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第十三章 聖女と魔女2

 ケイは自分の人生が映画の様に目の前に流れていくのを観ていた。


「これが走馬灯というものかね」


 ケイが生まれた世界では、死を前にして見ると言われていたものだった。

 それならもうこの上映が終わったら、ケイの命もエンディングを迎えるのだろう。


「ふふ、いろんなことがあったねえ」


 両親を早くに亡くし、まだ小さな弟妹もいたので家を支えたくて、必死に勉強して整体師になった10代。

 国家資格を得てもっと収入を上げたいと、仕事に勉強にと昼夜なく努力し続けた20代。

 なかなか試験の結果が出せず、無理をしすぎて限界を超えたと気がついた30代。時すでに遅く、見事に過労で倒れた。


 薄れていく意識の中で、ケイはこれは死ぬなと悟っていた。死亡保険はそこそこかけておいたので弟妹はなんとかなるだろう。でも、それなら少しぐらいは普通の女の子として恋をしたり結婚も経験してみたかったなあ、とほんのり後悔していたところで声を聞いた。


『あなたの望む物を与えましょう。ただし、今のあなたではない人として』


「え、結構です」


 ケイは素気なく秒で断った。

『え?』

 声は即答したケイに戸惑ったようだった。

「結構です。なんだかよく分からないですが、他人として生きたいわけではないですし」

『あの、あのですね、あなたがうんといってくだされば、その世界では『聖女』として高い地位を持ち、王族と結婚して、死ぬまで働く必要の無い人生が待っているんですよ?』

 声はそう続けた。でも私は重ねて首を振る。

「でもそれは私の人生じゃないんですよね?」

『それはそうですが……』

「他人の人生を乗っ取れって言うんですか? 嫌ですよ」

 私は心底嫌だと言うふうに、顔を顰める。

『でも、このままでは後悔を残して死んでしまうのですよ?』


「うーん、それは確かにそうなんですけど、後悔の一つくらいは持ってみんなあの世に行くんだと思うんですよね」

 ケイはあっさりそう言い、意識が薄れるに任せた。

『お願いです~~少しだけ私の話を聞いてください~~』

 そこに縋る泣きそうな声。

「仕方ないなあ、ちょっとだけですよ」

『ありがとう!』


 その声の主は、ケイがいる世界とは別世界に居る女神だと言った。名前はシウナクシア、呼びづらいのでシアと呼ばせてもらうことにした。

 さて、問題はシアの守る大陸で起きているんだそうで。百年に一度、女神の目として各地を回りながら大陸の平和を保つはずの聖女が、海を挟んだ隣国の王子と恋をした。そこまでは良かった、その王子を喜ばせる為に大陸ごと差し出そうとするまでは。


『その心が魔力を変質させて、あの子は魔女に変わってしまった。そのせいで今まさに力を制御できずに暴走を始めて……私の守っている大陸どころか、世界ごと滅亡させようとしているんです。あ、それならあの子ごと消してしまえばいいと思いました? あの子くらい魔力の高い子が聖女じゃないとそれはそれでこの大陸を浄化できなくて……。それでいろんな方法を考えたんですが、この際、中身を入れ替えちゃえばいいと思って』


 シアはなんとかケイを逃すまいと、怒涛の勢いで説明を聞かせてくる。


 ケイは絶対嫌です、と答えて、あの世への一歩目を元気に踏み出した。




 ケイが次に目を開けた時に見たのは、えらく美形揃いの男性たちだった。

「聖女様! 目が覚めたのですね!」

「3日も高い熱が続いて、心配いたしました!」

 

 あの女神やってくれたなと思う中で、ケイは次々声をかけられながら、とりあえず記憶喪失を装った。聖女の従者だという男性達は皆、ケイを心配し、言うままに何でも揃えてくれたのでその間に情報収集を続けた。


 ケイが代わりになったこの少女は、ケイナーンという名だった。

 ロウデル伯爵家の末娘にして、魔力が高く、美しく、我儘なご令嬢。

 彼女の魂がどこへ消えたのかは知らない。知ればケイが気に病むと思ったのだろう、シアは教えてくれなかった。


 ケイナーンは、隣国の王子に振られたことになっていた。けれど、女神の力なのか魔女になり世界を滅亡させかけたことについては無かった事にされて、ちゃんと聖女のままだった。何が原因なのか、後方から常に光が差すという謎仕様だったのは正直参ったけど。


 少しして聖堂でシアの分身体と再び話しをした時には、まあ、めちゃくちゃに謝られた。謝られたからと言って何も変わらないので、とりあえず何が起きていて、どう事態を収集するべきかを話し合った。

 聖女というのは、女神シウナクシアの魔力と親和性が高く、人の身でもその力の一端を宿せる者。大陸を旅しながら、魔力の澱みを浄化して回るのが仕事だという。


「うーん、なんか効率が悪い気がする」

 ケイは、今のイケメンをゾロゾロ連れた諸国漫遊スタイルにいまいち納得がいかなかった。

「現場を知るのは悪いことじゃ無いんだけど、何年もかけて対処しているうちに、最初に回った地域ではまた魔力が滞ってって、無限ループじゃない?」

『でも、ずっとこうして来たのよ?』

「この大陸はシアの体から出来てるんでしょ? だとしたら、魔力の滞りってシアの体の歪みのせいなんじゃないの?」


 馬鹿みたいな思いつきだな、とその時は思った。でもケイはその思いつきを一度試してみることにした。


「はい、じゃあ背中から押しますね」

『え、ちょっと、いた、痛いわっ』

 身を捩り逃げようとするシアを捕まえて、ケイはゆっくり、ゆっくりとシアの分身体を揉みほぐした。最初は指が入らなかった肩も、何度か繰り返すうちに柔らかくほぐれていった。

 内に入り込んでいた肩を広げ、関節の可動域をぐぐっと伸ばし、首の辺りの緊張を緩めながら、ケイは今まで覚えた全部で、シアの体を整えた。


『嘘、魔力の巡りが整って、大地が浄化されてる……しかもすっごく体が軽いわ!』

 嬉しそうに笑うシアに、ケイナはなんだか達成感と充足感でいっぱいだった。学んだこと、頑張ったことは無駄じゃなかったって、そう思えて。


 それからは、取り巻きを徐々に減らして、聖堂に籠る様になった。現地にいかなくてもちゃんとお役目が果たせるんだと証明してから、シアから神官にも神託を下してもらって、聖女のお役目は変わることになった。

 過去の文献から、今までの方法は消した。あんな手間のかかる事を後世に残してもなと思ったから。


 方法がよほどに合っていたのか、一年程度でうまく大陸の浄化が終わり力を返したら、後ろから光が刺す不具合も消えた。そして女神はケイの望み『長寿』を叶えると、長い眠りについた。


 そしてケイはたった一人だけ最後まで残っていてくれた、この国の第二王子と結婚し、子供が産まれ、孫ができて、夫を看取り……いつの間にかこちらの世界にいる時間が、前の世界を超えてしまった。


 流れる走馬灯を見ながら呟く。


「罰が当たったのかもしれないね」

 ケイは、ずっと自分が入れ替わった魂のことを思い出さなかった。思い出さない様にしていた。


 自分の中に存在があることを知らないわけでは無かったのに。

 彼女はずっとケイを通して世界を見ていたんだろう。……自分の人生が奪われる様を見続けるのは、どれだけ辛いことだっただろうか。


 だけど、その責を負うのは、ケイと女神シウナクシアだ。メイナではない。


 ケイはだから、自分を誘う鮮やかな思い出に背を向ける。


 シア……、女神シウナクシアのもとへ行かなくては。


ただ、一心にそう思った。

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