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サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
9/15

だから間違いなく狼なのだろう

  


 崖の上の持ち場から養鶏場のような人家に転げ落ちた馬による最初の破壊と放火が始まって二時間ほどが過ぎていた。天空の陽は西側に傾き、彼らの背後それは「街」の南側だが、燃える物も燃えない物も音を立てて火に包まれた。火の海の波打ち際は空っぽになった文明のビーチを徐々に、隙間なく確実に浸食しだしている。黒い煙は黒い懸垂幕のように空の下から垂れ下がり、東側で行動していた馬は西へ移動している太陽を、黒い煙越しに透かし見えていた。

 

 「街」は碁盤目のように道が繋がっていて、大きな道も細い路地も大概は真っ直ぐで直角だった。横に連なる養鶏場や、個別に建つ馬小屋のような掘っ建ての密集地から徐々に、雨風を恐れない程度の家並みへとエリアが移っていく辺りには沢山の(電気)自動車が列になって放置されていた。それらが乗り捨てられるまでの動力は彼らがボイラーの中で作っていた電力だ。しかしそんな文明の一端を知る馬は誰もいない。丸い脚のような四つの黒いモノには火がよく点くな、と思うだけだった。若い馬の何頭かはフロントガラスを蹴って割ることもあった。大きな音を立てるのが面白かったからでしかないのだったが・・・・・・

 なるべく外側へ向かい斜めに進むことになっていた彼らは、もぬけの殻と化している建物を破壊しては突っ切り、延焼効率を考える馬がいる一方で、愚直すぎる分怒れる馬は手あたり次第に身体を掠りつけ火を放った。


 隊列の中心を真っ直ぐに進む白い炎の馬はあちこちで立ち昇る黒煙の先端より、更に高い巨大な四角い棟のある「街」の中心部に近づいていた。そこは高さが7~8メートルほどの頑丈なコンクリート壁に囲まれていた。壁には何度も何度も落書きを消した痕跡があり、消しそこなっている箇所もあった。大きく色鮮かに、ときとして攻撃的な雰囲気でスプレーされている文字を読むことはどの馬にも出来なかった。

 内部へ出入りするゲートは全部で三か所あったのだが、白い炎の馬が真っ直ぐ歩いてきた末の場所にはそんなものはなかった。白い炎の馬は壁前で立ち止り上を見上げた。壁の縁の向こうには監視塔のやぐらがあり、そこにはサーチライトと監視カメラもあったが誰の気配はない。如何にも頑丈そうで燃えもしないだろうと思った白い炎の馬は壁に沿って、黒い炎の馬が進んできているはずの西側へ歩いてみた。

 それとは反対側の四時の方角で侵入ゲートを見つけた馬がいた。赤丸の真ん中に白い横棒を書いた絵のある、分厚い鉄の扉は重そうに外側へあけ放たれていた。罠なのか、外部からの侵入を許したためなのか、あるいは中での暮らしを放棄した故だったかの判断はつかない。何かしらの風が吹くと中で燃えている熱が扉の外に出てきて、どうやら中の煙の匂いは肉と血と怨念とが焼ける救いようのない匂いだった。その馬はこれまで順調すぎる、ともすれば怒りを忘れかねない呑気な放火散策の時間を終え、耳を立て首を傾げ様子をうかがいながら侵入した・・・・・・


 最右翼で行動していた若い馬は、歩んだ角度が少しばかり斜めになりすぎていたのか? 東側の崖の斜面が近づいていた。土を剥き出す裸の畑が延々と続いていて、所々に糸杉を利用した屋敷林があり中には平屋だったが十分に大きな家が建っていた。打ち捨てられているわけでもなさそうな納屋もポツリポツリ建っていた。

 どこかで犬が吠えていた。怯えているから吠えざるを得ない、踏みつけてやりたい、そんな気にさせる負け犬の吠え方だった。

 若い馬は取りあえず納屋に火を点け、立派な糸杉の中にも火を点けた。納屋はあっという間に焼け落ちてしまったが、屋敷を囲んでいる何本もの立派な糸杉は燃え盛りながら精霊の有無に関係なく倒れず立っていた。

 若い馬は歩く角度を少し内側へ戻し、ある程度の距離を歩いてもよかったのだったが、このまま崖に沿っていくらか先に行くと、崖の上へくねるように続くちょっとばかし勾配のきつい石壇があるのを見つけた。好奇心の強い若い馬は大人の目もないこともあり興味を持った。裸の畑をグングン進みそのまま右へ左へ向きを変える石段を駆け上がった。骨組みだけで構える、色落ちした扉のない変な門が石段の終わる場所に立っていた。変な門の両脇には(人の)子供の背丈ほどの台座が置かれていて、そこには石の狼が二頭互いに身体を向け合い顔だけがこちら側の正面を向いていた。犬よりも顔が広くて、目は小さく尻尾は太かった。だから間違いなく狼なのだろう、と若い馬は思った。変な門の先は緑の濃い深い森になっていた。思えば盆の底から空の一部まで漂っている、人工物の煙の匂いは届いていなかったか、もしかすると深い森の樹々の呼吸で浄化されていたのかもしれない。辺りの空気は少し重く感じ、冷たい水を飲むのとは種類を違えた新鮮な気持ちになった。足元には一畳ほどの石畳が横に三枚ずつ、それが何枚も何枚も真っ直ぐに敷かれている。

 馬は崖の上から眼下を眺めた。誰がどこら辺で火を点けながら歩いているのかまでは良く判別できなかったが、それぞれのルート上の煙は数を増していて「街」が燃える範囲は着実に広がっていた。ざまぁみろ、とてもいい眺めだぞ、と思った。

 石畳の上をカツカツ音を立てながら濃い緑の森の中を真っ直ぐ歩いている途中に、屋根のついた大きな水桶がありその先を右に曲がれば、一反の面積を長方形に囲む、高さ3mの色のくすんだ背の高い漆喰壁の場所が現れた。歩いてきた石畳は三段しかない石段へと繋がっていて若い馬は古い白木の門に行き着いた。門は心地のいい静かな耳鳴りのように閉じていたが鬱蒼とした樹々の呼吸する新鮮な匂いと、歴史を持った白木が今もなお発する、決して不吉な感のない木の死後の匂いが混じっていた。石段の前で立ち止った若い馬は神聖さという初めての概念を直感として得た。それでも心の中に現れたこの思いを言葉にすることは出来なかった。若い馬は閉まっている飾り気のない両開きの前から一旦引き返し、角を曲がって手水舎の水を一口飲んだ。

 「悪いけど、ここは燃やさないでくれよ。なぁ、小僧」

 全身青みがかる透明な狼と黒い長髪の少女が立っていた。





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