第十一章 真っ暗聖女、聖女の騎士1
「いいからさっさと入ってください」
黒神官は冷たくそう言い、構わず私を転移門へ押し込もうとする。
「え、待って、待ってください、ちょっと!」
私は押し込まれまいと抵抗する。
「すぐ船でこの大陸から出ないといけないんでしょう? だから今、ちょっとだけでいいんです!」
「手を離しなさい。港で少しくらいなら時間を与えましょう」
「嫌です! 今がいいんです!」
私は必死だった。片手で入り口の柱、もう片手でイウリスを捕まえて、絶対に動かないんだと粘る。
「わかった、何が聞きたいんだ?」
「殿下!」
咎める黒神官の声に、イウリスはため息で返す。
「仕方ないだろう、さっさと話を済ませた方が早い」
「ありがとうございます! 聞きたいのは一つだけです。ルル様は、小さな頃はウルと名乗っていましたか?」
「そうだ。それ以上は、俺の口からは語れん」
「それで十分です……」
私は手を離し、黒神官に促されるままに転移門へと足を踏み入れた。
ルルタはやっぱりウルだった。
私は、それを知って胸がぎゅっと苦しくなる。
あの時の約束をきっとウルは後悔したんじゃないかと思っていた。だから姿を現さなくなったんだって。
最初の内は冗談だよって、笑って無かったことにしてくれていいから、また会いたいと思っていた。でも時間が経って、段々と腹が立って。
だから約束なんて忘れる事にした。『いつまででも待つよ』なんて言ったくせに、ウルが私を裏切ったんだと思い込んで、悲しくて、悔しくて、記憶の奥に仕舞い込んだ。
でもウルは……いや、ルルタはあの時の約束を守るつもりでいてくれたんだ。ずっと考えていてくれたんだ。
嬉しくて、申し訳なくて。
この後、大陸を去ることになるなら、最後にもう一度だけでもルルタに会いたかった。会って、『ありがとう』と『ごめんなさい』を伝えたかった。
もしできるなら、なんで再会した時に教えてくれなかったのか、『白い結婚』を誓ってくれたのかも聞きたかった……。
「おかしいですね」
出口側の扉に手をかけて、不意に黒神官が声を上げた。考えに沈み込んでいた私は、その声にはっと我に返る。
確かにおかしい、転移門は通常入ったらすぐに転移先の門に繋がる。繋がれば、出口側の扉は自然と開くのに。
何度かガタガタと扉を揺らし、開けようとするがまったく開く気配がない。
「俺が試してみる、少し退いておけ」
イウリスはそう言うと、黒神官を後方に追いやった。
そして扉に手をかけたイウリスが、一瞬ちらりと私をみる。
次の瞬間、グッと腰に腕が回った。
「え?」
扉が開くと同時に、私の体が宙に浮く。何が起こっているのか分からないが、イウリスが叫ぶ声が聞こえた。
「緊急時だ! 見逃せ二人とも!」
声と共に、轟音と炎が走り、私は目を瞑り必死に頭を抱える。
「メイー!」
名前を呼ばれて、私は恐る恐る目を開いた。
「ルル様!」
一番会いたかった人が、そこに立っていた。
「ルル様!」
私は、噛み締める様にもう一度名前を呼ぶ。
イウリスは荷物の様に小脇に抱えていた私を、そのままルルタにずいっと差し出す。
「なんでメイを荷物みたいに抱えてるのかな?」
「そう言うが、横抱きにしたらしたで、文句を言うだろうが」
イウリスの言葉に不満そうな顔をして、それからルルタは跪いてそっと私に両手を広げた。
「怖かったでしょう? 粗野な兄上でごめんね」
私はおずおずとその手の中に収まる。首筋に両手を回してしっかりと掴まるとルルタはゆっくり立ち上がり、私を横抱きにした。
顔が近くて落ち着かない。
「粗野とはなんだ、こうやってお前の女神を無事に送り届けてやったのに」
「……まず、隣国に付け入る隙を与えた兄上が悪いんですから、メイを無事に返してくれるのは当然です」
二人のやり取りを聞きながら、私は何が起こっているのか分からず、戸惑うばかり。
そっと出て来た転移門の方を見れば、門は崩れ、瓦礫の中から呻き声が聴こえている。
そこに、コツコツと靴の音を鳴らし、一人の女性が近づいてくる。
「二人とも、まだ全てが解決したわけではないのですが、それはお分かりですね?」
その声に、イウリスがピシリと背筋を伸ばした。
「勿論わかっているよエウジェ」
「それならば、まずやるべき事はなにかしら?」
「情報の擦り合わせ、か?」
角度で色が変わって見える不思議な瞳、白金の髪、その美しい女性はイウリスの言葉ににこりと笑い、首を振った。
「そこの鼠を引き摺り出す事です」
「まかせておけ!」
イウリスは輝く笑顔で返事をひとつ。瓦礫の前に向かうと、腕を突っ込み、黒神官を引っ張り出した。
「お前達、何をしたのか分かっているのか、私にこんな事をして、我が国は黙っていないぞ!」
ボロボロの姿で、それでも偉そうに言う黒神官に、エウジェと呼ばれた女性は一言。
「黙っていますよ、当たり前でしょう」
と切って捨てた。
「今回の件を戦争の発端にしたくないのなら、貴方の国は必ず貴方を切り捨てます。『関わりのない何者かが勝手に行った事だ』として、貴方の引き渡しすら求めないでしょう」
思い当たる節があるのか、黒神官はぐっと言葉に詰まる。
「争わず、国力を適当に削いでから良い様に操るなら旨味もあるでしょう。ですが真っ当に争った場合、あなたの国も同様に疲弊しますので」
黒神官が、がくりと両手を地につき、項垂れた。
「さて、船にいた貴方のお仲間はとっくに我が国に忠誠を誓うと言ってくれましたが、貴方はどうします? まあ、嫌だと言ったら、消し炭になるだけですが」
エウジェは容赦無くそう良い、靴の先で黒神官の目の前の床を軽く叩く。
一瞬で、炎が花開いた。
鼻先を熱波が掠め、黒神官はその場で跳ねると平伏する。
「エウジェルム妃よ、私は貴方の僕となりましょう」
震える声でそう言う黒神官を一瞥し、エウジェは頷く。
それからゆっくりと私をふり仰ぎ、エウジェは美しく笑った。




