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サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
7/15

怒れる北上を静かに始めた馬の群れ


 突然電気を失った「街」は当然のことだが朝から荒れに荒れた。活動するにあたり必要な電力も、無駄に使うためにだけ必要な電力も、たったの一秒を境に喪失してしまったのだ。推定だが十五万人ほどの全住民の角は昼を待たずに1~2cm伸びた。

 大停電を切っ掛けに、けっしてそれだけが行動理由ではない自発的な暴動が複数個所で同時に起きた。高いところから下にしか流れなかった水はとうとう逆流したってわけだ。

川下で自分よりも立場の弱い相手を常に探しては叩いていたような中州にいる連中が声を上げ、拳を上げ、火を放り投げて「街」側と衝突したのだ。主戦場は強固な壁にぐるり囲まれる、最上級市民だけが暮らす「なか街」と呼ばれる地域だった。

 品のない高さでそびえるタワーマンションが3棟建つ中心地は「街」の全面積の25%もあるが人口比率は2%程度でしかない。「なか街」の住民と「そと街」「ガラ街」を合わせた住民の資産の比率は2022年の現代社会と変わらないか、あるいはもう少しマシだったかもしれない・・・・・・蚤

いずれにしろ、翌日の昼過ぎ火を背負った馬の群れが突入してくる前に、彼らは同族同士で激しく、余りに激しくやり合い「なか街」の地面には鬼どもがバタバタと倒れた。そこには当然2%の住民も多く含まれた。倒れた身体に銃創を残す鬼は「そと街」「ガラ街」で暮らした75%の者たちで、首のない肥えた身体は大抵が2%の者たちである。

 税金を払わせるためだけに生存許可と電力を与えていた、と言えなくもないような「ガラ」に首を持っていかれた「なか街」の鬼は死後に自分が何処へ行くのかを考えたことはなかったのだったが、自分の顔が蹴鞠にされている場面を少しの上空から眺めると、初めてそれらについて考えることをした。でも答えは分からなかった。だからとりあえずは好き勝手に放たれた火の黒い煙に掴まり空を目指すしかなかった・・・・・・

 

 夜になり、多くの鬼が寓話の中にしかなかったはずの夜空の暗さと圧倒的な星の数に初めて感じる畏敬の念を抱いた。すると昼間に出回っていた「デマ」を信じる者の方が多数になっていて散発的に火の手の上がる「街」を脱出する行列が出来はじめた。彼らは「街」の北北西にある生活用水の水源河川「サンモンセン」に向かった。火の馬は水を怖がるらしい、という、これこそが「本当のデマ」だったのだが、発電所で働いていた者たちがいくら否定しようとも真実はデマに勝てるわけがない。

そんなわけで「なか街」どころではない、容赦の概念すらない、神話の悲劇は北北西で起きるのだった・・・・・・



 禿げた森の土の中をとっくに焼き終わっていた白い炎の馬と黒い炎の馬は添い寝をしていた。ときどき黒い炎の馬が白い炎の馬の身体に首を擦りつけると、二頭はとても幸せだった。

 一頭の年上の馬が遠慮がちに近づき、少し離れた場所から、まるで咳をして促すように鼻を鳴らした。添い寝していた二頭は同時に振り向いた。白い炎の馬が黒い炎の馬の頬に口を付けると、彼女は舌を鳴らすように鼻を鳴らして立ち上がり、年上の馬の横を過ぎるとき後ろ足で一蹴りくれてやった。


 「なぁ、考えてくれたか?」年上の馬は同じ「火釜」で育った身体の大きなリーダーに言った。

 「あぁ」

 リーダーはまだ悩んでいる風だった。

 「お前の言っていることは確かなんだな?」

 「あいつが言うには確からしい、としか俺には言えない。でもなんて言うか、まぁ恥ずかしい話だが、それが理由で俺たちはボイラーの中には入らなかったんだ」年上の馬は、ハハハと笑う。

リーダーも鼻で笑った。

 「お前としちゃ黒いのを残したいんだろうし、あいつが残ればどの牝よりも頼もしい母親役だろう。それは俺も認めないわけにはいかない。それに今日のナニでお前の子供が黒い腹の中に現れることも、可能性としてはなくはないだろうしな。でもあいつの腹の中の可能性はもう少しばかり高いんだ。お前も知っているとは思うがあいつは決して臆病者なんかじゃない。だからこそ残りたい、って。間違いないって言うんだ・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「もう決断してくれよ」

 「・・・・・・」

 「黒いのはなんて言ってんだ?」

 「何も言ってはいないよ。俺と一緒に行くのが当然だと思っている。それだけだ。だから何でお前が邪魔しに来たのか理解していないだろうよ」

 「他の連中は?」

 「残す子供たち以外はみんな一緒さ」

 「ババアはもう決めたんだろ?」

 「ミソクソ罵倒されたけどな。死んだお前の親を誰が看取ったと思っているっ、てな」

 「確かにな」年上の馬は楽しそうに笑った。

 「一つ約束をしてくれるか?」

 リーダーは深い溜息をついた。

 「残した牝の腹の中にはあいつのガキがいるからだ、とかそんな下らない冗談は絶対に言わないでくれよ。いいかほんの冗談でもだ。事実それは全くないことなんだからな・・・・・・全くなかったよな? それが条件だ、いいか?」    

 白い炎の馬の目は真剣そのものだった。もうすでに黒い炎の馬を恐れているらしいのが分かると年上の馬は腹を抱え大笑いした。


 湖から冷たい湯気が上がり空は白み出した。後に残す二頭の牝と三頭の子供と、そして角のない少年が彼らを見送った。馬は馬とだけ別れの挨拶をしたが黒い炎の馬は「尻を撫でたお前のあの日の鉄の棒が今も忘れられないよ」と少年に微笑んだ。「いつか俺にも気の強い美人が現れたらもう一度試してみる」少年も微笑み返した。もちろん白い炎の馬も少年と別れの言葉を交わした。

 「馬と上手くやっていってくれ」馬は少年の目を直視した。

 「白い月があるとお前を思い出すことだろうよ」少年は目を合わせなかった。

 「馬と上手くやっていってくれ、と言ったんだが?」鼻を鳴らし、俺の目を見ろと促した。

 「空に白い月がある限り約束するってことを言ったんだ」少年は馬と目を合わせた。

 「悪かったな」白い炎の馬は黒い瞳のなかでニヤっと笑った。まさか少年が涙を堪えているとは思ってもいなかったのだ。

 「あぁ」少年の両目は等しく真っ赤だったが、一つだけの涙の玉は左目から転がった。


 怒れる北上を静かに始めた馬の群れは、後に残す馬に対しても振り返ることはしなかった・・・・・・



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