのよ」
「そん、なの、本当か……わからないじゃない、ですか」
私は苦しい息の中で、必死に言葉を紡ぐ。
「黙りなさい!」
一層強く鎖を引き絞られて、私は呻いた。
そこに、歓喜の声が上がった。
「まあ! 向こうから来てくれるなんて、手間が省けました」
ケイナーンが嬉しそうに手を振るうと、それに合わせてぼんやりと動く人影が見えて来た。
「聖堂の様子が見えるわ、ほら、あなたの体がこっちに来てくれたのよ」
「私の、体?」
私は言われるままに顔を上げる。
「ルル! 院長!」
そこには私の体を抱きかかえたルルタと、その後ろで支援するように立つカルスが見えた。
「魂が聖堂から繋がるこの神域にあると思って、駆けつけて来たのね。体を魂から離しすぎない様に」
ケイナーンが唇を歪める。
「これで舞台は整ったわ。女神の方は後回しにして、まずは貴女の魂を私の物に……それからゆっくりと貴女の体もいただきましょう」
ケイナーンの手が私の心臓の辺りに押し当てられた。触れたところが、ぞっとする程に冷たい。逃げようと体を捩るが、鎖のせいでまったく動けない。
そこに声が響いた。聖堂の二人の声の様だった。
「メイ、聞いてるかな? カルスも覚悟したね?」
カルスが悔しそうに、顔を伏せる。
「認めたわけじゃないからな!」
その返事に頷くと、ルルタはほんのり赤い顔でぎゅっと目を瞑り、口を開いた。
「早く戻ってこないと、ここで口づけ以上のことをするよ! メイ!」
予想を大きく外れた発言に、神域の私もケイナーンも呆気に取られる。
しかも、言葉だけではなく、ルルタの顔が魂が入っていないとはいえ私の顔に覆い被さって……。
「せ、聖堂でなんて不謹慎な事をするんですかー!」
私は、全ての力を振り絞って、叫んでいた。




