第十二章 聖女と聖女3
「よし、着いたぞ」
揺れる馬車の中、そろそろ限界かもと思った所でのイウリスの声。
長く息を吐いて心を落ち着かせてから、私は恐る恐る窓から外を見て、息を飲んだ。
「まだ魔物が……」
荒涼とした大地に、獣の姿をした闇がゆらゆらと揺れていた。
「さっき一度片付けたのに、また湧いたみたいだね」
「……さっきより魔力の流れが悪くなってるみたい」
私の目には、はっきりとそれが見えた。通常であればさらさらと流れる魔力が詰まり、かと思えば強く流れている場所もある。
「急がないと!」
私達は、急ぎ馬車を降りた。
その間にも立ち塞がる様に次から次に魔物が増えてゆく。
「兄上、義姉上、おまかせできますか?」
ルルタの問いに、当然だというふうに二人が頷く。
「こっちは俺がエウジェと何とかするから、とっとと片付けて来い」
「いくらでも燃やして差し上げますから、ごゆっくり」
ふふ、と笑うエウジェが優雅に手を持ち上げた。その指先から火花が散る。
「行こう、メイ!」
「うん!」
ルルタは二人の方を振り向かず、私の手を取って走り出す。
その背中を信じて、私は必死に足を動かした。
加護が私の中に揃ったからなのか、ケイナーンが言っていた場所が地図を見なくてもわかる。
大地深く流れている魔力が、所々で地表近くまで上がって来ている場所がある。その中でも最も大きく、最も強い魔力を感じる地点を目指して走って、走って。
そうしてなんとか無事に辿り着いたのは、ぱっと見るだけではただの荒野。だけど、私はその場所に強く引き付けられた。
間違いない。ここが魔力の巡りを整えられる場所。
ここから、大陸全ての魔力の巡りを整える。そうすれば、この大地の上の皆を守れる。
それが出来るのは、今、私だけ。
……そう思うと、途端に息苦しくなる。
「私、杖も無いのに、できる、かな?」
頑張らないといけないとわかっているのに、どうしてだろう、手が震えてしまう。
「大丈夫」
言葉と共に、ふわりと背中側からルルタに包まれる。
「メイが自分を信じられないなら、僕を信じて。僕の言葉だけ聞いて」
私はただ頷く。少しずつ、手の震えがおさまってゆく。
「ねえ、メイは真っ暗になってしまうくらい強く『光の魔力を受け』続けてたんだよ。ほとんど使う方に回せなかったその力はここにある」
その言葉で、私の体の奥底にある光が見えた気がした。道標の様に。真っ暗な中に小さく光っていた『聖女の証』のように。
「この国とかそんな大きなことじゃなくて、メイが今までに出会ったみんなの顔を思い浮かべてみて。手の届く人たちだけでも失わない事がメイの望みでしょ? だから、まずはその気持ちだけでいいんだよ」
私の手の届く所、この手で触れて、癒したい守りたいと思うみんな。
思い浮かべたら、怖いと思っていた気持ちが綺麗に消えていった。
そうだ、この大地は女神シウナクシア。巡りが整えば、きっといつもみたいに嬉しそうに笑ってくれる。
私は、手を組み合わせ目を閉じる。自分自身がこの大地に繋がる所を思い描く。
そうして光が、一面に広がった。
「大地が……光っている」
イウリスは、思わず魔物と向かい合っていることを忘れ、手を止めた。エウジェも同様に辺り一面の光に動きを止めた。
大地を覆うその光は暖かく、心地よく、そして目が離せなくなるほどに綺麗だった。
そう感じたのはイウリスやエウジェだけではなく、各地で魔物と対峙していた騎士や神官達、魔物溢れの兆候に怯えていた人々、そして港町で捉えられていた隣国の者も皆、動きを止めてその光を見た。
「素敵な光ね」
エウジェの言葉にイウリスは頷き、それから魔物の只中に居た事を思い出し、我に返ると辺りを改めて見回した。
「魔物が消えている」
先ほどまで二人を取り囲んでいた魔物はすっかりと姿を消し、そこには本来の姿を取り戻し、大地を駆け去って行く獣達が居るばかりだった。
命を奪わずに元に戻すことはできないはずの魔物達が、ただの獣に戻っている。
「聖女がやってくれたか」
ははっと笑い、イウリスは思わず地に座り込むと、エウジェの袖を引いた。エウジェがよろめいて待ち構えていたイウリスの腕に収まる。
「もう魔力も限界だ、一緒に休んでくれるか?」
「メイ様とルルタ殿下が戻るまででよろしければ」
そう言いつつも大人しくイウリスの胸に身を預けるエウジェ。既に二人共に魔力は尽きる寸前だった。
「後は王都の奴らを片づけるだけだが、後はカルス辺りがなんとかするだろう。正直そっちまでは手が回らん」
天を仰ぐイウリス、少しウトウトとしているエウジェ。そんな穏やかな二人の時間は、戻って来たルルタの言葉によって終わりを告げる。
「メイが、メイナが、目を覚さない」
メイナをぎゅっと抱きかかえ、真っ青な顔でルルタはそう、縋る子供の様な声で訴えた。
「ここは?」
魔力の流れと一つになった様な感覚がして、その先に女神が繋がっていると分かった途端に私は、光の中に居た。
目を射るような強い光ではなくて、柔らかくて優しい。それは女神シウナクシアの笑顔みたいな光。
「シア様?」
光の先に呼びかける。そこにきっと女神が居ると、そう思った。だけどそこに居たのは、女神だけではなかった。
杖を翳し、険しい顔で私を振り返ったのは、前聖女ケイナーンその人だった。




