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第十章 真っ暗聖女、二人の王子

 あの瞳、奥底でキラキラと光が弾けて踊る独特な瞳。


「ルル様が……ウル?」


 そうかもしれないと思うと、色々と不思議な事がある。村に遊びに来て居た時のウルは、確かに女の子だった。怪我の対処の時にだって、簡単にとはいえ確認してる。

 じゃあルルタが女性なのかといえば、そんな事もない……。


 未だ、実際の夫婦といえる関係はないとはいえ、寝室で侍女に着替えを手伝わせている所くらいは見る機会もあった。

 普段から胸を抑えるような不自然な装いでもないし。


 うーんと悩み視線を落とした所で、私は街からそのまま着てきてしまった魔法道具のマントが目に入った。この魔法道具で認識阻害ができるなら、もしかしたら男女の認識を誤魔化すような魔法道具だってあるかもしれない。


「まあ、帰ってくればわかるはず! それにしても、不思議な魔力だったなー」


 先ほどのルルタが見せた光は、神官の浄化の力に似ていた。

 聖騎士の中には、神官には及ばなくても、少しは浄化の力を持つ者も居るとは聞く。でもルルタの力は神官の浄化より格段に強く苛烈、というか攻撃的に感じた。


 ウルとして会っていた頃も、少し浄化の力があると言って見せてくれた事があったけど、その時とは全然違う。 


 そこまで考えて、気持ちを切り替えるように頭を軽く振る。

「とりあえず、まずはやる事やってから、だよね」

 ケイナーンから託された杖をぎゅっと握ると、地図に記されて居た辺りに目を凝らす。予想通りならそこには魔物が湧いているはず。

 ここからルルタや魔物の姿は見えないけれど、光が飛び散るのだけは時々遠くに見えた。


 ルルタが帰ってきたらすぐに動けるようにと、私は馬に載せておいた皮袋から簡単な保存食と水筒を二人分取り出し、ケイナーンに持たされた鞄に入れる。

 杖を使って強引に魔力の巡りを戻し、女神の胸につかえているはずの邪魔な杭を排除するには、どれだけ時間が掛かるかやってみないと分からない。

 もしかしたら一晩中かかるってことも……。

 

 不安だけど、それでもやってみせる。

 この大地の上に居るたくさんの人の為、というのもあるけど、私がゆっくり体を揉みほぐしているといつも気持ちよさそうに、蕩ける笑顔を向けてくれるあの女神の為にも。


 「よし!」

 気合を入れ直すべく、自分の頬を叩く。

 意気高く、こんな時に役に立たなくては何が聖女だ! と自分に言い聞かせた。


 やがて後方でガサガサと音がした。私は元気に振り返る。

「おかえりなさい、ルル様!」

「悪いが、ルルタではないんだ」

 黄金を溶かしたような美しい金の髪、褐色がかった肌の青年がそこには立って居た。


「あなたは? ルル様のお知り合い、ですか?」

 カルスといい、ケイナーンといい、やはり王子というのは顔が広いなと思いながら私は首を傾げて問う。


「まあ、関わりはある」

 青年は笑顔でそう言い、何処かに指示でも出すように右手を上げた。

「っ!」

 次の瞬間、私は頭から袋状の何かを被せられた。

「何っ? 何するの!?」

 暴れるが、そのまま手足ごと強引に袋の中へ。そのまま腰の辺りに圧がかかったと思ったら、ぐいっと持ち上げられる。

「やめてっ! 離してよ!」


 足をバタつかせ、必死に逃れようとする。


「大人しくさせておけ」

 青年の声、そうして次の瞬間、ぷっつり私の意識は途絶えた。




「メイ、メイナ?」

 戻って来たルルタは、メイナが待っているはずの場所に姿を見つけきれず、戸惑う。

「メイ? 何処にいるの?」

 繰り返し呼んでも答えはない。ルルタはその場に膝を着くと、地面の足跡を確認する。


「メイ以外の足跡が二つ、いや三つかな」

 ここに来ていることは知られないように動いた筈だった。地図については、カルス、ラウミには見られないようにとケイナーンにも頼んだというのに。


 唇を噛む。だけど今はそこについて考えている場合じゃない。

 今はメイナを取り戻す事が最優先。


 ルルタは異常がないかを確認してから、残されて居た馬に飛び乗った。

「メイに少しでも傷をつけていたら、一生後悔させてあげるよ」

 手綱を強く握り、ルルタは低い声で呟く。

 声に呼応する様に、小さく火花が散る。

 馬が怯えたように嘶くが、ルルタはかまわず踵で前進せよと合図を送る。


 ルルタは馬上で体を低くし、出来るだけ速度を出した。走りながら頭の中で地図を開く。

 どこに向かうにしても、急ぐのなら転移門を使うだろう。それなら一番近い設置場所はわかる。


「待ってて、メイナ!」


 そう呼ぶ声は風に攫われて、あっという間に遠くに消えた。






 目が覚めたら、真っ暗な部屋の中だった。


 暗闇で、『聖女の証』だけがチカチカと小さく光っている。

 手で探ってみると、どうも固い木の床へ直に寝かされていたみたい。

 でも、自分がどうしてこんな所に居るのかを思い出せなくて、私はぐるりと辺りを見回す。


 真っ暗だ。……それにしても自分が真っ暗だからって、暗いところで物が見えるとかそういう特典はないんだなあとぼんやり考えてから、急に頭がはっきりして、自分に何が起こったかを思い出した。

「そうだ! 人攫いに遭って!」

 慌てて自分の状況を確認する。拘束されているわけでもなく、そこはほっとした。

 でも、なんで攫われたんだろう? 相手は盗賊の類には見えなかったし、何よりルルタを知っていた。

 

 思い返せば、手入れの行き届いた美しい金の髪といい、人に命令を下すことに慣れていた様子といい、ルルタを敬称も無しで呼んだ所といい……。

「もしかしてとんでもなく偉い人、とか」

「……さっきも思っていたが、お前は自国の王太子の顔も知らないのか?」


 光と共に、声が降ってきた。

 振り返ると扉の隙間から、外の光と先ほどの青年が男性を一人連れて入ってくる。


 私は、言われた言葉が一瞬理解できず、目を何度か瞬いた。

「王太子、殿下なのですか?」

「そうだ」


 鷹揚にそう答え、青年はゆっくりと歩み寄ってくると私を見下ろす。

「本当にお前が聖女なのか?」

 私が返事に詰まっていると、王太子だという青年は私の手を強引に掴んで無理矢理に立ち上がらせると、小さく光る『聖女の証』を確認する。

「証らしきものはあるが、何かの間違いではないのか? 聖女は光に愛される筈だろう。なんだこの闇の凝ったような姿は」

「残念ながら、イウリス殿下。その聖女は本物にございます」

 後方に控える男性がそう言う。

 二人して酷い言い様だけど、私は言い返す言葉が見つからなかった。もやもやする気持ちを噛み殺しながら、せめて後方の男性を睨みつける。

 男性は神官のような衣服を身につけているが、ちょっとこの国とは形式が違った。

 神殿で学んだ時に見たことがある、海の向こう、隣国の神官服ではなかっただろうか。


「私を一体どうするつもりなんですか?」

 王太子妃と共に視察に出ていると聞いていたイウリスと隣国の神官、そしてここにいる私自身。

 関係性がわからず問いかけるしかない私に、王太子イウリスはぶっきらぼうに一言。

「お前を隣国に引き渡す」


 そう答えた。


「え?」


 私はイウリスの言葉を頭で何度か反芻する。

「隣国に私をですか?」

「そうだ」

「殿下は、今何が起きているのかを知らないわけではないですよね?」

 

 イウリスは顔を逸らした。私は必死に言い募る。

 「神殿へ侵入した偽聖女が起こしたという女神様の不調、そこから発生した魔力の巡りの乱れ、その影響を受け今にも魔物が溢れるというのに、それに対応できるかもしれれない私を隣国へ引き渡すと言うんですか?」

 「それでもだ、それでもやらなくてはならない!」

 強い声でそう言うと、イウリスは隣国の神官をちらりと見た。隣国の神官……黒い神官服なので黒神官と呼ぼう……はまったく感情の篭っていない表面上だけの笑顔を浮かべ、頷く。

「ああ、説明してくださってかまいませんよ」

 なんて癇に障る笑い方をするんだろう。私は見えていないことをいいことに、一層強く黒神官を睨む。服どころか、腹の中まで真っ黒に違いない。

「……何が起こっているか知らないわけではない。この選択が何を導くのかもわかっているつもりだ」

 イウリスはきつく拳を握り、低い声で続ける。

「隣国への視察を終えて船でこの大陸へと戻る所で、海の上で賊に襲われた。騎士たちの抵抗虚しく、我が妃を捕らえられ……取引を持ちかけられた」

「なっ」


 同行していたはずの王太子妃の姿がないのはそういう事だったのか。私はただ、言葉を失う。

「今、我が妃は騎士と共に港にある船の中に居る。俺だけがお前を捕らえるために解放された。万が一ルルタを相手取った場合、どれだけ騎士を揃えても仕方がない。アレに敵うのは俺くらいだからな」


「大人しくついて来てくださって感謝しておりますよ、殿下」

「ついてこなければ、船ごと海の底だと脅されれば、大人しくもなる」

 悔しそうな顔のイウリスと、笑顔の黒神官。……その顔、引っ掻いてやりたい。


「聖女、お前の言いたい事くらいわかる。ゆくゆくは一国を背負うのだ、国を優先しろとそう言いたいんだろう、だがどれだけ愚かだと言われても良い! 俺は王になることより、民を守ることより、ただ一人、妃だけをとる!」

 イウリスの言葉は、事が国の危機でなければ、まるでお芝居の台詞のようだった。


「安心していただきたい。これから起こるのは戦争ではないのです。イウリス殿下は視察に来た際に、我が国の考え方に強く感銘を受け、未だに女神の力に頼り切りのシウナクシア王国を変えようと動いてくださっているのですよ」

「イウリス殿下に強引に王位を継承させ、国を操ろうというんですか」

 私は思いっきり声に怒りを乗せて黒神官にぶつけた。が、どこ吹く風とそれを躱す。

「人聞きの悪い、我が国と貴国はこれから大きな一つの共同体となるのですよ」 

 そこで、黒神官は始めて胡散臭い笑顔を止め、にやりと笑った。

「まあ、その為にも適度な魔物溢れで一度国力を削いでおくんですけどね」


 ぞっとする笑みだった。

「というわけで聖女様、もうすぐ魔法士が転移門の準備を終えますから、そうしたら港に向かいましょう。そこで王太子妃様と交代です。この大陸に影響を及ぼせない様にすぐに出港し、我が国へと向かいますよ」

「嫌だと言ったら」

「言えると思いますか?」


 前には、イウリス、横にはいつの間にか距離を詰めて来ていた黒神官。

 私はじりじりと後ずさる。が、すぐに壁に背中がぶつかった。


「意識が無い状態では転移門は使えませんから手加減はしますが、意識だけ残しても、色んな事ができるものですよ? ご経験なさりたいですか?」

 物騒な言葉に私はぎゅっと唇を噛む。怖い……。


「そう脅すな。聖女、着いて来てくれるか?」

 黒神官との間にイウリスが割り込み、私の手を取った。

 祈る様なイウリスの目。私は、ただ頷くしかなかった。



 渋々、私はイウリスと黒神官に挟まれて部屋を出る。目隠しも拘束も無いので隙を見て逃げられないかと思ったものの、両側から無言の圧力がかかっていて、身が竦む。


 こんな時に隠された聖女の力が目覚める、なんて事もなく、私は売られてゆく森羊達の気持ちってこんな感じだったのだろうかと、遠くを見た。


 ルルタはもう戻ってきただろう。居なくなっている私に気づいて探してくれているのかな……。

 思い出すのはいつも優しく笑ってたルルタの顔。


 そして、『信じて待ってて』と言ったウルの笑顔と瞳の奥の光。


「ルルタなら来ないぞ」

 私の気持ちを見透かすように、イウリスがこちらに目も向けずに言い捨てる。

「ルル様に何かしたんですか?」

「そうではない。ルルタなら、あの場所から一番近い転移門を使うと考えるだろう。だからそこを避けた。転移に必要な魔力の補充が必要だったのは予想外だったが、コイツが魔法士を連れて来ていたからな、もうすぐ港へ向かえる」

 イウリスは逸る気持ちを抑えつけるように拳を握る。一刻も早く王太子妃の無事な姿を見たいのだろう。


「どのような方なのですか」

 こうなれば焦っても仕方がない。好機が巡るのを待ちつつ私はイウリスに問いかけた。 

「我が妃か、そうだな、まず国中の宝石を集めても敵うことのない輝く瞳、艶やかな白金(しろがね)の髪、美しいとどれだけ言っても足りぬ(かんばせ)、時に気が強く俺を叱咤する所も良い」

「素敵な方なんですね」

 私の言葉に、

「分かってくれるか! ルルタは自分の女神が1番だと言い張り、俺の言葉など聞いてもくれん」

「女神様ですか」

 そんなに熱心な女神シウナクシアの信者だったのかと感心する私に、イウリスは首を傾げ一言。


「お前のことだろう? ルルタの恩人で初恋の女神というのは。時期が来れば迎えに行けるのだと、俺にも、なんなら婚約者として内定しかかっていたラウミも、(そらん)じられるほどに聞かされたが?」


 私は思わず足を止める。表情はわからずとも、完全に思考が停止している私の様子を見て、イウリスはあからさまに『やってしまった』という顔になった。


 何か言おうとイウリスが口を開きかけたところで、


「こんな時になにをほのぼのと話しているんです、転移門に着きましたよ」

 黒神官が呆れた顔で遮った。


 これから先に待つもの、この国を飲み込もうとする悪意。

 

 考えないといけない事が山のようにあるのに。

「なんで今そんな事言うんですか……」


 私は泣きそうな声を上げた。

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