表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
8/15

湖面よりこの世界は静かすぎる気がした



 嘘や真実よりも深い悩みを立体化したとして、まだ比べるには不十分なほど深い森が開けた場所で出会った髪の長い少年(年齢は本人にも分からなかったが、声変わりをしたトーンからしても間違いなく十代半ば以降ではあろう)はそこで一息つき、見るからに歳を取る火の馬は相変わらず横になっていました。火の馬の隣で少年の話を黙って聞いていたサンソンくんは晴れた丸い空を見上げました。今日もそこにあるだけでそこには何もありませんでしたが・・・・・・


 「一日かけて街に着いた馬たちは余りの静寂に耳を立て、出来る限り心を澄まして警戒したんだ。彼らは初めて見る、何かが・・・・・・そう何かが人の手で完成されている、広大で歪な景色に腰が引けたわけではないよ。その世界は余りにも静かすぎたんだ。嗅いだことのない類の焼けた臭いも漂っていたし、まさか自分たちが来る前に火が放たれているとは思ってもいなかった。だから彼らは警戒したんだ。でもだからと言って何もしないで戻る気はなかった。とにかくみんなでこの世界を燃やし尽くさなければ納得できるわけはなかった。変なたとえかもしれないけれど、死んだ身体に鞭を打つ程度ではダメだったんだ。真っ暗なボイラーで生涯を終えてきた馬の末裔たちの怒りは、土の中から死体を掘り返して、鞭を打たなければ許せなかったんだろうね。でもそれは結局とても大きなアダとなってしまった。と言うのも彼らは炎が竜巻状になってしまう現象を知らなかった。桁違いの大火が起きているとき、歴史の運命としか言いようのないちょっとした横風が吹けば炎は渦を巻いて縦方向へ伸びていき、そこらじゅうを這いまわるらしい」



 昼を過ぎたころ彼らは「街」の縁にたどり着いた。およそ4000haほどの「街」は山に囲まれた盆地というよりも、崖に囲まれる低地に広がっていた。想像などできない威力の衝撃で出来たクレーター跡のような、あるいは巨大な湖が干上がった湖底のような土地におよそ十四、五万人が暮らしていた、と言うがもちろんそれは正確な人口統計ではない。

 永く緑を失っていた南の地を出て、数えきれない数の鉄塔から鉄塔へ渡された送電線を追ってきた彼らは、森や湖などよりもよほど強固な造りをする眼下の景色を見入った。盆の底に籠っているわけでもない空気の中にどこか硬い煙の匂いが混じっていた。散発的な火の手は人工物から上がっているのだ。人の営みと時間の必要性を失ったばかりの文明の一部が燃えていたってわけだ・・・・・・足元には崖を背にする薄汚い建物がひしめき合い(崖下の一帯は最貧困層が暮らす「ガラ街」と呼ばれていた)、遠くの中央には背の高い頑丈そうな、とんでもなく巨大な四角い棟が三本も建っていた。横に広がり前後に揺れるオレンジ色の火の手はここから見る限りそれらの周りが殆どだった。少しばかりの風であれば揺することなど出来ないスケールの大きな黒煙が空に向かっている。しかし青空をまだらにする鱗雲の遥か下までが黒煙としての色も形も限界だった。それでも勢いのある黒い煙は地面をなめる火よりよほど視界を邪魔したことで中心部の反対側はよく見えない。どのみち向こう端の縁までは見えるわけもなく、地平線と崖の上は同じ直線でしかなかったはずだ。


 湖から北進してきた馬の群れは、つまり「街」の南端にたどり着いた。彼らに東西南北など関係のない方角はであったのだが、そこを中心点として扇に広がっていき隅々まで燃やし尽くしてしまうつもりだった。先頭を歩いてきた白い炎の馬と黒い炎の馬は、崖の縁に沿って左右に広がる隊列の真ん中にいた。二人の距離は百メートルほどだった。白い炎の馬の本音はもっと近くにいたかったのだが、それでは他の馬に示しがつかないことも分かっていた。

 「向こう側にあるはずの崖の上でまたあいましょうよ」黒い炎の馬は最後に彼の首へ自分の首を絡ませると微笑んだ。

 左右の最翼に回されたのはまだ歳の若い二頭だった。彼らは右側(あるいは左側)に誰もいない位置に着いたとき、半分の不安と大人の目が全く行き届かない自由を手に入れていることに気が付いた。彼らは最翼に着いたことを伝えるいななきをほぼ同時に発した。  

それにしても崖の下の世界は恐ろしく静かだった。道中、リーダーとの約束を守るためどんな冗談も言わない代わりに、散々強がっていたあの年上の馬は、いつも飲んでいたうまい水の湖面よりこの世界は静かすぎる気がしたので内心怯えた。


 全員が死ぬ覚悟を持っているはずだが、まさか全滅することはないだろう・・・・・・白い炎の馬はそう思っていたし、信じていた。俺たちが背負う火は無敵だ。あんな二足歩行の奴らが、たとえ未知なる何かを持って来たって易々やられるわけはない。俺たちは奴らが思っているよりもずっと賢いし、もっとずっと怒っているんだ。思い知らせてやる。お前らが完成させたこの不気味な世界の土の下から雲の下まで思い知らせてやるんだ。そもそも電気って一体何なんだ? まぁいい。この不気味な世界にそれはもう存在しないのだから・・・・・・





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ