涙の代わりに白い煙を目元から流す大人もいた
白い炎の馬と黒い炎の馬は、一度も対面したことがないにも関わらず、とても好き合っている感情をこじらせるのだった。
一日おきに託される両の馬の言葉を、色を付けずに伝えることを心がけるほどに、どこか小さな誤解は生じ、それは二往復程度のやりとりで渡れないほど大きな溝となり、挙句の果て、どちらからも少年は責められ非難されるのだった。恋愛は金の貸し借りくらい面倒臭い、と彼が思ってしまうのは仕方のない話だった。事実恋愛とは酷く面倒臭いものなのだろう。しかしそのリスクが含まれていなければ恋愛とは呼べないはずだし、ともすると他者を電撃的に好きになり、眠れない夜には相手を嫌いになろうとしても嫌いになれない意味の大半は失われてしまう。
俺は「街」で暮らす反恋愛世代の連中とは違う、という自負を支えに少年は両者を宥めたし、励ましもした。
愛を持っていることを言葉にして相手へ示せ、と少年はあの鉄の棒を手に持つことなく両者に訴えた。彼らは互いの誤解を解き、するとうれしさや抑えようのない気持ちの解放により背負う炎の火力は何倍にも増した。周りの馬もおそらくは本能的につられてしまうことがあった。そんなわけで、二人の恋愛の諸々は回りまわって「街」の電気料金を下げるのだった。
一方で、一度誤解が解消されるとこれまで反目し合っていた恋愛感情は以前よりもずっと大きなエネルギーとダメな種類のスイート感が増幅していて、彼らは「決起」云々よりも愛を語ることの方が重要な愛の季節に入ってしまい、ここで記すことはしないが白い炎の馬は何篇もの「愛の詩」を詠んだ。少年は悲しくなるか痒くなるほどの寒々しい彼の愛の詩を忠実に彼女へ伝えた。二人は他の鬼の目や馬の目をはばかることなく、その場に倒れてしまうくらい笑った。「火釜」に戻ってから、黒い炎の馬が他の馬から何を言われたのか、あるいは奴らと親しくするな等の忠告があったのかどうかまでは分からなかったが、少年の先輩は不審がり、気持ち悪がり、それは少年が起こすトラブルの原因になることはいくらでもあった。
年の近い先輩どころか立派な大人の上司にだって屈することなくやり返し続けた。完全に孤立する立ち位置にむしろ満足気でいられるのは「あいつら」のおかげなのかもしれない、とよく思ったものだ。
翌朝の七時に顏や腕に傷をつけ、足を引きずる姿を認めた白い炎の馬が事情を聴くと、少年をいたわる気持ち半分、二人して俺を笑いものにしたんだな、との感情を半分もち、その後ろの半分が新たな誤解を萌芽させ、次の日は相手側の愛の土壌にもよく知っている、お馴染みの芽が出た。そのようなとんちんかんなサイクルが実に二年以上続き、少年は十八歳になっていた。髭は生えだしたが頭からは相変わらず角は生えなかった。
誕生日という概念を初めて知った白い炎の馬と黒い炎の馬は一日違いで少年を祝す言葉をいつもの瞳から発した。馬の言葉は両親から届いたバースデイ・カードに書かれていた母親の直筆よりも胸に刺さった。そのことに思い当たったとき、俺は「鬼」になった親兄弟だって暮らしている「街」を焼き尽くす計画を、自分で思っている以上に受け入れているのだろうし、望んでもいるんだなと気付いた。
ここで涙を流したら「人」としての最後の涙になり、ようやく角が生えるのかもしれない、と思った・・・・・・鬼になどなりたくはなかった。だから少年は涙を堪えた。でも嗚咽を漏らすほど泣いてしまった。角は生えなかった。以前に白い炎の馬が言った通りだ。
たぶんな、お前の頭には角なんか生えないだろうよ。残念なことだろうが俺には分かるんだ。
両方の「火釜」の鍵を開けておくこと。
湖畔にある脱走防止電流柵のスイッチを切っておくこと。
館内のあらゆる非常ベルを機能不全にしておくこと。
少年は計画の協力者をすでに用意していた。力ずくで脅し了解させた年の近い先輩がいれば、あんな「街」を焼き尽くせるのなら、自分ごとき死んでも構わないから協力させてくれ、と流れることのなくなってしまった涙の代わりに白い煙を目元から流す大人もいた。もちろん計画は極秘だったので、少年はそのつもりで各人へ接触していたのだったが、いざ実行する朝になると火力発電所で働くほぼ全ての鬼はすっかり承知していて、それどころか全員が協力者になる覚悟を持っていたことが判明するのだった・・・・・・